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SA-147 クリスを連れてきたの?


 ラディさんのおかげで状況が少し飲み込めてきた。

 予定よりも避難民が少なくなるのは、トーレスティの国境沿いに展開した騎馬隊によるものだろう。

 ザイラスさんに新たな敵の配置図を説明すると、かなり怒りを込めた表情に変わっているぞ。ジルさんもちょっと近付きたくない雰囲気だな。


「とんでもない奴らだ。騎士では無さそうだが、少し教育が必要だな。バンター、出掛けて来るぞ!」

「その怒りは、こいつ等にぶつけてください。明け方なら敵も油断してるでしょう。攻撃終了後は南に……」

「分かってる。上手く行けば、こいつ等の仕返しと思わせるのだな。敗戦から間は無いから恨みは持っておりだろう。同士討ちを誘う事を考えてるのだろうが、少し距離がありすぎるぞ」


 そんな事を言いながらすでに指揮所の戸口まで歩いている。俺の考えはお見通しらしいが、猜疑心がつのるだけでも十分だと思うな。


 残ったのは機動歩兵だけだけど、今のところは通常待機で十分だ。

 暇を持て余した連中は、100本以上届けてくれた雑木の苗に、毎日水を上げている。

 10年も過ぎれば立派な林になるかも知れないな。もう少し買い込んで植林するか……。


 そう言えば、東の戦はどうなったんだろう?

 全く知らせが来ないけど、俺達に心配させまいと連絡しないのはどうかと思うな。クレーブル王宮までは、中継局を利用して光通信が出来るから、今夜にでも状況を確認してみよう。ついでにサディ達の様子も確認しといた方が良いかもしれない。


 その夜、何カ所かの中継局を経て、東の状況を知ることができた。

 どうやら、半分は上手く行ったようだ。トルニア王国は6個大隊近くを投入したらしいが、柵を破ることは出来なかったようだ。

 東からトーレルさんとウイルさん率いる騎馬隊が側面を突いた事で、敵の進撃は後退しながらの防御に変わったらしい。

 拡散した集団が退路の石橋に集注したところへ、カタパルトで爆弾を括り付けた投槍のようなボルトを何回か浴びせたようだ。

 雲の子を散らすように石橋から東に逃走したので、レーデル川の石橋から東はクレーブルの新たな領土にすることができたと言う事だろう。

 問題は、侵攻してきた数が少し多かった事らしい。逃走したくともレーデル川に行く手を阻まれた敵軍が2個大隊以上石橋の南に孤立してしまい、仮設の陣を築いてクレーブル軍と睨み合っているそうだ。


「中々上手く行かないようですね。それでも補給の無い部隊ですから、投降するのは時間の問題でしょう」

 クレーブルの軽装歩兵を率いてるレビットさんが新たな駒の配置を眺めながら呟いた。

「ある意味、戦は水物です。流れがどんどん変わりますからね。ですが、これだと東から部隊を移動できないのが辛いところです」


 約3個大隊が石橋を挟んで東に対峙しているのだ。横幅が5m程もある石橋をいつ力任せに渡って来るかも分からないからな。

 数台のカタパルトと2個大隊の兵士はどうしても石橋に張り付いてしまう。

 たぶん砦作りも初めてはいるんだろうけど完成するまでに1年は掛かるんじゃないかな。

 分断された部隊の後ろには村が1つあるらしいから、収穫を終えれば食料は十分に得られるだろう。それに背後は川だからな……。

 士気もそれ程下がっていないだろうし、面倒な事になったものだ。


「バンター殿は半分成功と言いましたが、大成功なのではないですか? 時間は掛かりそうですが、敵の消耗を待てば我等に投降するのは間違いありません」

「そうでもない。橋は抑えたが、敵軍への補給はそれ程難しくは無いんだ。俺達も石橋を渡らずに義勇兵をクレーブルから得たことがある。川は泳いでも渡れるし、簡単な筏を組めば物資も輸送できる」


 素早く頭の中でそんな状況を描いてみる。俺達も渡ったが、かなり面倒だった気がするぞ。ヨロイや武器を筏に積み、泳げない者も乗せたんだったよな……。

 そんな渡河を大掛かりに行う事はかなり面倒になる。それに船だって数は直ぐに揃えることは無理だろう。


 少々荒業になるが、囲みを狭めて爆弾を放ってみるか? 敵の孤立部隊と石橋を渡った本隊が別行動すると収拾がつかなくなりそうだからな。


 敵の矢を避けながら包囲陣を狭めるなら、装甲車って事になりそうだ。

 荷車にハシゴを横に取り付けて盾を数枚並べれば立派な装甲車になる。作り方を簡単にメモ書きして使い方を別の紙に描き加える。これなら誰でも理解出来るに違いない。

 

「私達の荷馬車の構造に似てますね」

 トーレスティの軽装歩兵隊長であるセフィーさんが、俺の描いた絵を見て呟く。

「ああ、同じものだ。俺達のはもう少し頑丈だけどね。敵の矢を防いで騎馬隊の突撃を防ぐならこれで十分だよ。山賊時代に似た物を作ったけど、けっこう使えたからね」


 槍を先端に付けろと書き加えておく。ちょっと物騒な形になったけど効果は絶大だ。荷車なら収穫を終えた農家から、安く買い付ける事も出来るだろう。

 上手く行けば年が変わる前に勝負が着きそうだ。

 東に展開した部隊から1個大隊でもこちらに回さねばな。トーレスティ軍を国境に沿って広く展開しているから、ウォーラム王国の作戦次第では容易に突破されそうだ。

 見た目は縦深陣なんだけど、部隊数が少ないのが難点なんだよな。


 俺のメモは馬車の駄馬を使って軽装歩兵がクレーブル王宮に届けるらしい。伝令というのは俺達に必要ないと思っていたが、絵はモールス信号では送れないからな。これも反省事項の1つに違いない。


 翌朝、騎馬隊が帰って来た。かなり憔悴してるけど、落伍者はいないようだ。

ひょっとして、夜通し敵を攻撃してたんじゃないか? と疑いたくなる姿だし、背負った矢を入れるケースには1本も矢が残っていない。

 炊飯車で食事を取っているが、直ぐに宿舎で眠るのだろう。詳しい話は後でも良い。ザイラスさんの事だから、かなり相手に打撃を与えてくれたに違いない。


 夕食には各部隊長達が集まって来た。ザイラスさん達も1眠りを終えたらしい。顔色もいつも通りだから一安心する。

 食事が終わると、いつも通りに状況説明を行う。

 東の戦況を伝えると、騎馬部隊長達が残念そうな顔をしている。騎馬隊で敵陣に雪崩れ込んで一気に勝敗を決めれば良いと考えてるのが見え見えだ。


「俺の方だが、かなり相手に痛手を与えたつもりだ。狙った相手は騎馬隊だから、次の戦が楽になるだろう。奴ら徹底的に国外に逃れようとする連中を殺しているぞ。武器を持たぬ女子供、老人までもだ!」

「俺達全員で敵に向かうと言う事も可能ですが、そうなると避難民を盾にすることも考えられます。現状はザイラスさん達の騎馬隊で殺された民衆の恨みを晴らしてやってください」


 もちろんだ! という表情で騎馬隊を率いる部隊長達が頷いている。

 だが、そうなると矢が直ぐに底を着いてしまいそうだ。3会戦分に予備の矢が俺達の持ち込んだ数だ。早めに手配しないといけないだろう。シルバニア王都に督促しておかねばなるまい。


「それとだ。かなりの数の神官が逃げだしている。あれでは教団を維持することは出来なくなるぞ?」

「それもウォーラム王国の策だと思います。ウォーラム王国国王が神皇国の教団代表となれば、我等は皆、神の敵ですよ」


 にこりと笑いながら言った言葉にテーブルの連中が驚いたようにポカンと口を開けている。

「神の敵が政権を握っているとなれば、民衆は離反する可能性だってあります。次の戦をかなり有利に進められるでしょう。神の敵を倒すという名目なら民衆はこぞって戦場に向かってくるかも知れません」

「それがバンターの一番恐れている事か?」


 ザイラスさんの問いに、大きく頷いた。戦争に宗教が絡むと碌な事にならない。

 相手がその気なら、俺達で新しい宗教を考えるのみだ。幸いにして俺達には大聖堂と修道院がある。それを正当化することで、相手の企みを阻止できるだろう。

 とは言え、これはエミルダさん任せだからな。どんな形で実を結ぶかはまだ分からない。


 ウォーラム王国の神皇国侵攻から10日も過ぎると、難民の数は激減してきた。

 たまに神皇国より逃れてくる難民の多くは農民だと言う事だ。ある程度まで神皇国の掌握が出来たと言う事だろう。

 それに合わせて新興国の国境付近に待機していた2個大隊の部隊が新興国の政庁に移動したらしい。

 いよいよ次の段階に入りそうだぞ。


 夜半にラディさんに次の指示を与えていると、指揮所の扉が開いてサディ達が帰って来た。

 帰って来たのは良いけれど、レドニアさんが抱えているのはクリスじゃないか! 


「やはり両親近くで育てるのが良いと思うぞ。ジルもこちらに息子を連れて来てるのじゃ。危険はどこにでもあるが、我の近くなら守ってあげる事もできる!」

「申し訳ありません。一度言い出したら……」


 平謝りのマリアンさんが気の毒になって来た。一生苦労することになるんだろうな。乳母という役目は何時まで経っても継続することになるのだろう。


「連れてきてしまった以上致しかたありません。寝台馬車の1つを上手く空けてください。レドニアさんと一緒に、屯所にいるなら安心できます」


 うんうんとサディが頷いてるけど、かなり危険でもあるんだぞ。ミューちゃんは、一緒に遊べると喜んでるけどね。


「それで、現状は?」

 サディに軽く状況説明を行う。皆もその説明を聞きながら再度現状を確認しているみたいだ。

 マリアンさんとレドニアさんは、クリスを連れて出て行ってしまった。その後ろ姿をミューちゃんがしばらく見ていたけど、意を決して皆にお茶を出してくれた。


「フム……。かなり過激じゃな。となればヨーレム侵攻は近いと見ておるのじゃな?」

「数日の内には始まるでしょう。少し揺さぶってやろうとは考えてますが……」


 上手い具合に補給線が伸び始めた。

 先ずはこれを邪魔してやろう。後は、ウォーラム王国の中で留守の砦を攻撃したらどう出てくるかが楽しみだな。

 


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