SA-169 ヨーレムを援護するために
ウォーラム王国動く、の知らせは翌日には各国の王宮に知らせが届けられたようだ。
ウイルさんのいる南の砦に、前回の将軍が集まり対応策を開くと言う事が決まると、ザイラスさんを連れて早速出掛けることにした。
もっとも、俺の乗るのはカナトルだから颯爽と馬を飛ばすということにはならないんだけどね。
南の砦に到着すると、直ぐに館の広間へと通される。
そこには、トーレスティのレクサスさんとクレーブルのリックさんがすでに席に着いていた。
「バンター殿とザイラス殿が来てくれれば万全だな。相変わらず俺はここの番になるが、時代が変わったと言う事なんだろう。ザイラス、皆を頼むぞ」
「隠居にはまだ早かろうに、そこに座ってるんだな。バンター次第では出番があるやも知れんぞ」
そんな言葉を嬉しそうに聞いているぞ。まあ、深刻になっていないだけ良いとは思うけどね。
「それで状況は?」
「トーレスティの国境付近にはまだ姿を見せぬと言う事です。国境より、20M(3km)ほど相手国に進入して物見を置いていますから、今のところ問題ないかと……」
レクサスさんの報告では、トーレスティ侵攻の線はかなり薄れるな。やはりヨーレム狙いなのだろうか?
「神皇国への行商人が何か掴んでいませんか?」
「一応、トーレスティの西の砦には伝えています。行商人の情報が入り次第、こちらに連絡が入るはず。それと国王の指示で、行商人を通じてウォーラム王国に動きがあることはヨーレムにも伝えております」
さすがに国王だけの事はある。国交が無くともそれ位は伝えておいた方が良いだろう。
「これが現状の配置になります。基本は以前の通り、国境近辺に4個大隊を派遣して、リドマックにも軽装歩兵1個中隊を駐屯させました」
依然と異なるのは、リドマック村の駐屯部隊が多くなったことと、尾根の西突出部の砦に1個中隊を駐屯させていること位だな。
「ウォーラムの連中は一体どれ位徴兵したんだ?」
「今のところ不明ですが、全軍を神皇国に送ったわけではないでしょう。東と南の国境防衛は是非とも必要です。その上でヨーレムに再び侵攻を企てたとなると、最低でも9個大隊。場合によっては11個大隊を集めたと見るべきでしょう」
「「何だと!」」
声に出した者、出さぬ者。だが思いは同じだろう。それは無茶な話だ。とその言葉の後ろに続けられたはずだ。
「国を亡ぼすつもりか?」
「ある意味、最後の一手に賭けると言う事でしょうね。前回の痛手をまだ吸収できていませんから、確かに無茶な話だと思います。ですが、ヨーレム侵攻は5個大隊程度では跳ねかけされますよ。王都防衛軍を残して、残らずヨーレムに向うなら、8個大隊程度でも良いでしょうが……」
そうもいかないだろう。シルバニアとトーレスティは国境近くに軍を展開している。要撃部隊がいなければ王都が囲まれかねない。
どう考えても、本国に3個大隊以上は貼り付けなければならないはず、そう計算して9個大隊以上としたんだが……。
「向かった場所はヨーレムならば、バンターの言う通りなのだろう。だが、その兵糧を考えるとウォーラム王国は狂ったとしか思えん」
「とはいえヨーレムに倍する軍隊を送るのだ。場合によってはヨーレム陥落はあり得ると思えるのだが?
レクサスさんの言葉に俺は頷いた。
6個大隊を一度にぶつければ可能だろう。ヨーレムのギリシア火薬の在庫が問題だが、広い戦線で一斉に使う事など不可能だ。
1個大隊でも国境の空堀や柵を越えられたら、たちまち戦線が瓦解しかねない。
ヨーレムにとっても王国の存続を掛けた戦になるだろうな。
「トーレスティの隣国としてヨーレム王国には残って貰おうと考えていますが、それは賛成して頂けますね」
俺の言葉にレクサスさんとウイルさん、それにリオさんが頷いてくれた。
賛成ってことだな。なら、話は簡単だ。
「旧神皇国が彼等のヨーレム侵攻の拠点になるでしょう。ヨーレムへの行軍開始と同時に……」
地図の上の騎馬隊、2個大隊をウォーレム王都に動かした。
「王都にあれを使うのか?」
「30個もあれば良いでしょう。その後に火矢を放てば被害を大きくできます」
俺とザイラスさんの話を首を傾げて他の王国の3人が見ている。
あまり見せたくはないが、この場合は仕方がないだろうな。
「王都を襲撃すれば、ウォーラム王宮はどう出るでしょうか? 2つ考えられます。1つは、旧神皇国の軍勢を引きかえらせて俺達を追い出すか……。もう1つは、王宮から王侯貴族が旧神皇国に逃げ出すか……」
「王都に立てこもるという選択肢は?」
俺の話を聞いてもう1つの選択肢をリックさんが聞いてきた。
確かにそれもあるのだが……。
「王都の人口は10万を超えています。王都の人達を飢えさせると王宮の連中に反旗を翻さぬとも限りません。食料倉庫とて精々10日分。商隊や周辺の砦の倉庫から食料を運んでいる筈です」
「確かに王都の最大の弱みは人口の集中だな。バンターが砦暮らしをしている理由が良く分かったぞ」
「ですが、それでしたらあらかじめ王都に周辺の町や村から食料を運び込む事で容易に対処できると思いますが?」
レクサスさんの考えも一理ある。だけど、集めた食料の保管をどこで行うかが問題になるし、煮炊きには焚き木もいるのだ。
住居を壊すことで一時的には対処できるが、それでも1か月というところだろう。それに壊された家の住人の行先も課題として残りそうだ。
「ならば、王宮を棄てて旧神皇国に一時避難することになるだろうな」
ザイラスさんが新しい駒を地図の上に乗せた。
たぶんそうなるだろうな。旧神皇国から旧リブラムとウォーラム本国を支配することになるだろう。そうなればヨーテルン侵攻は予定通り継続することも可能になる。
「せっかくウオーラムから王侯貴族が逃げだしてくれるんですから、少し切り取っておくのも良いかもしれません。ですがこの範囲までです」
シルバニアの西の尾根の西側をそっくり頂く形になる。三角形に領地を広げるのだが、ウォーラム王都にかなり近いところまで食い込む事が出来る。
「それは少し欲張りすぎる気もしますね。とはいえ、国境線そのものはさほど広がらないんですね?」
「ええ。出来れば街道の北はシルバニアに頂きたいところです。尾根の北に見張り台を置けばシルバニアは安泰です」
「クレーブルに利は無いようだが、レーデル川の西を領土に加えたのだ。他国の領土拡張に国王は反対せぬだろう」
「問題はヨーレムの救援です。国交を閉じていますから、ヨーレム側に軍を送り込めません。前回同様、ヨーテルン侵攻部隊の横を突く形になります」
ウォーラム攻略部隊は、トーレスティとシルバニアの混成部隊だ。王都襲撃をザイラスさんとレクサスさんが行い、新たな柵の構築と国境防衛をトーレスティの軽装歩兵2個大隊が行う。
旧神皇国との国境線は俺とサンドラ達機動歩兵とトーレスティの1個大隊が請け負う事になる。トーレスティの西にある砦にも1個大隊近くが駐屯しているから、防衛だけなら問題あるまい。
リックさんとウイルさんの率いる騎馬隊1個大隊がヨーテルン侵攻軍の横を突く部隊となる。
遠矢で攻撃するだけだが、ヨーレム側からすればありがたいどころの騒ぎではないだろう。
「バンター殿はこの砦にいてくれ。ここなら2方面の情報が分かり易いだろう」
ウイルさんの言葉に頷いておく。
今度は、戦の場に出なくとも済みそうだ。
大まかな作戦が立ったところで、ワインのカップが運ばれ宴会が始まる。すでに2つの王国に早馬が走ったようだ。2日後には、作戦の修正もしくは許可が下りるだろう。
「だが、ウォーラム王国本土を四分の一程、頂く事になるぞ。かなり激戦になると思うが?」
「にがにがしく思っても、手を出さないと思います。ウォーラム王国の目的は海への出口だと思います。肥沃なヨーテルンを手に入れられるなら本国等どうでも良いのではないでしょうか? そう考えないと、これほど短時間で兵士を揃えるなど愚策も良いところです」
等価交換の考え方なんだろうな。ヨーレムを手に入れることで釣り合いをとるつもりなんだろう。
それにギリシア火薬の秘密が手に入れば、将来のトーレスティ侵攻も容易だと思っているに違いない。
「敵にも攻める順序があると言う事か?」
ザイラスさんの問いに頷く事で答えた。
テーブルの連中が全員唸っているぞ。
「その順序で侵攻を企てた時、2度敗戦を味わえばどうなるでしょう? 領土に食料は乏しく、耕す農民も徴兵していますからね」
「内乱が起こらずとも、来年の租税の徴収はかなり厳しいものになりそうだな」
「農民の夜逃げが始まります。王国の根本が揺らぎますよ」
リックさんの言葉に皆が頷いている。
ヨーレムを守れればウォーラム王国は、しばらくは殻に閉じこもる事になるだろう。
一度荒れた土地を再び豊かな畑にするためにどれだけ時間が掛かるのか。
耕すに人無く、耕さねば荒地が広がる。
王国の再建にはかなりの年月が必要になるだろうな。
一時的には神皇国の蓄えた財宝を使って穀物の輸入ができるだろうが、それもいずれ枯渇してしまう。
2つの王国からの作戦了承を受けて、サンドラの機動歩兵1個中隊を率いてトーレスティの西へと向かう事になった。
ザイラスさんの方も準備出来次第の出発となる。
予定地点までの終結は5日を予定しているから、それほど急ぐことはないのだが、ヨーレム侵攻がいつ行われるかは予断を許さぬ状況だ。
前回はデリム村周辺で陣を張ったが、今回はトーレスティの西の砦だ。増築された屯所と倉庫を一時的に拝借して指揮所を作る。砦から北方向に荷馬車を並べて柵を作り、敵の攻撃にはそれを使って防衛線を構築するつもりだ。
砦の東にリックさん達がテントを張って陣を築いているのが見える。
さて、ラディさんの来訪を待つことにしよう。
ウォーラムの内情は出来るだけ知っておきたいからね。