SA-142 トーレスティへの移動
ザイラスさん達が、トーレスティのデリム村に向かったと言う知らせが入った。
サンドラ達は、延べ50台以上の荷車で材木をトーレスティに贈っているようだが、まだまだ足りないだろうな。柵作り用の細身の丸太をアルデンヌ山脈から北の砦の連中が伐採して南の砦に運んでいるから、今年の冬は柵作りで忙しくなるだろう。
南の船着場には、1個小隊分の軍馬をトーレルさんが移動したらしい。
東も何となく気になるところだ。タルネスさんが旧マデニアム領内を行商しながら軍の動向を探っているのだが、まだトルニア王国軍に動きは無いらしい。
シルバニアへの侵入はリスク的に行わないと思うけど、尾根の監視所には食料や燃料用の焚き木の準備は終えている。
北風がだいぶ強くなってきたな。
10日も過ぎればこの辺りにも雪が舞う事になるのだろう。
暖炉の傍に置いてある長椅子に座り、パイプに火を付けようとした時に、ふと気が付いた。
編み物が椅子に放り出されているぞ。3つあるところを見ると、俺が見張り台に上っている間に何かがあって、3人が広間を飛び出して行った感じだな。
俺に連絡が無いと言うのは、周辺事態の急変では無さそうだが、果たして何なんだろう?
バタンと広間の扉が乱暴に開かれ、サディ達が笑顔で帰って来た。
暖炉際の長椅子に走るようにやってきて腰を下ろすと暖炉に両手をかざしている。
「ようやく出来たのじゃ。あれなら問題ない」
そんな事を言いながらマリアンさんに微笑んでいるのだが、俺にはさっぱりだ。
「寝台付きの馬車を作ったにゃ。ジル様の要望にゃ!」
「まさか背中におぶって戦は出来ませんからね」
「ジルはやるつもりだったぞ。さすがに我はそこまでは考えなかったが……」
少し分って来たぞ。ザイラスさんのところは子供も一緒に連れて行くつもりで、母と子が一緒に寝起きできる馬車を作ったと言う事だな。
ようやく、つかまり立ちが出来る位だから、馬車に入れておけば安心だと言う事に違いない。早い話がこの時代のキャンピングカーと言う事になりそうだ。
「あれなら心配無かろう。すでにザイラス達はデリム村に移動しておる。サンドラ達に木材輸送と併せて送らせればよい」
「頑丈に作ったんだろうね?」
「その点は心配ない。機動歩兵用の荷馬車と同じじゃ。更に5台作っておるから、重傷者を後方に運ぶのにも役立つじゃろう」
寝台があれば、そんな使い方もできるな。確かに盲点だった。
「作っているのはミクトス村の職人達だね。俺も3台ほど作らせて良いだろうか?」
「冬じゃからな。彼らの良い収入にもなるじゃろう。何を作るのじゃ?」
「調理器具を1台にまとめた荷馬車さ。食事をまとめて作れれば便利だろうし、移動しながらでも調理が出来れば、直ぐに食事を取れるぞ」
キッチンカーと言う事になる。燃料は木炭になるだろうが、一度に数十人分のスープを作れれば役立ちそうだ。
ザイラスさんのキャンピングカーも一緒に行動させれば良いだろうし、食料や資材を積んだ荷馬車とコンボイを作れそうだ。
戦線よりは後方に置いておけるから、護衛部隊も1個分隊で十分だろう。
機動部隊の運用を考える上でもかなり役立つな。テーブルに席を移して編成を考えながらメモしていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「1つの部隊になりそうじゃな。護衛は民兵で何とかならぬか? 王都で魔道士数名に料理の上手な民兵を募集するのじゃ。通信兵も必要じゃな……」
その手があったか! 少なくとも10km程戦場から離れた場所で運用するだろうから、正規兵で無くとも問題はあるまい。少し規模を大きくして御者と助手それに民兵2個分隊ともなれば1個小隊での運用になりそうだな。
「中々良い案です。早速王都に通信を送りましょう」
俺の言葉を聞いて、サディがニコニコしながら暖炉に戻っていくと、3人でおしゃべりをしながら編み物を始めたようだ。
そうなると、寝台車が5台にキッチンカーが3台資材用の荷車が3台。それに部隊移動にも1台は必要だろうから、12台の荷車になりそうだ。
寝台車の1台は通信兵に使わせるとして、屋根に見張り台が仮設出来れば良いだろう。部隊全体の見張りも兼ねて貰う事で、昼間も寝られるように寝台は欠かせないな。
調理台も考えねばならない。荒地を動き回っても問題が無いコンロと鍋と言う事になるんだろうな。水は大型の水筒を用意することになるだろう。10ℓ程の真鍮の容器は、向こうの世界にあった灯油缶が参考になりそうだ。
待てよ、500人を越える部隊となると、1日当たり1000ℓを越える水が必要になるかもしれない。水専用の運搬車も考えないといけないんじゃないか?
・・・ ◇ ・・・
冬の最中、アルデス砦の周辺は深い雪に覆われた。
この雪が消えれば俺達がトーレスティ王国に向けて出発する事になる。
先に出掛けたザイラスさんから長文の通信が入って来たが、ある程度予想された事が書かれていた。
やはり、国境近くの荒れ地での部隊展開は食料と水が問題になるらしい。焚き木になりそうな灌木も少しはあるようだが、それで食事を作るには無理があるようだ。キッチンカーは先見の明があったと言う事になるな。
水も無く、国境から離れた村が頼りらしいが井戸が深くないから、あまり汲む事が出来ないらしい。
国境から200M(30km)程離れた町から、荷車で運んでいるとの事だ。
「相手側もかなり苦しむ事になるのう」
「まあ、輸送がきちんとできていれば問題はないでしょうが……」
補給路を叩くのは戦術の基本だ。サディも山賊時代に俺の戦術を見ていたから、その重要性は理解したんだろう。
一気に事態を解決に導くことは出来ないが、じわじわと効いてくるはずだ。士気が落ちればそれだけ有利に事を運べる。
ヨーレスティの町に食料を運び、焚き木と木炭の袋も山のように集める事になった。
アルデス砦の周辺から雪が少しずつ消えていく。
所々で草の芽が現れた頃、ミクトス村からたくさんの荷馬車が引かれてきた。20台を超えているのだが、どうやら強化型の機動歩兵用荷車と、後方支援用の荷車が一緒に届いたようだ。
冬中、かなり忙しかったに違いない。他の村にも頼んだ方が良かったかな?
「カタパルト搭載型に通常型が6台ずつじゃ。後方支援と言っても足回りは強化しとるから、全力で逃げられるぞ。面倒じゃから5台ずつ作ったが、さらに作るのか?」
「爆弾は130個じゃ。火薬ダルが2個残っとるが、危険じゃから村から離して保管しておる。石橋を崩せないとは残念じゃな」
リーダスさんとラドネンさんがそんな事を言ってるけど、十分すぎるな。足回りが同じならば資材運搬用の荷馬車も機動歩兵用に転用できると言う事になる。
爆弾はこれで十分だろう。30個をトーレルさんに渡せば東で有効に使ってくれるに違いない。10個をラディさんに渡して、90個はウォーラム王国の侵攻阻止に使える。
荷台に積まれたカタパルトを見ると、既存の物より二回りも小さい。使うボルトも長弓で使う矢より少し太いくらいだ。
台座に20本以上積まれているから、これは追加する必要があるな。
荷車の1つには長弓用の矢とボルトが大量に積まれている。王都にも頼んでおいた分はヨーテルンに届いてるだろう。それも持って行く必要がありそうだ。
「馬車用の馬はアルテナムまで来ているそうだ。通信兵に知らせて明日にでも運ばせるんじゃな」
「これで何とかなりそうです。万が一、トルニアが攻め込んで来たら……」
「ワシらで峠を阻止してやるぞ。任せるが良い」
腕をまくって意気込んでいる。リーデルさん達も山賊時代は世話になったからな。あの斧使いは人間にはまねできないに違いない。
「それで、こいつ等を連れて行ってくれぬか。まだ半人前だが荷車位は修理できるぞ」
リーデルさんの言葉に、後ろからドワーフの若者2人が出て来た。革の上下と太いベルトには、両刃の斧が挟んである。
「ライドとザハンです。少しは戦に協力できるはずです」
「よろしく頼むよ。後方支援部隊は民兵主体だが、敵が来ないとは限らないからな」
俺の話に2人で肩を叩き合ってるけど、そんな事にならないようにするために機動部隊があるんだよな。
頑張って荷馬車の修理をして貰おう。それに武器だって修理して貰えそうだ。
その夜、通信兵があちこちの拠点に連絡を入れる。
サンドラ達を呼び寄せ、王都からは民兵を移動させる。ヨーテルンを終結の地と定めて、そこまではアルテナム村の機動歩兵に荷馬車の移動を頼むつもりだ。
砦の部隊長と副官を集めてささやかな宴を開き、互いの無事な再開を願う。
どんな形で収束するか予想も付かない戦になる。ある程度は対応策を講じているのだが、攻める戦では無く受け手の戦だからな。
ミューちゃんのお母さんは俺達と一緒に後方部隊の調理担当になるようだ。ミューちゃんは俺達と一緒だし、ラディさんと息子さんはトーレスティに伸びる尾根を根城にしてるからな。家族全部が西側で戦う事になる。
翌日、アルテナムからたくさんの駄馬がやって来た。荷馬車に繋いで順番に砦を出発する。
俺達はカナトルに乗って、クリスとレドニアさんの乗った寝台馬車の隣を進む。
歩くよりも少し速いくらいの速度だから、このまま進めばヨーテルンに着くのは夜半になりそうだ。
街道に出れば少しは早くなるかも知れないが……。
ヨーテルンでサンドラ達と合流し、王都からやって来た民兵に後方支援用の荷馬車を任せる事になる。たっぷりと資材を積み込んで、王都を通らずに南の砦を目指す。
南の砦から、クレーブルの王都を経由してクリスとレドニアさんを王妃に託し、クレーブルの軽装歩兵を新たに加えてトーレスティに進んだ。
トーレスティの西の端にあるデリム村近くに着いたのは、アルデス砦を出て6日目の事だった。
先にザイラスさん達を向かわせただけあって、デリム村は2重の柵が出来ている。西側の門は閉じて、東側だけ門が開かれているが、その門でさえ、直進できないように、柵と空堀が作られていた。まずまずの要塞化だな。食料と焚き木はたっぷりあるらしいから、3か月位は包囲されてもだいじょうぶだとザイラスさんが笑っていた。




