SA-151 輸送部隊を攻撃する
神皇国を攻撃するという俺の考えに、同意してくれたかどうかはちょっと怪しいけど、かなり怒ってるのは確かだな。
ミューちゃんが、お茶の代わりにワインを配ったのも原因かも知れない。
まだ昼前なんだけどね。戦が無いから問題は無さそうだけど……。
「王都は俺達に任せとけ。爆弾で火の海にしてやる!」
騎馬隊の連中が息巻いてるのを、機動歩兵の連中が羨ましげな眼で見てるのも問題だな。
「やるとしても、クレーブル王宮に集まるトーレスティの重鎮を交えた話し合いが終わってからです。シルバニア王国は女王のサインを持って提案していますから出席せずにここにいるんですけど……」
全く、前線が好きなんだからな。山賊時代から飛び出し過ぎに注意してたんだけど、前線に子供を連れてくる女王なんて聞いたこともないぞ。
「だが、バンターは黙って待つことはしないはずだ……」
おもしろそうな顔をしてザイラスさんが俺に顔を向ける。
「神皇国の政庁と教団設備を攻撃しなければ問題はありません。奪われた神皇国の奪還を目指すのであれば、俺達3王国の信仰深い兵士であれば当然の事でしょう?」
今度はテーブルに集まった連中が全員俺に注目して、頷いている。自分を信仰深いと思っているんだろうな。
ならば聖地奪還作戦を話しても良さそうだ。
「神皇国に巣食う悪魔を懲らしめます。敵の軍勢が多い事から、昔の俺達のやり方で敵を減らすことから始めますよ」
「罠を仕掛けて誘うのか? 俺達の得意な戦だぞ!」
「どんな罠ですか? 私もリック殿達と一緒に義勇軍に参加したかったですぞ!」
レクサスさんは悔しそうな表情をしている。余程羨ましかったんだろうな。確かに平和な時が長すぎたのもあるかも知れない。いくら武技を高めてもそれを発揮できる場所が無かったんだからね。
「これが、現状の部隊配置です。俺達は神皇国の中枢を狙うのではなく、この部隊を相手にします」
俺が指さしたのは、ヨーレムに侵攻した4個大隊だ。政庁に駐屯していた部隊が1個大隊支援に向かったから現在は5個大隊になっている。
「ヨーレム王国はトーレスティ王国と国境を接していますが、国境争いはいまだなかったと聞いています。ある意味、ヨーレム王国は自国内で閉鎖した社会を築いていると言っても良いようです。行商人が多少出入りしているようですが、商品取引はそれ程多くは無かったでしょう」
「そうです。我が王国も何度か大使の交換を申し出てはいたのですが、全て断られたと聞いています」
レクサスさんの話では、やはり鎖国状態と言って良いんだろうな。
そんな王国がウォーラム王国の大軍をしっかりと足止めしていると言う事は、やはり何かありそうだ。
「この場合の中立は俺達に取って味方と捕えても良いでしょう。『敵の敵は味方』との言葉もありますからね。ですから、その味方の重圧を軽くしてやっても良いのではと……」
作戦は後方からの一撃離脱を行えば良い。ついでに侵攻した部隊への補給部隊を攻撃して荷を奪う。
補給品の多くが矢と食料それに水だ。
俺達にとっても都合が良い。少しは腹いっぱいの食事も出来そうだ。
「荷馬車を襲うとなると、奪った後の移動が面倒だぞ」
「レビットさんの部隊を同時に出撃させます。全て弓兵ですし、強化した荷馬車だから荷台からでも矢が放てます。補給部隊を先に襲い、機動歩兵で敵の荷車を引いて来れば問題ないでしょう。その後に、ザイラスさん達は南に移動して敵の背後を強襲してさっさと引き上げます」
「5個大隊の背後を襲うのは補給部隊襲撃の駄賃と言う事か?」
「どちらが士気を下げられますか?」
「食事を取らぬ方だな……。荒野で水も飲めぬとなれば尚更だ」
そう言ってワインを美味そうに飲んでるけど、確か3杯目じゃないのか?
そんな話を聞いて、心穏やかでない連中がいた。
同じ機動歩兵のセフィーさんとサンドラさんだ。俺を親の仇みたいな目で睨んでるんだよな。
「私達の出番が無いように思えるのですが?」
ついにしびれを切らしてサンドラさんが俺に問いかけてきた。
「まだまだ続くんだ。補給は1度ではないからね。それに度重ねて襲撃すれば敵の護衛が強力になる」
俺の話に頷いてるぞ。難易度が上がった戦を自分達が担当すると言う事で納得したようだ。
だけど、この作戦は精々2回が限度だろう。
その前に、クレーブル王宮が何らかの返事を持ってきてくれるのを祈ることになりそうだ。
「それで、何時やるんだ?」
「今夜にでも……。ただし、補給部隊に護衛が2個中隊程随行している場合は、奪う事は考えないでください」
「まあ、その辺は上手くやるさ。レビット、今夜は下弦の半月だ。月が出る前に国境を越えるぞ」
後はザイラスさんに任せとこう。
明日の昼には、食料を満載した荷車を持ってくるかも知れないな。
ザイラスさん達は夕食を終えると、静かに屯所を出撃していった。
機動歩兵には2人の通信兵が乗り込んでいるから、異変があれば知らせてくれるだろう。サンドラさんが1個小隊を率いて、信号中継所を途中に作ってくれるらしい。
西の砦には大型の信号器が設けてあるから、屯所で受信できるだろう。今夜は通信兵が忙しそうだな。
残った者達で指揮所のテーブルを囲みながらお茶を飲む。
俺にはミューちゃんがコーヒーを入れてくれた。補給部隊襲撃までは起きていたいから、コーヒーを飲んで眠気を覚ます事になる。
「月が上がったぞ。まだ知らせは来ぬのか?」
「まだですね。5個大隊が消費する食料はかなりの量です。途中に略奪出来る村はありませんし、ヨーレム国境付近で足止めされているなら、ヨーレム王国内での略奪も不可能です」
大部隊の移動には略奪がどうしても起きる。後続の補給部隊の歩みが遅いからだ。食料を調達して荷車の列を作るとなると、どうしても時間が掛かる。ある程度時間が経てば、それなりに送ることは出来るのだが……。
指揮所に足音が近づき扉が開いた。
「報告します。補給部隊を発見。以上です!」
扉を開けたまま、俺達に大声で報告すると一礼して部屋を出て行った。
「だいぶ時間を掛けたのう……」
「見付けただけでも大したものですよ。場合によっては空振りもありましたからね」
補給が毎日とは限らない。隔日や3日おきも考えられる話だ。
今夜見付けたとなると、ヨーレム侵攻部隊の食料事情はかなりお寒い話になるぞ。
まだ、今年の刈り入れはどの王国も行われていないはずだ。食料事情が乏しい中で果たしてどこまで出来るのだろうか?
そうなると、ウォーラム王国の本国に少し仕掛けをしてもおもしろそうだ。ラディさんが戻ったら早速始めて貰おう。
深夜が過ぎて、サディ達のアクビの回数が多くなる。
早めに寝かせといた方が良いだろう。
指揮所に残った連中を追い出すようにして寝かしつけたところで、パイプに火を点けて地図を眺める。
そんな俺のところに突然現れたのはラディさんだった。
いつものようにテーブル越しに座ったところで、ポットのお茶を出す。
「すみませんね。……ヨーレムの秘密が分かりました。深い空堀と、不思議な火を放つ筒です」
「火を放つ筒だって?」
思わずパイプを落すところだった。
「筒先から炎が100D(30m)も伸びて行きます。敵が堀を渡ろうとすると、それで攻撃しますから、空堀を越えることは不可能です」
驚いた……。いったい何を使ってるんだ?
最初は初歩的な銃かと思っていたが、火炎放射器のようだな。
待てよ……。そんな武器の話を聞いたことがあるぞ。あれは、いつだったかな。
そうだ! 確かギリシャ火薬と言われる物があったはず。火薬だとずっと思っていたがどうやら火炎を噴き出す仕掛けだったらしい。
俺達の時代でも中世で作られていたはずだ。それは火薬の伝来よりも早かったと聞いたぞ。
「こんな感じに筒先を持って、筒の後ろに管がありませんでしたか?」
「ありました。バンター殿は見たことがあるんですか?」
驚いて俺に問いかけたラディさんに首を振って答えた。
そうか……。なら、しばらくは持ち応えられそうだ。だが、空堀を埋められると厄介だな。あまり長期間は優位に立てないだろう。
「ありがとうございます。これで侵攻が止まった原因が分かりました。それで次の依頼なんですが……。ウォーラム王国の麦畑を焼いてくれませんか?」
「刈入れ前の状態でですか? 後々問題になりませんか」
「かなり影響が出ると思う。だけど、それでトーレスティの北に展開している連中がどうなるか……」
俺の話を聞いて表情をゆがめる。
たぶん急いで自分の村や町に向かうだろう。国境はがら空きになるはずだ。そこにトーレスティの部隊が国境を越えたら……。
さぞかし大騒ぎになるだろうな。その対処がどうなるか楽しみで仕方がない。
「全て焼くのではなく、あちこちに火を放って行けば良さそうですな。分かりました。直ぐに始めます」
「いや、ゆっくり休んで明日の午後にでも出掛けたらいい。向こうはまるっきりそんな事は予想すらしていないはずだ。それにウォーラム王国は北の王国だからね」
ここより収穫時期が遅れるはずだ。まだデリム村の麦は収穫されていない。
ラディさんが指揮所を離れて直ぐに、通信兵が駆け込んで来た。
「補給部隊を襲撃。屯所に向かうとの事です。騎馬隊は別行動とも言っておりました」
「ご苦労。どうやら成功したようだ。負傷者があればさらに通信が続くだろう。済まないが注意して見ていてくれ」
どうにか上手く行ったようだ。たぶん負傷者も出なかったに違いない。
ザイラスさんは南に向かったようだが、軍馬の速度は荷馬車とは格段に違うから、明日の昼頃に共に戻って来るだろう。
とりあえず胸をなで下ろす。