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SA-163 トルニア王国の切れ者


 新たに部屋に入って来たのは、トーレルさんと同じ位の年代の男女だった。

 たぶん夫婦なのだろう。20代後半と言った感じがするな。

 俺達に一礼すると、トーレスティの大使夫妻の隣に腰を下ろした。


「シルバニア女王陛下とバンター殿には初めてですね。トルニア王国からの特使である、ハーデリア様と夫であるバルトネン第一騎馬大隊隊長です」

「お噂はかねがね……。お会いできて光栄ですわ」

「戦場で会っていたならここにはいまい。仮初の平和によりバンター殿と合う事ができた」


「シルバニア女王のサディーネじゃ。たぶん、バンターの計画に興味を持つのであろう。バンターを渡す事はできぬが、我等の居城に出入りを許そうぞ」


 サディとしてはクレーブルと同じ境遇を与えると言う事になるんだろうな。となると、シルバニアにも大使が乗り込んできそうだ。


「バンター、先ほどお主が言ったトルニア王国の切れ者とは、こちらのハーデリア殿だ。忌憚なく思うところをたずねるがいい」


 国王が俺に水を向けてきたが、急に言われてもねぇ……。

 とりあえず、早急に確認しておかなければならない事だけでも片付けておくか。


「春に軍馬を頂きありがとうございます。ザイラスが新人にはもったいないと言って、誰を乗せるか迷っているほどの良馬です。それはさて置き、トルニア王国軍の全軍を持ってシルバニアに攻め込めば、我等正規軍3個大隊では防ぎようもないのですが……。いまだに軍を増強する理由は何でしょうか?」

 

 軍の増強を聞いて他の連中は驚いているようだ。だが、トルニア王国の2人はジッと俺を見て笑顔を崩さない。


「尾根の向こうで暮らしても、我が王国の情勢は筒抜けのようですね。現在の王国軍は6個大隊。増強の規模は新たに3個大隊を考えています。バンター殿ならこれで答えになりますね?」


 要するに自衛軍だな。3つの王国を取り込んでしまったからには治安維持のために、要所に軍を駐屯させる必要があるのだろう。以前であれば各国の軍が5個大隊であったから、トルニア王国がそれを踏襲するなら20個大隊を持ってもおかしくは無い。だが、相互に対峙する必要が無くなった以上、防衛部隊と治安維持部隊の2つを持てば十分だ。軍は半減することになる。


 いくら俺達が他国に侵攻しないと宣言しても、それを鵜呑みにするようでは王国を維持することなど不可能だ。

 侵攻を遅延して増援が到着するまで戦線を維持できる部隊は最低限必要になる。

 俺達が中隊規模で尾根に部隊を展開しているのもそれが目的だ。


「東への備えは重要でしょうね。要衝に騎馬部隊となれば、半数は騎馬部隊を持つ事になります。贅沢な軍に思えますが、それなら十分にトルニアを防衛できるでしょう」

「9個大隊は大軍ではないのか?」

 

 俺が納得しかけたのをおもしろそうな表情をしてクレーブル国王が聞いて来た。


「それだけトルニア王国の版図が大きいのです。西にシルバニアとクレーブル万が一の侵攻に備えて南北に連なる国境に2個大隊を展開。東の騎馬民族の侵攻に備えて同じように2個大隊。たぶん軽装歩兵の部隊でしょう。その後ろに1個大隊ずつ騎馬部隊が駐屯。防衛だけで6個大隊になります。王都の防衛と緊急展開に2個大隊、町や村の治安維持に1個大隊ならば、他国への侵攻は考えられません。さらに数個大隊の徴兵を行うようであれば、我等も覚悟が要ります」


 それがウォーラム王国と大きく異なるところだ。少なくともトルニア王国は王国の拡大を停止したように思える。

 ハーデリアさんが言った軍の規模は、キューレさんの調べてくれた数値に一致する。この場で嘘は言わないようだな。


「となれば、バンターの危惧は無くなるのではないか?」

「もう一つあります。外交は硬軟取り混ぜてが基本でしょう。外交交渉によるトルニア王国への取り込みも我等は考えねばなりません。そもそも戦で相手を攻略するのは下策なんです。相手の資源をそのまま自分の手にすることこそ最良の手段と考えます」


「それは我等も考えなければなるまい。だが、そんな手段とならないように周辺諸国と手を結ぶのが国政を行う我等の務めではないのか?」


 確かにその通りなのだが……。国力の違いが経済力の違いになって表れかねないんだよな。


「その通りです。ですから、友好を結ぶ上では国力の違いをどのような形で同一とするかを考えねばなりません。大国であれば経済力が我等とは異なります。俺達が交易船を1隻作るのがやっとでも、大国であれば2隻以上作れるのです」

「将来的に、交易を取って変わる事態が生じると?」

「場合によっては交易港を新たに作る事も可能です。それらをどのように考えるかも十分に調整できなければ安易な友好は避けるべきだと……」


 俺の話で部屋に沈黙が訪れた。反論が無いところを見ると、やはり考えていたって事に違いない。

 だが、俺としては友好を結ぶこと自体は賛成なんだけど、それは分かって貰えたんだろうか?


「ガルトネン殿がバンター殿がシルバニアにいる限り、我等はあの3王国に手が出せぬと言った理由が理解できました。ですが、今のお話では友好を結ぶことには賛成と私は捕えたのですが?」

「もちろん賛成です。ですが……」


 言葉を繋げる前に、ハーデリアさんが頷いた。真意を分かってくれたようだ。


「その危惧は私も持っております。ましてバンター殿の戦上手はトルニア王国の王宮にまで良く知られている話です。1個小隊でも残したならトルニアは1年も経たずに滅びるであろうとまで言われておりますよ。国王は厳命しました。シルバニア、クレーブル、トーレスティの3王国への侵入はトルニア王国が続く限り絶対に行ってはならぬと……。その代わり、3王国の治政の良いところを学んで我が王国に取り入れて王国を繁栄に導けと。ですから私達の友好条約については対等を目指したいとは思いますが、現状よりも一歩踏み出す形であれば問題はありません」


「そこまで考えているならば、俺に反対する理由はありません。国交を開いて互いに国民の幸せを考えましょう」

「意外とバンターは固い性格だな。まあ、我等を思ってのことに違いないのだろうが、そうなると新たな交易路の開拓にも加わって貰わねばなるまい。シルバニアは賛成でよいのだな?」


「外交はバンターに任せておる。バンターが賛意を示せば我もサインをしよう」


 場にほっとした雰囲気が流れる。

 俺の意見が意外だったようだけど、単なる反対ではなく、条件付きの賛成だと分かってくれたようだな。

 面倒な手続きはアブリートさん達に任せておけば良い。俺の考えを理解したなら、対等条約に経済力の違いによる条件が付加されるはずだ。

 ハーデリアさんも、現段階では満足と言う事になるだろうな。それを切り崩す手を考えてはいるようだが、やりすぎると俺達の反撃も考慮しなければならない。

 中々の才媛だな。トルニア王国の切れ者の正体が分っただけで良しとしよう。


「シルバニアにトルニア王国の大使を送ってもよろしいでしょうか?」

「構わぬが、生憎と我等の王国は人材不足。交換できる大使はおらぬ。それにアルデス砦は小さな砦じゃ。客室を増築しておる最中じゃが、従者を含めて10人程度の宿舎を用意できるぐらいじゃ」

「十分です。晩秋でよろしいでしょうか?」

「それ位には完成出来ておるじゃろう。クレーブル、トーレスティもその頃ならだいじょうぶじゃ」


「難しい話はここまでだ。バンター達が別荘にやって来た本当の理由は何だ? 単なる気分転換とも思えぬ」

「ちょっと探してほしい植物がありまして、それを頼むつもりです。東方世界にあると思うんですが、荒地で家畜を飼えるか試したいと……」


「その知識が我が国にも欲しいものだな。上手く育てば我等にもその植物を分けてくれるのか?」

「いいえ。シルバニアの新たな産業にしたいと思っています。その産業の製品は他国にも供給できますから上手く加工してください」


「加工は我等に任せると? 利益は出るのか?」

「銀を凌ぐと思っています。ですがそれには加工がどうしても必要……。全てをシルバニアで行おうとは思っておりません」


「銀を凌ぐ加工製品の利権を我等に任せると! そうなるとシルバニア王国の原料生産次第になりますが……」

「それ位はシルバニアの取り分にさせてください。加工は行いません。たぶん最終的な値の2割から3割程度でお渡しできるとは思っているのですが……」

「それが何かを聞きたいですね。それ位は構わないでしょう?」


「今のところは秘密にしておきましょう。全体の作業は俺の住んでいた地方で行われていましたから、見たことはあるのですが自分で行ったわけではありません。材料ができるまでのリスクは全てシルバニアで負う覚悟です」


 絹なんて言ったら驚くだろうからな。

 ある程度先が見えてきてからで良いだろう。


「最後に私からのお願いなのですが、硬貨を新たに作ると言うお話でしたね。トルニア王国としても同じ比率で作る事を考えております。友好国間での商取引を円滑にする上で、是非ともトルニアを含めて頂きたいのですが……」

「金と銀の比率と大きさ、重さについては、アブリートから聞くが良かろう。我等も賛成だ。とはいえ、そうなると施行を年明けと同時というのは無理があるか?」


「間に合わせます。旧硬貨は国内で使えばとりあえず何とかなるでしょう。図案に迷いますね」

「我等は昔通りだが、シルバニアは花の図柄と聞いたぞ。我等も感心した次第だ」


 サディがバッグから硬貨を取り出して披露している。

 自分の好きな花が硬貨の図柄になったんだから嬉しいんだろうな。

 


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