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SA-158 硬貨の図柄


 北の牧場の視察から帰って来ると、エミルダさんが広間で皆とお茶を楽しんでいた。


「どうであった?」

「だいぶ羊が増えたね。馬もいたけど数は少ないな」


「女王陛下の右腕として活躍しておられますね。シルバニア建国の偉人として周辺諸国にも名が通っていますよ」

「実が伴わなければ意味もありません。まだまだ発展する余地がある筈です」


 そんな俺の言葉にマリアンさんが頷いている。

 通り名が良いだけではダメなのだ。名も無い在野の人が国力を大きく伸ばすことだってあるんだからな。


「エミルダさんの教団は順調なのですか?」

「それなりに創生の課題はありますわ。でも、私一人ではありません。修道会の人達が頑張ってくれています」


 ある意味、既存の宗教と区別する必要もあるのだろう。政治に一切の口を出さぬことが民主の指示を得ているようだ。教義の基本は民衆の魂の救済であり、それは民生活動を伴っているから、今までよりも町村の祠を守る神官の地位は向上している。壮麗な施設も持たないから寄付は旧来の教団よりも有効に使う事ができるだろう。

 まさしく清貧な心が基本となっているようだ。とは言っても、少しは宗教施設の建設や菜園の拡張をしているらしい。

 

「やはり、今のような信仰生活が本来の教団の姿だったと思います。いつから変わってしまったのか……」

「それが分っただけでも良いじゃありませんか。この先千年、今のままの宗教生活が続けられれば良いんですが」

「少なくともエミルダ叔母様がいる間は安心じゃ。次もだいじょうぶであろうが、数代先は分からぬのう……。あまり心配するものでも無かろう」


 サディの言葉に、苦笑いで応じる。そんなものだろう。今から心配しても、その時俺達はいないのだからな。その時代の治政者が考えれば良い話だ。


「クレーブルとトーレスティは効果のデザインを決めたそうですよ。シルバニアはどうするのですか?」

「だいぶ早いですね……」

 人材が豊富だとこんな話も容易に纏まるのだろう。俺達はまだ考えてもいないぞ。

「それで、どんな絵柄なんです?」


 俺の質問をあらかじめ予想していたんだろうな。

 ニコリと笑顔を見せて神官服に下げた小さなポーチから革の小袋を取り出してテーブルに中身を取り出した。金貨が2枚に銀貨が4枚あるぞ。


「ほほう……。両国とも、金貨は現国王で銀貨は御后じゃ。裏面はどちらも同じで金額を刻印している。表の図案だけが異なると言う事じゃな」


 直ぐに国王と御后だと分かるんだから、職人の腕は確かなんだろうな。

 俺に回って来た硬貨をジッと眺めながらそう思う。


「我等はどうするのじゃ?」

「そうですね……。陛下とマリアンさんそれにミューちゃんの好きな花は何ですか?」

「花じゃと……。そう言えば花壇を作っておるのじゃ。我はあの中では『ルビナ』が一番じゃと思う。他の花より大きくて鮮やかじゃ」

「私は『サーデナ』が好きですね。ふっくらとした花を見てると心が温かくなります」

「私は、『シーリル』が良いにゃ。荒地に一面に咲くとまるで絨毯みたいにゃ。春を私達に教えてくれるにゃ」


 なるほど、思い入れもそれなりだし、誰もが親しみを持てそうだ。


「エミルダさん。硬貨の型を作った職人に俺達の硬貨の型を依頼して頂けませんか? 金貨はルビナ、千L銀貨がサーデナ、100L銀貨をシーリルにしたいと思います」


 俺の話に4人が驚いてるぞ。

 まさか花の図柄を硬貨にしようとは思わなかったに違いない。


「バンター、硬貨の図案は統治者の横顔が相場じゃ。バンターのところは違ったのか?」

「農作物、花、建物もありました。皆が使うんですから、やはり威厳というよりも親しみを重視すべきだと思ったのですが……」


「斬新ですわ。クレーブル国王も思わず唸ってしまうと思いますよ」

「横画をがすり減るのを見るよりは、私もバンター様の考えに賛同いたします」

「私の好きな花が、硬貨になるなんて信じられないにゃ!」


「確かに斬新ではある。我も賛成じゃ。だが、何故に誰もそれを考えなかったのじゃろうな」


 そこには治政者の威厳というか、権威があるんだろうな。ワシが決めた! と常に思わせる効果を持たせたかったのかもしれない。


「承りました。直ぐにクレーブルに使者を出しましょう。向こうの王宮の騒動が見ものでしょうけど、残念です」

 あまり、奇を狙うとそんな人だと思われかねない。少しは自重しておこう。

「それにしても、さすがですわ。サディの後見人として見守っていたのですが、そんな必要はありませんわね。新たな国民をシルバニアに溶け込ませる良い方法だと思います」


 裏の考えも見通されてしまったか……。

 キョトンとしている3人には分らないようだから問題ないだろう。

 一番使用頻度の高い銀貨の絵柄を選んだのがネコ族であることが大事なのだ。

 マリアンさん達には、単なる思いつきに思えるだろうけどね。


「となれば、残りはウォーラム王国と言うことになる。トーレスティの守りはだいぶ堅くなったが、我等の方はどうなるのじゃ?」

「西の尾根にラディさんの部下が展開していれば、奇襲を受ける恐れはありません。あの尾根自体が2個大隊以上の防衛の役を果たします。損害を無視して5個大隊以上の兵を一斉に尾根越えさせるなら話は別ですけど、尾根を越えてもザイラスさん達の部隊がおります」

 

 同じことが東の尾根についても言える。尾根を制する者が、勝者となりえるのだ。

 街道に目が行って、尾根全体を見ていなかったように思えるな。

 西の尾根にも何箇所か監視所が作られているし、ウォーラム王国の南侵に合わせて、街道の関所を峠よりも西に動かしている。坂道を上って攻めるのはかなり難易度が高くなる。1個中隊を張り付けておけば阻止も容易だ。


「騎馬隊を1個大隊、機動歩兵を2個大隊。後は屯田兵を1個大隊規模で揃えれば民兵組織も解散出来るでしょう。兵力は旧カルディナ王国よりも少ないですけど、他国を攻めるわけではありませんからね」

「ザイラスも兵の数より質だと言っておったぞ。少なければそれだけ色々と充実出来るのであろうな」


 何といても維持費が問題だからな。防具や武器はタダではない。それなりに資金が必要なのだが、国力に合った維持費にしないといけないことは直ぐに分るのだが、東西の王国はかなり無理をしている感じがするぞ。

 もっとも、トルニア王国は、新たな徴兵を行っていないようだ。

 王国の拡大を断念して内政の充実を図っているようにも思える。

 その辺りの情報は、行商人と同行しているキューレさんの部下が伝えてくれるだろう。

 

「少しずつ、村の暮らしも良くなっておるようじゃ。国庫の蓄えもだいぶ増えたが、バンターの計画はまだ先になるのか?」


 サディの言葉に、3人が俺に顔を向ける。

 計画と言ってもいろいろあるから、どれを言ってるのか分らないぞ?


「そう言えば、変った船をクレーブルの港で試験している話を聞きましたよ。出資は3王国だと聞いてますが?」

 迷っている俺にエミルダさんが助け船を出してくれた。

 そうだったな。まだ見ぬ異国の地と、そこに至る交易路を開拓する、探し出して貰いたいのは桑と蚕、それにお茶と香辛料だ。絹の生産が遥か東国で行われているのは、ガルトネンさんから聞いている。

 だけど、俺達が現時点で出掛けるのは問題だぞ。


「俺達で見つけようと思ってましたが、まだまだ王国内でやらなければならない事も多すぎます。少なくともクリスの成人以降になりそうですね」

「かなり先じゃな……。となれば早めにクリスに王位を譲る事も考えねばなるまい。師となる者も早めに見付けようぞ」


 ちょっと残念そうな顔をしてるけど、前向きな考え方をしてくれたので、胸をなでおろす。

 女王が隣国の戦の助成に出掛けるのも問題だが、冒険の旅に出掛けるのはかなり問題だからな。

 俺の常識がこの世界にどれだけ通じるかは分らないけど、これは常識以前の問題のような気がする。

 マリアンさんも少し安心した表情をしてるから、この場合俺の考えで間違ってはいないだろう。


「とは言っても、最初の航海には何人かの騎士を乗船させたいと思っています。そうでないと、俺達にも矜持がありますからね」

「もめそうじゃな。我があらかじめ打診しておくぞ」


 もめさせたいんだろうか? 2つの騎馬隊が戦を起こしそうだぞ。

 まあ、ここはサディに任せておこう。俺が言ったら、恨まれるだけでは済みそうにないからな。


「ところで、クレーブルとトーレスティが大使を交換したいと言っていますよ。バンター様が、まだその時期では無いと断っているので両国とも困っているようですよ」

「それは2つの問題があるんです。1つは大使を住まわせる場所が、ここから離れた王都になってしまうこと。もう1つは、俺達から派遣できる大使のあてが無いんです」

「最後が問題じゃな。フィーネあたりを使えればよいのじゃが、我が王国の財務を仕切っておるからのう」


 マデニアムの侵攻で貴族社会が崩壊しているからな。無用な貴族がいなくなったのは良いんだけど、外交的な考えを持てる人材までいなくなってしまった。


「住む場所に文句を言わず、大使を送るだけなら問題は無いと言う事ですね?」

「基本はそうなるのう。この砦の客室を1部屋あてがう事は可能じゃろう。増築しても2部屋が精々じゃな」


 なんか、少しずつエミルダさんの要求が通って行くぞ。エミルダさんこそ一番外交官に向いているんじゃないか?



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