SA-015 北のザイラス、西のトーレル
直ぐにでも救い出してやりたいが、監視兵達が油断するまでは手出しができない。
俺でさえそうなんだから、王女様や騎士達はさぞかし歯を食いしばって我慢してるんじゃないか?
崖の上のラディさんは猟師を稼業にするだけあって、こんな状況でも冷静に見守っている事だろう。ある意味、安心して襲撃のチャンスを見定めることができる人物に違いない。
俺達は、その合図をひたすら得物を握って待つしかないのだ。
ラディさんの合図を見ることができる位置に隠れている騎士が、俺達の向かって何やら合図を送っている。
「どうやら、兵達が食事を始めるようです。もうしばらく待てと言っています」
俺達の近くにバルツさんがやって来て合図の意味を教えてくれた。
あれって、ボディラングエッジってやつなのか? ジェスチャーゲームみたいな仕草だったが、意味が分かれば立派な合図に違いない。
「そうか……。もう、少しじゃな」
王女様の言葉は、単純だけどかなり怒ってるように思えるぞ。一人で飛び出さないようにマリアンさんに言っておかねばなるまい。
後ろを見ると、マリアンさんと目があった。俺にしっかりと頷いてくれたから、やはり王女様の突出を心配してたみたいだ。
「今度は『食事を始めた。準備しろ』ですね」
「街道に出るぞ! 槍車を至急組み立てるのじゃ。覆面は赤で行くぞ」
小さくとも通る声で俺達に指示が行き渡る。
覆面をして、音を立てないように森を出て、槍車を組み立てた。荷車よりも横幅が狭い。2台横にすれば街道を塞げそうだ。
「弓を持つ者は街道の右を担当してください。特に森に逃げようとする敵兵を重点にお願いします。カイナンさんは2段目を担当してください。槍車の左右に分かれて対応願います。バルツさんは2台の槍車を敵兵にぶつけてください。槍は車に乗せられますよね。王女様は後方から石弓と火炎弾で攻撃してください。敵に弓兵がいたら真っ先に倒してくださいよ!」
最終配置の連絡を告げると、それぞれに腕を上げて了承を伝えてくれる。
王女様は不服そうだけど、マリアンさんがうんうんと頷いてるからだいじょうぶだろう。
「王女様。これを使って見ますか?」
「石弓じゃな。ふむ、これなら後方でも敵を倒せる。使い方は知っておるぞ!」
苦笑いしながら、腰のボルトケースを外して、石弓と共に王女様に進呈した。
代わりに少し短い槍を受け取る。投槍じゃないのか? そんな感じのする槍だ。
突撃体制に俺達が配置を完了したことを、バルツさんが見張りの騎士に伝えている。
見張りの騎士が、今度は向きを変えて合図してる。準備完了をラディさんに伝えているのだろう。
息を凝らして待っていると、見張りの騎士が腕を上げて力強く振り下ろした。
遠くから何かが爆ぜる音が聞えて来る。
「行くぞ!」
「「「オオォォ!!」」」
バルツさんが4人一組になって槍車をガラガラと押していく。
その後ろを俺達は遅れないように走っていく。
街道の角を曲がると前方で崖の上から落とされる石弓や火炎弾を避けながら逃げ惑う兵士達の姿が見えた。
バタバタと逃げ出してきた兵隊が、俺達の姿を見て立ち止まったところに槍車がぶつかった。
甲冑の壊れる音と兵隊の叫び声が上がって、槍車が一旦停止する。少し下がって、槍先から敵兵を引き離すと再び兵隊たちの中に突っ込んだ。
ウオオォォ!!
互いの兵士が声を限りに叫んでいるが、槍を突き出すだけでは、俺達の餌食に変わりはない。
火炎弾が兵士の中で炸裂し、森に逃げる兵士の背中にはボルトや矢が次々と撃ちこまれる。
「王女様!」
騎士の叫ぶ方向を見ると、2人の弓兵が王女様を狙っている。とっさに王女様の前に身を翻したことまでは覚えているのだが……。
「う~ん……」
「どうやら、気が付いたようじゃな。安心せい、かすり傷じゃ!」
王女様が声を掛けてくれたのは良いのだが、面白そうに顔に笑みが浮かんでるし、俺を取り囲む騎士達もニヤニヤと笑っているぞ。
確か、王女様をかばって矢を受けたような気はするんだが……。
「お前の手作りのヨロイは中々のものだな。胴の木材は貫通したが、その後ろの革ヨロイを通せなかったようだ。急いで脱がせたから壊れてしまったが、簡単に修理できるとリーダスが言っていた。全く、驚かせるなよ」
急いでシャツをめくって胸を見てみると、ちょっと血が滲んでいた。これ位で済んで良かったな。
「まあ、このヨロイの実戦証明になったと思えばよい。それよりも、それ位の傷で気絶するとは情けない……」
延々と文句を言われそうだ。ここは早めに話題を変えるに限るな。
「それで、襲撃は?」
「安心せい。囚人の救出は成功じゃ。敵兵も全て血祭りにあげておる。さて、帰るぞ。歩けるな?」
まだフラフラするけど、肩を貸してとも言えないのが辛い。胴ヨロイの残骸をマスク代わりの風呂敷に包んで俺達のアジトに皆と帰ることにした。
アジトのテーブルのいつもの位置に腰を下ろす。
魔導士のお姉さんが俺達にワインの入ったカップを配ってくれる。
王女様が皆の顔を眺めてカップを高く掲げると、俺達もそれに合わせて乾杯と叫んだ。
「先ずはご苦労であった。トーレルがあの中にいたとは思わなかったな。晴れて我らの仲間じゃ。2個分隊ではあるが、指揮を頼むぞ」
「御意。このようなところで再興を図るとは敵には考えも着かぬでしょう。さすがはザイラス殿と我等感じ入っております」
ザイラスさんよりは若く見えるけど、30歳は過ぎてるんじゃないかな。ザイラスさん同様騎士の部隊を率いていたようだ。
「俺にそんな知恵があるか。その端にいる若造が俺達の軍師だ。かなり遠くの王国から転移魔法の実験で飛ばされてきたらしい。今日も頑張っていたらしいが、王女様への矢を自ら浴びて目を回すほどの武芸の持主だ。作戦計画は俺達の遥か上を行くが、戦場ではなあ……」
そんな話で、再びテーブルに失笑が漏れてきたぞ。
「まあ、そこまでで良いであろう。身を挺して我に飛んで来た矢を受けてくれたのじゃ。騎士としても恥ずかしくなかろう。まあ、そこで失神せずに立っていられたなら、タペストリーの題材にもなるのじゃが」
「これから鍛えて、タペストリーの題材になる人物に育てましょう。かすり傷で失神されては我らも困りますからな」
そんな事を言うから、テーブルはひとしきり笑いが続いたぞ。
「待ってください。すると、先ほどの襲撃は端の青年が考えたという事ですか?」
「そうだ。単純ではないぞ。お前達が出て来る為のお膳立てを作って、その上で襲撃とお前達の逃走方向と、合流方法までを考えてくれたのだ。バンターは剣を使って戦う事はあまりせぬが、その作戦立案能力は我ら王国の作戦本部を遥かに凌ぐ」
トーレルさんが席を立って俺を見据えると、綺麗な騎士の礼を俺にしてくれた。
「感謝に堪えません。我ら一同、存分にお使いください」
慌てて立ち上がると、見様見真似の騎士の礼を返す。
「改めて、ご挨拶します。バンターと言いますが、バンターで結構です。力はありませんがご協力をお願いします」
確かに力は無いな……。そんな声が聞こえてきたけど、気にしないぞ。ここまでの訓練期間が全く違うじゃないか。俺だって訓練さえきちんとすればそれなりに戦えると思うんだけどな。
「新たに我らの旗の下に集まった者は、騎士が25人。兵士が18人じゃ。編成の変更はザイラスに任せるぞ。これで我等の戦力は1個小隊を越えた。バンター、次はどうするのじゃ?」
「当然、迎撃です。囚人の反乱で全滅と彼らは考えるでしょう。トーレルさんは武名で有名ではないのですか? となれば、トーレルさんの率いる反乱部隊を正規兵が討伐にやってきます」
「確かに、北のザイラス、西のトーレルと呼ばれるほどの騎士ではある。だがバンターがそれを知ることは無いはずじゃが?」
「囚人の監視をする兵が2個小隊を超えていました。それは万が一の為でしょうから、それ位、ピンときますよ」
俺の言葉に納得してるんだから困ったものだ。この世界に戦略という考えは無いんだろうか?
「それで、やって来るのはいつだ?」
「明日には様子を見に来るかもしれません。ところで、頼んだ事は?」
「ああ、やっておいたぞ。敵兵の死体を崖に並べて立て掛けて置いた」
テーブルの上に作戦地図を乗せる。
駒を街道に並べて死体の場所を示し、崖の上の見張り場所にも駒を置いた。
色の異なる駒を街道の西から、動かして死体を置いた場所まで進める。
「さて、たぶん馬を使ってやって来るでしょう。この状況を見て、どう判断するでしょうか?」
「トーレルが虜囚の恨みを晴らしたと思うだろうな。それ位は俺にも分かるぞ」
ザイラスさんに頷くと、駒を1つ取って南の広場に置いた。
「ここに煙があれば、どうでしょう?」
「直ぐにも討伐隊を率いてやって来るだろう……。そういう事か! あの森では馬は使えん。騎士も歩くほかないだろう。だが、あの周りを散々探してもトーレル達は見つからないな」
「街道に戻ってきた時に石弓で倒します。向かってきても、街道までは俺の身長ほどの崖になっていますから、上るにも苦労するでしょう」
そう言って、作戦地図を見入っている皆の顔を眺める。
「トーレル。これがバンターの戦じゃ。バンター1人で中隊の働きをすると我は思っておる」
「中隊以上でしょう。正規軍を待ち伏せして突っ込む位に思っていたのですが、これでは一方的な戦になりますよ」
「出られるか? 早ければ明後日にはやって来るぞ」
ザイラスさんの言葉にトーレルさんが力強く頷いた。
翌日早く、ラディさんが数人を連れて砦を後にする。南の広場に大きな焚き火を作るためだ。
乱雑に森の中を進んで歩いた形跡を作って欲しいと頼んでおいたから、帰って来るのは今夜になるだろう。
砦の広場では、トーレルさん達が山賊の恰好を作ろうと苦労している。
革ヨロイを破ったり、わざと長剣の刃を折ったりしているぞ。
赤と黒のマスクとマント代わりの布も貰っている様だ。弓兵がいるようで数人がヤジリを研いでいた。