SA-155 シルバニアに戻ろう!
騎馬隊を偵察部隊に使って、ウォーラム王国の部隊を監視して貰う。
その間に、空堀と土塁を作り続けているのだが、砦に駐屯しているトーレスティの重装歩兵達が手伝いに来てくれた。
2個中隊でも貴重な資源だ。かなり工事が捗ってきたように思える。
「北の尾根付近は20M(3km)もウォーラム王国側に版図を広げたそうです。新たな砦を築いていると聞いてます」
嬉しそうな声でレクサスさんが教えてくれた。
どうやら、北の国境も空堀と土塁を築いているらしい。柵よりも遥かに恒久的な障害だからな。既存の砦を基点に新たな砦をいくつか作ってネットワーク化すれば大部隊を駐屯せずともウォーレム王国に対抗できるだろう。
その為に必要な、光通信器の操作を行う通信兵も充実しつつあるようだ。
秋がもうすぐ過ぎようとしている。
俺達は指揮所であるテントに入り、暖炉代わりのストーブの周りに集まる事が多くなってきた。
部下達は汗を流して空堀と土塁を作っているんだけど、動かない俺達は風が身に染みる。
今日はラディさんが訪れたので、部隊長達を同席させての状況確認を行う事にした。
「……と言う事は、ヨーレム侵攻をあきらめたと言う事になりそうだな」
ザイラスさんが、つまらなそうな顔で呟いている。
同意してるのは、ジルさんだけだ。
他の連中はホッとした表情なんだけど……、サディはザイラスさんの仲間らしい。
「砦2つというのは、将来の布石だろうな。諦めてはいないって事だろう」
「単に撤退すれば敗退と言う事になります。砦を作れば現状維持を報告できますからね。賞罰に厳しい王国でも、それならば更迭はされるでしょうが死刑にはならんでしょう」
リックさんとレクサスさんがそんな話をしている。
中々付き合い難い王国のようだ。出入り口を閉ざしておきたい感じだな。
「神皇国に駐屯しているウォーラム軍は3個大隊程です。約半数を失った模様ですが、ウォーラム王国の本国軍の損耗はそれ程多くはありません」
「依然として6個大隊以上を維持していると言う事か……。リブラムに1個大隊、本国に2個大隊というところかな? となると、俺達の工事を邪魔することは無さそうだ」
侵攻を一時中断して国力の充実を図ると言う事になるんだろうな。神皇国の住民をかなり虐殺したようだから、新たな徴兵はリブラムとウォーラムで行う事になるだろう。どれ位軍備を整えられるかは微妙なところだ。2個大隊がせいぜいだろうが、それではトーレスティを落せまい。本国の兵力が5個大隊を越えるまでは安心できそうだ。
「問題は、リブラムとウォーラムの今年の収穫量です。バンター殿の予想通りそれ程多くは無いようです。来年は神皇国の開拓も行われると思いますが、行商人に穀物の取引がかなり舞い込んでいるようです」
「トーレスティの行商人を使って、奪った食料を売り込んでも良さそうだ。元手がタダだから商人達の売り上げの一部を上納して貰うことで交渉してくれ。東の屯所に荷馬車20台分の穀物がある筈。さらに増やすのであれば女王陛下に相談だ。ただし、取引は銀貨に限る」
飢えは、民衆の不満を引き起こしかねない。
俺達も国造りの最中だから、新たな騒動の火種を作るのは考えものだろう。
「神皇国の国庫の蓄えを減らす考えですか? 少し、消極的な策ですね」
「俺達の王国が豊作だと思わせておけばいい。直ぐに大量の依頼がやって来るさ。それは通常の取引よりも高値で売れるはずだ」
見せ金に近いやり方だが、向こうは取引せざるを得ないだろう。食料は乏しくとも、守銭奴に近い神皇国の国庫を手に入れているからな。言い値で買うはずだ。
「何ともつまらん話だ。我等が神皇国に攻め入ればそれで済む話ではないか!」
サディの言葉に頷く者も多い。
ここは、きちんと説明しとく必要がありそうだ。
「俺があまり積極的な行動に出ないのは2つの理由があるんです。ある程度は皆さんに話してあると思いますが、再度説明します……」
それは全て神皇国に係わることだ。
1つ目は、神皇国と各王国の係わりを絶つ事にある。とはいえ、簡単な話ではない。王族を含め国民の心の拠り所を無くすことにもなりかねないからな。
新たに、俺達にあまり干渉しない教団を作るのが一番なんだが、それには神皇国を切り離す必要がある。
2つ目は、貨幣制度の改革だ。兌換であれば問題ないが、実際に兌換できるシステムになっているとは思えない。
神皇国の発行する金貨1枚の値段と等価の金を得るために、3割増しの金を払うようでは兌換とは言えないし、海外貿易が煩わしくなる。
「……この2つを行うために、あえて神皇国を奪還しようとは考えません。今までに引き渡した金銀財宝は惜しい気もしますけど、長い目で見ればそれも無視できます」
「我等の王国を発展させるために、見限ったということか?」
呆れた表情のジルさんに俺は頷く。
周りの連中も考え込んでいるけど、結果的にクレーブルとトーレスティ両王国の危機を回避できたことも確かだ。
「我等は戦場が一番だな。面倒な事はバンター達に任せれば良い。となると、俺達は何時頃帰還できるんだ?」
「新たな国境を整備してからです。さすがに砦作りはトーレスティに任せたいですね。屯所近くの新たな林も来年の芽吹きを見てみたいですし……」
「さらに、数百の苗木を植えましたよ。我等が去っても、宿舎と井戸はありますから入植者が直ぐにやって来るでしょう」
新たな村が直ぐにも出来ると言う事になる。
それも今回の戦のおかげと言う事になるんだろうな。
・・・ ◇ ・・・
空堀と土塁が完成したのは年を越えて春を過ぎてしまった。
簡単な工事だと思っていたが、思いの外時間が掛かってしまった。最後は近隣の町村からも人を出して貰ったほどだ。
そんな村人への対価は、俺達の暮らしていた屯所だった。
開墾をする場所が足りずに農家の次男達が困っていたらしい。俺達が植林した雑木も今では若葉を少しずつ伸ばしているようだ。
数年は苦労するだろうが、10年以上経てば立派な村になるんじゃないかな?
トーレスティ王国も、新規の開拓村には税を数年免除して、最初の3年は食料援助すら行うらしい。
損して得取れって感じの政策だな。
「これで帰れるのじゃな?」
「ええ、少なくとも後はトーレスティの軍に任せられます。すでに神皇国には3個大隊の兵力を駐屯しているだけですから、国境に展開した4個大隊で十分に守ることが出来るでしょう」
少なくとも数年はこの状態を維持できるだろう。ウォーラム王国の内部事情はあまり良くは分からないけど、3つの王国と国境を接しているのだ。下手な動きは他国からの侵入を招く事に気が付いてくれれば良いんだけどね。
「一気にシルバニアに向かうぞ。クレーブル王宮に寄る様に使者が来ていたが無視しても構わぬじゃろう。やはり山懐が良いのう……。荒地で長く過ごし過ぎた感じじゃ」
ザイラスさん達も同じ気持ちらしい。ジルさんと一緒に頷いている。
3王国の部隊長を指揮所に呼んで酒を酌み交わす。外では同じように焚き火を囲んで兵士達が騒いでいる声が聞こえてくる。
翌日、最後の朝食を皆で頂く。
トーレスティ王国のレクサスさん達はしばらくこの屯所で暮らすそうだ。俺達が引いてきたキッチン車を残しておこう。
リックさん達も欲しがっていたけど、これは現場で使う物だからな。クレーブル王国の自軍に戻って自分達に合った物を作れば良い。
「それでは、我等西方防衛隊は解散じゃ。また集う事もあるであろう。その時までしばし別れぞ!」
最後に部隊長達とカップのワインを掲げて飲む。
戦闘での死亡者はいない。再び軍務に着けない重傷者は何人かいるようだが、王国が生活を助けてくれるだろう。軽傷者の治療はほとんど済んでいるようだ。
「世話になったな……」
俺達は互いに腕を握って別れを惜しみながら指揮所を出る。
すでにクレーブルとシルバニアの軍列が俺達を待っていた。
リックさん達の出発を見送り、その後に俺達が続く。レクサスさん達も指揮所を出て、俺達の姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。
屯所が見えなくなったところで街道に向かって荒れ地を進む。
1年近くシルバニア王国を留守にしていたからな。俺達がいなくてもきちんと王国の運営が出来ているか心配だったが、一度もそんな連絡が来なかったからそれなりに上手く運営出来たと言う事だろう。
クレーブルとシルバニアの三差路でリックさん達と別れ、俺達はシルバニア王都とトレンタスに向かう街道を進む。
レーデル川屈曲部に新たに作った町はこの街道から脇道を進んでいくのだが、
距離が離れているから、たぶんあっちの方向としか俺達には分からない。
のんびりとカルネルに揺られて、シルバニアに入ったのは3日目の事だった。
2日あれば、王都に着くだろうし、その後さらに2日掛ければアルデス砦に到着するはずだ。
「今度は何をするのじゃ?」
「内政をキチンとすべきです。長官達が頑張っているようですけど、少しずつ問題も見えてきているでしょう。その対処をすれば、王国は安泰ですよ」
そんな問題を対処する部署も作った方が良いんだろうな。
貴族社会が崩壊しているから結構好き放題に出来るんだけど、ある程度自粛しているようにも見える。その辺りは、個人の倫理観や道徳観があるんだろうけどね。