表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
177/209

SA-177 騎馬民族への備え


 翌日の昼近くになって、ザイラスさんの部隊から騎士が伝令に訪れた。

 テーブル越しに俺の前に立つと、メモを片手に報告を始める。


「報告します。昨日夕暮れ時にカルメシア王国の騎馬隊がウォーラム王国のヨーレル侵攻部隊の西側面を強襲しました。部隊規模は2個大隊と推測します。ザイラス殿の指示により偵察部隊を3隊南北にそって放ちました。その報告では……」


 やはり、2つに分かれて襲撃を行ったようだ。

 政庁が燃えているとの報告があったらしい。一部は政庁の門を突破して内部になだれ込んだのだろう。かなりの市民が虐殺されたんだろうな……。

 夜明けと同時に引き揚げたようだが、これは侵攻部隊の西側面を攻撃した部隊も同様らしい。

 昼間はゆっくりと休んで、夕刻に再び攻撃を仕掛けるのだろう。


「ご苦労だった。ザイラス殿に伝えてくれ。こちらからの攻撃は東側面のみ、日中での攻撃に限定する事。以上だ」


 騎士が優雅に騎士の礼をすると指揮所を去って行った。

 地図を眺めて、これからの事を推測する。


 やはり、ウォーラム王国の計画は頓挫したことになるな。カルメシア王国が介入してきた時点で、もはや絶望的だ。

 となると撤退を考えねばなるまいが、いったいどれだけの兵力を後退させることができるだろう?

 前線から政庁までの距離は、軽装歩兵の足でおよそ2日の距離がある。

 総崩れになって逃げ出せば、簡単に狩りつくされるぞ。


 俺ならどうするだろう?

 騎馬隊の足を止める策を考えて、部隊をいくつかに分けて撤退することになるだろうな。

 それでも、半数近く倒されてしまうんじゃないだろうか?

 逃げ出す兵の蹂躙は、騎馬隊の最も得意とするところだ。

 となると、ラディさん達も引き上げさせねばなるまい。

 あちこち飛び回っているけど、巻き添えにならないとも限らないからな。

 従兵を呼び、ラディさんに引き上げるよう通信兵に伝えて貰う。


 これで抜けは無いだろう。パイプに火を点けて再度地図上の駒を確認する。

 そういえば、カルメシア王国の介入については王都に知らせていなかったな。

 急いで状況をメモにすると、従兵に手渡して伝えて貰う。

 現状では、新たな増援の必要はないと書いておいたから、国王達は安心するだろう。

 とは言っても、将来的には問題だな。

 新たな国境の守りをどうするか……、考えておかねばならないだろう。


 基本は空堀と土塁で十分だ。

 空堀を横幅3m、深さ1.5m程にして、土塁は西側を直角に仕上げる。石壁が良いのだが、ダメなら日干し煉瓦でも十分だ。少しずつ石壁に変更すれば良い。

 高さ3mの土塁を作り、3km程の距離ごとに見張り台を兼ねた、簡単な屯所を作れば小隊規模での駐屯が可能だろう。いくつかの見張り台の後方に中隊規模の屯所を置けば相互に対応できるはずだ。

 新たな万里の長城になりそうだが、規模は遥かに小さいからな。現在の派遣規模で兵隊達に作らせても十分だろう。とりあえずは現在の国境要害が有効に使えるはずだ。


「砦の指揮官を呼んでくれないか?」

 従兵に伝えると、自分でコーヒーを作って待つことにする。

 直ぐにやって来た指揮官は、1個大隊の軽装歩兵を率いる中年を過ぎた男だった。隣の若い男は副官らしい。


「私達に御用でしょうか?」

 名目は同じ指揮官だが、俺の方が上になるらしい。

 軍人は位にはうるさいみたいだから、俺の指示がこの周辺に展開している他の部隊についても適用されるみたいだ。


「カルメシア王国の騎馬隊に対して、早期に対策を行う必要があります。少し面倒ではありますが、こんな土塁を作る事は可能でしょうか?」


 2人の前に先ほど描いたメモを広げると、ジッと眺めている。

 

「かなり頑丈な土塁ですね」

「カルメシア王国が騎馬民族と同じ民族であればこれでも心許ない」


「それ程に?」

「俺が元住んでいた場所は遥か東方の国だが、騎馬民族の恐ろしさは伝えられているよ。王国のこの2倍以上の高さの長城で取り囲んだそうだ。それでも、侵入を許してしまったらしい」


 俺の言葉に驚いている。

 やはり過剰な土塁と思ったんだろうな。旧神皇国の領土がある意味トーレスティとカルメシア王国を隔てる緩衝地帯にもなるからこれ位で良いとは思うんだが、直接的に領土を接していたら、もっと大きな土塁を作りたくなるぞ。


「長さが問題ではありますが、国境地帯に派遣される部隊の規模を考えれば長期的には可能でしょう。どれ位の期間を考えておいでですか?」

「早いに越したことはない。今のところはウォーラム王国軍と戦闘になるだろうが、直ぐに政庁の囲みに追いやられることだろう。先ずは西側に、それが終われば北に同じような土塁を築く。ヨーレムについては既存のままでも良いだろう。鎖国政策を取っている間は安心だ」


 砦の指揮官が副官と目くばせをしている。

 やはり作るのは困難と言う事なんだろうか?


「明日から取り掛かります。砦から北を最初に作って行きます。南は機動歩兵の皆さんが現状で積めておりますから裕度はあるでしょう」


 それだけ俺に告げると、俺が広げたメモを持って指揮所を出て行った。

 確かに作るのは面倒かも知れない。

 だが、それだけ西に備えることができるから、トーレスティ王国としても安心できるんじゃないかな。

 とはいっても、完成には3年以上掛かるんじゃないか? その間は機動歩兵達を西の守りに付けなければなるまい。


 トーレスティ王都に手紙をしたため、新たに工兵部隊の応援を頼もうといていると、通信兵が指揮所に駈け込んで来た。

 カルメシアの騎馬隊が攻め込んで来たとでもいうのだろうか?

 息を整えている通信兵を見つめていると、大声で報告を始めた。


「報告します。シルバニア女王陛下にあられましては、無事に男子をご出産なされました!」

「本当か!」


 思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

「母子ともに無事なんだろうな?」

「追伸にて安産であったとあります。それと名前を考えて欲しいと……」


「なら、『おめでとう』と伝えてくれ。『こっちはもう少し掛かりそうだ』と追伸を入れてほしい。名前は……『ティーゲル』と付けたいな」

「『ティーゲル』様ですね。了解です」

 

 メモを取っていたから大丈夫だろう。名前の間違いは、後々訂正するのが面倒だからな。

 だが、これで次期国王が決まったようなものだ。物心がつき次第、楽隠居が出来そうだぞ。


 従兵にワインを用意させ、まだ見ぬ長男に乾杯して、1人で祝う事にした。

 来春までにはシルバニアに帰りたいものだな。


 翌日、ラディさんが指揮所に現れた。

 ラディさんにしても、カルメシア軍の動きは分らなかったようだな。


「私の部隊は全員無事です。あれからさほど時間が経っておりませんから、新たな情報はそれ程多くはありません」


 そんな前振りで話してくれた内容は、ウォーラム王国の損耗についてであった。

 ヨーレム侵攻部隊7個大隊の内、3個大隊がすでに消耗していたらしい。

 俺達も攻撃はしているが倒した敵の数は3個中隊には達していないだろう。ヨーレムの守りはそれほどまでに戦力を消耗すると言う事か。


 となれば、侵攻部隊は政庁に向かって今頃は退却中とみてよさそうだ。

 当然、カルメシア軍が後方から刈り取っているんだろうが、2個大隊は政庁に到達できるだろうな。守りを固めて、リブラム王国の残存部隊を派遣すればカルメシアの騎馬隊を止めることはできるだろう。それまでにさらに戦力を減らしそうな感じもするが……。


「従兵、全軍に伝達だ。『カルメシア騎馬隊が押し寄せる可能性がある。国境線を固め、襲来時には矢で応戦せよ。敵の誘いに乗らず、国境線の防御を固めよ』以上だ」


 従兵が指揮所を駈け出すのを見て、ラディさんがジッと俺を見つめる。


「来るとお思いですか?」

「分からない時は、悪い方に考えておけば安心できます。姿は現すでしょうが、攻撃はしてこないと思ってます」


 とは言っても確実ではないからな。備えあればという奴だ。


「たぶん使者がやってくるはずです」


 使者っていうと、あれか? 確か、直ちに降伏すれば属国として遇し、1日抵抗すれば住民の2割、2日で半数、3日抵抗すれば根絶やしと誰かに聞いたことがあるぞ。


「交渉の余地があると?」

「何を思い浮かべているか分かりませんが、カルメシア王国は我等ネコ族と対等に話をしてくれますよ」


 たぶん、ネコ族の狩りに一目置いているということになるんだろうな?

 となれば、俺達の良いところは何なのだろう? 自分達と同等あるいは優れているなら一目置いてくれるということになるんだろうが……。


「あまり構えずともだいじょうぶですよ。それなりに話が分かる種族です」

 

 ラディさんはそう言って俺を見ながら微笑んでいる。

 少し変わっているだけなんだろうか?

 どうも、ジンギスカンのイメージが強いんだけどな。ラディさんの言う通りなら、急いで土塁を補強する必要も無いんだろうけどね。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ