SA-167 役割分担
具だくさんの魚醤仕立てのスープにソバが入ると、俺の故郷を思い出す。
たまたま訪れたロディさんに振る舞うと、直ぐに北の村に広まったようだ。それまでは、煮込んだソバの実をスープに入れて食べていたらしい。
「やせた土地で良く育つとはおもしろい作物ですな。来年はたくさん採れますよ」
次にやって来た時にはそんな話をして帰って行った。
ミクトス村でもそれなりに評価してくれているようだ。あっちはクレープのようにして食べているらしいけどね。
綿の実を取るローラー2つを合わせたような仕掛けはリーダスさんが作ってくれたが、ローラーの間隔が異なった物が3つあった。
これも試行錯誤なんだろうな。言っていることは理解できてもその通り動くとは限らないって事は多いからな。
そんな中で、種の厚さの半分ぐらいなものが、上手く種を分離できる事が分ったから、10台ほど作って貰った。種を次々と取り出して小さな袋に集めておく。
30個程の綿の塊にはたくさんの実が入っている。
来年にはこの茎が100個以上採れるんじゃないか。その次には千本を越える収穫が得られるだろう。
それまでには、何とか用水路を整備しておきたいものだ。
桑の木がちゃんと根付くかどうかは疑わしいけれど、ダメなら何度でも植えれば良い。ある程度育ってくれないと次の段階に移れないからな。
アルデス砦は雪に包まれている。
ミューちゃん達はクリスを連れてソリ遊びに夢中になってるけど、ミューちゃんもお年頃なんだよな。いつまで俺達とこの砦にいられるかを考えると寂しくなる。
パチパチと暖炉の焚き木が勢い良く燃えているから広間は暖かだ。
もうそろそろ、大使達が集まってくるころじゃないかな?
サディと2人でのんびりお茶を頂きながら、待つことにした。
数人の大使がご婦人連れで集まると、マリアンさんがあたたかなお茶を用意する。大使達の宿舎からこの館までは屋根付きの回廊が巡らされているから、雪は問題ないだろうが。あたたかなコートは必携だ。
コートを扉近くにいる魔導士のお姉さん達に預けて、いつもの席に座る。
「やはり山裾ですから雪が凄いですな。これほどとは思っていませんでした」
「積もった雪は初めてですよ。雪は降るのですが、直ぐに融けてしまいます」
トーレスティやクレーブルは南の地だからね。その点、トルニア王国のハーデリアさんは慣れているのか、2人の大使と比べると薄着に見える。
「雪が多いほど収穫が多いとトルニアでは言われています。雪で閉じ込められた時期は皆家で過ごしていますわ」
「それです。雪が深ければ外の仕事ができない事になります。この砦よりも更に山近くの村はどのように冬を送るのですか?」
要するに、冬場の現金収入は何かと聞いているんだな。
3か月以上はあまり外に出られないからね。確かに興味があるだろうな。
「シルバニアには2つの鉱山があります。鉱山は地下ですから冬でも採掘は継続します。この砦の北にある村は鉱山を持ちませんが、家畜を育てています。たぶんチーズ作りに精を出している筈です。それに、炭焼きも大事な収入源になります」
山で伐採した雑木を使った炭作りは、今でも貴重な現金収入になっている。ただ、あまりやると山が荒廃するから、春から初夏にかけては植林の季節にもなっているのだ。
「チーズとバターは交易で手に入れていますが、規模が大きくなればシルバニアから購入できますな」
「行商人が販路を見付けようとしてますよ。トルニア、クレーブル、トーレスティにも足を延ばしている筈です」
「牧場はこの砦の北西ですよね。我が王国にも似た地形があります。同じように牧畜が出来るでしょうか?」
「十分可能だと思いますよ。ですが、トルニアは羊よりも馬を重視していますね」
俺の問いにハーデリアさんが頷いた。
30頭の馬を送ってくれる位だから、大きな牧場があると睨んでたんだが、やはり馬を育ててたんだな。
「戦が続く世であれば、馬も良いでしょう。ですが、しばらくは戦は起こらないと思っています。馬に代わる産業を模索していたのですが、シルバニアの牧場を見て、是非とも我が国でも始めようと思っています」
「2つの産地が出来れば、別の交易品を探さねばなりませんな。バンター殿が新たな交易路を開拓しようとしている事に結び着く事になりますな」
商業は色んな産業とリンクしているからな。
ある意味物流を制御することになるわけなんだが、1つの事に固着した考えを商人が持つと、発展が止まってしまう。
だからと言って、次々と新たな試みをするようでは直ぐに破綻してしまうのも確かだ。
「あの交易船の話はクレーブルでも話題になっております。新たに3隻を建造して、2年後にはいよいよ船団を組んで出掛けられますぞ。漕ぎ手を半減と考えていたそうですが、そもそも漕ぎ手を必要とせずに航海が可能だそうです。軽装歩兵を10人ずつ乗せれば海賊にも対抗できそうです」
2つほどカタパルトを乗せても良いだろうし、船足が速ければ海賊船との遭遇も少なくなるだろう。
「それで、バンター様は何を見付けようとしておられるのですか?」
ハーデリアさんの質問に、2人の大使も興味を持って俺を見ている。一度話したことがあったけど、あれはアブリートさん達だからこの場にいる人達は知らないんだったな。
「絹の原料……。と言えば理解して頂けますか?」
「「絹ですと!」」
各国の大使が思わず声を荒げて椅子から立ち上った。
直ぐに自分の行動に恥じて椅子に座り直している。やはり驚く事なのかな?
「一つ教えてください。バンター様は絹をどうやったら作れるのかを知っておいでなのですか?」
「ええ、昔住んでいた地方は一大産地でした。その後廃れたので今では作っていませんけどね」
「絹が廃れる等という事があるのでしょうか?」
「他の地方で安くできるなら、買ってくれなくなりますよ。一つの産業にこだわる事は問題です」
次々と産業を生む必要が出てくる。交易だけで王国を維持することは至難の業だ。その為に、風変わりな連中を集めて将来に備えようとしているのだが、結果が出るのはずっと先の事になるんだろうな。
「もし、絹ができるなら是非とも我等にその技術を開示して頂きたいですな」
トーレスティの大使の言葉に他の2人も頷いている。
「それは出来ぬ。シルバニアの農業は他国と比べて収益にとぼしい事は分かって頂けたであろう。その農家の収益を増すためにバンターが苦心して考えた方策じゃ。それに、一番重要な事は、絹を最終的に作るのはクレーブル、トーレスティを考えておる。これにトルニアが加わるのであろうが、我等交易に使う絹は作らぬ」
「それは、原料の途中までは作るが最終的な形には我等の王国を使うという事ですか?」
「そうせねば、再び争いが起こるであろう。バンターはそれを危惧しているようじゃ」
「私達は、絹をこのような形の布として知っているだけです。女王陛下は、織物としての仕事は私達の王国にお任せすると……」
「バンターの話では、絹織物の1巻が銀貨を積んで手に入れることになると教えてくれたぞ。上手く周辺王国と共存するのであれば、我等が作るのは織物の糸までだと言っておった」
「糸から布を織る技術は麻織物を織る技術が使えるでしょう。ですが、そのままでは織ることは不可能。かなりの改良が必要です。これは各国に負って頂けるとありがたいです。何とかシルバニアで絹糸を作りますから……」
俺の言葉に各国の大使が考え込んでいる。
すでに計画は動いているから、商人達が先行して綿織物をどうするか考えているだろう。
先ずは綿織物を作り、次には絹と段階を踏んだ方が良いだろうな。
「シルバニアの国土は小さく、土地も痩せています。今は銀鉱山で繁栄していますがいずれは枯渇していきます。その前に銀に変わる産業と考えた物ですから、シルバニアとしても絹糸作りは簡単ではありません」
静まった広間に、お茶が運ばれてきた。カップを交換する音がカチャカチャと聞こえる。
「バンター殿に期待することなく、我等も努力する事が必要と言う事ですな」
「富を独占せずに、他国の利益も考えれば我もそれが良いと思う。我等で出来ぬ事は無かろうが、それでは独占となってしまうからのう」
絹糸作りは独占なんだけどね。苦笑いを浮かべてパイプを楽しみながら3人の大使の表情を眺めていた。
最初の驚いた表情が消えて、今は思慮深くサディの言葉を聞いている。
納得しているのだろうが、その後の作業を自分達の王国で行えるのかを考えているんだろうな。
いつの間にか昼食の時間になったようだ。
大使達との会食が終わると、足早に大使達が帰っていく。
少し経ったところで、騎士達が砦を出て行ったことを兵士が報告してくれた。
たぶん、自分達の王国に早馬を向かわせたのだろう。東の峠を越えるのは大変だろうな。昔の山賊時代も冬は苦労したからな。
「上手く根付くじゃろうか?」
「ダメなら、再び運んで貰います。桑が育っていなければ、カイコは飼えません」
他の植物でも食べれば良いのだが、カイコは桑しか食べないと聞かされたぞ。
軌道に乗ったら試してみるのも良いかもしれないけど、最初は教えられた通りで行こう。
10ほどすれば、各国の王宮から俺達の計画に対する返事が届くはずだ。クレーブル国王の内諾は得ているつもりだが、トーレスティとトルニアの王宮がどんな返事を持ってくるか楽しみだ。