SA-170 2か所への攻撃
「旧神皇国に、7個大隊が集まっていると?」
「元から1個大隊以上が駐屯していたようです。6個大隊がやって来たそうですよ。1個大隊は旧リブラムの軍のようです」
ここに来ても、敗軍の兵を使いつぶす気でいるようだ。
だが、そうすると本国に残った部隊の数はどうなるんだろう?
「前回と同じです。農民を集めて国境地帯に向かわせたようです」
「となると、王都の守備兵以外を移動してきたと言う事か?」
「その王都防衛軍はおよそ3個大隊。攻めるのは難しい数です」
なるほどね。王都さえ無事ならという事なんだろうな。トーレスティの部隊で容易に切取れそうだ。
ザイラスさんの王都陽動でかなり上手く行くんじゃないか?
「問題は、ヨーレムへの侵攻時期だが?」
「数日以内には始まります。とはいえ、ヨーレム国境までは、歩兵の足で2日以上掛かります。それに、輜重部隊を常に送らねば戦線の維持が難しい事になりそうです」
「爆弾は少し持ってるんでしょう?」
「数個は持っています。輜重部隊を1度狙ってみましょう。カナトルで十分です」
リックさん達に横槍を任せて、ラディさんの破壊工作を楽しみに待っていよう。
にこりと笑って俺の部屋を出て行った。
翌日、指揮所にやって来たのはリックさんとウイルさんだ。親子なんだけど、互いに先陣を譲ろうとしない困った人達なんだよな。
「そろそろ動き出そうとしてるのではないか?」
ウイルさんの質問にリックさんも頷いている。親子なんだから互いに譲ろうなんて気が無いんだろうか?
「動きだせば直ぐに知らせが来ます。準備は良さそうですね?」
返事は聞くまでも無い。このまま出掛けても良い位に全てが整っているのだろう。
「問題は相手軍勢です。およそ7個大隊。1個大隊で突っ込んでも弾かれてしまいます。そこで……」
襲撃は前と同じ夜間限定だ。
基本は遠矢で相手に打撃を与えることに専念する。
2個中隊で相手の側面に沿って2矢を放つごとに場所を変える事。
「これで俺達の部隊数を把握できなくなります。深夜に攻撃して、薄明が始まる前に帰還すれば問題ありません」
「意外と単純な策だな?」
「夜間攻撃では策は簡単な方が良いです。それに長弓ですから距離が出ますよ。狙いよりも距離を重視してください。一晩で矢筒の矢を放てばかなりの損害を与えられます」
予備を含めて用意できた矢は矢筒3つ分だ。2回はそんな攻撃が出来そうだな。
クレーブルから次の矢が届くはずだから、初戦に多用しても問題は無いだろう。
「連絡は来るんだな?」
「ええ、直ぐに知らせますからその晩に先ずは一戦お願いします」
2人が互いに顔を合わせて頷いている。2人一緒なら文句は無いだろう。
2人が帰った後でやって来たのは、軽装歩兵1個大隊を指揮するセフィーさんと2個中隊の機動歩兵を率いるサンドラさんだ。
こちらは防衛部隊だから、今のところ平穏ではいるのだが、ウイルさん達があんな感じだから、少し浮ついているのかな?
「国境線は平和そのものですが、こちらに向かってくるでしょうか?」
「地図で見れば、ヨーレムの側面はトーレスティの領地です。前回はウォーラム軍の正面突破が阻止されましたから、そのために今回は大軍を向かわせています。もし、トーレスティの南西を突破できればヨーレムの東側面に侵攻出来ます」
もし、その策を取るならヨーレムは滅びるだろう。その策を取らせないために俺達がこの砦とデリム村までの防衛線を構築しているのだ。
以前に作った柵と空堀があれば2個大隊程度なら十分に跳ね返せる。
「まあ、のんびり待ってれば良いさ。索敵部隊を放っても良いかもしれないな」
「3つほど放ちましょう。半日程度前に出します」
15kmというところだろう。確かに十分な距離だ。カナトルを使えばそれ程苦労せずに済む。
索敵線を作る3つの駒を地図の上に置く。
かなり、充実してきたな。
後は、侵攻軍が旧神皇国の政庁を出発するのを待てば良い。
2日後、昼近くにカナトルに乗ったネコ族の男が指揮所にやって来て、ヨーレムへの侵攻部隊が、今朝早く政庁を発ったと知れせてくれた。
「ご苦労さま。ラディさんに上手くやってくれるように伝えてくれ」
「了解です。後日、首尾を報告します」
ネコ族の男が去って行ったところで、従兵代わりの機動歩兵にザイラスさんとレクサスさんに作戦開始を伝えるよう指示を出す。
別の兵に、ウイルさん達とサンドラさんを呼んで貰う。
やって来た3人に状況を伝えると、直ぐにウイルさん達が飛び出して行った。
今夜実行するんだろうが、まだ昼前だぞ。
「私達も、厳戒態勢を取ることにしましょうか?」
「いや、敵のトーレスティ方向への移動を索敵部隊が確認してからで良い。心配なら半数を陣で待機させれば十分だと思います」
ある意味、にらみを利かせて入ればいい。
トーレスティ側からの攻撃ができなければ、ウイルさん達の側面攻撃はかなり効く事になる。
ウイルさん達の攻撃でも、侵攻部隊の歩みは止まらないだろう。だが、少しは遅くなるはずだ。
今夜行われるザイラスさん達のウォーラム王都襲撃でウォーラム王侯貴族達が果たしてどちらの選択をするのか……。それが分らねば次の戦ができないな。
パイプに火を点けて、地図を睨む。
それで良いアイデアが浮かぶ時もあるけど、相手の選択次第で状況が大きく変わりそうだから事前の手も打てないぞ。
精々、トーレスティの王都から予備兵力を送って貰う位なんだろうな……。
万が一にも、ウォーラム王都の守備隊と共に旧神皇国に王都を移動しようなどすれば、トーレスティの西に9個大隊が集まりかねない。
その夜。夕食を早めに取ったウイルさん達の騎馬部隊が砦を西に向かって闇に消えて行った。
荒地の夜は真っ暗ではない。すでに満月に近付いた上弦の月が出ているのも丁度良い。
残って俺と一緒に地図を睨んでいるのはサンドラ達だ。
防衛担当だから、敵の侵攻進路に変化が無ければこのまま待機になる。
「ザイラス殿達も今頃は……」
「たぶんね。レクサスさんと一緒のはずだ。レビットさん達は他の大隊と一緒になって、柵の移動を始めただろう」
夜間だから、測量は適当に行っているんだろうが、後で補正しないとダメだろう。少し余分に切り取ってるなら良いんだけどね。
「砦の駐屯部隊と合わせて2個大隊ですが、敵が進路を変えた場合は足りないのでは?」
「王都に増援を依頼している。明日には到着するだろう。そうなると、水が心配だけど、以前の駐屯地から運ぶしか無さそうだな」
荒地の戦は水次第だ。敵が進路を変えるなら、この砦を狙うか、それともデリム村と言う事になるんだよな。
デリム村に新たな増援を向ければ、かなり厚い布陣になる。
明日には、俺達の準備も終了しそうだな。
まだ薄明には間がある時に、ウイルさん達の騎馬部隊が帰還したようだ。
「かなり混乱しているぞ。あれでは部隊を整えるのに時間を食いそうだ」
指揮所に入って来たウイルさんはテーブルの席に腰を下ろしながら報告してくれた。
「矢筒の矢を全て放ったところで帰還しました。今夜の出撃も可能です!」
「とりあえず今夜は無しで良いでしょう。夕方には被害の概要が分かるはずです。とはいえ、いつでも出撃できる状況で待機してくれると助かります」
従兵の持ってきてくれたカップを喉を鳴らして飲んでいるけど、ワインだったはずだ。悪酔いしないんだろうか?
改めて注いで貰ったワインを今度はゆっくり味わっている。
「ようするに、油断を誘うって事か?」
「ええ、今夜なら向こうも準備してますよ。たぶん明日もそうでしょうけどね。ですから、次は日中の行軍時を狙います」
俺の言葉に、ニヤリと笑う姿は似ているな。さすが親子だけの事はある。
「おもしろそうだ。だが、長くは出来んな」
「そうでもありません。進軍途中ですから、長く列を作っている筈です。北から南に向かえば数回以上矢を放てますよ」
行軍で長く伸びた敵軍の側面を走り抜けながら矢を放つ。
敵軍は西に逃走することになるだろう。あえて陣を構えることはしないはずだ。
「残った矢を、その夜に使ってください。出来れば火矢を放つのもおもしろそうです」
2人が顔を合わせて頷いている。
「了解だ。明日は兵を休ませよう。かなりヨーレムに近い場所になるが、退却方向はそのまま東に向かえば良いか?」
地図の上で襲撃場所と退却方向を教えてくれた。その方向にはデリム村がある。
「十分です。デリム村にヨーレムの増援を明日には向かわせることができます。機動歩兵2個中隊もデリムの北に展開させましょう」
陽動と誘いになるな。
あまり釣り出されるとちょっと問題だが、敵に東に向かう意図があるなら、これで誘えるな。
「ザイラス殿から報告です。『ウォーラム王都に火の手を上げた』以上です」
指揮所の入り口で大声で報告すると、通信兵が去って行った。
「ザイラス殿の方は派手に動いたようだな」
「敵の意図がいまいち分からないんで、王都を攻撃させてます。明日の朝にはウォーラム王国の今回の意図が分かると思いますよ」
単なるヨーレム侵攻なのか、それとも先を考えての事か……。それはウオーラム王都の動きではっきりするはずだ。