表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/209

SA-150 ヨーレム善戦の知らせ


 のんびりと屯所で暮らす。

 クリス達をキッチン車のおばさん達が、いつも目を細めて微笑んでみてる。故郷に残した孫達を思い出しているんだろうか?

 長引くようなら、2次募集をして定期的に交替する事も視野に入れないといけないのかも知れないな。

 一度マリアンさんと相談してみよう。


 そんなある日、俺達の屯所をオブリーさんが訪ねてきた。

 どうやら、東の戦が決着を見たらしい。


「バンター殿のおかげで死傷者の数は予想よりも遥かに少なくて済みました。現状は……」


 敵の孤立部隊を力攻めで落としたらしい。投降した敵兵は石橋を渡らせてトルニア王国に帰還させたと言う事だ。

 これなら、レーデル川の西を全てクレーブル王国の版図とする当初の計画通りになる。とは言え、力攻めか……。さぞかし凄惨な戦になったんだろうな。かなりの戦死者が双方に出たことだろう。


「戦死者が数十人で済んだのは、あの爆発する武器をトーレル殿が使ったからです。2度使った時、敵は投降してくれました」

「本来は石橋を落す目的で使いたかったんですが……。そうなると、東の国境警備は2個大隊で十分では?」


 俺の問いにオブリーさんが頷いてくれた。

「ウイル殿が2個中隊の騎馬隊を率いてやって来ます。私の部下が同じく2個中隊の軽装歩兵を率いてくるはずです。全て弓兵で統一しましたが、短槍も使える者達です」


 1個大隊と言う事になる。

 そうなると、デリム村の下にも屯所を作りたいな。ザイラスさんの部隊から1個中隊をウイルさんに渡せば3個中隊の騎馬隊が2つ出来る。

 次の相手はどう考えても3個大隊近くなるはずだ。やはり北に展開しているトーレルティ軍を少し、こちらに回して貰わねばならなくなりそうだな。


 オブリーさんはこのまま屯所にいてくれるそうだ。

 クリスに会えると行って嬉しそうに指揮所を出て行ったけど、俺の方は考えることが多くなってしまった。


 トルニアの野望はついえたのだろうか? 今回クレーブル軍に敗れてはいるが依然として大軍団を擁していること変わりはない。

 トーレルさんへ、トルニア王国に対する厳戒態勢を取るように指示書を書き、南の船着場から主力を東の砦に移すように伝える。尾根の存在は2個大隊以上の戦力を持っているようなものだ。キューイさん達が見張っているなら早々遅れを取ることは無い。

 シルバニア王国とトルニア王国とは睨み合いが続くのだろう。クレーブル王国は商業活動をトルニア王国と交渉する事になるのだろうが、トルニア王国にとっても、豊かな土地から生産される穀物を財源にしたい気持ちはあるだろうからな。

 次の戦があるとしても、それはかなり先になるだろう。


 問題は、こっちのウォーラム王国だ。単なる領土拡大には留まらない野心を持っているのが厄介この上ない。

 神皇国の事実上の併合化で、従来行っていた硬貨の発行が出来なくなっている。

 商業ギルドがかなり焦っているんじゃないかな。何といっても硬貨の価値を裏付けしてくれる権威が無くなってしまった。

 銅貨はまだしも、銀貨や金貨の貴金属の含有率は6割程度らしい。それでも流通出来ていたのは、教団の宝物庫に蓄財された金や銀との兌換を保障したものだったからだ。

 

 その兌換補償が無い硬貨であれば、一気に硬貨の価値が失われる。硬貨に含まれる貴金属の割合に見合った価値でしか取引が行われなくなるのだ。

 ウォーラム王国が真に狙ったのはこれに違いない。

 あわよくばトーレスティ王国の切り取りを狙ってはいるようだが、その裏には教団の中枢を牛耳ることで、莫大な富を得る事にあるようだ。

 将来的に俺達の侵攻を防ぐ目的で、可能な限りの領土拡大を図っているんじゃないのか?

 当初は、ウォーラム王国の農業生産量を上げるのが目的だと思っていたが、このまま推移したら、俺達の方の貿易拡大計画にも影響を及ぼしそうだ。


 一番良い方法は新たな硬貨を作って、これまでの銀貨、金貨を市場から放逐することだ。

 だが、それをどの王国が行うのかが問題でもある。兌換を前提にするとはいえ、商人達が国内で兌換することはない。貿易で使われる位だ。それも、兌換手数料を取るらしいから、とんでもないシステムとも言える。

 

 早めに、この問題を話し合って貰わねばなるまい。それと、エミルダさんの方が上手くリンクすれば従来よりは少し良いシステムに出来そうな気もする。


 従来の硬貨の成り立ちと、教団の政庁消滅に伴う課題を整理して、次のシステム案の骨子を提案する。

 内容は硬貨の銀や金の含有率を上げるものだ。使用に耐えられるだけ上げる事が出来れば、そのまま貿易にも使用できる。

 硬貨の鋳造と発行は各国に任せ、兌換補償を行う事で発行枚数に制限を掛けられる。硬貨の貴金属含有率を上げれば、各国が用意する貴金属の量もそれほど必要とはしないだろう。従来のようにエミルダさんが主導するかも知れない教団に任せても良いように思えるが、それは調整事項だろうな。

 書き終えたメモをサディに一読して貰い、クレーブル国王に届けて貰えば後は任せておけるだろう。

 優秀な貴族達がいるから、きちんと調整を図ってくれるに違いない。


・・・ ◇ ・・・

 

 ラディさんが俺を訪ねてくるのは、夜が多くなってきたな。

 ウォーラム王国の侵攻を跳ね返してから何日か過ぎたころ、指揮所にひょっこりと顔を出した。

 テーブル越しに俺の前に座ったところで、ミューちゃんが父さんにお茶のカップを渡している。娘から受けたお茶が嬉しいのだろう。優しい眼差しをミューちゃんの後ろ姿に注いでいる。


「それで、何か変わったことでも?」

「バンター殿の危惧した方向に進んでいます。政庁は焼け落ちましたが、近くの修道院にその場を移してウォーラム王国の貴族が複数やってきたようです」


 何といっても、金のなる木には違いない。それを何とかしようとは考えてるんだけどね。


「教団の高位神官はウォーラム王国出身者のみになりました。外の神官達は政庁攻撃の際に殺されたものと……」

「その辺りを、詳しく調べられないかな? 場合によってはトルニア王国と共闘できる可能性が出てくる」


「了解です。最後に1つ。ヨーレム侵攻は上手く運んでいないようです。神皇国の駐屯部隊が1個大隊南に向かいました」

 

 地図の上で部隊配置を変更する。

 ヨーテルンはそれほど精鋭なのだろうか? それとも、俺達には無い別の兵器を使っている事も考えられる。

 その辺りを探る必要もありそうだな。


「ラディさん……」

「分ってます。すでにヨーレムに送りこんでいます。直ぐにウォーラム王国の侵攻が鈍った原因が分るでしょう」


 席を立ったラディさんをミューちゃんが見送りに出掛けた。

 中々良い娘さんになって来たな。

 ラディさんも、そろそろ心配になってくるころじゃないか?

 かなり遅い時間だから、そろそろ俺も休むとしよう。


 翌朝、指揮所に集まって来た連中に状況を伝えると、ヨーレム王国の善戦を驚いたような表情でオブリーさんが聞いていた。

 思い当たることが無いと言う事だろう。

 

「3個大隊で4個大隊の侵攻を食い止めているとは、ヨーレムの連中も中々やるな」

「優秀な騎馬隊があるということか?」

 ザイラスさんの言葉にジルさんが確認している。

「ヨーレムは全て軽装歩兵のはずです。騎馬隊があっても1個小隊程度でしょう。少なくとも私は聞いたこともありません」


 レクサスさんも当惑した表情だ。

 だが、悪い事ではない。トーレスティとはあまり縁がなくとも、神皇国と付き合いがあるのであれば、商人達が行き来している筈だからな。その神皇国が極端な傀儡政権となった場合は商人達もトーレスティを目指すはず……。

 軍事同盟だけでなく、経済も連携することも可能だろう。


「ウォーラム王国の軍勢を相手に、小国のヨーレムが善戦しているのは何かあるのじゃろうか?」

「武器の違い、地形、複数の砦……。色々考えられます。俺達もつい最近ウォーラムの侵攻を退けました。これは武器の相違だと思っています」

「それ以外に、バンターがここにいたこともある。聖堂騎士団の軍師は他の追従を許さぬからな」


 俺の言葉をザイラスさんが笑い飛ばす。ひょっとして飲んでるのはお茶じゃなくてお酒なのか?

 ジルさんも一緒になってカップを傾けて俺に微笑んでる。全く似た者同士なんだよな。


「それで、我等はどうするのじゃ?」

「ヨーレムがどれだけ頑張れるかを確認する必要がありますが、それはもう少しで分かるでしょう。後は、オブリーさんからクレーブル王都に送って貰ったメモを王宮がどう判断するかです。これはエミルダさんも絡んでますから時間が掛かるかも知れません。ですが、決断いかんでは新興国を攻撃することになるやも知れません」


「「何だと!」」

 数人が椅子を蹴って立ち上がり俺を見つめる。

 神皇国を蹂躙すると言うのは騎士としてあるまじきことと考えているのだろうか?

「場合によっては、教団の神殿や修道院の破壊も視野に入れる必要があります」

「バンター。……それはかなり過激だぞ! 部隊の中には敬虔な信者もたくさんいるのだ」

「知ってます。ですから、俺の判断ではなく3つの王国の判断を仰ぐことが必要ですし、エミルダさんの確認もいるのです」


 簡単に神皇国の現状を伝える。かつての教団の役割をウォーラム王国が仕切ることになり、すでに高位神官は全てウォーラム出身であることを話すと彼らの表情が強張って来た。

 それが、硬貨の発行による莫大な利益を手にする事を告げると、怒りで顔を赤くしている。


「そこまでやるのか……。俺達をウォーレム王家の下に使うつもりだな!」

「硬貨を作るだけで、利ザヤを稼ぐと言うのか……。莫大な資金を手にすることになるぞ」


 教団を手に入れる危険性を少しは認識してくれたか。

 滅ぼしたいという俺の気持ちを理解してくれれば良いんだけどね。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ