SA-138 大戦への備え
相手国に攻め込む時に、わざわざ国境の砦を落す必要はない。
いずれ食料が突きて、絶望的な戦に打って出るだろうが、そんな時には体力も気力も落ちている。
それよりは、相手国の中枢にいち早く到達する方が理に適っている。国境防衛に戦力を割いているから、王都防衛の戦力はごくわずかなはずだ。
数倍の戦力で当たれば容易に陥落できる。
「俺なら、そうしますよ。2つの梯団を作り、先の部隊を一気に中枢に攻め込ませます。後の梯団は、最初の梯団の後を追った敵の背後を突くことにしますけどね」
「1日の時間差もあれば十分だな。バイナム殿、バンターの策を跳ね返せますか?」
ザイラスさんの言葉にバイナムさん以外の連中も唸っているぞ。
処置無し……、って事になるのかな?
「そんなに真剣に考える必要はありません。たぶん似た形の策は取るでしょうが、これを行うには大きな問題があるんです。それは2つの梯団の進軍速度にあるんですが、現状のクレーブルとトーレスティの軍であれば、跳ね返す事は難しいでしょうね……」
この策を実行に移す場合には、迎撃側の部隊の追撃速度よりも侵攻する部隊の進軍速度が同じか、それ以上でなければならない。
ウォーラムとトーレスティそれにクレーブル軍の兵種に相違が無ければ、移動速度がほとんど同じと言う事になる。よって、この策を相手が取ればかなりの確率で王国が滅びることになるだろう。
「そこで、俺達の部隊の進軍速度を上げる事で対処します。国境の柵を抜かれないようにすれば良いんですが、相手がどこを攻めるかは向こうが決める事ですから、俺達はその時の状況に合わせて相手の前に部隊を展開すれば良い事になります」
「バンター殿の言っていることは理解出来るつもりだ。だが、それだと我等の部隊は全て騎馬隊になってしまうぞ。今から騎馬隊の育成など不可能だ」
俺の話は理解できるが、対処する方法が無いと言う事だな。だが、騎馬隊は短絡し過ぎだと思うぞ。
「シルバニアでは、部隊の移動速度を上げるために機動歩兵という兵科を作りました。元は軽装歩兵なんですが、歩くのではなく荷馬車で移動します。これで通常の軽装歩兵の3倍以上の速さで移動が出来るようになりました」
荷馬車を使う事で、資材や食料の移動までもが可能になるのだ。素早く相手の前面に展開して柵を構築することが出来る。
「シルバニアでは重装歩兵を拠点防衛に使い、敵の足止めは機動歩兵で行います。拠点に騎馬隊が敵を誘導して損害を与えて行けば、少ない犠牲で敵の侵攻を阻止することが可能です」
「だが、敵の侵攻をどうやって機動歩兵に知らせるのだ?」
「光の点滅で通信を送ります。俺達の部隊であれば100M(15km)程の距離であれば、動くことなく通信文を送れます」
これが俺達の最大の特徴だ。情報を密にして敵を翻弄し、相手の侵攻を阻止する。通信機が無ければ不可能な部隊指揮だからな。
「それで、バイナムさん。やはり東の石橋の破壊は許可できませんか?」
「あまりトルニアを孤立させても良くないだろう。休戦できれば良い商い相手にもなる」
石橋を破壊して良いなら、東に展開した部隊を一気に西に移動できるんだけどな……。
戦術的には最適なんだが、戦略的には愚策の典型と言う事になるか。
「なら、俺達の機動歩兵を東西に1個中隊ずつ派遣すれば、防衛が楽になりますよ。それに敵が最初に狙う、国境に一番近い村の住民を民兵に仕上げれば、万が一に戦線を突破されても敵側には食料補給の方法がありません」
「置くとすれば、トーレスティの西にあるカルマインの町でしょうね。神皇国とウォーラム王国の街道沿いになります。住民は1万人程ですが、宿場町として栄えています」
俺の話に、マクスさんが後を続けた。
従兵が彼の持つカップにワインを注いでいる。俺にも直ぐ後ろから別に従兵がカップにワインを注いでくれた。あまり飲んでいると酔いが回りそうだ。
「私も、カルマインの防衛に悩んでいたのです。民兵とは、住民を一時的に兵として徴用するということですね?」
「そうです。ですが、誤解無きように言っておきますが、単に徴用すれば良いと言う事ではありません。あらかじめ徴用できる者を集めて訓練をしなければ意味がありませんよ。シルバニアでは弓兵として訓練しました」
「白兵戦は出来ぬだろう。弓なら基本を教えて練習させればそれなりに使えそうだな。町の周囲を囲む柵から矢を放てば良い」
「民兵をさらに訓練させると、屯田兵になる。少しは白兵戦が出来るが、槍までだろうな。トーレルが訓練をしているはずだ」
兵員が足りないから工夫で補なってるんだが、テーブルの連中は感心して俺を見ている。兵と農民を区別するのが一般的だからな。融合させようとは思わないようだ。
「弓兵なら装備も余り金が掛からんが、矢を大量に作らねばなるまい」
「タダで兵は作れんぞ。王国の存続を掛けるなら出し惜しみはせぬことだ。我等も装備では色々と気を使っている」
バイナムさんの嘆くような言葉を聞いて、ザイラスさんが答えている。意外と金食い虫というのが軍隊だと良くわかったぞ。その上生産性が無いんだから、維持するのがたいへんだ。
「ここまでが防衛方法になります。次に攻撃ですが……」
「防衛線に徹するのではないのか?」
ガドネンさんが地図を見ていた顔を俺に向けた。
ニヤリと笑みでそれに答えると、パイプの火種を後ろに控えている従兵にお願いする。
パイプの煙りを少し楽しんだところで、テーブルの連中に顔を向けた。
「向こうがその気なら、少し攻撃しても良いと思うんですが……。まあ、俺達が昔やっていたことを、少し大きな形で行うのもおもしろそうです」
「輜重部隊への攻撃だな。戦線が膠着した状態で補給が無くなれば戦にもならんな」
攻撃は、敵の弱点を突けば良い。何も正攻法で戦をする必要はない。
「軍人としては賛成しかねるが、確かに効果的ではあるな。相手の軍に統制が取れていなければ、補給が無くなった時点で瓦解しかねん」
「部隊規模が大きければ、補給部隊も大きくなります。多くは荷馬車による移動ですから、移動ルートを比較的容易に想定できるのも利点になりますね」
荷車に大量の食料を積んでくるのだ。石が多い荒地では荷車が壊れてしまうからな。基本的には街道を通ることになるだろうし、戦線に近い兵站拠点から小さな荷馬車で供給することになるはずだ。
「それは俺達がやろう。攻撃のやり方は散々にバンターから仕込まれたからな」
「待て待て、オブリー達も参加したはずだ。クレーブルも加わるぞ」
「トーレスティにも使える者がおる筈。これは是非とも参加せねばなりますまい」
途端に広間が騒がしくなった。
単に防衛を考えるのではなく、敵軍をこちらから攻撃するという考えが彼等には無かったのかな?
いくらウォーラム王国が大軍でも、その隙を突くような攻撃方法はいくらでもあるんだけどね。
「あまり大規模な部隊になると防衛線に穴が出てしまいます。1個中隊規模で調整してください」
騒いでいた連中が俺の言葉を聞いて急に静かになる。
ゆっくりと俺に顔を向けたところで、バイナムさんが口を開いた。
「少なすぎないか……。仮にも攻撃部隊だ。1個大隊規模でなければ敵に飲み込まれるぞ」
「そうでもありませんよ。攻撃が騎馬隊なら足が速いですし、一撃して直ぐに離脱出来ます。敵の騎馬隊と騎馬戦を挑むわけではありませんからね」
「相手が徒歩なら、何個大隊でも問題ない。1個小隊で中隊を相手にするというのはそんな事だ」
ザイラスさんが自慢げに話してるけど、経験者がそう言うんだから間違いは無い。
「それに、バンターの事だ。迎撃、攻撃それだけではないな?」
「ウォーラム王国の東にある砦を攻撃して、王都に火事を起こす位は考えてますけど……」
バイナムさん達は、俺とザイラスさんの言葉に唖然としているぞ。
頭を片手で抱えるような仕草をしながらバイナムさんが俺を眺めて、考えている。
「……出来るのか?」
「やれば、トーレスティへの部隊をウォーラム王国は戻さざるを得ません。王都に火事を起こせば1個大隊がシルバニアへの街道付近に防衛線を築かねばならんでしょう」
「正しくフェンドールを超える軍略家ですな。我が国王も今までの話を聞いて安心できるでしょう。……ワシが考えたのは防衛のみ。それも自国だけを考えておったことを恥じ入るばかりじゃ」
「ガドネン。恥じ入ることは無い。我等クレーブルも同じ事。シルバニア独立に小隊規模の援助をしたことで東の脅威に対処する術を教えて貰ったが、シルバニアが無かったなら、東西からの挟撃を受けることになっただろう」
「そうなりますと、バンター殿に指揮をして貰う部隊が問題です。私は3王国の部隊を纏めて指揮して頂くことが一番だと思うのですが?」
「ワシも、マクス殿に賛成じゃ。国王もその方が安心できるであろう。東のトルニア相手にと思っていたが、西が適任だろうな……」
俺抜きで、俺の配置場所まで決められていくぞ。
シルバニアでのんびりと言う選択肢は無いんだろうか?
「バンター、諦めるんだな。トーレスティとクレーブルから使える部隊長を選んでもらう外ないぞ」
「はあ……。そうなると、東はトーレルさんに任せる事になりますね」
「あいつなら人望がある。東の尾根をオットーに任せれば良い。西はレイトルに任せれば安心できる」
ネコ族の部隊は東をキューレさん、西がラディさんの部隊で良いだろう。
山岳猟兵ではないが、ラディさんの部隊ならウォーラム王国内に色々仕掛けられるのも良い感じだ。
それにしても壮大な戦だな。数万人を超える部隊が動くんだからね。
短期間で終われば良いが、長期化すると各国の疲弊が表面に出てきそうだ。比較的東が速く終わりそうだから、何段階かに分けて考える必要もあるだろう。
それは、アルデス砦に帰ってからでもできそうだ。