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SA-148 デリム村に急げ!


 屯所に子供の泣き声が聞こえる。この声はクリスだな。ちょっと場違いな気もするけど、その声を聞いてにこりと微笑む兵士が多い事も確かなようだ。

 敵を前にして殺伐とした雰囲気の中での、ある意味日常的な事だから、ふと気持ちが緩むのだろう。

 戦をしているわけではないから、問題なさそうだな。


「だいぶご機嫌斜めみたいだ」

「どれ、我が1つ……」


 サディが席を立って指揮所を出ていく。

 何をするんだろう? もう授乳は終わったと教えてくれたんだけどね。


「カナトルの鞍に乗せてあげると直ぐにご機嫌になるにゃ」

 とんでもないことをミューちゃんがさらりと言ったぞ!


「そんな事をしてるの?」

「喜んでるにゃ。きっと良い騎士になれるにゃ」

 

 ひょっとしてザイラスさんのところもやってるのかも知れないな。夫婦共に騎士だから男の子ならそうなるな。

 

「危なくないのかな?」

「だいじょうぶにゃ。まだ1人では乗れないにゃ」


 不安がつのるミューちゃんの答えだった。

 今夜、軽く注意しとくか……。そんな事を考えていたのっだが、いつの間にかクリスの泣き声が聞こえて来なくなったぞ。

 効き目があるんだなと感心していると、通信兵が指揮所に駆けこんで来た。


「ラディ殿より連絡です。『玄関を4人の客が訪れた』以上です!」

「ご苦労」

 扉を閉めようとした通信兵の後ろから労いの言葉を掛ける。

 始まったか……。4個大隊と言う事だな。神皇国の政庁を落した部隊と傭兵部隊を合わせて2個大隊というところだろう。先に布陣した2個大隊と合流して攻め入ったと言う事になるのだろうか?

 俺達の西に3個大隊があるのが気に入らないな。ウォーラムと神皇国の国境付近にいる1個大隊の動きも気になるところだ。


 5個大隊以上を想定してたんだけどな。依然として西には俺達の2倍の兵力を持つ部隊が展開していることになる。

 住民をかなり殺戮しているし、ウォーラム王国の息の掛かった連中がたくさんいるようだから、治安をあまり心配することも無い。後ろを気にせず前を向けると言うのは征服地で軍を展開する上でかなりのメリットになる。

 もっとも、そんな事は俺達では無理だけどな。一応聖堂騎士団と称している以上、正義を貫きたいところだ。


 そろそろ初めても良さそうかな……。東が片付いてからと思っていたんだが、どうも状況は想定通りには行かないようだ。


「どうしたのじゃ?」

 いつの間にかサディ達が指揮所に戻ったようだ。

 俺の隣に座ると、俺の視線の先をたどっている。


「動いたのじゃな。4個大隊とは少し少ないようにも思える」

「それが気になってたんだ。俺達の兵力を考えれば2個大隊は追加できる。それをやらないと言うのがね……」


 待てよ……。ひょっとして、トーレスティにも踏み込もうと言うのか?

 テーブルを叩くように立ち上がると、今テーブルに着いた部隊長達をながめた。

 ザイラスさんがいないのが残念だな。だが、早く行動するに限る。


「全軍出撃だ! 目指すはデリム村。デリム村の北側面に陣を築くぞ!」

「オォ!」

 機動歩兵部隊長達が一斉に立ち上がって指揮所の外に駆けだした。


「サディ、ウォーラムの連中は同時に2カ国に侵攻する気だ。少なくともトーレスティの井戸を1つ奪う事は考えられる。後々トーレスティ侵攻で役立つ拠点となれば、西の砦の南にあるデリム村と言う事になる」

「バンターは先に行くが良い。我は輸送部隊を指揮しながら遅れてまいる。デリム村の北に陣を張るのじゃな?」

「そうだ。出来ればザイラスさん達に至急戻る様に伝えてくれ。騎馬隊があればかなり楽になるからな」


 指揮所から飛び出すと、すでにミューちゃんがカナトルを準備していてくれた。

 カナトルにまたがり、すでに出発を始めた荷馬車の先頭に向かう。

 隣にミューちゃんがいるのがありがたい。

 ネコ族の人達の目は人間以上だ。視力検査をしたらどれ位になるんだろう?


 長い荷馬車の列だ。シルバニアから20台以上引いて来たんだが、トーレスティとクレーブルも似たような荷馬車を作ってくれたから、6個小隊の機動歩兵を乗せた荷馬車は30台近くになる。これを並べただけでも陣を作れるな。

 早めに作ればそれだけ有効利用ができるだろう。


 デリム村までの距離はおよそ30km。3時間は掛からないから夕刻には簡易な陣を作れそうだ。

 敵が国境からどれだけ離れていたかが問題だけど、それほど近くに展開しているとは思えない。昼に可能な限り接近して夜間に襲うという攻撃になるんだろうか?

 マデニアム王国以上の策士がいるのかも知れない。かなりやりにくい相手であることは確かだな。


 デニム村を時計回りに回りながら、北側に次々と荷馬車を止めて馬を外す。

 馬はデニム村の塀の内側にある広場に集めておけば一安心だ。飼葉は2台分積んできたから、村人がたっぷり与えてくれるだろう。

 

「仮設陣地の構築を始めました。30枚程盾を東の塀に沿って南に並べています」

「御苦労。とりあえず間にあったみたいだな。村の見張り台を使わせてもらおう。通信兵を一緒に頼むぞ」

 

 サンドラさんが騎士の礼をとると、足早に去っていく。

 槍兵が2個小隊に4個小隊だが、騎馬隊の足を止めればそれほど恐れる事はない。

 西に南北に延びる低い柵を作っているが、杭を打ってロープを張った簡単なものだ。2段に張ったロープは簡単ではあるが、相手の突撃力を弱める事が出来る。矢を射かければ大打撃を与えられるだろう。

 馬車の後方に2つほどの焚き火が作られた。ここで爆弾は使いたくないが、敵が多ければ使うに躊躇することはない。

 

 焚き火の近くに盾をテーブル代わりにして地図を広げる。

 一緒に持ってきた小袋から駒を取り出して、分っている状況を元に地図上に配置した。

 北に位置する砦にも1個大隊が駐屯しているが、あいにくと重装歩兵と軽装歩兵の部隊だ。すでに砦周辺に部隊を展開しているだろう。

 

 夕暮れが辺りを包む頃に、後続の荷馬車がやってくる。キッチン車も一緒だから小隊単位で食事が始まった。

 

「全て移動してきたのじゃ。南にも数台荷馬車を停めたから、良い阻止具になるであろう」

 サディの言葉に、まさかと思い焚き火の傍から立ちあがって南を眺めると寝台車まで並べてあるぞ。

 と言う事は……。


「クリス達も一緒なの?」

「屯所の方ではかえって心配じゃ。ここなら目も届くし、大勢じゃからな」


 言い分は理解できるが、ここは戦場になる可能性が濃厚だ。

 その場合の対処を考えておかねばならないな。ザイラスさんのところの男の子も一緒になるだろうからね。


「南に1個小隊の石弓隊を配備しといたほうが良さそうだよ。指揮はサディに任せたいな」

「魔道士部隊もおるから十分じゃろう。荷馬車に接近させねば良い」

「後は、焚き火の後ろのきっちん車の並びに荷車を2台置いておけば良い。食料の袋で周囲を囲めば子供2人は入るだろう」


 麻袋に入った食料を土嚢どのう代わりに使えば矢も心配ないはずだ。

 クレーブル王宮に置いておいてほしかったけど、ここに至ってはどうしようもない。

 この簡易な陣の中まで入って来られないように頑張るしかなさそうだな。いざとなれば東に逃げる手もあるしね。

 サディが南に駆けて行くのを眺めていると、子供を肩に乗せてザイラスさんがやって来た。

 ジルさんは一緒じゃないのが気になるな。


「軽装歩兵が主力だ。かなり痛手を与えて来たが、来るなら今夜だな」

 簡単に報告してくれると、焚き火の傍にある丸太を椅子代わりにして腰を下ろし、子供を抱きかかえた。

 しっかりとお父さんをやっているけど、ここはもうすぐ戦場なんだよな。


「3個大隊がほぼ西に集結している。これが主力だな。その北に1個大隊の騎馬隊がいたんだが、だいぶ傷めつけたからな。残りは3個中隊に満たないだろう。先ずはそれが動くだろう」

 

 ザイラスさんの話を元に地図の上の駒を移動する。軽装歩兵の部隊はデリム村の西100M(15km)ほどまで近付いていると言う事だ。

 闇にまぎれて東に進むのだろうが、少し余裕があるな。デリム村の住人にも知らせを走らせておく。

 オケを用意して水をためておくのも良さそうだ。彼らが欲しいのはデリム村の住人ではなく井戸だからな。かなりの火矢を撃ち込んでくるに違いない。

 

 伝令を呼んで北の砦にも襲撃の可能性を知らせておく。

「砦の攻撃は陽動だ。兵を砦にこもらせて火矢に備えるように言えば良い」

「ムダに矢を使うなと付け加えておけ。相手は騎馬隊だ。離れていては中々当たらんし、夜だからな」


 俺の指示にザイラスさんが言葉をつなぐ。

 それは俺達にも言える事だが、たっぷりと持ってきてるし、補給もあったから惜しむ事はしないでおこう。


「補給しておいたぞ。矢のケースが2つあるから、どちらも定数を入れてある」

 暗がりから、ジルさんが現れた。どうやら騎馬隊へ矢を補給していたらしい。長弓の矢も十分あるから、ザイラスさん達に暴れまわって貰おう。


「問題は、いつ始まるかと言う事ですね。ザイラスさんの言う通り砦に仕掛けてくるでしょう。ある程度砦を攻撃すればデリム村に火の手が上がっても砦を出て救援とはいかないでしょうからね」

「だが、俺達はここにいる。そう簡単には攻め取られんぞ」


「そこで、こんな策を取りましょう……」

 砦を攻撃する騎馬隊の背後から矢を浴びせる。ザイラスさん達と騎馬数はほぼ同じだから丁度良い。


「砦の攻略は陽動ですから直ぐに逃げ帰るでしょう。追撃してさらに攻撃すればウォーラムの騎馬隊の数が減ります。ある程度追い掛けたら、軽装歩兵の後ろを攻撃してくれると助かります」

「陽動部隊への攻撃の後に、敵の本体を後ろから襲うんだな……。どちらも、敵の攻撃が始まってからの方が都合が良いし、効果も大きい……。ジル、部隊長を集めろ! 俺はこの子を預けてくる」


 2人で東の方に歩いて行ったぞ。向こうに騎馬部隊は集合してるようだな。

 子供達はキッチン車のおばさん達が預かってくれるだろう。積荷の中なら安心だし、レドニアは魔導士でもある。おばさん達が弓を使えるのも心強いな。


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