SA-161 変わり者を集めよう
北の村に長さ300mほどのソリのコースを作ったので、この頃毎日のようにサディ達が出掛けている。
ネコ族の子供達と一緒に子供の用に騒いでるんだろうな。
ほんとに庶民的な女王陛下だと思う。
その背後で、頑張っている皆さんに感謝してもしきれないけど、10年もすれば少しずつ楽にって行くだろう……、行くと思いたいな。
いろいろ考えると、アイデアを形にできて、それを検証する連中が欲しいと言う事になる。
これは、一度クレーブル王宮にでも出掛けて人材募集をしてみたいところだ。当然シルバニア王国内にも、触れを出して人材を集めたいところだが、その素質をどのように見て評価するかが問題だな。
形にするのは木工職人で良さそうだから、リーデルさんに選んで貰えば良いのだが、アイデアを出せる人材となると問題だ。検証は現実主義者が一番適しているだろう。ある程度は面接で決めることも可能だ。だが、アイデアとなると……。
やはり例題を出して、その答えを俺が確認すると言う事になるんだろうか?
俺の常識が試されそうな気がするが、他に良い方法も思い浮かばないな。
いくつかの例題を作り終えると、すでにアルデス砦の周辺は雪が融けて、草が芽吹き始めた。いつの間にか春になっていたんだな。
「今年の夏にはクレーブルの別荘で過ごしたいのう。バンターの作らせた帆船を見てみたいものじゃ」
「あれはまだ完成していないようですよ。何段階かに分けて、少しずつ大型にするようです。既存の船とは色々の違いがありますから船乗り達の訓練もそれで兼ねると聞きました」
慎重に計画しているようだ。その意味は痛いほどわかる。優秀な船乗りを失いたくないという安全第一の考え方に他ならない。それだけ長期化して資金も掛かるが、命には代えられないからな。
「となると、楽しみも減るのう……」
「人材を探して貰うのに丁度良い機会ですから、俺は賛成ですよ。その後のウォーラムに対する備えについても話し合わねばなりませんし、トルニア王国の問題もある程度方向性を持っておきたいところです」
それに、桑の苗木も頼まねばなるまい。ある程度の大きさの桑畑を作っておかないと蚕を持ってきても直ぐに死んでしまうからな。
家畜化した昆虫なんて最初聞いた時には驚いたけど、養蚕の光景を見た者なら、蚕がほとんど動けないことが分かるはずだ。
孵化してから、ひたすら桑の葉だけを食べて大きく育つだけだからな。
「ところで、サディとミューちゃんは毛虫はだいじょうぶ?」
「我は、平気じゃぞ?」
ミューちゃんも、頷いているから問題は無さそうだ。とはいっても数が凄い事になるからな。
とりあえずだいじょうぶだということを理解しておけば良いだろう。
「欲しいのなら、もう少し待つが良い。花壇にたくさん出てくるはずじゃ!」
「いや、今じゃないけど……。将来はそれで生活しようと思ってるんだ」
実際には毛虫では無いんだけどね。
「だが、そんなんで暮らしが立つのか? どちらかというと農家の嫌われものじゃ」
「それを逆に利用することが出来るんです。2人とも毛虫嫌いでないことに安心しました」
2人で顔を見合わせて首を振っている。少しおかしくなったと思ってるのかな?
春だからな……。この世界にも春になるとハッピイになる人がいるんだろうか。
「何をたくらんでおるか分からぬが、マリアンは毛虫が嫌いじゃ。部屋になぞ持って来ぬようにするのじゃぞ!」
「分かってるさ。だいじょうぶだよ」
そんな会話があったところで、アブリートさんに手紙を出す。
新しい試みをするための人材探しの件を頼んでみるつもりだ。シルバニアの旧王都にいるザイラスさんにも同じような手紙を出し、リーデルさんには弟子を1人と木工職人を1人紹介して貰えば良い。
測量部隊が暮らしていた屯所を新たな人材の本拠地にすればアルデス砦とも近いから何かと便利だろう。
何とか今年中には発足させて、砂鉄の採取方法を考えさせたい。
テーブルに向かって書状を書いていると、マリアンさんがお茶を入れてくれた。
ペンを置いて、パイプに火を点ける。ゆっくりとお茶を飲みながら頭を冷やすことも大切だ。
「数日後には、石工達がやって来るそうです。東の住居を2階建てで5つの住居に改造します。小さな砦ですから各国の要人も従者を含めて10人いないとするなら、それほど大きな改造にはならないそうですよ」
「あまり大げさならないようにお願いします。質素な暮らしが一番です」
「分かってます。私もこの砦を気にいってますからね。せっかくの美しさが損なわれるようでは困ります」
結構、森の上に浮かぶように見えるこの砦を気にいってる人物は多いんだよな。
クレーブル国王も、絵師が描いた絵画を気にいって私室に飾っているみたいだ。
群雄割拠の世界だから、自国の威信を掛けて王都と王宮を作っていたんだろうけど、建設コストと維持管理に莫大な予算が必要になる。
そんな金があるなら、少しでも税金を安くしてあげたいからな。
平和な日々が続いていたある日の事、アブリートさん夫妻が俺達を訪ねて来た。クリスにたくさんの洋服をお土産に持ってきたから、サディ達はリビングでクリスをオモチャにして着せ替えを楽しんでいるみたいだ。
そんな2階の嬌声に俺とアブリートさんは頬を緩ませる。
ミューちゃんが用意してくれたワインのビンと銀のっカップが2つ。
俺がカップに注いで1つをアブリートさんに渡す。
クリスの健康を祝してカップを掲げると、先ずは一口飲んで互いの顔を眺めた。
「準備出来るのは、クレーブルとトーレスティから2人ずつになります。なるべく変わり者が良いとの事ですが、一応妻帯者を選びました。4人とも世間が言うには常識をどこかに忘れて来たとの評判です」
「常識で物事を判断するような人物は欲しくはありません。とはいえ、人道に劣るようでは困ります」
俺の答えがおもしろかったのか、アブリートさんが口元だけで器用に笑っている。
「そこまで非常識では我等の王国が笑いものになります。ところで、国王からの書状は読んで頂けましたか?」
「1枚噛みたいと言う事ですね。ですが、必ずしも上手く行くとは限りませんよ。俺の考えを具現化するための機関ですから?」
「将来的にはバンター殿のような発想の持主が現れることを期待しているのではありませんかな? 上手く行かなくてもそれはそれ、現状通りですからな」
ある意味、将来への投資と受け止められたようだ。上手く行かなければ現状が一番と言う事になるんだろうな。
「話は変わりますが、国王が測量ということに興味を持ちまして。我が王国の正確な地図を作りたいと言っております。トーレスティ王国も、国境線の地図を見て驚いたようです。測量隊を我等で編成しますので測量の方法と地図の作り方をご教授願いたいのですが……」
「道具が必要になりますね。それはこちらで準備出来ます。10人程で荷馬車を使って移動していますが、定期的に旧王都に戻ることになっています。こちらから連絡しておきますから、秋には王都のザイラスさんを訪ねれば良いようにしておきます」
測量隊が2パーティ増える感じになるな。将来は周辺諸国の地図も考えていたから丁度良い。
クレーブル国王が地図の重要性を考えているなら、将来は海図も作る事ができるだろう。
沿岸近くを航海するよりも、一気に遠洋に出て目的地に向かえるから、航路の短縮が可能だ。航海日数を大幅に削減できる。
そんな事を考えてたから、顔が緩んだのだろう。アブリートさんの表情で、何か疑問を持ったのが分かった。
「地図作りを行う事がそれ程嬉しいのですか?」
「顔に出てしまいましたか……。嬉しいですとも、それは将来に繋がります。クレーブル国王達が自分達の王国の地図を作ろうと考えているようですが、果たして自分の王国だけで満足するでしょうか? その先を知りたくなるのは人間の性ですよ。俺の目標は海図です。海の地図が作れれば、航海の方法を変えることができます。航海日数を削減して正確に目標となる港に荷を届けられるようにしたいですね」
俺の話を聞いて唸っている。
まさか、そこまでを考えているとは思っていなかったようだ。
地図の有効性を短期間に示すには自分達の王国の地図作りで良いだろう。その地図を繋げればさらに大きな地図を作る事が出来る。
新たな街道整備や用水路、開拓地の計画も立案できるのだ。
それを海に適用すれば、港の整備や航路にも適用できる。場当たり的な補給も計画的な港を整備して構築することもできる。
「全く、凡人にはバンター殿の思索を追う事も出来ませんな。その話、国王に聞かせてもよろしいでしょうか?」
「俺は凡人ですよ。ですから人材が欲しいんです。貴族でなくとも結構。前を向ける人材を寄越してください」
そう言って頷いた俺を、眩しそうにアブリートさんが目をすぼめていた。
普段通りの質素な夕食をアブリートさん夫妻と共に広間で取る。
クリスのぐったりした姿に、何となくクリスの苦労を理解してしまった。
たぶん今夜はぐっすりと眠るんじゃないかな?
レドニアさんも苦労しているんだろうな。たまにマリアンさんと相談しているのを見掛けるけど、サディを育てた時の話を聞いているのかも知れない。
将来のトップレディだから作法なんかも教える事になるんだろう。
王族に生まれた以上、苦労は避けられないのかも知れない。