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SA-146 惨劇らしいが手は出せない


「そんな事にならないように、腹案は持っていたんですよ。場合によっては教団が解体されるかも知れないことは分かってましたからね」


 冬にエミルダさんとした話を皆に聞かせてあげた。

 アルデンヌ大聖堂を新たな教団として構築する話は、皆が目を見開いて聞いていたぞ。


「権威主義ではなく、経典を新たな指針とするのですか……」

「その為に修道院は役立つでしょう。神皇国からかなりの神官が逃げだしたようです。宗教に教団の神殿が必要なら彼らはなぜに逃げたのでしょうか? 宗教上の新年の為なら死をも覚悟すると言うのも理解出来る話ですが、その場から逃げる行為も俺には分かる気がします。彼らの宗教心には必ずしも神殿が必要ではないとね」


 俺が口をつぐんでパイプを取り出し、部屋の片隅のストーブで火を点けていると、マリアンさんとミューちゃんが皆のお茶を換えている。

 少し考える時間が必要と言う事だろうな。

 席に戻って改めてお茶を飲む。

 パイプの煙りがゆっくりと天井に向かって伸びて行った。


「あの何も無い聖堂が、宗教の中心とは……、長生きはするもんだな。マデニアム王国との一戦で命を落とさずに済んで良かったぞ」

「エミルダ様の意図があるならクレーブル王宮は問題ないでしょう」

「トーレスティの王宮についても似たり寄ったりでしょうね。神皇国とのいざこざが起こらなかった年はありません。頭痛が晴れたぐらいには思ってくれるでしょうが……」


「だが、エミルダさんにしてもまだ計画を具体的にはしていない。もう少し、他の連中には黙っていてほしい」

「だな……。そんな話が広がったら大騒ぎになりそうだ」


 とりあえず、そんな裏があることだけは知っていても良いだろう。

 エミルダさんに丸投げしてるけど、エミルダさんなら3つ王国の支持も得る事が出来そうだからな。


「俺達の出撃準備は出来てるぞ。一撃離脱なら全員で行っても問題あるまい」

「そうですね。ザイラスさんが率いてくれるなら問題ありません。明日早朝に仕掛けてくれませんか? ただし、攻撃方向と退却方向はこっちの方角からにしてください」


 テーブルの真ん中に置いてある地図を指差した場所は南からの攻撃だ。少し無理があるのは俺にも分かっているが、ウォーラム軍の疑心を引きだせれば良い。

 騎馬部隊全員が聖堂騎士団の装束を着ていることも都合が良いだろう。ウォーラム王国にはアルデンヌ聖堂騎士団の名は伝わっているだろうが、その姿を見たことは無いだろうからな。


「これも策なのか?」

「一応、そうなります。聖堂騎士団の名を出さないでくださいよ。そうすれば、一撃離脱を掛けた騎馬隊の所属がうやむやになります」

 俺の言葉に再度、テーブルの地図を皆が眺めながら頷いている。


「我等はここで待機なのか?」

「機動歩兵の速度は騎馬隊の半分にもなりません。あくまで迅速な移動と迎撃態勢の構築に特化した部隊ですから出番はもう少し先になります」


 おもしろく無さそうなサディの言葉に即答したんだけど、余計に機嫌が悪くなってるな。

「我等の出番はいつごろなのじゃ?」

「当初予想していた敵の陽動がありませんから、しばらくはありませんよ。早くて来春以降になるでしょうね。それまでは避難民の対応が仕事になりそうです」


 アルデス砦周辺の視察に、ミューちゃんが馬を連れて来なくて良かったぞ。カナトルならそれ程早くないから、カナトルに乗って攻撃しようなんて考えないだろうからな。でないと、おもしろくない! と言ってザイラスさんに付いて行くんじゃないか?


「配置と攻撃手順はバンターに任せれば良い。俺達は明日の夜明け前に出掛ける。部隊への連絡を早めに済ませることだ。集合は、南の門の外で良いだろう。簡単な食事が取れるようにお願いしたい」


 ザイラスさんの話を聞いて、民兵部隊の代表であるおばさんが頷いている。マリアンさんより一回り大きな体形だ。最初に見た時には驚いたけど、最初に頂いた食事で納得してしまった。メタボにならないように、努力が必要なほどの料理上手だからな。


 そんな話が一段落したところで、指揮所から部隊長達が出て行った。

 残ったのはサディとマリアンさん達だ。

 ミューちゃんが小さなカップにワインを注いでくれた。改めてパイプを楽しんでいると、マリアンさんも小さなパイプを取り出している。


「いよいよじゃな。軽装歩兵を使えば、それこそ戦が始まってしまう。騎馬隊だけの攻撃は正解じゃと思うが……、おもしろくないのう」

「クレーブル王宮に1度お戻りになってはどうでしょうか? クリス王女に1か月もお会いしていないのも問題ですし、国王様もこちらの状況をお聞きになりたいと思います」

「そうじゃのう……。変化が無ければそれも良いな。我とマリアンで良いであろうが、サンドラから1分隊を借り受けるか!」


 マリアンさんの言葉に、目を輝かせている。

 確かに状況報告は必要だろう。出来れば、決着が着くまで帰らなくても良いんだけどね。

 状況を簡単なメモにしてサディに渡して置く。出来ればラディさんがやって来てからの方が色々と分かるのだが、それは次でも良いだろう。


 翌日、俺が起きた時にはサディの姿が隣に無かった。

 もう出発したんだろうか? 全く待つと言う事を知らない嫁さんだな。積極的なところは気にいってるんだけどね。マリアンさんが抑えきれなかったんだろうな。


 指揮所に向かうと、騎馬隊の連中が抜けている。早朝に出発すると言ってたからな。今頃は荒野を早足で進んでいるんだろう。

 簡単な食事を終えて、お茶を飲んでいる時に恐ろしい事に気が付いた。


「ミューちゃん。ジルさんは一緒に出掛けたんだろう? 息子さんはどうしたんだろう」

「食事係りのおばさんが背中に背負ってたにゃ。後で私も抱かせてもらうにゃ!」


 置いて行ってくれたか。ホッと胸をなでおろす。

 ジルさんのあの性格だからな。てっきり背中に背負って馬を駆っているんじゃないかと心配してしまった。


 ジッと地図を眺めていると通信兵が駈け込んでくる。

 報告内容は、街道の西の砦からだ。街道の西が避難民で溢れていると言っているから、神皇国からの避難民がやっとここまで歩いて来たのだろう。

 

 「スープを与えるように。食料は直ぐにも輸送すると伝えてくれ。セフィー、荷車2台分の食料を送ってくれ。1個大隊が駐屯してるから定期的に食料は届けられているだろうが、避難民は別と考えてしまっても困るからな」

 「了解しました」


 直ぐに席を立って、指揮所を出ていく。

 これでどれ位避難して来たかが分かるぞ。元々が城下町のような感じの町や村が数か所にあったらしいから、神皇国の総人口は20万にも達しないらしい。

 どれ位残ったか、どれ位虐殺されたか……。避難民の数でおおよそが掴めるだろう。


 夕刻になって、クレーブル王宮からサディ達が到着した知らせが入った。

 明日にはクレーブルの王宮から知らせが来るに違いない。

 戦場から離れてくれたことにホッとした心持だが、その後にやって来たザイラスさん達の報告はかなり深刻なものだった。


「少し、遠回りをしてきて遅くなったが、それはヨーレムへの脱出を図る難民から敵を反らせるためだった。難民を奴ら虐殺しているぞ。それこそ手あたり次第だ」

「やはり、敵は騎馬隊ですか……」

「そうだ。1個大隊はいるだろうな。その他に軽装歩兵がいるようだから、2個大隊は神皇国の東に配置されている。ヨーレムの方向にも煙が見えたからバンターの言う通りにヨーレム方向への出口も閉ざしたのだろう」


 敵の騎馬隊の武器は槍らしい。それに矢を何度か浴びせたらしいから、少しは間引きが出来ただろう。


「明日は休養を取ってください。明後日にまた出撃して貰います!」

「了解だ。士気は高いぞ。十分にやれる」


 ザイラスさん達はさっさと指揮所を後にする。士気は高くとも疲れは無視できないからな。ゆっくりと休んでもらいたい。まだまだ戦は序盤戦にもなっていない。

 だが、住民を手当たり次第というのも問題があるな。

 後々耕す者達がいなければ困るだろうに……。

 待てよ、耕作者がいない土地をウォーラム王国の農民に耕させるのか? それがクレーブル王国の北に展開した連中への報酬なのだろうか?


 やはり状況の整理が必要だな。早く、ラディさんが来てくれると助かる。


 2日後に、サディ達は無事にクリスに再会できたようだ。しばらくはクリスと遊んでいれば良い。

 少しホッとしたその夜に、ラディさんが指揮所に現れた。

 いつもと変わらないラディさんの様子に少しホッとする。ミューちゃんの入れてくれたお茶を美味しそうに飲み終えたところで、神皇国とウォーラム王国の状況報告が始まる。


「ウォーラム王国内の兵力はおよそ2個大隊。王都に1個大隊を置いて南の国境の後方200M(30km)付近に2個中隊の騎馬隊を東西に2つ配置しています」


 国境から10M(1.5km)付近に中隊規模に見せかけ領民を東西に長く配置しているとの事だ。やはり見せ掛けだったようだな。

 

「徴用という訳ではないようです。若者1人を出せば今年の税金を免除。2人出せば一か月に銀貨1枚と言う事ですから、村人達はこぞって出したようですな。行商人が多数村に入っていたと報告がありました」


 神皇国への侵入はリブラムからの投降兵を使ったらしい。政庁への攻撃とヨーレムへの牽制は投降兵の部隊との事だ。

 トーレスティ側に2個大隊。政庁攻撃部隊の後方に2個大隊。リブラム王国には1個大隊程の兵力を残しているらしい。


「投降兵の戦は過激ですね。手当たり次第に殺しています。それでも何らかの目印があるようで、攻撃部隊から被害を免れる者達がいることも確かです」

「どれ位、残りそうですか?」

「あれでは3割も残らんでしょう。神殿には火が放たれていましたし、逃走を試みる民衆も多数ですが、国境沿いにも部隊が展開していますからね……」


 すでに神皇国は滅んだと言う事か? 待てよ。1個大隊の傭兵はどうなったんだろう。


「傭兵は?」

「どうやら寝返ったようです。最初の戦闘で半減してますが、今ではウォーラム王国の傭兵部隊となっています」


 神官の中には魔導士だっていただろうに。そんな蟷螂の鎌にも似た戦いを挑んだ者はいたのだろうか? 教義を棄てて一目散に逃げ出したようにも思えるのだが……。


「となると、ヨーテルンへの攻撃は直ぐにも始まりそうですね」

「来春まで待つことも無さそうです。ヨーテルンへ向かった1個大隊はすでに戦端を開いたと見た方が現実的でしょう」


 政庁の抵抗がほとんど無かったなら、新たに2個中隊を得ることが出来たと喜んでいるに違いない。ヨーテルン侵攻は投降兵力に傭兵を合わせれば優に2個大隊程になるだろう。いくら戦端を開いても現状の1個大隊をすり潰すことがヨーテルンに出来るかどうか問題だな。

 


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