SA=014 崖崩れの工事に来た者達
穀物の輸送は何度も行われている。
荷車の数を減らして護衛の比率を上げる考えのようだが、2個小隊を超えることは無い。ついには騎士までが護衛に加わる始末だが、ちょっと攻撃を加えるとおもしろいよに釣り出される。
俺達の襲撃は、荷車全体を襲わないという事で王国側も少し安心したようだ。荷車の数を減らして輸送を始めた。
護衛1個小隊に荷車20台という輸送は、さすがに油断し過ぎだろう。
俺達の襲撃で簡単に、荷車10台分の穀物を手に入れることができた。
穀物輸送を見ていて、少し分かったことがある。
街道を東に向かった荷車は10日もすると、新たな兵員を連れて戻って来るのだ。兵を交替させる目的もあるようだな。
そんな交替の兵隊達を乗せた荷車の後ろには数台の商人達の荷車が続いている。護衛も雇えないような行商なんだろうな。
積荷も農家相手の品物がほとんどだから、俺達の襲撃の対象外だ。
それでも、荷車は馬車を使っている。
俺達と懇意の行商はラバを使っているから荷車は小さなものだ。そんなんで商売になるのかと心配になったけれど、隙間産業というか、他の商人達があまり扱わない粗雑なタバコや安物の布、村娘でも買えそうな飾り紐等を扱っているらしい。
積荷全部をまとめ買いしたとしても、銀貨10枚に満たないそうだ。ある意味、盗賊からも見放された存在って事なんだろうな。
「さて、始めるぞ。次の輸送は10日後になる」
ザイラスさんの指示で崖の一角が崩される。丁度街道の左右が崖になっているから10mも崩せば街道の道幅の半分以上を通行止めにできる場所だ。
こんなものかと、一休みしていると赤い旗を荷車にかざして懇意の商人がやってきた。
慎重に西側を通り抜けたところで、積荷のカゴを2つ下ろしてくれる。ラディさんが礼を言ってお金を渡しているからマリアンさんから頼まれたものだろう。
荷を縛ったロープをもう一度引き締めて西に向かって歩いて行った。
俺達も、街道を引き上げてアジトに戻る事にした。
「さて、終わったが、どう出るだろうな?」
「崖が崩され、どうやら山賊の仕業らしい。足跡がたくさんあった位は報告してくれるでしょう。上手く行けば褒美だって貰えます」
そんな俺の言葉に皆が笑い出す。
カップ1杯のワインだが、上手く行けば仲間を救い出せるという事で、今度の作戦の士気は極めて高い。
「早ければ明日には馬で確認に来るだろう。出発するとしても数日は掛かるだろうな」
「俺が、この辺りで見張ってます。囚人を連れて来るとなると、かなり時間が掛かるでしょう」
ラディさんが10km程先の街道を指差した。
小さな尾根が合って、かなり広範囲に眺めることができるらしい。
「槍車も出来たぞ。ほれ、これがバンターに頼まれた剣じゃ!」
ポイッと放り投げた剣を受け取ったけど、結構な重さだ。どうにか両手で受け取れたぞ。剣は放り投げるものじゃないと思うんだけどな。
「ほう。変わった剣じゃな。見せて欲しいぞ」
剣を持って立ち上がろうとしたら、魔導士の娘さんが受け取りに来た。
とりあえず渡しておこう。俺もまだ見てないんだけどね。
王女様が両手で持ってバランスを見ている。何といっても少し反っているからな、奇異な目で見ているぞ。
「ケースが革ではなく木製なのか。それにしても反っているのう」
ぶつぶつ言いながら引き抜いて刀身を眺めている。
「片刃とは思い切ったものじゃ。斬ると言うよりは突く事を考えているようにも思えるが、反っている理由が分からぬ」
「剣については使ったことはありませんが、それなりに考えは持っていました。それを形にする機会がありましたので作りはしましたが、使い方はこれからです」
学者だからなぁ……。そんな目で皆が見ているぞ。
これから頑張って修行しないといけないだろうな。
「先ほど槍車と言ったな。それは何じゃ?」
「バンターが足止め用に考えた車じゃ。車軸と押し手だけじゃから、現地で簡単に組み立てられる。その最大の特徴は、前に突き出した6本の片手剣じゃ。数人で車ごと敵に体当たりをして阻止点を作る事が出来るぞ。片手剣が突き出しておるから槍衾のようにも使えるはずじゃ」
そんな話で度々横道に入ってしまうのだが、数日後だからのんびり計画を立てても十分だ。
王女様も、襲撃計画を立てている時は機嫌が良いからな。
2日後に計画案が出来た。
襲撃地点は崖が崩れた場所だが、その300m程先の南側の森でザイラスさん達が待機する。
崖の上はラディさん達だが人数は前回と同じだ。村に要請を出しているから今夜には揃うだろう。
残った俺達が崖崩れの後方300m付近で待機する。人数は20名を超えるけど、敵兵が1個小隊ほどいるだろうから、早い段階で街道を西に向かわねばならない。崖の上からの援護なくしては被害が大きいだろう。
「上手く運べば我らの仲間が一気に増える。基本は槍じゃが、長剣は分隊長の判断で使う事を許すぞ」
たぶん明日は長剣の練習で朝は広場が満杯だろうな。俺は一段落してからにしよう。
それに、年明けの行動も考えなくてはならない。
問題は山賊をいつまで続ければ良いかということだろうな。
商人が置いて行ったカゴの中からメガネが出てきた。遠視用は大きいもので、近視用は小さなものと言っておいたが、包みを開けると色々出てきたぞ。
テーブルにロウソク立てを置いて、焦点距離を確認する。次にレンズを組み合わせて望遠鏡にできるかどうかを確認した。
2つほど良い組み合わせが見つかったところで、望遠鏡の筒を作って貰う事になるのだが、木工職人がいるから形と寸法を書いて作って貰う事にした。
3日目の夜にラディさん達が街道を西に向かう。
偵察部隊としては最適だな。10人いれば色々と使えるんだけどね。
4日目。俺達は襲撃の準備を整えて待機する。
槍車はすでに街道の藪の中に準備しているようだ。構造が簡単だから、後は柱を溝に合わせてクサビを打ち込むだけらしい。
「ザイラス。ワインとカップを持って行くがよい。一口飲ませれば元気も出よう」
「言わずとも、騎士達が用意しておりました。長剣はなまくらですが、30運んであります。我らの槍も使えますから1個小隊の敵なら十分に殲滅できるでしょう」
あまり憔悴しきった状態でなければ良いのだが。碌なものも食べていないだろう。
「食事の準備もしておいた方がよろしいかと」
「うむ。それは我も考えた。マリアン達が村の夫人を呼んで準備しておるぞ。足りなければさらに作れば良い」
まともな食事ををして、ゆっくり休めば元気になるに違いない。
それは俺達の誰もが考えることだった。
「ラディさんから連絡です。街道に入ったようです。規模は全部で3個小隊」
通信兵が飛び込んできて、それだけ大声で伝えると帰って行った。
「予想よりも大勢だな?」
「バンター、どう考える?」
「工事に駆り出した囚人が1個小隊。囚人の監視に1個小隊、我等に備えるのが1個小隊というところでしょう。やりましょう。たかが2倍です。騎士の皆さんが一般兵士と違うところを見せて貰います」
俺の言葉に全員が頷いている。ちょっと皆を持ち上げたんだけど、本気で自分達を一般兵士達よりも強いと思っている様だ。
「バンターの言う通りじゃ。我らを破らんとすれば1個大隊を差し向わせねばなるまい。だが、狭い街道でそんな部隊を展開できるわけがない。すでに敵はバンターの術策中じゃ。後は我の腕を見せねばなるまい!」
そんな王女様の演説に、オオォォ!! と部屋の中で蛮声を上げるから、耳がキンキンするぞ。
だが、これで相手に飲まれることは無くなった。
ザイラスさんが俺を見て苦笑いをしているし、王女様は隣でマリアンさんが「立派です!」なんて言っている言葉に頷いている。
とにかく元気な王女様だから、あまり飛び出さないように注意しておかねばなるまい。
俺もそろそろ準備をするか。
隣のリーゼルさんに手伝って貰ってヨロイを着こむ。ヨロイと言っても剣道の胴みたいなもので木製の胴に革ヨロイの部品を2重に張り合わせたものだ。背中がガラ空きだけど、「死ぬ時でも前に向かって行くから後ろの防御はいらない」と説明したら分隊長達が感じ入っていたぞ。
ドワーフの鎧作りも結構上手な事が分かって、各自色々と趣向を凝らしているから、どう見ても騎士とは見えなくなってきたな。
俺のヨロイが気に入ったらしく王女様も似たヨロイを付けている。
鎖帷子よりは遥かに軽いという事もあるのだろう。
マリアンさんと他の魔導士のお姉さん達は革ヨロイを使ってるようだ。
準備が出来たところでパイプを楽しむ。
マリアンさん達はお茶を飲んでるし、ドワーフとザイラスさんはワインを飲んでいるぞ。これから一戦しなくちゃならないんだけど、だいじょうぶなんだろうか?
「烽火台より連絡「敵兵確認。規模3個小隊」以上です!」
「出発だ!」
通信兵の報告が終わると同時にザイラスさんの大声が部屋中にこだました。
ザイラスさんはすでに騎士の装束に身を包んでいる。
俺達は先を争うように部屋を飛び出して街道へ走って行った。
崖の上で3つの部隊に分かれ、ラディさん達は崖の上で待機する。ザイラスさんはリーゼルさんの部隊と共に東に消えて行った。俺達は街道を西に向かって、崖崩れの場所から2つ目の曲がり角付近の森に潜むことにした。
「襲撃の合図はラディさん達の攻撃からです。物見をあの森の茂みに配置していますから、何があっても遅れを取ることはありません」
バルツさんが俺達に教えてくれる。
少し離れているのは早めに槍車を組み上げるためだ。
工事が始まれば俺達も組み立てを初めても問題は無いだろう。
しばらくすると、引き摺るような足音が近付いて来る。
やはり囚人を使って工事を行う気だな。
森の藪から覗くと、街道を長い列になって通っていく囚人とその後に槍で小突いている敵兵の姿が見える。
足取りが遅いのだろう。待つ時間が、いつになく長く感じる。