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SA-156 やって来た3人


 トーレスティ王国の西の端から、シルバニア王国のアルデス砦に移動するのに要したのは8日だった。

 200kmを越える距離だったのだろうな。

 シルバニアだけでなく、早いところ周辺王国の地図も作らないと全体が見えてこないのが残念だ。

 簡易な絵地図で国土開発を行うにはやはり無理がある。

 俺達の測量隊もだいぶ活躍しているようで、シルバニア王国の半分位が形になったそうだが、そうなるとさらに2年しないと全体地図が出来ないって事になる。

 用水路を整備して荒地の開拓を行なえるのは一体いつになるんだろう。


 俺達の留守の間はトーレルさんとマクラムさんが頑張って支えてくれていたようだ。それなりに税は集まっているし、農村の収穫も例年以上だと喜んでいたな。


「それで、どうするのじゃ?」

「一応、仁義は通してるよね。さすがに、攻め入ったクレーブル王国に大使を送ることは礼を逸しているからだろうけど、俺達のところだって招くのは問題だ。王都はいまだに旧王都だし、この砦の客室をいくつか渡すことも問題だろう」


 トルニア王国がシルバニア王国に大使を送りたいと言って来ていたらしい。トーレルさんは俺達が不在であることを理由に先延ばししていたらしいのだが、俺達がいても、これを受けるとなると色々と問題がありそうだ。


 ここは、やはりクレーブル王国に対応を任せた方が良さそうだ。

 トルニアとしても、本来であればクレーブルと大使を交換したいはずだからな。

 

「いまだ戦乱の痛手を元に戻すことができないから、友邦であるクレーブル王国へ大使を送る労を持ってトルニア王国との友好を結びたいと書状を書けば良いんじゃないかな? ついでにクレーブル王国にもこの話を伝えて欲しい。クレーブル王宮もトルニアの軟化を喜ぶはずだ」


 内政を充実させて雌伏の時を過ごすつもりなのだろうか?

 俺達も負けずに頑張らなければなるまい。正規軍3個大隊、それに屯田兵を2個大隊とすれば、東西の守りは充実できる。

 それ以外に民兵組織とラディさん達この世界の忍者部隊があるからな。表に出ない軍の整備も大事にしなければ。


「もう、戦は起こらぬのであろうか?」

「3年は大丈夫だと思う。ウォーラム次第では5年後が怪しくなるけど、空堀と土塁を作ったからトーレスティ王国への侵攻は頓挫するだろう。俺達への侵攻は両国の間にある尾根を押さえてるから何とでもできる」


「さすがに、ヨーレムは狙わぬか……」

「いや、それも可能性としてはあるんだ。起こるとすれば、10年ほど後になるだろうけどね」

「兵力を蓄えると言う事か?」


 サディの言葉に頷くと、絵地図を見ながらパイプに火を点ける。

 今回の侵攻を再度試すことは容易だろう。それには、シルバニアとトーレスティ国境に3個大隊程度を展開し、5個大隊以上で一気に力攻めを行えば落すことは出来るだろう。

 1個大隊でも残れば十分だ。ヨーレムの豊かな国土を手に入れ、ギリシャ火薬の製法を学ぶことが出来るはずだ。

 その時に、俺達はどう動くか……。頭の痛い事になりそうだな。

 

 トルニア王国のように、大国となったことで満足してくれれば良いのだけれど、野望はそう簡単に収まらないかも知れない。

 今にも増して情報収集を始めた方が良さそうな感じだな。


「バンターは、シルバニアを大きくしようと思わぬのか?」

「身の程をわきまえてる。サディだってそうだろう? 昔の王国よりも少し大きくしたんだ。それをクリスに残してあげるのが俺達の務めだと思うな」

「覇気が無いのう。……だが、我も同じ考えじゃ。周辺諸国と仲良く付き合えるならそれでよい。拳を振り上げる王国であれば付き合わねば良いのじゃ」


 要するに無視するってことだな。

 それでも殴り掛かるなら、俺達にだって……、と言う事になる。

 外交政策の基本はそれで良いだろう。

 仲間は、抑止力としても使えるって事だからな。


「そう言えばミューの姿が見えんのう?」

「北の村で幼馴染の婚礼があるらしい。だいぶ放牧するヒツジやヤギが増えたようだ。タルネスさんが雑貨屋を開業したと教えてもらったよ」


 タルネスさんも小さな行商人から店を2つも持つ商人になれたようだ。もっともお店は家族に任せて、本人はネコ族の男と一緒にトルニア王国内で広く行商をしているらしい。まだまだトルニア王国の戦の跡が見られるらしいから、行商人達は噂の伝達や日用品の供給になくてはならない存在のようだ。

 トルニアが俺達のところに大使を置きたかったのも、商取引を行商人より大規模に行いたいところが本音じゃないのかな。


「我等は数年先を見てシルバニアを治めれば良いのじゃな。体制が一度崩壊しておるから、自分達の権益を守ろうと反対する貴族もおらぬ」

「それも、問題ではあるんだ。俺達の暴走を止める者も必要だろう」


 施政はPDSAというサイクルが必要だ。計画と行動は俺達でも良いだろう。だがその成果を検証して計画の修正を行える人が、第3者的に必要なんじゃないか? 親父が良く口にしていたPDCAの意味が俺にも理解できるようになってきた。


「マリアン達を使えばよい。我を育ててくれた実績を持つ。ザイラス達には無理じゃろうし、フィーナ達には財政一切の調整をゆだねておるしのう……」


 今の役目は内務長官だけど、それを肩代わりできる人材がいるのだろうか?


「外務と内務はバンターが務めれば良いであろう? ミューもあれでなかなかの人材だぞ」

「言い出すんでは無かったですね。他に人材もいませんし。早いところ見付ければ楽になるでしょう」


 マリアンさんは、クリスの乳母であるレドニアさんも抱き込むに違いない。自分達の育てた王族が真っ直ぐに王道を進めるなら賛成してくれるだろう。

 それに、敬虔な信者でもある。当然エミルダさんとの打ち合わせも行うだろうから、宗教というフィルターがあるけれど第3者的な目で俺達の行動を評価してくれるはずだ。


・・・ ◇ ・・・


 ある日、東の砦から急な通信が届いた。

 トルニア王国から俺に来客があるらしい。人数は3人と言う事だから、表敬訪問を装いながらの状況視察というところだろう。

 反対する理由も無いし、トルニア王国の内政にも興味がある。向こうも、新たな強国としてウォーラム王国を認識しているだろうから、俺達から情報を得たいのかも知れないな。


 2日後に俺達を訪ねてきたのは、ガルトネンさんとマリアンさんと同年齢の女性に若い騎士が1人。たぶん騎士は荷物持ちって感じがするな。


 王の間で簡単な挨拶をしたところで、小さな会議室に案内する。

 俺達の砦が意外と小さいのに驚いている3人をテーブルに案内して俺達も席に座る。

 会談の護衛にはトーレルさん夫妻を呼んでいるから、ガルトネンさんが剣を引き抜いても、サディを逃がすことは出来るだろう。


「東の砦以来ですね。ようこそおいでくださいました」

「確かに、あれ以来だ。昨年より会談を求めていたのだが、まさかトーレスティに出掛けたとは思ってもみなかった。我等の階段を受けてくれたと言う事は、バンター殿の策通りに戦が運んだのだろう。先ずは、トルニア国王の名代として、勝利をお祝い申しあげる」


 名代と言ったな……。となると、ガルトネンさんはかなり国政の中に食い込んだ位置にいる人物と言う事になる。単なる将軍では無かったようだ。


「本来なら、ワシと従者で良いのだが、正式な使者ともなれば妻を連れて来ぬわけにはいかぬ。隣がワシの妻のセリアだ。ずっと王宮暮らしであったが、今回はワシよりもセリアが乗り気でな……」

「シルバニアにおもしろそうな場所の心当たりがありませんが?」


「何をおっしゃいますか。アルデンヌ大聖堂を我が目で確かめたい……。その一言ですわ。小さなころからの夢だったのです」


 少女のように目をキラキラさせてその光景を思い浮かべているおばさんを見て、俺達は顔を見合わせてしまった。


「あれを言い出したのはバンターだったな?」

「皆さん賛成してくれたじゃないですか!」


 小さな声でひそひそと話し込んでいる俺達を、ガルトネンさんがジッと見ている。

 まあ、いずれは分かることだ。ここは早めに現実を見て貰おう。


「大聖堂はここからそれ程距離がありません。ご婦人方同士で向かわれてはどうでしょうか? エミルダさんが修道院におりますから、詳しく説明して頂けるものと……」

「我が案内しようぞ。ガルトネン殿はバンターが目当てであろう。ゆっくりと話すが良い」

「では、私が護衛に付きましょう……」


 俺とガルトネンさんを残して皆出て行ってしまったぞ。ガルトネンさんの隣に座った従者が呆気に取られている。


「済まんな。一度言い出したら聞かぬ妻なのだ」

「女王陛下と似たところがあるようですね。意気投合して出掛けて行きましたから……」


 席を立って、壁際から酒器を取り出す。

 カップを3つテーブルに乗せると、ワインをたっぷりと注いだ。

 2人の前にカップを置くと、テーブルの真ん中にワインのビンを乗せる。先に一口飲んで毒見をすると、2人がカップに手を伸ばした。


「俺は、作法を知りません。ですからガルトネンさんの来訪目的が単なる表敬訪問ではないと分かっていても、どうやってそれを聞いてよいやらさっぱりです」

「十分に、交渉ができる話術を持っているぞ。確かに単なる表敬訪問では無い。我が国王は、シルバニア王国を欲している。いや、シルバニア王国の領土よりも、お主、バンター殿を欲していると言った方が分かり易いかな?」


 ヘッドハンティングという奴か?

 だけど、トルニア王国の条件はいくら良くても貴族止まりだろう。ここでは女王陛下の伴侶だから比べられないと思うんだけどな。


「そんな顔をするな。一応、国王に次ぐ存在だから無理だと言っておいたぞ。だが、我が国王の3か国侵攻が上手く行ったのは、シルバニア王国の横槍が無かったことによる。それは、クレーブル侵攻が早々に頓挫いたことでも理解したことだ。両者の戦を比べれば直ぐにシルバニアの存在が浮上する」

「今度は、我等と事を構えますか?」

「確かに、兵力はさほど無さそうだ。正規軍2個大隊というところではないか? だが、その後ろには数個大隊の援軍が見えている。我等は尾根を超すことも出来ぬだろう」


 中々の読みだ。トルニア王国の諜報網も確認する必要がありそうだぞ。

 素知らぬ顔をしてパイプに火を点けると、ガルトネンさんもパイプを取り出した。


「トルニア王国が好戦的である以上、我等もそれに備える必要があります。ですが、我等以上に急激な領土拡大で苦労しているんじゃありませんか?」

「確かに……。貴族の領地を拡大しても追いつかぬ。直轄地を経営できる人材がこれほど乏しいとも思わなかった」

「そんな反省を持たぬ王国が西のウォーラム王国です。早ければ3年、遅くとも10年以内に再度侵攻を図るでしょう。領民の暮らしの向上を図るための侵攻なら少しは同情できるんですが、あの王国は領土拡大の目的のみを持っているようにも思えます」


 俺の言葉に、従者の目が大きく開かれた。

 従者を装ってはいるけど、全く違う存在だな。まだまだ俺達と、トルニア王国の間には溝がありそうだな。


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