SA-135 大型光通信器
広間に沈黙が流れた。
数万を越える難民と言うのが想像できなかったようだな。
だが、その数字は少なくともと言う枕詞が付く。多ければ10万を越えても何ら不思議ではない。
「阻止するわけにもいかぬな……」
「王都並みの人口になるぞ。そんな場所は、クレーブルには無い!」
「トーレスティにもシルバニアにもありません。ですが……」
広げた地図の一角を指で示す。
「今は、砂金採掘で賑わっているぞ!」
「すでに1年以上過ぎてきます。今年は昨年並みに採掘できるかどうか……。来年には、ほとんど採掘され尽くすでしょう」
「砂金は薄く広く分布しているようだ。確かに、将来を考えるところではあるな」
「将来的には開拓村とする場所です。3王国の国境の線引きも不確定部分であれば、都市国家を作る事は可能だと考えます」
教団の本山を移転すれば良い。教団の領地を10km四方程度に抑えるなら、俺達の王国への影響は小さなものになる。
「あまり良い場所とも思えぬが、さりとて他に空いた土地は無い事も確かだ。それに、必要が無ければそれで済む。我等は準備だけを考えれば良いだろう」
「とは言え、食料は早めに準備する必要がありそうじゃ。我等も建設資材と併せて準備を整えておかねばなるまい」
かなりの量になるだろうが、王都の空き家を利用すれば良いだろう。旧貴族の屋敷が残っているとザイラスさんが教えてくれた。
「最後に防衛線だ。砦のいくつかを繋ぐ柵と言う事になるだろう。だが、その距離は長くあまり有効的な策がない」
「敵を一時的に足止めする方法はいくらでもあります。要は、騎馬隊の突撃を避ければ良いのです。徒歩兵の歩みはそれほど早くはありません。攻撃時の移動距離が長ければ疲れて戦どころではなくなります」
伐採する木が無ければ、空堀を掘りその土で防塁を築けば良い。
1m程の高さでも乗り越えるには武器を一旦離さねばならないだろう。その前に空堀があるなら実質的な高さは2mを越える。そうなるとハシゴを用意しなければ越えるのは一苦労だろう。
その後方に、簡易な防衛陣を作れば、弓で相手を阻止できるに違いない。
問題は戦力比だな。3つの王国を征服したとなると場合によっては5個大隊以上の兵力で侵攻してこないとも限らない。
シルバニア王国のように3方に山があるわけではない荒れ地の戦だから、戦力比が勝敗を分ける事は容易に想像がつくぞ。
「シルバニア王国の軍に、民兵と言う兵種があることはオブリーから聞いている。聞けば、領民を武装化して防衛や攻撃軍の後衛を務めているらしいが、今度のような広域の防衛任務には向いているような気がする。どうだろう。我らが王国で民兵を育てて貰えぬか?」
なるほど、これがアルデス砦来訪の目的と言う事になるな。
民兵組織をきちんと整備しておけば、ある程度の戦力を持つことが出来るだろう。俺達もかなり助けられたことは確かだ。
だが、戦だからな。命のやり取りを白兵戦で行う事は出来ないだろう。弓兵として訓練すれば良いだろう。
その為には……。
「少なくとも、白兵戦は望めませんよ。そこはあらかじめ承知しておいてください。1人の民兵の装備費用は銀貨5枚程度でしょう。1個小隊に2、3人の正規兵も必要です。シルバニア王国では騎士団時代の民兵組織を再編成しながらもう1つの兵種を現在作っています」
そう言って、民兵と屯田兵の説明をバイナムさん達に行った。
バイナムさんはジッと耳を傾け、オブリーさんはメモを取りながら聞いている。
「シルバニア軍の兵種は騎馬部隊と重装歩兵、それに機動歩兵となるのだな。その他に必要に応じて即応出来る屯田兵と町村を守る民兵が存在するのか……」
「屯田兵は2個中隊程を考えています。民兵は全て合わせれば2個大隊にはなるんでしょうが、基本は住んでいる町や村を防衛する組織ですね。自警団に似ているような気がします」
「シルバニアに出来て我等に出来ぬ話では無さそうだ。オブリー、お前も民兵を見ているな。彼らは使えたのか?」
「正規軍の援軍として奮戦していました。一部は正規軍と同じように敵の迎撃に参加しています」
娘さんの言葉にジッと考え込んでいる。
施政の安定した王国において民兵が必要かどうかは難しい判断だろう。民に武器を持たせると言う事は、逆に反乱を誘発する事も考えられるからな。
傍から見て安定した王国のように見えるクレーブル王国でも、王政に反対する勢力が無いとは言い切れ無いと言う事だろうな。
「シルバニアが羨ましいな。圧政に苦しんだ民衆までもを味方にしたということだな」
「バンター殿、もう1つの部隊もありましたよね?」
にこりと微笑んでオブリーさんが俺を見ている。その言葉にバイナムさんがミューちゃんと俺を見ているぞ。黒装束を着慣れたのも問題だったな。
「確かに、他の部隊もありますが、クレーブル王国で模擬することは困難だと思います。山岳猟兵と俺の国で言うところの忍者部隊です。山岳猟兵は山岳での戦闘に特化した部隊。忍者部隊は敵の情報調査と破壊工作に特化した部隊です」
「北の砦と王都の開放は、忍者部隊の働きか……。3方を山に囲まれれば山岳戦に特化した部隊というのも分かる気がする。となれば我等よりもウォーラムとトルニアの情報は知っているということか?」
「トルニア王国の方は今年中にはマンデールを下すでしょう。ですから今年の侵攻はありません。来年の情報を仕入れるために、かなりの人数を潜入させています。ウォーラムについては、まさかの事態ですので侵入調査は進んでおりません。西の街道で様子を伺っていた戦力が2個中隊に檄減しているのは分っています」
一応隠匿部隊だからあまり詳しくは教えられないな。オブリーさんが少しは内情を知ってるだろうから教えて貰えば良いだろう。
バイナムさんの探りを入れるような質問に答え続けると、こっちも冷や汗が流れてくるぞ。
民兵相談だけでなく、俺達が周辺諸国の状況をどこまで知っているかも、確認するために来たようだ。
長い話が一段落ついたところで、改めてワインのカップが運ばれてきた。
ほっと一息ついて、ワインを飲む。気疲れって体が疲れる以上に滅入るものだな。
「バンター殿がおればシルバニアは守れるだろう。だが、トーレスティは非力だ。我等で力を合わせねばならん」
「どうでしょう。思い切って3か国の連合軍を作ってみるのも?」
「おもしろい案だな。具体的には?」
メモ帳を取り出して、簡単に説明を始める。
各王国から2個中隊を派遣して、即応部隊として編制するのが基本だ。
移動を迅速に行う事から荷馬車での移動を行う。2個中隊の弓兵と2個中隊の槍兵と長剣を装備させた兵士になる。
「どちらか言うと、迅速な介入を図れる援軍という形になりそうだな。徒歩がいないなら通常の3倍以上の速さで戦線に投入が可能だ。民兵の話と共にトーレスティにも相談してみよう。民兵の訓練は何とか出来るのだな?」
「2個分隊なら派遣できます」
俺の言葉に満足した表情で、残りのワインを飲みほした。
俺達の方も訓練の最中だけど、民兵の訓練なら重装歩兵でも何とかなるだろう。王都に詰めている連中から部隊を出さなければならないな。これはザイラスさんと調整しなければなるまい。
2日ほどアルデス砦に滞在してバイナムさん達は帰って行った。
国王には新たな戦力の話をして、御后にはサディの元気な様子を報告してくれるだろう。
まだ春には程遠い、アルデス砦に閉じこもっている間に、光通信器の改良を始める。
金属の筒に光球を閉じ込めて1方向に光を送るやり方は同じだが、これからの戦を考えると、通信距離が短いのが難点だ。至近距離は今までの物でも良いだろうが拠点同士の通信を考えると、間に中継局を作らねばならないからね。
解決策として考えられるのは光源を強くする方法と、拡散する光を集束させる方法だ。
光球を入れる筒を大きくして光球を3個無理やり押し込んで見ると、大きな1つの光球になった。それを使って峠の見張り台との直接通信を日中試してみると、かなりの精度で通信が出来る。通信文の識別は8割程度だから、3回程連絡すれば正確に伝わるだろう。
次に集束を試してみる。半球の鏡を作り、焦点部分に光球を置く。本来ならば放物面鏡なのだが、そんな鏡を作るのは難しいからなね。リーダスさんに頼んだら、銀板を叩いて作っていたぞ。
早速試してみると、見張り台との通信がかなり向上した。光源の強さが増したのか、光が集束したのかは分らないけどね。
長文を送ってもそれほど誤認が発生しないが、数字は問題だな。
最後に、大きな凸レンズを筒内に設けてみる。凸レンズの焦点距離に鏡の焦点を合わせれば理論的には平行な光になるはずなんだが……。
試験をしてみると、今度は全く誤認が発生しない。光の集束がある程度上手く行ったという事なんだろうな。
「これだと固定して使わにゃならんぞ。移動して使うのは無理だな」
「砦間の通信に使おうと思っています。夜間なら北の砦も行けるでしょう」
リーダスさんとパイプを咥えながら、砦の見張り台に据え付けた光通信器を眺める。小さなタルに茶筒が飛び出した格好なんだが、茶筒部分にレンズが付けられている。開口部に薄い鉄板で作ったシャッターが付けられており、レバー操作でシャッターが開閉して光信号を送ることが出来る。
頑丈に作ったから1人でようやく動かすことが出来るが、シャッター操作で光を送る方向が変わることが無いから問題は無さそうだ。
「初夏までに5台で良いな。銀塊を2個使うが問題は無かろう」
「6台に出来ませんか。多い方が良いでしょう」
通信可能距離は2倍にはならなかったな。
それでも、砦間の通信なら問題はないだろう。