SA-162 3王国の会議
アルデス砦に石を刻む音がカンカンとこだましている。
客用の宿舎を改造して、外交官達の宿舎にするためだ。旧王都に邸宅を与えてはどうかという話も合ったのだが、それなら近くに別荘をなんて話になったからあわてて断っておいた。
アルデス砦の周辺は牧歌的な風景が良く似合う。
ログハウス位ならふもとの村に向かう谷間を越えた西側に作っても良いような気もするけどね。
「やはりアルデンヌ大聖堂が近くにあるというのが、皆がこの地で暮らしたいという願いになるんでしょうね」
マリアンさんがそんな事を言い出した。
まあ、分らなくもないな。それなりに著名な画家がふもとの村に何人か滞在して、大聖堂の絵を描いているらしい。
その絵の片隅にはどの絵も判で押したようにアルデス砦の白い姿が描かれているのだが、その姿が、余りにも小さいんだよな。バランス的におかしいと思っているのは俺だけなんだろうか?
この広間にもそんな絵の1つが大きな額に入って飾ってあるけど……。
「アクセントにゃ。無いとしっくりこないし、同じように描くと誰もアルデス砦に目が行ってしまうにゃ」
ミューちゃんが評論家のような口調で解説してくれたんだが、俺は理系の人間だから、縮尺を変えるのは違和感があるんだよな。
「バンター……。絵画は心に映る姿を描くのじゃ」
「信仰心が高い人達であることも、直ぐに理解できますね」
そうなのか? やはり俺には理解出来ない世界があるんだな……。
まあ、絵画を理解できなくとも死ぬことは無さそうだから、気にしないでおこう。
もっとも、ザイラスさん夫妻も、壁の絵画を眺めてアルデス砦をもっと大きく描かせるべきだと力説してたから俺と同じような感性なのかもしれない。
「ところで、道具は手に入れたのじゃな?」
「ちゃんと揃えたにゃ。3式を画家さんに揃えて貰ったにゃ」
「うむ。やはり我等の砦は我等で描くのがスジじゃろう。別荘で港を描くのもおもしろそうじゃ」
ひょっとして、3人とも絵を描こうなんて野望を持っているのだろうか?
それなりに素質が必要なんだろうけど、自分で描くのはたいへんだぞ! まあ、趣味として続けて行けばその内何とかなるのかも知れないけど……。
そんな楽しみをサディ達が話しているのを聞くと不安な気持ちが先に出てくるのは何故なんだろう。
国造りの邪魔をしなければ良いのだけれど、絵にポイントが足りないなどと言って新たに施設を作りそうなのが怖いな。
夏が近づいても石工達の槌音が聞こえてくる。石造りの建物は時間が掛かりそうだな。
これが終われば、用水路と思っていたのだが、工事が始まるのは秋以降になりそうだ。
初夏が近付いてアルデンヌ山脈の緑が濃くなって来た頃、俺達は馬車に乗ってクレーブル王国にある別荘へと向かう。
護衛部隊はトーレルさん達だ。当然一家総出だから、長女もだいぶ大きくなってクリスと一緒に別の馬車に乗っている。
「バンター殿も馬を使うことを覚えられたらいかがですかな?」
「いや、このカナトルで十分です。それにしても、馬を30頭もトルニア王国が我等に送ってくれたのには驚きました」
「全て、優秀な軍馬です。トルニア王国本国は東の騎馬民族とも交易があるでしょうから良い馬が手に入るとは聞いておりましたが、あの馬を見て事実であると確信しました」
そんな馬を送って来るのはどういう腹積もりなんだろうか?
そっちの方が気になって仕方がない。
「商館を旧王都に作った礼としても、過分ではあります。となると、やはり友好を結びたいと言う事になるのでは?」
「かつてのマデニアム王国よりも手強そうです。一度小競り合いはしたものの、それ以降は国境線にも近付かないようですが、硬軟を取り混ぜた外交を行えるだけの人材がトルニアにはいるようですね」
それに引き換えウォーラム王国は対処しやすい。
勢力拡大のみを念頭に行動しているからな。軍の規模がある程度大きくなるのを待ってトーレスティかヨーレムに攻め込むつもりのようだ。
ヨーレムも特殊な王国には違いない。鎖国政策で他国との交流は殆ど無いが、行商人の通行は許しているようだから少しは情報が入って来る。
とはいえ、ギリシア火薬は軍の機密だろうから、その秘密を探ろうとすれば無事に帰ることは出来ないだろうな。
「最初はクレーブル王都でよろしいのですね?」
「たまには出向かないと、色々と言われそうだ。対等の王国ではあるが、女王陛下の後見人を自負しているだろうしね」
御后は父方の叔母だし、アブリートさんは母方の伯父だ。
クレーブル王国の軍を持ってマデニアム王国軍をカルディナ王国から駆逐したかったに違いない。
王女の存命を知って涙を流していたからな。
だが、俺達で何とかマデニアム王国軍を亡ぼしたことも確かだ。助力して貰ったけど、もっと多くの兵力を貸してくれたかも知れない。
「将来は統一されるんじゃないかな? それは俺達のずっと後の子孫達の命題だ。今はこの関係で良いと思うよ」
「戦になると?」
俺の隣で馬に乗っていたトーレルさんが驚いて俺を見下ろした。
笑顔で見返して首を振る。
「戦でなくとも統一はできるんです。互いの利害が完全に一致した時にね。その大前提は王国の施政者が世襲では無い時に可能なんですが、今は世襲制でしょう? まだまだ先の話です」
この世界に民主主義の時代が来るのは何時になるだろうか? きちんとした施政で国民を幸福に導けるならかなり長い年月が必要だろう。革命でも起きて王族が全て亡くなれば直ぐにも起こることになるんだろうが、しばらくは混乱が続きそうだ。
「ですが、バンター殿はそんな世界を知っていると?」
「ええ、いくつか例を知っています。そんな世界を目指そうかとも思いましたが、100年では無理でしょうね……。かなり先の話になりそうです」
「ほっとしました。数年でそんな世界を作るのではと思いましたから……」
俺達の名前が、シルバニア王国の昔話になるころになるだろうな。しばらくは互いに協力して互いの危機を乗り越えることになりそうだ。
2日後には、元南の砦でウイルさんの歓迎を受けて4日後にクレーブル王都に到着した。
引き連れて来た騎馬隊2個分隊は王宮の騎馬部隊と一緒の屯所を使うらしいから、毎夜宴会をするんじゃないかな。
トーレル夫妻は奥さんの実家に向かった。孫を見せに出掛けたんだろう。
俺達は王宮の客室で数日逗留することになってしまった。この機会に相談することが色々とあるらしいのだが……。
午後に国王夫妻からお茶に招かれた部屋には、トーレスティの大使夫妻とアブリート夫妻が同席していた。
椅子を引いてサディを座らせたところで俺も隣に座る。
ある意味、3か国協議に近いメンバーだが、いったい何を話題にするんだろう?
「ここではパイプは自由にいたせ。ワシも楽しむからのう。ところで、おもしろい人材を集めるようだな?」
「それですか……。シルバニア王国では2年ほど前から測量を行って正確な地図を作ろうとしています。どうやら三分の一ほどが出来ましたが、それを使って用水路を作ろうとしています……」
用水路を単に作るのではなく、それを使って製粉工場も作りたい。さらには、開拓地への効果的な貯水池作りと支線作り。堰や水門制作等、色々と作らねばならないが、そんな設備を見掛けたことも無い。となれば、新たに作る事になるだろう。
「新たに作るとなれば、今は無い物を作る事になるわけですから、既存にこだわらない考えの持ち主、俗に変わり者と呼ばれる連中が一番適していると思われます」
そんな俺の話をおもしろそうに皆が聞いているぞ。
どうやら、新しいシルバニアの取り組みを知りたかったようだ。
「なるほど、バンター殿は常識を持った人間はあまり必要無いと見える。それならたくさんいそうなものだが、あまり変わり者でも困りそうだな。その辺りの人材は選び終えたのか?」
「すでに絞り込みに入りました。彼等の暮らしに必要な生活費と活動資金は我等で出すこともトーレスティと調整が出来ております」
国王の問いにアブリートさんが答えているけど、すでに人選は終わっているようだな。
「その成果は3王国で共有とするということじゃな?」
「いかにも、治水に関するものであれば、我の王国でも十分活用できるだろう。植林をしても枯れる林が多い事も確かだ。用水路が整備されれば豊かな緑が増えるに違いない」
さすがに先を見ているな。一国の国王ならクレーブル王のように先を見て民の幸せを考える者になりたいものだ。
「それについては異論はありません。上手く行けば、トーレスティとクレーブルを運河で結ぶこともできるでしょう。そんな未来を彼等に考えて貰います」
「広大な計画だな……。我等は運河に浮かぶ船を見られずとも工事の開始だけは見たいものだ」
「それは3か国に限る話です。バンター殿には前からの計画がありましたね。今回の交易船に新たな帆船が同行したと聞いております。いよいよ始めるのでしょうか?」
トーレスティの大使がストレートに聞いて来た。すでにそこまでの船が出来ているのか。もうすぐだな。
「クレーブルに任せておりましたので、俺は詳細を知りません。ですが、交易船に同行して航行できるのであれば、同型船を作って新たな交易船団編成できるのも先の話では無さそうですね」
「何と! 直ぐに出掛けるのではなないのですか?」
「色々と問題があるのだ。一番の問題は新しい交易船の船足と操船にある。既存よりも早くて、風上にも帆走できる。そうなると、他の船と一緒では不便このうえない。バンター殿の言う通り、3隻は作らねばなるまい。その船に乗る船員の訓練もある。早くて3年は必要だろう」
大使の問いに答えたのはクレーブル国王だった。
たぶん何度も港に足を運んで確認したんだろうな。
「それに、トルニア王国が1枚噛んでいる。1割の予算を打診して来ておるのだが、友好を維持するには仕方あるまい。将来的には2割までは利権を渡すことになるだろうが、無益な戦を防げるなら安いものだ」
「トルニアを友好国として遇すると?」
「うむ。我等はそう判断したが、バンターはどうだ?」
「俺以上の切れ者が誰かを知ってからにしたいと思っています。硬軟取り混ぜた外交は今のところ上手く運んでいます。一度、身分を偽って次期国王が砦を訪ねて来ましたが、彼の発案とは思えません。それが分かるまではシルバニアは現状を維持します」
俺の言葉に、皆が微笑んでいるぞ。どう言う事だろう?
「やはり、存在に気付いていたか。アブリート、隣室の客を呼んで参れ」
恭しく国王に頭を下げると、アブリートさんは部屋を出て行った。
誰を呼ぶんだ? 話の流れからすると、トルニア王国の大使って事だろうな。