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SA-172 空城の計ってことか?

 朝早く指揮所に入ると、ラディさんがパイプを楽しんでいた。

 俺を待っていたんだろうな。

「おはよう」と互いに挨拶をして、いつもの席に着いた。


「ラディさんがやって来たと言う事は、ウォーラムの動きに変化があったと?」

「本国と、侵攻軍の2つに動きがあります。先ずは本国ですが……」


 従兵が用意してくれたコーヒーを飲みながら話を聞く。ラディさんはお茶みたいだな。あまりコーヒーを皆が好まないのは寂しい限りだ。


 どうやら、ウォーラムの王侯貴族はリブラムに移動していたらしい。本国の王都を守る軍は2個大隊程度らしく、残りはリブラムと神皇国に移動していたということだ。


「王侯貴族と裕福な市民はリブラムに移動しているようですから、ウォーラム本国はある意味空城と言う事になります」

「どうりで、ザイラスさん達の攻撃を受けても動かないわけだ。ある意味、切り取り次第ということなんだろうけど、あまり切り取ってもね」


 自分の身にあった領地が一番いいだろうな。あまり領地を拡大しても、その時の切り取りを忘れない者達はいつまでも恨みを抱き続けるだろう。

 現状での切り取りは荒地に限られているし、俺達の領土防衛を容易ならしめる範囲に限っている。

 あれなら、後々の禍根を残すことは無いだろう。


「そうなると、ヨーレム侵攻部隊の予備兵力があるということになる」

「ええ、昨夜襲った輜重兵に随伴していた守備兵は1個中隊です」


 1個中隊の意味するところが微妙だな。

 輜重部隊の護衛としては多すぎるから、戦線での消耗に対する補充兵とみるべきだろう。

 さらに小出しにしてくる可能性を考えると、ウォーラム王国の策は中央突破と言う事になりそうだ。

 

「しばらく輜重隊への攻撃は控えた方が良さそうです。次の攻撃は政庁で2日程開けてください」

「放火ですね。なるほど油断したところを狙うのですか……。ですが、それを行うとしばらくは政庁の様子が分らなくなりますよ」

「それは我慢しましょう。政庁への入りと出を監視して貰えば十分です」


 それが可能なだけでもありがたい話だ。

 それに2日あれば、ヨーレムの戦線にも変化が現れるだろう。


 2人で遅い朝食を取ったところで、ラディさんは帰って行った。

 改めて地図を眺める。

 軍の主力が西に移っているということは、少し問題があるな。

 ウォーラムの使える予備兵力が予想した数よりも多いということだ。これは、早い内にザイラスさん達を呼び寄せた方が良いだろうな。

 横から敵を攻撃するにしても、ウイルさん達1個大隊では荷が重すぎるだろう。


 従兵を呼んで通信兵にザイラスさんにここへ移動するように伝えて貰う。

 馬と光通信器を使えば今日中には、移動を開始してくれるはずだ。明日の夜にはここに来てくれるだろう。

 ウォーラム王国に敵軍ん数が少なければトーレスティの部隊だけでも十分だろう。2個大隊が張り付いているし、東の尾根にはシルバニアの部隊が監視をしている。


 サディなら、順調なのか? と聞いて来るところだな。

 順調でもないが、悪くも無い。

 どうにか、色々と策を展開できる状況になって来たというところだ。

 ウォーラム王国の状況も分かって来たから、今回のヨーレム侵攻が失敗したら、100年以上は覇を唱えることは何じゃないか?

 ウォーラム王国の内政はかなりガタガタに違いない。

 旧王都に残った民衆に、どんな弁明をするのか俺も聞いてみたいところだ。


 扉が開いて、通信兵が駈け込んで来た。

「報告します。サンドラ殿の部隊がウォーラム部隊と交戦した模様です。相手は2個中隊程と通信文に添えてありました。以上です」

「ご苦労さま。たぶん夜に本格的な攻撃があるはずだ。十分に備えをしておくように伝えてくれ」


 通信兵が騎士の礼を取って指揮所を出ていく。

 それを見送りながら、温いお茶を飲み、パイプに火を点けた。


 やはり予想通りと言う事になる。

 戦線を東西に伸ばしてヨーレムの防備を薄くしたところを背後から襲うと言う事になるんだろうな。

 一応、定石の通りの作戦だ。

 防備を薄くして、一か所に全軍を突入させるという考えは無いんだろうか?

 その方が容易に突破できるんだけど、それを行わないと言う事は自軍の兵士の数を減らしたくないと言う事になる。

 その考えが兵士を思っての事なら立派な国王だと賞賛するところだが、減らしたくない最大の理由はトーレスティへの侵攻なんだろうな。


 旧神皇国の政庁とトーレスティの国境までの距離が、徒歩で1日程度というのが嫌なんだろう。

 2日程度の距離であれば、ウォーラムの王侯貴族が政庁に新しい王都を築くんじゃないか?

 そこまで領土拡大をすれば、今回切り取ったウォーラム王国の領土は直ぐにも取り返すことができると考えたんだろう。


 やはり、ヨーレム王国への侵攻は失敗して貰おう。

 鎖国政策を取るヨーテルンではあるが、ウォーラムの南を睨む王国には違いない。

 ヨーレムある限り、トーレスティへの侵攻は国境紛争程度の争いで済みそうだ。


 昼過ぎに、ザイラスさんの騎馬隊が俺達に合流すべく出発した知らせを通信兵が伝えてくれた。

 レクサスさんの部隊も一緒だからこれで騎馬隊が2個大隊になる。

 西の砦からデリム村までの国境に展開した2個大隊の軽装歩兵を守るには十分な援軍だ。

 

 ふと、地図を眺めて疑問が沸いた。

 トーレスティの国境近くを東回りにヨーレムを突くのは理解出来る。だが、なぜ西回りにヨーレムを狙わないのだろう?


 ヨーテルン、旧神皇国の西にはカルメシアという王国があるらしい。元は遊牧民だったらしく、その内の一部が定住して王国を造った話を聞いたな。

 となれば人口は少ないだろうし、その戦力自体もそれ程多いとは思えない……。


 戦好きのウォーラム王国を持ってしても、カルメシアに踏み込めない何らかの理由があるんだろうが、それは何なのかをラディさんに探って貰おうか?

 政庁で破壊工作をすればしばらくは政庁に出入りできないだろうと言っていたから丁度良い。

 すでに屯所を発っているから、次にラディさんの連絡があった時で良いだろう。簡単なメモだけを作ってポケットに入れておく。


 指揮所にいるのは俺と従者だけだ。

 寂しく2人で夕食を取る。少し早いけど、今夜の衝突を考えると今の内に食べておいた方が良さそうだ。

 

「私達はここにいてもよろしいのでしょうか?」

「まだ大丈夫だ。戦は今夜では終わらないし、政庁の様子を探ってくれるラディさんの部隊もあるからね。君はサンドラさんの部隊の一員だけど、俺の直轄部隊はラディさん達なんだよ」


 俺の話を聞いて、テーブル越しに食事をしていた従者が驚いて俺を見ている。

 自分達の直接の上官だと思ってたのかな?


「俺達の戦いは、直接戦う事じゃないんだ。サンドラさんやザイラスさん達の戦を支援するための裏の戦と言えば分かって貰えるかな?」

「裏ですか……」


 まだ二十歳にも満たない青年だが、サンドラが従者として使って欲しいと願い出た若者だ。将来を期待しているんだろう。


「裏と言うか、後方攪乱が主な仕事になるな。併せて敵の情報も仕入れる……」


 食事が終わったところで、2人でコーヒーを飲みながら、忍者部隊について、教えてあげる。

 まだ、戦が始まっていないから暇つぶしにもなるし、いつも胡散臭くラディさんを見ているこの若者も、少しはラディさんを見直してくれるに違いない。


「まあ、そんな部隊だ。正面では戦わないけど、サンドラさん達の戦を支援することはできるだろう?」

「攻めて来る敵をただ防いでいたわけではないんですね。どんな部隊がどこを攻めるかを知らせてくれてるということですか……」


「それだけじゃないぞ。政庁で火事を起こせと言っても、君達には無理だろう? だけど、俺達ならそれが可能だ」

「敵が浮足立つという訳ですね」


 それが分れば十分だ。自分達の戦の後ろで、別な戦をしている連中に思いが寄せられるなら、将来の部隊長の資質は十分だろう。

 後は経験と部下からの信頼になるが、それは俺には教えられないからな。自分で磨く事になるんだが、ちゃんとできるかな?


 パイプを楽しみながら地図を眺めていると、通信兵が指揮所に飛び込んで来た。

 息を整えて一気に報告を始める。


「デリナム村に西部の国境で戦闘が始まりました。敵およそ3個大隊。ウイル殿が側面攻撃を行った模様!」

「分かった。すぐに、次の報告が来るぞ。通信兵の数を増やしとけ!」

 

「了解!」と答えて直ぐに指揮所を駈け出して行く。

 3人の通信兵を確保しといたが、軽装歩兵を応援に出しても良さそうだな。光の瞬きを知らせてくれるだけでもありがたいはずだ。


 テーブルの片隅に座っていた従兵に、屯所に残った軽装歩兵を2人程見張り台に上げるように言いつける。

 俺の意図を理解したのだろう。勢いよく頷いて指揮所を出て行った。


 始まったようだ。

 ヨーレムの北の国境は今頃は大規模な戦が始まっているに違いない。

 それにしても、3個大隊とはな……。

 それ程多いとは思わなかったが、敵の策を上手く利用すれば相手を頓挫させるのも楽になるはずだ。明日にはザイラスさん達がやって来る。

 俺達の本格的な戦はこれからだな。


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