SA-141 子供達はどうする
翌日はサディとマリアンさんは欠席だ。育児と内政にも気を使わなくちゃならないからな。育児と戦争って両立できるんだろうか?
各国の部隊長を前に俺達の戦術を話す。
「俺達は迎撃部隊では無い。攻撃部隊であることを先ずは認識してくれ。少人数だが、攻撃にはこれで十分だ。戦は一気に勝敗を決するやり方とじわじわ相手を弱らせる2つの方法がある。この後者を俺達は行う事になる……」
騎馬隊で矢の雨を降らし、追い駆けてきた敵を軽装歩兵の待ち構えた陣で殲滅する。相手が多ければ、騎馬隊が横から突き崩す。この繰り返しだ。
軽装歩兵は簡単に陣を構築できるように、荷馬車に乗って移動し、荷馬車に積んだ盾を連結して陣を構築する。
移動速度は徒歩で進む軽装歩兵よりも速くなるから、機動歩兵として新たな兵種を名乗る事になるし、騎馬隊は弓を主力にする。
「知ってる者もいるだろうが俺達の使う弓は特殊な弓だ。優に1M(150m)を越えて敵に打撃を与える。問題は狙いが難しいのだが、それは練習で何とかして貰いたい」
「騎馬隊が弓を使うのか?」
トーレスティのレクサスさんが驚いたように口を開いた。
「そうだ。槍を持って突撃するよりも効果的だ。何より誰も怪我をせん」
ザイラスさんの言葉にリックさんが頷いている。
「私も最初は疑ってたんだが、確かに効果的だ。あんな戦が出来るんだと感心したぞ」
「軽装歩兵の移動を荷車で行うのでは、直ぐに荷車が壊れてしまいます」
「頑丈なのを作ってる。それは任せてくれ。ついでに小型のカタパルトを乗せた荷車も何台か作るつもりだ」
爆弾が100個以上作れるなら、それを使って有利に戦ができる。
それにはカタパルト数台で十分だろう。あまり作っても爆弾が無くてはどうにもならないからな。
「事前に行う事は?」
「デリム村の強化になるな。駐屯部隊を考慮してテントを張れる場所、それに何棟か小屋を作れば良い。周辺の柵はこんな感じだ」
村の柵から1M(150m)西に柵を作る。その先15D(4.5m)に低い柵を作り、間に溝を掘る。
「柵の高さは腰より高い程度で良い。横棒も2本もあれば十分だ。溝の幅は2D(60cm)深さは1D以上あれば十分。これで騎馬隊を止められる。敵の軽装歩兵対策は……」
最初の柵から西に2M(300m)の距離に、3D(90cm)程の杭をたくさん打っておく。地上1D(30cm)のところをロープで結べば突撃を阻止できる。
「子供の悪戯のような感じだが、効果は高い。国境線には別の部隊が柵を強化しているはずだから、俺達の作業はここまでで十分だろう。杭を作る木材はウォーラム王国とシルバニア王国の国境となるこの尾根から切り出してくれ」
木材の切り出しはサンドラ達に頼むことにした。ラディさん達が監視をし易いようにしておく必要がある。
運搬はレビットさんに頼み、村周辺の防衛陣地を作るのはセフィーさん達にお願いする。
「リックさん達騎馬隊には小屋作りをお願いします。レクサスさんの部隊は、シルバニアの測量部隊の護衛をお願いします。短期間で、柵に沿ってトーレスティの国境地図を正確に作ります。この地図では部隊運用は出来ません」
「国境と国境警備用の砦を描くのか? すでにトーレスティには存在するぞ?」
「俺が欲しいのは正確さです。砦間の距離を1M(150m)程の正確さで作ります。それを使えば、敵の侵攻方向も正確に伝わりますし、どこに柵や罠を仕掛けるかを考える事ができます」
国境の柵から内側に100M(15km)は欲しいところだ。
2つのパーティでどこまで出来るか、……時間との勝負になりそうだぞ。
とりあえず通信兵に測量部隊をアルデス砦に呼び寄せて貰う。
「先行して、機動歩兵用の荷車と弓それに矢を作っている。何台か出来ているはずだから、帰りに持ち帰り自国で生産して貰うと助かる」
「それで、バンター殿はどちらの王都で指揮を執られるのか?」
「最初は、ここデリム村の郊外になるな。後は敵の侵攻に合わせて場所を変えて行く」
俺の答えにレクサスさん達が驚いている。
「バンター殿、自ら戦に参加すると?」
「ああ、後方にいると状況が見えないからね。全体を見るのはそれなりに方法があるから、俺はここで指揮を執るつもりだ」
「何度か負傷はしているが、それなりに身を守れる奴だ。女王陛下の傍に置けば俺達も安心できる」
今度はポカンと口を開けて俺とサディを見ている。
サディを後方に置いておくと、いつ飛び出してくるか分らないからな。最初から傍なら安心できる。マリアンさんとミューちゃんで守ってくれるはずだ。
翌日は、ザイラスさんが馬上から長弓の扱い方を教えている。ザイラスさん達と一緒に行動するなら是非とも覚えておかねばならない。
何度も矢を放って、その感触を掴んでいる。数張の弓と数十本の矢を持ってレクサスさん歯帰って行った。
リックさん達も、かつて使った弓矢を元に、王都の職人に作らせるらしい。
「ラディ殿と切り出す木材は調整すれば良いですね?」
「南の砦に輸送してほしいな。後はリックさんにやって貰えば良い」
サンドラさんがそう言って席を立つ。残ったのは、ザイラスさん夫妻だ。
「俺の方は王都の引き継ぎを済ませて、先にデリム村に行けば良いな。レクサス殿達の弓の訓練もしておこう」
「よろしくお願いします。出来れば測量部隊の警護もお願いします」
俺の言葉に頷いて、ザイラムさん達も広間を出て行った。
これで、少しは準備が出来るな。
数日が過ぎた頃に、測量部隊がアルデス砦に到着した。
彼らに訳を話して、トーレスティ国境の測量をして貰う。
「早ければ来年の夏前に始まるかもしれない。精度は悪くても今の地図より遥かにマシだ」
「柵沿いに測量をするならそれほど困難ではないでしょう。仮杭を打って番号を書くなら木杭で十分です。向こうには、どなたがおいでになるのでしょうか?」
「ザイラスさん達が出掛けるはずだ。だが、トーレスティ領内だから、王都のレクサスさんを訪ねてくれ。便宜を図ってくれると思う」
測量部隊はヨーテルンで木杭を作ってから出掛けるらしい。
10日程後になりそうだから、レクサスさんの方も一段落しているだろう。
後は、機動歩兵用の荷馬車だな。板バネがちゃんと作れれば良いんだが……。
・・・ ◇ ・・・
今年は豊作だったらしい。建国3年目の穀物生産高はシルバニア王国の消費量の9割を超えているそうだ。開拓していた土地でそれなりの収穫があったという事だろう。
北の村の牧畜も数十頭分の肉を売ることが出来たらしいし、酪農のチーズも300個以上を王都に運んだらしい。
村人全員の生活を賄うにはまだまだ足りないが、土地は西に大きく広がっている。将来が楽しみだな。
「定住する人が増えるにゃ!」
「将来は町になるでしょうね。羊毛を使った仕事も増えるかもしれませんよ」
マリアンさんとミューちゃんが、編み物をしながらそんなを話している。
羊毛から毛糸を作り、セーターや靴下を作る……。そんな暮らしはすでに始まっているんじゃないか?
「カルディナ王国時代よりも良くなっているのでしょうか?」
「少なくとも、穀物は上回りましたよ。畜産物が輸入や狩り以外で手に入るのは嬉しいですね。干し肉以外に新鮮な肉を食べられる人は格段に増えた筈です」
とは言え、高級品扱いなのは仕方がないのだろう。もっと大規模に行いたいがまだまだ牧草地が広がらないからな。
ミクトス村も夏は野菜作りを頑張っていたようだ。今はジャガイモに良く似た作物の収穫真っ最中らしい。山賊時代はだいぶ世話になったけど、磨り潰してパンのように焼いたのが俺の好物だ。
農家では、パンの代わりに食べているらしいけど、ライ麦でさえも貧しい農家にとっては御馳走になるみたいだ。
なるべく主食になる作物の栽培を進めなければなるまい。屯田兵達も豆を撒いて結構な量を取り入れることが出来たらしい。
土作りの最中だから輪作は難しそうだが、少しずつ耕作面積を増やせればそれだけ豊かな暮らしに近付くに違いない。
「畜産と農産だけではありませんよ。漁業も船着場で始めたのが、ヨーテルンまで運ばれているようです」
簡単なカゴ漁を教えたんだけど、それなりに獲れるみたいだな。
魚醤と砂糖で小魚を煮たものが運ばれているようだ。まだまだ獲れる量が少ないから王都までは回らないらしい。
王都の西にあるトレンタスの町なら、同じようなカゴ漁をすることが出来るかもしれないな。教えてやれば喜ばれるだろう。
海産物はクレーブル王国から輸入も出来るだろうが、それが途絶えた時も考えねばなるまい。小規模でも川漁を続けれれば良い。
まあ、これなら農林業のマクラムさんも喜んでいるだろう。商業長官のビルダーさんと一緒になって祝杯を挙げてるんじゃないか?
「我等も来春には移動せねばなるまい。クリスも乳離れができるはずじゃ。クレーブル王宮の叔母様に面倒を掛けることになるのう」
そんな事を言ってるけど、一緒に行く事は譲れないようだ。俺としてはこのアルデス砦にいてくれた方が安心なんだけどね。
「乳母のレドニアならば安心できます。国王様も将来のシルバニアを背負う方ですから待遇に気を配るのではないかと……」
マリアンさんもクリスと一緒では無く、あくまでサディの乳母としての責任を果たすつもりらしい。
少なくとも半年は続くだろうから、昔の山賊暮らしの再現になりそうな気もする。
それに、東のトルニア王国の侵入を阻止出来れば、2個大隊を西に振り分けられるだろう。
場合によってはヨーレムを奪回して避難民達に新しい国造りをして貰っても良さそうだな。
いずれにしても、俺達が移動するのは来春になってからで良い。
その前に、3王国連合部隊に準備を整えて貰おう。