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SA-173 集結

 濃いコーヒーを飲みながら深夜に地図を睨むようなことになるとは夢にも思わなかったな。

 苦笑いをしながら、テーブルの燭台でパイプに火を点けた。


 サンドラ達が戦端を開いてから2度ほど通信が届いた。1度大きくぶつかってからは膠着状態が続いているらしい。

 それでも、ウイルさん達の側面攻撃は続いているから、戦況は俺達の優位と言う事になるんだろう。

 

 3個大隊を足止めしているなら、ヨーレムを攻撃している部隊の数は4個大隊と言う事になる。同数に近いならば防衛側に有利だから、ヨーレムの国境も膠着状態になっただろう。


 この状態なら中隊規模の部隊を西回りに迂回させてヨーレムの西側面を攻撃することが一番と思えるのだが、やはりその策を取らないようだ。

 西のカルメシアはそれ程厄介な土地なんだろうか? それともカルメシア軍が厄介なのか……。


 これはラディさんの調査を待たねばなるまい。今のところは西回りは考えていないと言う事で納得するしか無さそうだ。

 

 この状態だと、先の戦と同じ結末を迎えそうだな。

 ウォーラム王国軍の全体指揮をどこで取っているかは分からないけど、前線でない事だけは確かなようだ。

 東回りが頓挫した事早く知らせて作戦の見直しを図らないといけないはずなんだが……。


 足音が扉の前で途絶えると、扉が乱暴に開かれて通信兵がその場で報告を始めた。


「サンドラ様からの通信です。『敵が後退していく。ただし、我等の前方には焚き火が多数見える』以上です」

「了解した。サンドラ殿に通信を送ってくれ。『柵を守る兵の半数を休ませて、引き続き待機せよ』以上だ」


 通信兵が騎士の礼をして出ていくのを見送る。

 見え透いた計略だな。これも空城の計の一つだ。焚き火の数を増やして、部隊数を悟られないようにしたのだろう。とは言っても裏を掛かれると面倒だから、休ませる兵は半分ということになる。夜が明けたなら状況を見てさらに減らせば良いだろう。


 そうなると、俺達の攻撃の主力は騎馬隊になりそうだ。

 明日にはザイラスさん達が到着するから、本格的な後方攻撃が行えるぞ。


 薄明が訪れると、再度サンドラさんから通信が入って来た。

 どうやら、サンドラさん達の守る国境線の西には2個中隊程の敵軍がいるだけらしい。

 サンドラさんにこちらに戻る様に通信を送り、トーレスティの軽装部隊にも部隊を休ませるように指示を出しておく。

 夜に紛れて部隊を移動することがあっても、3個大隊規模を送ることは無いはずだ。

 

 やはり、中央突破の力攻めで行く事になるんだろうか?

 今夜にはラディさんも動くだろうから、ウォーラム軍がどんな反応を示すか楽しみだな。

 従兵に食事を届けるように言いつけて、少し早めに朝食を取る。


「しばらく横になる。昼過ぎに起こしてくれ。夕暮れ前にはサンドラさんとザイラスさんがやってくるはずだ。ウイルさん達も戻るだろうから、ワインを用意しといてくれよ」

 

 従兵にそう伝えると、屯所の自室に引き揚げて横になる。

 睡眠時間が不規則になるのが問題だな。寝られる時には寝ることが戦では大事なようだ。

 

 ふと目が覚めたので、窓の外を見る。

 まだ明るいが、あの日の差し方だと、もうすぐ夕暮れになりそうな感じだ。

 急いで、身支度をすると井戸に出掛けて顔を洗う。

 キッチンカーから、良い匂いがしている。夕食は期待できそうだな。

 指揮所に入ると、サンドラさん達機動歩兵の隊長が2人揃っている。俺が入って来たので慌てて席を立った。


「座ってください。俺の地位などあまり意味もありませんから」


 そんな言葉に、俺に対して一礼して席に座ってくれた。

 席に着いてパイプの火を点けたところに、従兵がコーヒーを運んでくれた。ありがたく一口味わうと、2人の顔を眺めた。


「ご苦労さまでした。とりあえず次に侵攻するとしても3個大隊にはならないでしょう」

「空堀と土塁、それに3重の柵は上手く機能しました。2度の突撃でも土塁を越えた敵兵はおりません」


 備えあればという奴だな。あの土塁以上の要害がヨーテルンの北の国境には築かれているはずだ。力攻めで亡くなる兵は続出するだろう。


「しばらくは休んでください。機動歩兵は攻撃部隊ではありますが、敵の数が多過ぎます。一撃離脱の騎馬隊に次は頑張って貰うつもりです」

「すでに休ませております。それで、状況は?」


 2人の機動歩兵部隊長に簡単な状況説明を、地図の上の駒を示しながら教えることになった。

 他の連中に教えると言う事は、自分の知っている情報を整理する上でも役に立つ。

 そんな中、やはり西回りに部隊を移動することを考えないことに2人が疑問を持ったのは当然の事だろう。


「やはり、カルメシアの騎馬隊を恐れての事でしょうか?」

 俺の話を聞いてセフィーがぽつりと言葉を発した。

 

 カルメシアは遊牧民が建国した王国だ。となれば軍の主流は騎馬になるんだろうか?


「神皇国の傭兵団とかつて父が懇意にしていたのですが、その時にカルメシアの騎馬隊について話を聞いたことがあります。勇猛果敢もあれでは度を過ぎている。あれは黒い狼の群れだと……」


 おもしろい話だな。と言う事は、かつてウォーラム王国はカルメシアと事を構えたことがあると言う事になりそうだ。

 手酷い敗北を味わったと言う事になるんだろうか?

 今回の一連の他国への侵攻にあってもカルメシアには手を出さないのはそれが理由なのかも知れない。


 この地図では旧リブラム王国、旧神皇国、それにヨーレムに国境を接した王国なのだが、東の国境はきちんと描かれているけど、西の国境は点線で描かれている。

 ひょっとして俺達が想像する以上の大国なんじゃないか?

 きちんと描かれた国境は、整備された土塁や空堀で騎馬の侵入を防ぐ為の物かも知れない。

 馬から下りた騎兵は、軽装歩兵の良い獲物だと聞いたことがある。


 少し見えてきたぞ。

 ヨーレムの西の守りは、北の守りよりも厳重だと言う事に違いない。より深く空堀を掘り、より高い土塁が築かれているのだろう。

 そんな場所なら1個中隊で容易に1個大隊を阻止できそうだ。

 だから、連中はヨーテルンへの側面攻撃をトーレスティから行いたいんだろう。


 そうなると、この戦が一段落したところで現在の空堀と土塁を見直す必要も出てくるな。騎馬民族が覇を唱えたらかなり面倒な事態になりそうだ。

 ウォーラム王国には緩衝地帯としての役割を担って貰おう。


 夕暮れ直前にウイルさんとリックさんが指揮所に入って来た。

 疲れた表情でやって来るかと思ってたら、生気に溢れた表情を見せてくれる。十分に敵を翻弄できたということなんだろうな。


「まだザイラス達はやって来んのか? 北の戦はつまらんだろうに……」

 席にドカリと腰を落ち着ける間もなく、そんな問いを俺に向ける。


「今夜中には確実でしょう。レクサスさん達を誘ってくるかも知れません」

「早くやって来んと、俺達だけで始末してしまうぞ」


 ワインを美味しそうに飲みながら言ってるけど、少し心配もあるんだよな。


「ところで、矢の予備はまだあるんですか?」

「もう1会戦分だ。ザイラス達が持ってくるであろう予備の矢を待っているのだが……」

「輜重部隊がまだ来ていませんね。次の荷には長弓の矢があるはずなんですが」


 リックさんも心配そうな表情で俺を見ている。

 防衛線を想定していたから、これほど矢を消費するとは思っていなかったことも確かだ。

 ザイラスさん達だって、それほど予備を持ってくるとも考えにくいな。ウォーラム本国で散々暴れていたはずだ。当然、矢の消耗も激しかったに違いない。

 短弓用なら、矢を狩ることもできるんだけど、ウォーラム軍は長弓を使わないからな……。


「至急、トーレスティとクレーブルの王宮に通信を送って長弓用の矢を送る様に伝えてくれ。今度の戦、矢の数で勝敗が着きそうだ」

 従兵が急いで指揮所を出て行った。直ぐに到着するとは思えないが、数日後にはたっぷりと届くに違いない。


「バンター殿は弓意外の方法で敵に当たることを考えぬのか?」

「皆さんを預かってますからね。出来るだけ無傷で本国に戻さねばシルバニア本国を攻められかねません」


 ウイルさんの問いに、そう答えると苦笑いをしているぞ。

 外様の指揮官であることで、おのずと限界があると分かってくれたようだ。


「我等の王国の存亡にかかわる戦ではないということだな。将来的には係わるのであろうが、確かに状況はヨーレムへの依頼無き援護ではある」

「まあ、そんな事でもありますから、自国の兵力を削ぐような戦は以ての外になります。ヨーレム侵攻の邪魔をするという立場で行きましょう」


 いたずら小僧のような戦だとテーブルの誰かが呟いてるけど、それが本当のところだ。可能な限り邪魔をしてやる。そんな考えでいれば良い。



 急に指揮所の扉が開き、ザイラスさんとレクサスさんが入って来た。

 席に座って従兵が運んで来たワインを一気飲みして俺に顔を向ける。


「急にこっちに来いと言うから吃驚したが、手痛い傷を負ったのか?」

「そうでもない。今のところは軽傷の者がほとんどだ。そいつらも馬から下りる時に足を挫いた連中だから呆れるばかりなんだが……。相手の数が多い。俺達だけでは心もとない」


 俺の代わりにウイルさんが説明してくれる。親友同士みたいだからここは任せておこう。


「俺の部隊が1個大隊。レクサス殿が2個中隊。これで十分か?」

「それは我らが指揮官殿次第だな?」


 テーブルの全員が俺に顔を向ける。早く出撃したくてたまらないような表情だ。

 しばらくは休養なんて言い出したら殴られそうだぞ。

 

「2個大隊であれば問題ないでしょう。レクサスさんの部隊を使ってちょっといたずらしても良さそうです」


 テーブルの地図の上に並べた駒を2つ移動して、作戦の説明を始めることにした。

 2個大隊で敵の背後を突くのは当初の予定通り。だが、レクサスさんの部隊は大きく旧神皇国を西に移動して戦線の西を突くのだ。

 

「ザイラスさん達は午後に攻撃してください。レクサスさんは夕暮れ時を狙って貰いますが、その後は西に離脱して西の国境線沿いに北上してください。カルメシア領内には入ってはダメですよ。戦が拡大しかねません」


 レクサスさんが神妙な顔で頷いている。

 これで、少しはヨーレムへの圧力が減るだろう。結果は明日の夜にならなければ分からないだろうな。


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