SA-133 ご懐妊
アルデス砦に戻ると、ラディさんを呼んでもらってトルニア王国の状況を報告して貰う。
行商人の手伝いをしながら広くトルニア王国の状況を部下達が調べているらしい。タルネスさんの知り合いの行商人も色々と便宜を図ってくれるらしい。
「ある意味、持ちつ持たれつの関係になっています。我等の仲間をトルニア領内の深くまで連れて行ってくれますし、彼等も船着場でトルニア領内では品薄な品物を手に入れることが出来ます。タルネス氏はこちら側の船着場で4つの行商を指揮していますよ。だいぶ店も大きくなったようです」
そんな話をパイプを楽しみながら俺達に話してくれた。
タルネスさんはミクトス村にもお店を出してるんだよな。いつの間にか大商人になってしまったぞ。
「現在の状況ですが、マンデール王国を西と北から攻撃を継続しております。マンデール王国には旧マデニアム王国とニーレズム王国の軍が合流していますから、戦は来年も継続するのではと考えています」
ラディさんの話では戦場近くとマンデール王国には行商には行けないが、トルニア王国の領内ならば問題なく行き来出来るらしい。
さすがにトルニア王国からクレーブル王国の人や荷物の移動には制限が掛かっているようで、トルニア王国の商会もシルバニア王国経由での商品取引を模索しているらしい。
なるほど、タルネスさんが活躍できるわけだな。
タルネスさんは義理人情には厚い人だから、4つの行商の中には昔世話になった商店の連中も混じっているんだろう。
「当初の計画よりも時間が掛かっているようです。新しい領地の税も3割を超える額を徴取しているのではないでしょうか? 昨年よりも町や村の売り上げが少ないと言っておりました。軍の駐屯地では逆に増えています。兵士の不満を少しでも減らそうとしているように思えます」
意外と手こずってるんだな。そうなるとクレーブルへの侵攻は来年は無さそうだ。状況をウイルさんに送れば、クレーブル王宮にも届くに違いない。
「王都の様子はさすがに分からないか……」
「初冬には、王都に行商に向かった者が戻る筈です。香辛料を持って行きましたから王都の商店をいくつか回ってくるはずです」
「残りは西だな」
「ウォーラム王国の街道の軍は引き上げたそうです。もっとも2個中隊は残っていますが、我等の部隊が街道封鎖を行っておりますから、それに備えたものかと……。西の尾根を監視している者からは特に連絡は入っておりません」
引き上げたと言うのが問題だな。ウォーラム王国と国境を接しているのは、トーレスティ王国、デリア神皇国それにリブラム王国だ。トーレスティと神皇国は覇権など考えてもいないだろうからリブラム王国と事を構えたのだろうか? これはクレーブル王国側から情報を貰う事になりそうだ。
「当座は現状のまま、状況を知らべてくれ。出来れば西の尾根を越えて村を探ってくれるとありがたい」
「狩りの獲物を持って村に下りれば不審に思う者はおりますまい。それも初冬前には持ち帰ります」
俺との打ち合わせが終わると、ミューちゃんと一緒に広間を出て行った。
親子だからな。色々と話があるんだろう。
ミューちゃんの母親も北の村にいるはずだから、この砦で暮らすように言ってみようか。ラディさんも普段はこの砦に住んでいるんだからね。
サディはマリアンさんと一緒に中庭の一角に花壇を作っている様だ。別荘の花壇を見て感動してたからな。花の種をたくさん買い込んで来たようだが、果たして来年芽が出るんだろうか?
でも花に囲まれた砦なら皆が羨ましがるんじゃないか。残った種はトーレルさんのところにあげたら喜ばれると思うぞ。
その夜の事だ。
夕食が運ばれてきた時に、いきなりサディが口を押えて広間を出て行った。
慌ててミューちゃんとマリアンさんが後を追って行ったけど、やがてニコニコしながら2人が帰って来た。
「女王陛下を寝室に送って行きました。病気ではありませんから、心配しないでもだいじょうぶですよ」
「おめでたにゃ! 来年の初夏には生まれるにゃ」
何ですと!
思わず席を立って広間を飛び出した。
2階に上がって寝室に向かう。バタンと乱暴に扉を開いて飛び込んで来た俺をサディがやさしいまなざしで見ている。
「どうやら我等も子供を授かったようじゃ。どちらが生まれても嬉しい事になるのう」
「ああ、次の世代を担う者達だ。トーレルさんやザイラスさんのところの子供達と力を合わせてくれるに違いない」
だいぶ若い両親だが、マリアンさんもいるから安心できるぞ。
待てよ、マリアンさんも内務長官の役目を負ってるんだよな。これは早いところ、乳母の口を探すことになるんじゃないか?
サディに優しく口付けして、寝室を後にした。
広間に戻って食事を取ることになったが、サディが食べないのが心配だな。
「心配なさらずともだいじょうぶですよ。後でスープを届けます。一時的なものですからね」
「俺には力になれそうもないからね。マリアンさん、よろしく頼みます」
俺の言葉をニコニコしながら聞いている。
「乳母も捜さねばなりませんね。誰でも良いと言う分けにもいきませんから今から探さねばなりません」
それも大変な話だな。俺としてはマリアンさんに任せたい気がするが、そうなると内務長官を他に探さねばならなくなりそうだ。
やはり、マリアンさんに適任者を見付けて貰うのが一番だろう。
「これでシルバニアも安心できます。亡くなった御后様も喜んで頂けるでしょう」
「でも、心配も出てきました。例の交易船が少しずつ形になってきてます」
「その時は、その時です。王国を捨てるわけではありませんし、後継が育てば問題ありません。ですがその前に色々とやらねば安心して出掛けられませんよ」
ひょっとして、マリアンさんも加わろうとしてるのか?
ある程度早めに人数制限をしといたほうが良いのかも知れないな。実船を作り始めれば収容人員も分るだろう。
・・・ ◇ ・・・
10日もすると、シルバニア女王ご懐妊の知らせが王国内だけでなく、クレーブルやトーレスティの両王国にも伝わったらしい。
ウイルさんの案内で、国王の名代となった貴族が祝いを述べにやって来たが、この段階で祝いはいらないと思うな。
それでも、サディが一々丁寧に挨拶を返していた。隣の俺はどうでも良い感じだけど、いないわけにはいかないから、サディの挨拶に合わせて頭を下げていた。
「次の元首の伴侶はどうか、トーレスティより……」
「まだ生まれぬ内に、気が早い事じゃ。我は関与せぬ。子供の好きな相手を選ぶことになるじゃろう」
そんなサディの言葉にやって来た貴族達が目を丸くしている。
王族ともなると、周辺諸国との政略結婚が当たり前なんだろうか? それも気の毒な話ではあるな。どちらが生まれるか分からないけど、俺もサディの考えに賛成だ。
秋が過ぎてちらほらと雪が舞うようになってくると、マリアンさんが魔導士部隊からお姉さんを2人選んで、サディの世話をするように命じる。
未婚のお姉さんだと思っていたのだが、マデニアム軍の強襲で夫を失ったらしい。お子さんもまだだったとマリアンさんが教えてくれたんだけど、その話をしてくれた時には涙ぐんでいたな。
時は戻らないから、亡くなった旦那さんには気の毒だが、サディの子供を我が子のように可愛がってくれるに違いない。
冬の暖炉際では、サディも一緒になって編み物をしている。少しお腹が目立ってきたけど、まだまだ先なんだよな。
どちらでも良いようにと毛糸の色を違えて2つ編んでいる。騎士団の連中はどちらが生まれるかで賭けまで行われているようだ。
胴元を辿って行くと、ザイラスさんが発起人のようだが、きっと嬉しかったに違いない。
エミルダさんも毎日のように来てくれる。いつまでも可愛い姪になるんだろうな。意外と気性が似ているせいなのかもしれないが、たまに不安そうなそぶりを見せる時があるから助かるな。
年が明けるとフィーナが税収の報告をしてくれた。
およそ560万L。金貨換算で560枚だが銀貨でなら56,000枚だ。銀塊の30本を加えれば、かなりの税収となる。
食料の自給率はおよそ8割。2割を他の王国から購入するとしても国庫の方は問題なさそうだ。
「給与を今月から支払う事になりますが、それでも三分の一は残るでしょう。測量部隊と地図製作の工房にも兵士に準じて支払います」
「お願いするよ。それとトーレルさんが指導している屯田兵達や民兵にも毎月支払ってくれ。彼らが次の戦の切り札だからね」
軍備にも意外にお金が掛かる。馬1頭が銀貨20枚だからな。革ヨロイと武器を合わせればさらに銀貨が20枚必要になる。
軍拡すればするほど費用が掛かってしまうのだから、最低限の軍備に留めるべきだ。
となると、東のトルニア王国はさぞかし物入りだろう。
その交戦国であるマンデールは資金が枯渇してるんじゃないかな。かろうじて昨年の収穫で今年を過ごせるぐらいなのかもしれない。戦場になれば農地があらされてしまうからね。
タルネスさん達によって、トルニア王国には交易品が届けられているが、マンデールには全く届いていないはずだ。
マンデール王国は海に面しているのだろうか? そうでもないと塩を止められてたちまち戦意喪失してしまうぞ。
商い品目についても確認しておいた方が良いのかもしれない。
トルニア王国は内陸国だから海を目指すのも分かるんだが、最終的にクレーブル王国を狙う理由も押さえておく必要があるだろう。
場合によっては話し合いで解決することも、選択肢としておくべきだろうな。
戦は最後の手として、王国間の調整を図ることが大事なんだろう。