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SA-154 迂回攻撃を阻止せよ


 トルニア王国の領土拡大は収束に向かったと言う事だろう。

 戦略では常に『もし○○で無かったら……』を考えていたようだ。シルバニア王国との小競り合いも大事には至らなかったし、クレーブル王国への侵攻は2個大隊以上の損害を出してはいるが、レーデル川に掛かる石橋の東岸に簡単な陣を作って新たな国境を守っているようにも思える。

 これからは3倍以上に広がった領土経営に力を注ぐ事になるのだろうが、戦略眼を持った相手だからな……。

 

 問題は、ウォーラム王国だ。領土拡大を最優先にしており、それがとん挫した時を考えていないようにも思える。

 西の3王国を版図に加え、あわよくばトーレスティ王国の西の一部を手に入れる事を考えていたようだが、ヨーレム侵攻は部隊を消耗するだけだろうし、トーレスティ王国の西は反対に神皇国側に領土を侵略されている始末だ。

 ラディさんの部隊が行っている取り入れ前の麦畑への放火で、トーレスティ王国の北部国境付近に展開したウォーラム王国の部隊も、かなり動揺が走っているようだし、一部の部隊は撤退をしているようだ。


 全くお粗末な戦略だと思わざるを得ないな。

 おかげでトーレスティの北を守る部隊を前進させてシルバニア王国とウォーラム王国の国境となる尾根付近を新たな領地にしようとしているのだが、邪魔する部隊も訪れないようだ。

 

「北の国境も、ここと同じような空堀と土塁を作っているようですよ。これで国境線を明確に出来ると国王も喜んでいるようです」

「西と北はこれで良いと思いますが、もう一つを何とかしないと後々俺達が戦火を交える事になりそうです」

「あの開拓村か? シルバニアには必要無さそうじゃ。すでに砂金の採取は微々たるものらしい」


 俺とレクサスさんの話にサディが割り込んできた。俺も必要無いと思うな。レーデル側の西岸だしね。

 土地的には灌漑用水を何とかすれば、肥えた土壌らしいから農業の発展が望めるのだが……。

「トーレスティとしては争う事も無いと思います。飛び地を領土にするのも考えものです」

 レクサスさんはそう言うけれど、その辺りが交渉なんだろうな。

 

 その夜のことだ。俺達が休んでいる寝台車の扉をあわただしく叩く音で目が覚めた。

 直ぐに身支度を整えて、指揮所代わりのテントに向かう。


「どうしたんですか?」

 すでに数人の部隊長達がテーブルを囲んでいる。

「監視兵がこちらに進んでくる敵の部隊を見付けたようだ。砦と村には通信兵がすでに連絡している」

 ザイラスさんが教えてくれたけど、飲んでるのはお茶では無さそうだ。これから1戦するかもしれないんだけど、大丈夫なんだろうか?


「位置は、ここよりやや南になります。距離はおよそ30M(4.5km)。軽装歩兵が2個大隊ですが、騎馬部隊が後方に控えているようです」

「だいぶ減らしたはずだが、どこから来たんだ?」


 リックさんの呟きは、俺も気になったところだ。

 まだ南に侵攻した部隊は引き返してはいないはず……。となると、最初から俺達の西にいた部隊が、本国からの増援を得たと言う事になるのだろうか?


「歩兵の足なら、少し時間があります。急いで10M(1.5km)程南に移動しましょう。騎馬部隊は2列に並んで俺達の西2M(300m)を進んでください」

 俺の指示にテーブルに集まった連中が一斉に席を立ち、テントを駈け出して行った。

 寝台車に戻り、サディが準備出来ていることを確認すると、素早く状況を説明しておく。

 ちょっと目を見開いて驚いているけど、直ぐに寝台車から飛び出した。

 外にはミューちゃんがカナトルを2頭引いて待っていた。カナトルに乗って動き出した荷馬車の後を追う。

 遠くにヒズメの音がするのは、ザイラスさん達が俺達の西に移動している物音に違いない。


「闇に紛れて近付こうと言うのか?」

「そんなところでしょう。2個大隊は予想外でしたが、こっちも2個大隊近い部隊です。軽装歩兵が相手でですから、朝方には下がってくれると思いますよ」

 

 荷車と盾を使って簡単に陣を構築できるのはメリットだな。

 弓兵を多く持っているのも利点ではある。相手の騎馬隊の規模が不明だが、ザイラスさんが散々に叩いているから1個大隊の規模とも思えない。

 となれば、何で今頃と言う事になる。

 頭の中に、ヨーレムと神皇国それにトーレスティの国境を思い浮かべた。

 ひょっとして……、やつらの目的はヨーレムの東をトーレスティ側から突くつもりなのか?

 デリム村を南に少し下がれば、直ぐ西にヨーレムの国境がある。

 ヨーレム王国の兵力は3個大隊程度らしいから、ほとんどの部隊を北の神皇国との国境に展開しているはずだ。

 なるほどね。2個大隊もいらないんじゃないかな? 完全にヨーレムのノーマークを突こうとしてるぞ。


「ミューちゃん。先頭の部隊長に、ヨーレム国境の北まで移動するように言ってくれないか。奴らはトーレスティではなくヨーレムの側面攻撃を行う部隊だ」

「分かったにゃ。帰りにザイラスさんにも伝えるにゃ!」


 カナトルの足を速めると、車列の先頭に向かってミューちゃんが出掛けて行った。

 さて、そうなると荷馬車を横にして長い陣を作らねばなるまい。荷馬車はだいぶ増えたから50台近くにもなっている。100m近い防御柵になるだろう。


 1時間程掛けて移動を終えると、荷馬車を横に並べて即席の陣を作る。東にも20m程にわたって盾を並べたから、迂回するまでにかなりの矢を浴びせられるに違いない。

 機動歩兵達が、急いで杭を打ち、ロープをからめているが敵の接近までに終わるかどうかが心配になって来た。


「敵だ!」

 寝台車の屋根に上った監視兵が大声で俺達に敵の接近を知らせてきた。

 車列の西にいた兵が急いで引き返してくる。

 予備の矢を近くの地面に突き立てている兵もいるぞ。槍も荷車の側面にまとめてあちこちに立て掛けられている。

 荷車の隙間から西を眺めると、黒々とした一団が俺達に向かってくるのが見えた。距離は500mほども無いんじゃないか?

 星明りだけの荒地では近くに来ないと全体が見渡せないな。


「後ろにもう一つ部隊がいるにゃ。騎馬隊は見えないにゃ」

 俺の隣で見ていたミューちゃんが教えてくれた。

「杭を過ぎたら矢を放つように伝えてくれ。もう少しだ」


 俺の後ろで様子を見ていた兵士が左右に駆けだしていく。

 さて、俺も石弓を使おうか……。

 寝台車に戻ろうとしたら、サディが俺に声を掛けて石弓とボルトケースを渡してくれた。サディも背中に石弓を背負っている。


「どこで守るのじゃ?」

「当然、クリスの近くだ!」

「ならあの辺りじゃな。あの荷車に移動している。レドニアとマリアン、それに魔導士が東におるはずじゃ」


 荷車の西が俺達3人の位置と言う事になるな。そんなところに、サンドラが数人の部下を従えて盾を何枚か運んで来て。簡単な柵を東と西に作ってくれた。

 この中に2人を置いておけば安全だろう。

 俺の正面の車列にはレビットさんが部下を指揮している。さて、どれ位の敵兵が車列を越えてくるんだろうか……。


 西から雄叫びが近付いて来る。

 いくつかの光球が荷馬車の列から西に向かって飛んで行った。

 ウオォォ! と大声がはっきりと聞こえた時に、機動歩兵達の矢が放たれたようだ。次々と矢が放たれていく。石弓は強力だが、ボルトを1本放つ間に矢ならば3本は放てるからな。

 やがて、荷馬車の隙間から敵兵の持つ槍の穂先が見え始めた。

 かなり多いぞ。荷馬車の列を破って来る者もありそうな気配だ。

 

 騎馬隊のヒズメの音が剣戟の音に混じって聞こえてきた。ザイラスさん達が矢を浴びせているに違いない。

 そんな時に、荷馬車から数人の男が長剣を持って飛び降りてきた。

 俺に向かって走って来たところを俺達3人がボルトを放つ。サディ達がボルトをセットしている間に背中の刀を抜いて先頭の男と斬り結んだ。

 何本か矢を受けているみたいで、鬼のような形相をしながら長剣を振ってくるが、走って来た疲れもあるのだろう、動きが緩慢だ。

 脇腹をえぐる様に斬り付けて1人を倒す。次の男に向かおうとした時、相手の腹にボルトが突き立った。


 次々と敵兵が荷馬車を越えてくる。俺が盾になり、2人がボルトでし止める形が定着してきたようにも思えるな。

 数人の男を斬りはらった時に、急に敵兵が現れなくなった。


「敵が後退していきます!」

「「勝ったぞ!」」

 そろそろ夜が明けようとしている空に、俺達の歓声が上がった。


 魔導士達が味方の傷の手当てを始める。

 機動歩兵達は、敵兵に慈悲を与え得るべく槍を持って倒れた敵兵を確認しているようだ。


「何とか持ち応えたな」

 馬に乗ったザイラスさんがジルさんと一緒に陣の中に入って来た。馬を下りるとジルさんに馬を預けて、機動歩兵が作った焚き火の傍に腰を下ろす。

 俺も近くの盾を椅子代わりにして座り込んだ。


「やはり騎馬部隊の数は少なかった。2個中隊では我等の敵ではない。これで、ウォーラムは完全に侵攻部隊を失ったことになるぞ」

「問題はそこです。どこまで後退するでしょうか? それに軍が弱体化するとなると、国内政治が面倒になりますよ。1年で2つの王国を潰してますからね」


 反乱を押さえる軍隊は何とか工面しなければなるまい。それに治安の維持も課題だな。

 大勢の兵を失っている以上、その保証もしなければならないし、これからの冬をどう乗り切るかもある。穀物の収穫だって落ち込むことになりそうだからな。



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