SA-013 一気に仲間を増やす方法
街道の曲がり角を過ぎて俺達の目に飛び込んで来たのは、遠くで盛んに爆ぜている火炎弾の音と炎だった。
驚いた馬が棒立ちになって騒いでいるから御者が慌ててそれを抑えようとしている。後列にいた兵隊達が争うように前に行こうとしているが荷車と暴れる馬で進むに進めないらしい。
「狙い通りじゃな。行くぞ!」
王女様の合図で一斉に足を速める。
俺達に気が付いていない今が、奇襲を掛けるチャンスだ。
騎士達が駆ける速度を速めて、後列の兵士に体当たりをするように槍を突き立てると素早く後ろに下がり槍衾を作る。
後ろで叫ぶ兵士の声で敵兵が俺達の方に顔を向けた時だ。団子のように密集した敵兵の中に次々と火炎弾が炸裂する。服に燃え移って転げまわって消そうとする兵隊達の中に更に火炎弾が飛び込んでいく。
ウワアァァ……、血走った目付きで俺達に剣や槍を振りかぶって迫って来ても、前列に並んだ騎士の突き出す槍で、立ち往生してしまう。
そこに、俺達の放った石弓のボルトが突き立った。崩れ落ちた兵士に、無常の槍が突かれ息の根を止められていく。
ここで睨み合っていれば良い。
重装歩兵のヨロイは太い鎖帷子の上に、金属板があちこちに付いている。
斬り合いをするには俺達が分が悪いけど、動きは俺達の方が上だからな。
さすがに、槍は向こうも分が悪いようで、槍衾を片手剣と丸い盾でどうにか突破しようとしているのだが……。
動きの鈍った重装歩兵の胸に、ボルトが突き立つ。
崖の上からもボルトが飛んでくるようだ。
じりじりと数を削いでいき、やがて敵兵が全て街道に倒れた。
荷車の下を左右から騎士達が確認して、逃げ込んだものがいないことを確かめると、崖の上から下されたロープに、荷車に山と積まれた穀物の袋を結んで引き上げ始める。
「リーゼル、崖の上に上ってくれ。ラディ達は周辺の監視をしなくてはならないからな」
素早く数人の騎士が崖の上に上ると、ハシゴに板を乗せて、その上を滑らせるように穀物の袋を引き上げはじめた。
ドワーフの2人は、袋を3mもの高さに放り上げているぞ。
あの力はどこから来るんだろう? 穀物の袋はどう見ても20kgはあるんだけどね。
俺は、袋を1つずつ運んでいるんだけど、騎士達は2個を肩に乗せて運んでいる。
非力だからしょうがないとは思ってるんだけど、マリアンさんも同じように2個の袋を運んで来た時には、呆れかえってしまった。
やはり、もう少し筋肉も付けないとダメなんだろうな……。
穀物袋の大半を移動し終えると、敵兵の死体を荷車に乗せて、馬に鞭を入れる。
馬は一声高くいななくと、荷車を引いて街道を東に移動して行った。
兵士達の所持品は袋に回収しているんだけど、兵士達の持ち物は碌なものが無いようだ。
分隊長や小隊長が少し金を大目に持ってるぐらいなものだ。
荷車には酒のビンが数本に、移動期間中の食料も別に持っていたので頂戴しておく。
ドワーフ達が荷車を3つ素早く分解している。廃村との荷物運搬に荷車を欲しがっていたからな。あれをアジトで組み立てて使うつもりらしい。
最後に街道に転がった石をどけておく。俺達は街道を封鎖することは考えていない。ここを通る連中がいないと困るからね。
穀物の袋を担いでアジトに帰って一休み。
騎士達は再び崖まで荷物を運びに出掛ける。道が良くないから担いでくる外に方法が無いのが問題だ。
暖炉でパイプに火を点けて、とりあえず疲れた体を休めることにした。
「ご苦労様でした。王女様もバンター様の作戦に、いたく感じるところがあったようです」
お茶を持ってきてくれたのはマリアンさんだ。
ありがたく受け取って一口飲んでみた。いつもより上等のお茶だぞ。
いつもの席に座ってニコニコしながら俺を見ている。
今日の襲撃が成功したのは、崖の上で頑張ってくれたラディさん達のおかげだと思うな。
「かなり際どい襲撃でした。上手く行ったのはラディさん達のおかげだと思っています」
「お前もそう思うか?」
扉の方を見るとザイラスさんが部屋に入ってきたところだ。いつもの席にどっかと腰を下ろす。
「作戦の立案はさすがだが、その作戦通りに状況を作り出すのは難しい事だ。ラディはそれが出来るという事になるな」
「出来れば特殊な部隊をラディさんに作って貰いたいところです」
特殊な部隊というところが、ザイラスさんの興味を引いたようだ。ピクリと眉を動かして俺を見据える。
「もう少しで皆が揃う。そこで王女様に具申してみろ。俺もラディ達をどのように使ったら良いかが想像出来ん。今のままではもったいないと思うだけだからな」
1時間程すると主だった連中が集まって来た。
襲撃が上手く運んで、冬越しの食料の目途が立ったことから皆の表情には笑みが混じってる。
戦利品のワインがカップで配られ、王女様のねぎらいの言葉に皆が乾杯を唱えた。
「戦力では倍する敵を作戦で打ち勝つとは中々出来ることではない。バンターの働きは剣で行うのではない事を見届けたつもりじゃ」
上機嫌で言ってる割には、戦には使えんって言ってるようにも思えるんだが、ここは褒め言葉として受け取っておこう。きちんと礼をすることで答えておく。
「これで冬越しの食料に困ることはありません。次の襲撃はどうしますか?」
「それは、バンターに任せるつもりじゃ。ここまで襲撃を重ねて分った事だが、バンターの使い方が分かってきたつもりじゃ」
「そうですな。確かに剣でなく頭で世の中を渡れ、と言った親の気持ちを察して余りあります。剣は使えねども、その作戦は見事。となると、次の襲撃が私共も楽しみではあります」
王女様とザイラスさんの話では俺に丸投げって事らしい。
「襲撃は、少し待つべきでしょう。その前に、部隊の編成を考えたいと思っています。分隊長の率いる騎士と王女様の魔導士部隊はそのままで良いでしょうが、ラディさんの部隊をキチンと固定しておくことも重要でしょう。できれば全員がネコ族としたいところですが、そうも行きません」
俺の言葉に王女様とラディさんが興味深々の表情で俺を見ているぞ。
他の連中は基本的に変わらないから、俺がどんな考えを持っているのか早く知りたいだけみたいだな。
「確かに今回の襲撃はラディの働きが大きい。バンターはそれを加味して編成を固定化するという事か?」
「おっしゃる通りです。機動部隊とします。他の部隊は基本待ち伏せですが、その場所は固定化しています。それ以外の場所で縦横無尽に動き回って敵の先手を打つ部隊とします。将来の浸透部隊の予行演習のようなものですね」
「ほう、将来に向けての布石という事じゃな。少人数で敵を翻弄する部隊という事であったが、確かに先の重装歩兵の誘い出しは見事じゃったな」
そんな話で直ぐに許可が下りた。人選はラディさんと話し合って決めれば良い。場合によっては廃村の見張りがいなくなってしまうが、それは村人に代わって貰っても良い事だ。
「それで次の襲撃ですが、仲間を増やしましょう!」
俺の言葉に皆が一斉に俺を見た。
「どうやって増やすんだ? 村に勧誘には行けぬぞ。それに村を抜ける者達は多くが農民だ」
「まあ、農民かも知れませんが、やって来るのは獄に繋がれた兵士や騎士ではないかと思います。やり方は簡単ですから、とりあえずやってみましょう。俺は今回の襲撃の税の不足分を解消するためにも奴隷として獄に繋がれた連中を動かすと思えるんですが……」
やり方を簡単に説明する。
街道の崖を崩すだけで作戦準備が終わるのも都合が良い話だ。
「これでは街道の通行に支障が出てしまうぞ!」
「それが狙い目です。次の西からの荷馬車隊は崖が崩れていたら引き返すでしょう。東から来る連中は増援部隊です。崩れた道を直すでしょうか? 直さずに西に向かうでしょう。そこで街道の崖崩れの範囲が知られることになります」
「なるほど、工事人夫をどこから調達するかという事じゃな。我にも少し分かって来たぞ。獄に繋がれた囚人を動員するのは我にも理解できるところじゃ。問題は囚人の規模とそれを監視する兵隊の数じゃ」
「通常なら、1個小隊に1分隊で十分ですが、我々の噂次第では膨らむでしょうな。囚人を監視する部隊に周囲を監視する部隊、それに我らを討伐する部隊まで揃えかねませんぞ」
囚人と同数いやそれ以上になるだろうな。崖崩れが自然に起きたとは、いくらなんでも無理がある。
「今回はこれまでとは少し変わった襲撃になります。多くの仲間をすくい出すことが目的だと考えてください……」
崖と南の広場に焚き火の跡を作っておく。
先行部隊に俺達の痕跡を知らせるためだ。たぶん偵察部隊を放ってくるだろうが、そこに誰もいなければ自分達の都合の良いように考えてくれるはずだ。
「襲撃を断念したと思わせるのか?」
「はい。とりあえずは残土整理をして貰うことにはなりますが、それはあきらめて貰います」
残土整理が終わってからが問題だ。
この場合、捕虜を連れてそのまま東に進むのも考えられるな。
その判断をどこでするのも問題だ。途中から考えるって事はまずない。となれば準備して来るって事になる。街道を通って自分達の王国領に向かうとなれば、囚人に1日2食としてもかなりの食料が必要になるだろう。
すると、後ろに続く荷馬車の数で見極めれば良いか。
「もし、敵兵を使って工事をするとなると、やはり周囲を囲う事になるでしょうね?」
「当然だ。足に鎖を付けてはいるが、手は開放しているだろうからな」
「もし、昼食時に襲撃したら囚人はどうするでしょう?」
ザイネンさんに皆の視線が動く。
ちょっと戸惑ってるようだけど、軽く咳をしてワインを一口飲んだ。
「東に逃げる。西に逃げれば元の牢獄だ。東ならまだ助かるチャンスが出て来る」
やはりな。となれば……。
「この国の旗があれば良いのですが」
「あるぞ。だが何に使うのじゃ?」
「囚人が逃走する先で、ザイラスさんと騎士に完全装備をしてその旗を掲げて貰います!」
バタン! と椅子を蹴飛ばしてザイラスさんが立ち上がった。
「そういう事か……。我先に、はせ参じるだろう。分隊はリーゼルで良い。予備の武器も用意しておくんだぞ。リーデルには申し訳ないが、鎖を外す手伝いをしてほしい」
「ああ、構わんぞ。だがその後は我らも一緒だ」
これが上手く行けば、小隊規模で仲間を増やせるんだけどね。
テーブルの上に作戦地図を乗せて、各部隊の駒を並べる。
王女様がウキウキしながら自分の意見を言うようになってきたのも近頃の事だ。事前の作戦がいかに大事かを自覚したんだろうか?