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SA-136  王女誕生


 朝から、広間のテーブルをぐるぐると回っている。

 いよいよサディの出産が始まるのだ。マリアンさんやミューちゃんのお母さんまでもが朝からバタバタと2回の寝室を中心に動きまわっている。

 知らせを受けたエミルダさんまで押し掛けて来る始末だ。

「バンター殿は、広間でお待ち下さい」とマリアンさんから仰せつかったけれど、ジッとして待つのは俺にも難しく思える。

 おかげでテーブルの周りをぐるぐると歩きまわることになっているのだが、そんな俺を通信兵がジッと見ているんだよな……。

 

 あちこちの街や村で2世の誕生を祝う準備が整っているらしい。

 生まれたら直ぐに通信兵が知らせるのだろうが、意外と落ち着いて待ってるぞ。まあ、他人事ではあるのだが……。


 何回目かに下りて来たミューちゃんが俺を見てため息をつくと、コーヒーを入れてくれた。

 これでも飲んで、ジッとしていろって事に違いない。


「ありがとう。それで?」

「も直ぐだって、母様が言ってたにゃ。ここで待ってれば良いにゃ!」


 パタパタと忙しそうに広間を出て行ってしまった。

 せっかく入れてくれたんだからと、砂糖無しの苦いコーヒーを飲み始めた。テーブルから離れた椅子に腰かけた通信兵も少しずつ飲んでいるが飲むたびに顔が横を向くぞ。かなり苦いと感じてるんだろうな。


 暖炉でパイプに火を点けて、テーブルを前に腰を下ろしたが、どうにも落ち着かん。

 膝が、8ビートで貧乏ゆすりを始めるし、気が付けば指でテーブルの天板をコツコツと叩き始めてた。


 もうすぐ昼なんだが、誰も2階から降りてこないぞ。

 お腹が空いているのかどうかも良く分からずに、耳だけを広間を出た横にある階段に向ける。


 突然、バタバタと乱暴に階段を下りてくる音が響くと、広間の扉がバタンと大きな音を立てて乱暴に開かれた。

 大きな目を見開いてミューちゃんが息を整えるのを、息を飲んで俺は見守った。


「産まれたにゃ! 元気な女の子にゃ!」

「サディは無事なんだろうな?」

「だいじょうぶにゃ。今、お乳をあげてるにゃ。もうしばらくしたら、また呼びに来るにゃ!」

 戸口からそれだけ話し終えると、再び階段を駆け上がって行った。


「国民に王女の誕生を知らせてまいります!」

「ああ、頼むよ」


 俺の言葉なんか聞いてないだろうな。俺の言葉の途中で既に広間から出て行ったからね。

 何となく、ホッとする。

 席を立って、開け放たれた広間の扉を閉めると、暖炉のポットから、半分程に減ったコーヒーカップの残りに、お湯を注いで飲み始める。


 とりあえず良かった。

 次は、名前って事になりそうだな。

 いくつか考えなければ、いつまでたっても王女様と呼ばれかねない。2つほど考えておくか。サディもいくつか考えていたに違いないからね。


 今度はコツコツと階段を踏む音が聞こえてくる。先ほどまでは上がったり下りたりする足音がドタドタと響いていたからな。2階も少しは騒ぎが収まったみたいだ。

 広間の扉が開くと、ミューちゃんが右手でおいでおいでをしながら俺を呼ぶ。


「バンターさん。皆が呼んでるにゃ。可愛いから吃驚するにゃ!」

「会えるのか?」

 

 椅子を蹴飛ばすようにしてミューちゃんのところに駆け寄ると、静かにするにゃ! と注意されてしまった。

 赤ちゃんが寝てるのかな? ミューちゃんを先頭に階段をゆっくりと昇っていく。

 抜き足差し足で通路を進むと、リビングの扉を開いた。

 マリアンさん達が一斉に俺を見る目は、やさしい目だ。母子共に無事であると言う証しだな。


「隣の寝室で眠っていますよ。静かに顔を見てみなさい」


 マリアンさんの言葉に頷いて、ゆっくりした足取りで寝室に向かう。俺の仕草がおかしいのか吹きだしそうな表情が鏡にチラリと写っていたぞ。

 寝室の扉を開くと、ベッドの傍に椅子を用意してエミルダさんが座っていた。

 俺を振り返る表情はまるで聖母だな。ゆっくりと立ち上がって椅子を俺に譲ってくれると、寝室からリビングに去って行った。


「バンターじゃな。この子がシルバニア王国の新しい王女じゃ」

布団に隠れた赤ん坊を見せてくれた。

 髪は金髪だな。母親に似て巻き毛が可愛いぞ。鼻がチョコンと付いてるのが何となくお人形のようだ。

 目の色が気になるけど、寝ているから見えないのが残念だ。


「頑張ったね。俺よりもサディに似てるから美人確定だな。あちこちから縁談が舞い込んできそうだ。1個大隊は砦に用意しておかなくちゃね」

「まだ先の話じゃ。バンターには名前を付けて貰わねばならん。その名前を使って10日後に神の祝福を得ねばならん。お披露目は1か月後で良いはずじゃ」


「名前か……。少し考えてみるよ。マリアンさんにも相談しないとね」

「いくつか考えた名前をマリアンに絞って貰い、その後はエミルダ叔母様に選んで貰えば良い。どんな何なるか楽しみじゃな」


 話の終わりの方はだいぶ声が小さくなっていたな。かなり疲れたんだろうな。

 ここは休ませてあげるべきだ。

 布団をポンポンと叩くと、サディが目を開く。小さく頷いて寝室を後にした。


 リビングに戻ると、直ぐにマリアンさんが寝室に入って行く。

 サディの乳母だから心配なんだろう。そんなマリアンさんがいるから安心できる。


「「おめでとうございます」」

「ありがとう。皆さんもご苦労さまでした。これからもご迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします」


 エミルダさん達のお祝いに、ねぎらいとこれからの事をお願いしておく。

 育児が俺に出来るんだろうかと心配になって来たけど、皆が協力してくれるだろう。

 祝杯と言う事で、リビングに適当に座ったところにミューちゃんがグラスを配ってくれる。

 サディの健康と王女の誕生を祝って乾杯の声が揃った。


・・・ ◇ ・・・


 10日目に、マリアンさんが抱いた王女を伴って、アルデンヌ大聖堂に向かった。この辺りでは生後10日目に、神に対して生まれた子供の名前を告げるという風習があるようだ。お宮参りと考えれば納得出来るな。


 神官であるエミルダさんの祈りの後に、俺が王女の名を高らかに告げる。

「シルバニア王国第一王女に父であるバンターが『クリスチーナ』と名を与える」


 俺の緊張した手からエミルダさんがクリスを抱き取ると、祭壇の前で高く掲げた。


「アルデンヌ大聖堂に集いし4柱の神々に、クリスティーナ・シルバニアの加護と健やかな生育を願い奉る……」

 

 クリスを胸元に抱えたところで俺達に振り返ると、俺の後ろで控えていた魔導士のお姉さんに顔を向ける。

 静かに歩いて来たお姉さんが俺のところで1度立ち止ると、丁寧に頭を下げて再びエミルダさんの前に歩いて行った。

 頭を下げて挨拶したお姉さんに、クリスを渡すと、右手でクリスに十字を切るような仕草をする。何かの宗教的なお呪いなんだろうな。

 これで、命名の儀式が終わり、クリスの養育は乳母となるお姉さんの仕事になるようだ。

 もっとも、1年間は乳をあげる事になるから、サディと一緒の子育てになるんだろうな。


 1か月が瞬く間に過ぎ去り、サディと乳母である魔導士のお姉さんがクリスを抱きながら砦の中をあちこち散歩している。

 芽吹きの春も過ぎ去って段々暖かくなってきたから、子育てには都合が良いのだろう。

 たまにミューちゃんも抱かせて貰えるらしく、いつも一緒に付いているようだ。


 騎士団の連中と長官それにクレーブルとトーレスティの使いがやって来て、祝いの宴を開く。

 東西の王国の問題で緊張した状態が続いているが、こんな時こそ祝いを盛大にやってあげるべきなんだろうな。


 夏がやって来ると、少しはサディにも余裕が出来てくる。

 定期的にお乳をあげなければいけないが、クリスの普段の世話は乳母であるレドニアさんがやってくれるそうだ。

 

「マリアンの苦労が分った気がする。苦労を掛けてしもうたな」

「畏れ多いお言葉。そんな事は一度も思ったことがありません」


 お茶を飲みながら、マリアンさんと話をしているけど、マリアンさんの嘘は直ぐに分かってしまうぞ。かなり苦労を掛けたに違いない。

 クリスも、レドニアさんに苦労を掛けるんだろうな。何となくそんな気がしてきた。


 そんなある日、ラディさんが広間に入って来た。王女誕生の祝いの言葉を言った後で、状況報告が行われる。


「マンデール王国が降伏しました。旧3王国の王族が準男爵の扱いでマンデール王国の辺境の村を1つずつ与えられました……」

準男爵の持てる私兵は1個分隊程らしい。再起は不可能だな。

投降した兵は約3個大隊で、トルニア王国軍に2個大隊が編入されたようだ。残りは荒地を開墾するらしい。


「今時点のトルニア王国の戦力は?」

「およそ9個大隊。その他に貴族の私兵を合算すると1個大隊程になります」


 都合9個大隊か……。トルニアの東は遊牧民が暮らす荒地らしい。西の遊牧民と異なり好戦的ではないらしいが、それでも東に備える軍は必要だろう。貴族の軍を辺境に置いて、その後ろに正規軍を置けば1個大隊で足りるな。予備兵力と領内の治安維持に2個大隊とすれば、クレーブルに5個大隊は差し向けられる。

 領内で徴兵を行って、さらに増やすことも考えられるが、1個大隊というところだろう。


 俺達に陽動戦を仕掛けて、その隙に5個大隊を突入させる位はやりかねないな。

 ただ単に柵に向かって突入させる位なら新兵にもできそうだ。だが1個大隊は数の暴力となりうる話だ。

 迎え撃つクレーブル王国もトーレスティへの援軍を考えると、東に向けられる兵力は3個大隊というところだろう。俺達が差し向けられる戦力は2個中隊程だ。

 初戦で押し返さないと、西を防衛するのが難しくなりそうだな……。


「それでウォーラム王国の方は?」

「リブラムの半分を征服したようです。リブラム王国軍は王族と一緒に北の山脈地帯にまで追い上げられています。トーレスティ軍は4個大隊を北の国境に移動させたようです」


 今頃は神皇国とウォーラム王国間で、盛んに使いが行き来してるんだろうな。

 一度、クレーブル王国を訪ねた方が良さそうだ。今年の戦は無さそうだが、早ければ来春には東西に戦端が開かれてもおかしくは無い状態になっってしまったぞ。


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