SA-152 ちょっとした領土拡張
夕暮れ近くになって、砂埃にまみれた騎馬隊の部隊長達が指揮所に戻って来た。
疲れた表情はしているが、満足そうな顔を見るとたっぷりと暴れて来たのが分かる。
ザイラスさんがミューちゃんにワインを頼んでいる。ミューちゃんとマリアンさんが運んで来たワインはレビットさんがウォーラム王国から略奪した品だ。
皆が上手そうに喉を鳴らしているのは、出所を知っているのかも知れないな。
俺達も、襲撃の成功を祝ってカップを傾ける。
「全く、後ろを見ていない状況だったぞ。バンター、知っていたのか?」
「いや、知りませんでした。たぶんリブラム王国への侵入依頼後ろ顧みなかったようですね。常識を疑います」
俺の言葉に納得して皆が頷いているけど、それほどおかしな話ではない。今まで気にする必要が無かったのだ。トーレスティは自国の国境を守っているだけだし、神皇国にしても侵攻はしないだろうからな。
今回一番驚いているのはウォーラム王国だろう。偶然だと思っているかもしれないが、もう1度やれば明確に分かるはずだ。
俺達が、ただ国境を守っているわけでは無い事をね。
「数日過ぎたら、もう一度やってくれませんか?」
「ああ、良いぞ。レクサス達もだいぶ弓が上手くなった」
「輸送部隊の襲撃は、今度は私で良いですね?」
フィーナさんがすかさず名乗り上げる。レイドラさんがにこりと笑ったのは、その後の戦を楽しみにしてるって事なんだろうか?
ちょっとプレッシャーを感じてしまうな。
「だが、バンターの事だ。すでに次の手は打ったはずだな?」
「ウォーラム本国にちょっかいを出してみます。果たしてどうなるか楽しみです」
そんな事を言った時に、俺の顔がほころんだのを見たサディがすかさず俺に内容を聞いて来る。
嫁さんなんだけど、一応シルバニア女王陛下だからな。教えないわけにはいかないだろう。
ごにょごにょと耳元で話したんだが……。
「何だと、畑を焼く!」
「そりゃまた、おもしろそうだな……。どうなるんだ?」
ザイラスさん達が興味深々で俺に顔を向けた。
全く、こっそりと教えたんだけどね。まあ、俺達の戦にはあまり変化が無いだろうけど。
「ラディさん達の部隊に、あちこちの麦畑を焼けと指示したんです。トーレスティの北部国境線の先に展開しているのは兵士では無さそうです。もし、畑に火を点けて彼らが動くようであれば……」
「バンターの考えの通りか、それで分かるんだな。だが、それだけではあるまい」
「もしそうであれば、トーレスティの部隊の一部を少し敵の領内に向かわせてみます。シルバニア王国との国境であるアルデンヌ山脈から伸びる尾根を付近が都合が良いんですが……」
「慌てて、軍を展開するぞ。そこであれを使うのか? 全くバンターを敵にはしたくないものだ」
「トーレスティの部隊には知らせなくとも良いのですか?」
ザイラスさんの言葉にレクサスさんが繋げる。
「相手を確認した後でも十分です。20M(3km)程切り取ってくれれば、俺達も安心できます」
切り取った場所は敵へ突出した区域になるから、砦を築けば後々にも役立つ。出来た砦は、俺達も物資の補給を条件に利用させて貰えば良い。
「確かに良い位置だ。だが、トーレスティに花を持たせるのか?」
「クレーブル王国は東に領土を広げました。トーレスティも少しは広げませんとね」
「我等シルバニアは何も無いぞ?」
サディが文句を言ってるぞ。ちょっと、女王陛下なんだからもっとおおらかというか、物事にこだわらない態度が欲しいところだ。
「一応、トルニアの領内に食い込んで東の尾根を丸々頂いてるよ。それに粒金を3王国で採掘して交易路を開拓する支度金も作ったし、十分じゃないかな?」
「まあ、旧カルディナよりも大きくはなっておるのう……」
渋々って感じだが、一応矛先を納めてくれたようだ。
トルニア王国が次にどんな手を打ってくるかは分からないけど、少なくとも国境地帯から軍を引いたようだ。
たぶん、使者をクレーブルに送って来るだろう。俺達のところに来そうな気もするが、俺達がこの地にいるとは知らないだろうからな。来られたら、書状だけを預かる様にトーレルさんに伝えてはあるんだけどね。
「そう言えばバンターよ。ヨーレムの武器が分ったぞ」
「俺も、ラディさんに教えて貰いました。火を噴く筒と言っていましたが?」
「そうだ。50D(15m)以上の炎が伸びる。あれでは突撃は不可能だ。ウォーラム王国の野望はここまでのようだな」
「そうでもないんですが、ウォーラム王国に対策案が無ければ確かにここまででしょう。それでも、当初もくろんだ土地の7割以上を手に入れましたし、教団はウォーラム王国の意のままです。戦をどのように収拾させるかが見ものですよ」
戦を始めるのは簡単だ。だが、それを終わらせるのは困難が付きまとう。
征服した土地の分配と戦死者への補償。大きくなった領土を守るための軍の維持……。色々出てくる。
それらの、どの一つでもおろそかになった場合は、今度は王国の黄昏が始まるのだ。
ましてや、予定外の撤退など起こした日には、国内の調整に多大な労力と日数を必要にするに違いない。
「それを知る者は少ないだろうな。戦を戒める言葉はたくさんあるが、全て後を考えてのことだ。シルバニア王国建国以来、内政に力を入れるわけだ。俺達のテーブルに降って来たバンターは、それを十分に知っていると言う事になるんだろうな」
ニヤリと笑いながらザイラスさんがカップを傾ける。
「それがあればこそ、クレーブル王国は外交で物事を治めようとしていたのです。戦等、愚の骨頂ですわ」
そんな事を言ってるオブリーさんも、戦略を学ぼうとして派遣されたんだよな。今回もたぶん同じなんだろう。勝だけが戦略ではない事を心に刻んで貰いたいものだ。
「となると、バンターの今後の見通しはどうなるんだ?」
「やはり、ウォーラム王国の出方次第ですが……」
ウォーラムの領土拡大策は、ヨーレムとトーレスティの2つの方向で足止めされた状態だ。
ヨーレム王国への侵攻は、神皇国へ攻め入った全兵力を同時に投入すれば出来ない話ではない。だが、そこまでの愚は犯さないだろう。
ヨーレム王国が鎖国政策を取っているならば、ヨーレム王国からの神皇国侵攻は起きないだろうし、国境を守る守備隊の部隊数もそれほど必要としないだろう。
では、クレーブル侵攻はあり得るか? 可能性は無くはない。この場合の侵攻方向は北では無く西からになる。
だが、ザイラスさんの騎馬隊で敵の騎馬隊はかなり削減している。1個中隊を切るような騎馬隊であれば、機動歩兵だけでも殲滅できるだろう。
「そこが理解できない。同じ攻め入るなら、西からではなく、国境線の長い北側ではないのか?」
レクサスさんが俺の話の途中で質問をしてきた。
領土拡張だけで見るとそうなるんだよな。クレーブル王国の主力部隊が北の国境を睨んでいる理由がそこにある。
「ウォーラム王国の真の狙いは神皇国なんです。それがこのおかしな部隊配備の理由ですね。ですから、ウォーレム王国を切り取ることが出来るんです」
「だが、そうなるとこちらに押し寄せてくる気配が濃厚だぞ?」
「そうなるでしょうね。現時点で戦を終わらせるとなれば、神皇国が東と南、それに西の騎馬民族の王国に圧迫されることになります。少しでも、国境線を政庁から話したいはずです」
テーブルの地図に腕を伸ばす。
クレーブル王国と神皇国の国境線を指で示して、言葉を繋いだ。
「国境より10M(1.5km)の距離に、南北に空堀を作ります。横幅それに深さは5D(1.5m)。その土砂を使ってクレーブル側に土塁を築きます。空堀の100D先に柵を南北につなげれば神皇国との交易路は街道だけに限定出来ます」
「大工事になるぞ!」
「皆さん、お暇でしょう?」
俺の言葉に、全員が下を向いてしまったぞ。
士気がかなり下がった感じだけど、憂さ晴らしは空堀の邪魔をしにやって来るウォーラム王国の部隊で晴らして欲しい。
数日が過ぎて、クレーブル王都からたくさんのスコップや鍬が運ばれてきた。
機動歩兵の一団を連れて西に向かい、一番外側のロープを絡ませた柵から西に10M(1.5km)程の場所で、磁石を使って南北に新たな基準杭を打つ。都合、3本を打っておけば南北に正確な直線が引ける。磁石の方向補正を行っているから、南北に真っ直ぐな空堀を作る事が出来るだろう。空堀の東に10D(3m)の距離で空堀に沿って土塁を築く。高さは4D(1.2m)にも満たないが、台形の断面に仕上げて上部に柵を作れば、この土地では十分に機能するだろう。
6個小隊だから250人近い機動歩兵が、1日で2M(300m)程の空堀を作り上げた。周辺監視は騎馬部隊がやってくれるから安心して作業できるし、食事は敵の輸送部隊から奪っているので普段の5割増し程の分量が配られている。
よく働いて、良く食べるのは兵の身体強化に繋がるんじゃないか?
「そろそろ、一度兵を休めて再度攻撃したいのだが?」
「そう言えば、だいぶ過ぎましたね。明日は一旦兵を東に移動して休みましょう。明後日の夜に再攻撃と言う事で……」
山盛りの夕食を頂きながら、神皇国への攻撃を調整する。やり方は前と同じだが、機動歩兵はフィーナさん達が担当する番だな。
ザイラスさんは今回も同じコースで襲撃するらしい。そうなると、ヨーレム侵攻部隊の状況が少し見えてくるかもしれない。
早めに諦めるようなら、俺達の次の作戦に影響が出てくるかもしれない。