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SA-174 駄馬で作った騎馬隊

 翌日の昼下がり。サンドラさん達とお茶を飲んでいると、ラディさんが指揮所に現れた。テーブルの端に座り、政庁の様子を報告してくれる。


「政庁の3か所に火事を起こしました。深夜ですから隣接の家屋にも広がりましたが、民家への影響はありません。屯所を狙ったつもりなんですが、どうやら倉庫だったようです」

「ご苦労さまです。そうなると、前線への補給が途絶えそうですね」


 俺の言葉にラディさんが頷く。サンドラさん達は驚いているようだ。

 根が軍人だから、俺達のような破壊工作を是としないんだろうな。


「倉庫2つは確実に焼失したはずなのですが、翌日にはいつもの通りの荷を運んでいるようでした。どうやら、かなりの食料を旧リブラムの領内に集めていたようです」

「もう一度はできないだろうから、輜重部隊を襲うしかなさそうだな」

「でしたら、私達が……」

 

 サンドラさん達が名乗りを上げた。

 だけど、荷馬車を荷馬車で襲うのはちょっと考えてしまうな。


「荷馬車の駄馬を使います。歩くよりは遥かに速いですし、カナトルもおりますからね」


 無理だろうと考えていた俺に、サンドラさんがやり方を教えてくれた。

 確かに、駄馬なら30頭以上いるだろうし、カナトルも10頭はいるはずだ。

 カナトルは軍馬には負けるけど、意外に速く走れるんだよな。


「おもしろそうですね。部隊規模がどれほどになるか確認してくれませんか?」


 俺の言葉に頷くと、サンドラさん達が指揮所を離れていく。

 残ったのは、俺とラディさんになったところで、カルメシアの調査を頼み込んだ。

 ウォーラム王国がカルメシアを恐れる理由がさっぱりわからないと、調査の理由を説明したのだが……。


「簡単ですよ。カルメシアの戦力は3個大隊と言われていますが、全て騎馬隊なのです。住民の多くが馬に乗れますし、弓を引くことができます。実戦力は5個大隊を遥かに超えるでしょう」

「それで、この国境線が明確なんですね?」


「横幅だけで15YL(4.5m)以上ある空堀の深さは私がすっぽり入るほどです。直ぐ北の土塁の高さは私の身長を越えていますし、土塁の上には柵が作られています」


 かなり頑丈な国境だ。馬では越えられないようにしているのだろう。

 なるほど、ウオーラムの軍隊がカルメシアに入るには土塁を崩さねばならないし、下手に崩せば敵に侵入口を与えることになりかねない。

 触らぬ神にタタリ無しとはよく言ったものだ。ヨーレムもその意味では助かってるな。


「カルメシア王国は好戦的なのでしょうか?」

「土地の所有については煩いところがありますが、我等ネコ族とは争った試しがありません。獲物を持って行くと干し肉と交換してくれますし……」


 土地の所有に煩いのは放牧をしているせいなのだろう。良い牧草が生える場所は意外と少ないようなことを地理の先生が言ってたのを覚えている。

 ネコ族と争わないのは平原と山間の住み分けをしていたせいなんだろうな。


 となると、同じ平原での農業をする王国とはあまり仲が良いわけはない。国境の土塁は万里の長城のようなものなんだろうな。


「私は、旧リブラムとウォーラム本国の様子を見てまいります。少し長期になるかも知れませんが、20日は掛からぬでしょう」

「お願いします。出来れば両国に残った兵力の確認も……」


 俺の言葉に頷くと、ラディさんは指揮所を出て行った。

 それにしても、民兵を動員すれば騎馬隊が作れるとはとんでもないな。間に王国があって助かったような気がする。

 その気になれば、ウォーラム王国よりも問題が大きくなりそうだ。


 だいぶ日が傾いて来た。

 すでにザイラスさん達はヨーテルン侵攻部隊の後方の攻撃を終えて帰路についている頃だろう。

 後方からの攻撃に備えるだけでヨーレムへの圧力を3割以上減らせるはずだ。さらに、レクサスさんの攻撃を受ければかなり浮足立つに違いない。


 地図を睨んでそんな事を考えていると、サンドラ達が入って来る。どうやら攻撃部隊の人数を調整できたようだ。


「輜重部隊を襲うのは2個小隊程になります。砦の守備兵がカナトルを貸してくれるそうです」

「となると……、攻撃はこんな感じですね」


 地図の隣にある駒を使って、簡単に襲撃の方法を教える。

 基本は後方から近寄っての一撃だ。前には注意しても後方は歩いて来た場所だから安全だという先入観が働いてしまう。そこを逆手に取れば良い。


「朝方が一番です。火矢を用いるのも良いかもしれません」

「襲撃毎に部隊を換えれば不満も出ないでしょう。早速出掛けて来ます」


 席を立ったのはトーレスティのセフィーさんだった。

 サンドラさんと互いに頷いてるのは両者の間で何らかの協定が出来ているんだろう。

 襲撃範囲は政庁から徒歩で1日の範囲と言っていたから、騎馬隊との同士討ちの危険は無いだろう。


「譲ってあげたんですか?」

「一応、トーレスティの問題にも思えるわ。私達も国境を接してはいるけど、先ずはセフィーが襲撃する方が良いでしょうね」


 そんな答えが返って来たから思わずにこりと微笑んだ。

 確かに、俺達にも権利はありそうだが、今回の戦が一番気になるのはトーレスティだろう。

 

 夕食前に、ザイラスさん達が帰って来た。

 疲れた様子でテーブルに着いたんだが、直ぐに従兵を呼んでワインを頼んでいる。

 

「バンターの指示通り、後方を襲撃してきたぞ。兵をまとめて反撃しようとしたところにリック殿の部隊が矢を放った。騎馬部隊にもかなりの被害が出たに違いない。こちらの被害は馬が数頭に軽傷が6人だ」


 一方的な戦だったという事だろう。負傷者は少し踏み込み過ぎたようだな。馬の損害も痛いところだが、人命には代えられないし、騎馬隊の弱点でもあるんだよな。

 将を得ようとするなら馬を射よ、ということわざもあるぐらいだ。


「明日も出られますか?」

「出ても良いが、矢が足りん。俺達の持ってきた矢を分配して1合戦分というところだぞ」

「十分です。3矢射かけて戻ってください。明日の夕刻を狙えますか?」


 俺の言葉に3人が頷く。

 これで、ヨーレム侵攻部隊は後ろを気にしながらの戦になるぞ。

 さらに西からの明らかな偽装攻撃が加わると、侵攻部隊の指揮官はどうするんだろうか?

 

「ん、セフィー殿は?」

「セフィー殿は、新たな騎馬部隊を率いて北を目指している筈です」


「何だと! 俺達が騎馬隊だろうが? セフィー殿は軽装歩兵、いや今では機動歩兵だった」

「駄馬に乗って行ったのか? まあ、ご苦労なことだ。となると狙いは輜重部隊と言う事になるが……」


「輜重部隊の全てに補充兵が付いているわけではありませんし、いたとしても歩兵のはずですから、駄馬でも十分に奇襲ができるでしょう。明日の昼過ぎには結果が分かります」


 俺の言葉に納得したところで、ザイラスさんがワインの追加を従兵に頼んでいる。

 

「そうなると、レクサス殿の首尾が気になるな」

 ウイルさんの言葉にザイラスさんも頷いている。たぶん今頃は派手に攻撃してるか、それとも引き上げる最中といったところだろう。

 

「俺はザイラスさんの手持ちが気になります。何個か残ってるんじゃないですか?」

「分かるか? 6個ある。後ろから使うのももったいないと思っていたんだが……」

「政庁に使えませんか? これが、ラディさんの調べた配置なのですが」


 絵地図だから正確ではないが、それなりに誇張されて描かれている。外壁に近く描かれていれば、その建物は外壁からそれ程遠くないということだ。


「狙い目は……、政庁の役所そのものか!」

「明日の夜更けを期待してますよ」


 俺達のなりふり構わない妨害をウォーラムはどう対処するのだろう?

 背後を襲い、側面を突き、補給を絶つ……。その上の政庁攻撃だ。ヨーテルン侵攻の指揮官がどこにいるか分らないけど、かなり慌てさせる事はできるだろう。敵の安眠を妨害し、可能な限りヨーテルンへの圧力を減らす。まともに戦えば俺達に被害が出るが、こんな戦で済ませるならほとんど兵力を減らすことは無い。


 俺がパイプを咥えたのを見て、3人の騎馬部隊を預かる隊長達が密談を始めた。

 明日の攻撃の手筈を調整してるんだろうが、ザイラスさんが政庁攻撃を行うなら侵攻部隊の後ろを攻撃する部隊はウイルさんになるんだろうな。


 夜が更けて皆が指揮所を出て行ったが、俺は一人ワインを飲みながら地図を睨む。どう考えてもこの計画には無理がある。

 なぜにヨーテルンをそれ程に欲しがるのか……。確かにギリシア火薬は魅力ではあるが、それだけではないように思える。

 鉱山か? 行商人達を相手にラディさんが調べた話では、目立った産業は無いようだ。豊かな農業王国といった方が良いのだろう。


 それならばトーレスティの方が遥かに豊かではある。

 トーレスティに倍する兵力を揃えたならば、西と北から一気に攻め込めば領土の半分は直ぐにも持って行けるだろう。

 シルバニアとクレーブルの救援は直ぐには向かえないからな。

 秘密裏に準備を進めてトーレスティの半分を手に入れるべきじゃなかったのか?

 それを先にするなら、ヨーレム侵攻は遥かに容易になる。

 どう考えても、順序が逆なんだよな。何を焦っているんだろう? そっちの方がこの戦の推移よりも気になって来たぞ。



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