SA-171 作戦通りにはいかないものだ
その夜、再びザイラスさん達がウォーラム王都に攻撃を加えたとの連絡が入ってきた。1個大隊の攻撃を受けても、王都の門は固く閉じられたままらしい。
あまり攻撃しては、民衆の被害が増すだけだろう。明日以降は少し離れて状況を見守るように指示を伝える。
3個大隊を擁する王都に攻撃を加えても、動く気配が無いのは少し問題だな。
何か見落しているのだろうか?
地図を前に頭を捻っていると、ロディさんがするりと指揮所に入って来た。
俺の前に座ると、懐から書付を取り出して周辺状況を話し始めた。
「進軍速度が落ちています。ヨーレム国境への到着は明後日になりそうです。ウイル殿率いる騎馬隊の攻撃で1個中隊程の兵士が負傷したようです。戦死者は出ておらぬように見えました。政庁に引き返した荷馬車は5台でした」
「出鼻を挫く事が出来れば十分です。そうなると……」
「輜重部隊を襲って荷馬車の半数を破壊しました。水タルを優先しましたから、前線に到着しても苦労しそうです」
従兵の運んで来たお茶を美味しそうに飲むと、パイプにテーブルの燭台で火を点けて、俺に微笑んでいる。
「引き続き状況の監視をお願いします。明日の日中に、進軍する部隊の後方から側面に沿ってウイルさん達が攻撃を行う予定です。後退時は、デリム村方向に進路を取りますから、注意してください」
「了解です。……誘うのですか?」
「乗ってくれれば、おもしろくなりますよ」
たぶん、乗っては来るだろう。問題は迂回する攻撃部隊だ。
陽動部隊と主力部隊の数をどんなふうに割り振るのかは、相手次第だからな。
まさか、側面攻撃を主力部隊とはしないだろうが、旧神皇国とヨーレムの国境線だけでも100kmを越えているのだ。
いくつ見張り台が作られているかは分からないけど、長らく鎖国政策を取っていた王国だから、その数は大いに違いない。
行商人達がウォーラム王国の動きを事前に知らせたとしても、兵士を急に徴兵できるものではない。
待てよ……。弓兵ならば、それなりに作れそうだな。俺達も民兵の兵種を弓兵とした位だ。もし、そうならばヨーレムの常備兵は3個大隊だとしても、1個大隊規模で緊急時は兵士を増やしていることも考えられるな。
「ヨーレムの国土は大きくはありませんが、西の丘陵地帯で獣を狩る者が多いと聞きました。牧畜は行っておらぬようですが、食肉の供給は他国から購入せずとも可能なようです」
「弓兵ならば直ぐに掻き集められる体制を維持していたと考えるべきでしょうね。そうなると、かなり防衛側に有利になります」
ロディさんが今年の初めにヨーレムの国境を見たところでは、深い空堀と土塁、それに柵が作られていたようだ。
「土塁や、柵には補修の痕が見えました。空堀も、浅くなった場所を掘っているようです」
「再侵攻に備えていたと言う事でしょうね。鎖国政策を続けるならそれ位の事は準備しておかねばならないでしょう。となると、ウオーラム王国はかなりの苦戦を強いられることになりますが……」
そこにもう一つの問題が出てくる。戦線の長さだ。
いくらギリシア火薬を擁する防衛側であっても、長い国境全体を守ることは出来ない。
見張り所をいくつも作って、素早く軍を移動する必要があるのだ。
同一規模の軍隊ならそれも可能なんだろうが、生憎と2倍以上だからな。
「何とかヨーレム王国は存続させたいですね。輜重部隊はラディさん達にお任せします」
「と言っても、我等に出来ることはそれ程多くはありません。では、また知らせを持ってまいります」
ラディさんが帰ったところで、サンドラさんを呼んでもらう。
サンドラさんはセフィーさんと一緒に指揮所に入って来た。
テーブル越しに席に着いたところで、地図を指差しながら指示を与える。
「ウイルさん達がヨーレム攻撃部隊を昼に攻撃する手はずです。攻撃後の離脱方向はデリム村……」
「デリム村周辺で待ち構えると言う事ですか?」
「一応、トーレスティの増援部隊が1個大隊待機はしてるんですが、いったいどれ位の敵兵が釣られてくるか分かりません。後方で待機してください」
2個大隊ならそう簡単に破られることは無いだろう。東への迂回ルートを考えているにしろ、それを行う部隊数がそれ程多いとは思えない。
3個大隊程度なら十分に跳ね返せそうだ。
「了解です。明日の早朝に出発します」
2人の部隊長が指揮所を出ていく。
これで、手持ちの駒が全て配置に着いたことになるかな?
軽装歩兵では間に合わないかも知れないが、荷馬車を使う弓兵だから後方で陣を整える位は十分に可能だ。戦況不利と見れば前進して荷馬車を盾代わりに使って阻止線を容易に作る事が出来る。
ヨーレムとウォーラムの接触は、早ければ明日の夜には起きるはずだ。
昼間のウイルさん達の攻撃で、侵攻部隊がどんな反応を示すか……。それで、今後の戦を予想することは出来そうだが、ウォーラム王都の方は想定外に近い。
さっさと逃げだすかと思いきや、固く門を閉じたままだというのが気になるところだ。
翌日。俺が宿舎である屯所を出ると、南に向かって荷馬車を進める一団が見えた。
サンドラさん達が、出発したらしいな。
馬のいななきがまだ聞こえるところをみると、ウイルさん達騎馬隊が出発するのはもう少し時を開けるみたいだな。
指揮所で、クレーブル王国から届けられたコーヒーを飲む。
コーヒーが好きな事を知ってアブリートさんが送ってくれたのだが、俺以外はあまり飲まないんだよな。
砂糖をたっぷりと入れたコーヒーは朝の一杯に丁度良い。
「良くもそんな苦いのを飲めるな? 俺達はもう少し経ってから出掛けるつもりだ。あまり早いと機動歩兵達に文句を言われかねん」
「なら、ワインでなくお茶にしたらどうですか? これから戦なんですから」
そんな俺の音場もどこ吹く風だ。さすがにリックさんはお茶を飲んでるけど、朝からワインとは困った将軍だな。
「これが最後になるかも知れんからな。それに1杯だけだ」
とは言っても、ビールジョッキみたいなカップで飲むのは問題だと思うな。
「それで、私達は侵攻部隊を後方から南に攻撃していけば良いのですね?」
「それが一番被害が無いと思う。緊急展開して陣を作る前に引き揚げられるでしょう」
「敵の騎馬隊が厄介だが、我等の矢の方が遠くに飛ぶというのは向こうもまだ気が付いてはいないだろう。だが、刈りとることはせずとも良いと?」
「乱戦は避けてください。どうしてもというなら、デリム村の北で待機すれば良いでしょう。相手が3個大隊程であれば、軽装歩兵の陣がかなり怪しくなります」
俺の言葉にワインの残りを一気に飲むと、にこりと笑みを浮かべる。
ジルさん並みの戦闘狂なんだろうか? それとも酒が入ると性格が変わると?
「よし。リック、出掛けるぞ! 我等クレーブル騎兵の名を高めるチャンスだ」
「ええ、行きましょう!」
ウイルさんの言葉にリックさんが大きく頷くと、2人は指揮所を後にした。
さて、これで今日の戦の結果が楽しみだな。
砦の指揮官に場合によっては、1個中隊を貸して貰えるかを従兵を伝令にして確認させる。
必要とは思えないが万が一も考えとかないとな。
さて、のんびりと状況を待つとするか……。
最初の知らせが入って来たのは、昼食を終えてお茶を飲んでいる時だった。
扉がバタリと開き、埃にまみれた鎖帷子の騎士が入って来た。
「報告します。敵の左側面を狙ってウイル殿配下1個大隊が突入しました」
「ご苦労さま。ゆっくり休んでくれ。ところで敵の数は?」
「およそ7個大隊。4個大隊が軽装歩兵、1個大隊の重装歩兵と同じく1個大隊の騎馬隊。残り1個大隊は混成部隊で先頭を歩んでいました」
先頭がリブラム王国の生き残りの部隊なんだろうな。敗軍の兵を最初にぶつけるつもりのようだ。
問題は1個大隊の騎馬隊だが、駆け抜けていくなら追っては来ないんじゃないかな? 俺達が罠を張っていると考えるのが普通だろう。万が一追って来ても、デリム村で止められるはずだ。
地図の上にある駒を動かしながら、今のところは問題が無い事を確認する。
1時間も過ぎたところで、サンドラさん達の部隊も配置に着いたことを、伝令が知らせてくれた。
これで、3個大隊は食い止められるぞ。
次の伝令を待つとするか……。
だいぶ日が傾いて来た頃に、騎士が指揮所に入って来た。
前の伝令と同じようにホコリまみれの鎖帷子を着て、腰の矢筒には矢が1本も入っていない。全て撃ち尽くして来たようだな。
「報告します。長蛇の列に沿って矢を射かけて来ました。敵兵の損害は確認しておりません。我等の後をしばらく騎馬隊が追ってきましたが、やがて引き返して行きました。国境まではかなり距離がありました」
「ご苦労さま。ゆっくり休んでくれ。ウイルさん達は?」
「デリム村で矢を補給すると言っておりました」
俺が頷いたのを見て、騎士の礼をすると伝令は指揮所を出て行った。
やはり長く追っては来なかったか……。
俺達を欺くためと考えられるな。 となれば、今夜辺りにトーレスティの領地に入ってヨーレムの側面を突く考えだったに違いない。
陽動部隊の方向に、ウイルさん達が駆けて行ったから、今頃は軍議に忙しそうだな。
本格的な行動は明日の夜になるとしても、トーレスティの防御を図るためにちょっとした攻勢をかける可能性が高いぞ。
従兵に伝令を呼んでもらい、考えられる状況と明日の日中の攻勢と夜間に行われるであろう本格的な侵攻に対する指示書を渡す。
「これは機動歩兵のサンドラさんに、こっちはウイルさんに渡してくれ。到着する頃は夜になるだろうから、十分気を付けて向かってくれ。帰りは明日で良いぞ」
伝令が元気に礼をすると、指示書を受け取って指揮所を出て行った。
昼間の襲撃の成果はラディさんが明日にも知らせてくれるだろう。
今夜は早く寝て、明日に備えなければならないな。