SA-145 教団の黄昏
シルバニアの東の砦から通信が届く。トルニア王国に動きがあったようだ。
シルバニア国境付近に1個大隊が進駐してテントを張ったらしい。尾根の南端の岩場からは大部隊が国境から10km程のところに進駐した事を確認したようだ。トーレルさんはすでに南の船着場に移動を終えていつでも攻撃に加われる体制を整えているらしい。
「東が先に動いたようじゃな」
「ええ、ですが迎撃態勢は万全です。シルバニアの東の軍は見せかけですね。実際には半分もいないでしょう。俺達に邪魔されないように牽制していると思います」
「トーレルの方がおもしろそうだな。騎馬突撃を繰り返すんだろう?」
「たぶん。ですが、それも誘いですよ。南の船着場に釣り出せれば良いんですが……」
クレーブルの東の守りは幾重にも渡る柵と空堀と砦の複合体だ。3個大隊と陸戦隊1個大隊。それにトーレルさん達の2個中隊があれば、5個大隊程度では十分に阻止でいる。
先鋒は投降した兵士達になるんだろうが、後方にどれだけ自軍を揃えられるかだ。出し惜しみするようなら投降兵が裏切らぬとも限らない。
後の反乱を防ぐ為にも、投降兵の磨り潰しが裏の目的だろうな。
「この戦線にこれだけ戦力をクレーブルは出せるのか?」
「かなり問題もあったが、バンター殿の提言もあったと聞く。これで防衛するのではなく、押し返す事も出来るそうだ。その辺りはバイナム殿が考えておられる」
「問題は何時動くかと言う事であったな。その辺りはどうなのじゃ?」
「良いタイミングで仕掛けてくれました。そろそろ西も動くでしょう。季節的には夏も終わりです。領土を拡大すれば、直ぐにも収穫を得ることが出来ます」
あたかも連動しているようだが、たまたまだ。出来ればもっと早くにトルニアが動いてくれれば良かったと思う。
数日後、クレーブルの東に集結したトルニア軍が一斉にクレーブル国境に押し寄せたと知らせが入った。
ウイルさん達も南の砦から出陣してるだろうな。
俺達のところに1個連隊を送ってくれたが、3個連隊の騎馬隊は十分戦場の火消しに役立つはずだ。
通信兵の報告を聞きながら地図に部隊配置の駒を落しながら、皆で戦の行方を想像する。
皆、うずうずしてるんだよな。ミューちゃんがお茶を配っているから、飲んで少しは落ち着いて貰いたいものだ。
そんな連中を見守りながら、のんびりとパイプを楽しんでいると、誰かが駆けて来る足音が聞え、指揮所の扉が急に開いた。
「ラディ殿からの至急伝です。『家に明かりが点いた。玄関には花がたくさん飾られている。婚礼の客は途切れることが無い』以上です!」
「ご苦労。こっちも始まったぞ。トーレスティ王宮に連絡。『神皇国へウォーラムが侵攻。避難民が大勢やって来る。新たな町に向かうための部隊をリドマックに送られたし』以上だ」
通信兵が、メモを書き上げて復唱すると、俺達に騎士の礼をして指揮所を出て行った。
皆が呆気に取られて俺を見ているぞ。
「さすがはラディさん。すでに神皇国に入っていたようです。こっちも始まりましたよ。すでに昼過ぎですから、明日の朝にはトーレスティに避難民が押し寄せてきます。騎馬隊は追撃するウォーラム軍を牽制してください。機動歩兵は、トーレスティからの避難民誘導部隊が到着する前に前回同様のテント村を作ってください。かなりの人数のようです。近くの砦からテントを運んで準備した方が良いでしょう」
「今の通信は、暗号なのか?」
「暗号と言えばそうなりますが、事前に決めた訳ではありませんよ。家の明かりは教団本部の火災でしょうし、玄関の花とは惨殺された神官達でしょうね。婚礼の客が難民と言う事になるんでしょう。光通信を読める者は多いですから、俺個人宛てに状況を伝えて来たんだと思います」
避難民から状況が伝わるには、もう1日以上は掛かるに違いない。
情報戦では俺達が抜きんでているな。このアドバンテージは大きいものがある。
「東西同時期じゃが、バンターはこの両者に繋がりは無いと言っておったな?」
「前にも言ったように収穫前を狙っただけでしょう。商人の行き来は少数ですし、彼等の活動はクレーブルを中心に行っています。クレーブルからトルニアの行き来は商人でさえも制限が加わっているとなると、何度も行き来することは出来ません」
あまり長い事神皇国にもラディさんはいられないだろう。
状況を見て早めに戻って来るだろうな。
それで、神皇国へ攻め入った部隊数が明らかになるはずだ。果たして俺の予想を超えるのだろうか? 超えているなら裏工作がやりやすくなるぞ。
夜半になって、トーレルさんからの通信が届いた。
クレーブル王国に侵攻してきた数は6個大隊を越える数らしい。それでも、現状は荒地の柵で侵攻が止まっているそうだ。
トーレルさんには爆弾を都合20個渡している。ザイラスさんの部隊がすでに持っていた物を手渡したのだが、それをいつ使うかと迷ってるんじゃないかな。
ここで石橋を破壊できないのが残念だが、たっぷりと爆弾を作って別な形で使えるから無駄にはならずに済みそうだ。
「反攻は今夜じゃろうか?」
「3日目の夜を狙えと連絡しました。緊張がかなり増してきますからね」
今夜は夜襲位予想してるんじゃないか? ジッと攻め入るのを待てと教えておいたから無駄な消耗を避けることが出来るだろう。相手が多いから、正攻法では飲み込まれてしまいそうだ。
それは、このトーレスティ西部にも言える事だ。守りは固めているが敵を攻撃することは困難だ。誘って撃破を繰り返す事になるだろうな。
深夜に1人で指揮所にいると、通信兵がラディさんの2信を伝えてきた。
『東に3人、南に2人。灯りの灯る家に2人』との事だ。
動いたのが7個大隊とは予想以上だな。たぶんこの後ろにもう1個大隊はいるんだろう。となると、ウォーラム本国には精々1個大隊というところだろうか?
トーレスティの北側にどれだけ展開しているのかも確認する必要がありそうだ。
パイプを楽しんだところで俺達の住居となる寝台馬車に向かう。
4台の寝台馬車が並んだ真ん中が俺達の住居になる。すでに寝息を立てているサディの隣に潜り込んで毛布に包まった。
翌日。俺が起きた時にはすでに屯所が騒がしく動いている。
顔を洗って指揮所に入ると、ミューちゃんが食事を運んできてくれた。テーブルにいる連中はとっくに食事を済ませたようで、のんびりとお茶を飲みながら地図の上の駒を眺めている。
「難民輸送の方はトーレスティの王宮が動いてくれた。とりあえずは心配あるまい。ところで、新王国に攻め込んだウォーラム王国の軍勢はこの通りなのか?」
「夜半に連絡がありました。俺には、政庁への攻撃隊の後ろに1個大隊以上の兵力があると思っています」
食事をしながらサディの質問に答えると、ザイラスさんがお茶のカップを置いて口を開く。
「だが、それはあり得ん話だ。トーレスティの北の国境線の奥にはウォーラム王国軍がいるんだぞ!」
ザイラスさんの大声に、急いで朝食を食べてスープで喉に流し込んだ。
「その情報が問題です。国境線に展開しているラディさんの部下たちの報告を待てば真相がわかるかも知れません」
敵の偽計に間違いないだろう。いくら軍の規模を大きくしても8個大隊を越えることはかなり国庫を圧迫する。
その8個大隊を使ってリブラム王国を亡ぼしたとすれば7個大隊程度に削減しているはずだ。
投降した敵兵で2個大隊というのは分かるが、王都の警護に1個大隊となれば、トーレスティ北部の長い国境線に集結した部隊は偽兵と言う事になる。
おそらく辺境の農民を動員して軍勢に見せかけているのだろう。
トーレスティ側では迎撃に徹しているから、たまに国境線を眺めても、遠くの集団が本物かどうかは見分けがつかないだろうな。
「確認させる必要がありますね?」
「すでに手は打ってあります。知らせを待ちましょう。そうなると、3個大隊も展開する必要がありませんから、2個大隊は引き抜けますよ」
リドマックの西にある砦とその周辺にトーレスティ軍が1個大隊規模で駐屯している。防衛線では今のままで十分だが、ここに2個大隊増やせるとウォーレム王国のヨーレム侵攻を妨害できそうだ。
トーレスティトヨーレムの両王国はあまり仲が良くないらしい。ここで援軍を出せば、火事場泥棒とみなされそうだな。
「そうなると、神皇国に援軍を出せるぞ!」
「今出すと、後々困りませんか? すでに大勢の神官が殺されています。残った神官はウォーラム王国の息の掛かった者達ですよ」
次の侵攻時には彼らが各国の祠に派遣する神官達が貴重な情報をもたらしてくれるだろう。埋伏の毒と言う事になりそうだな。
俺の言葉の意味が分かったのだろうか? 一同無言になったぞ。
「バンターは教団を無くすことを考えておるのか?」
「教団がいつまでも続くとは思いません。信仰は教団によって行われるのではなくて俺達の心の中から起こるものです。教団は残ると思いますよ。ウォーラム王国の教団としてね」
「だが、そうなると我等の王国にある祠の神官達がいなくなってしまうぞ。ある意味、民衆の心の拠り所になっている。民衆の反感を買いそうな気がするが……」
ザイラスさんの言葉にテーブルに集まった連中も頷いている。
早めに教えないといけないようだ。
エミルダさんにお任せなんだけど、その後の状況はどうなっているか、俺も確認はしとかなきゃいけないな。