SA-129 ウイルさんとの会談
測量で得られたデータを元に地図を描くと言うのも一苦労だ。
1.5m四方の紙を数十枚程用意して貰い、これに縦線と横線を入れる。
1M(150m)を0.1D(3cm)となるように描けば、地図1枚には40(6km)四方の地形が描ける。縮尺は5千分の一だけど、王国自体が大きくはないからこれを繋げていけば良いだろう。
定規と分度器それに計算用の黒板や算盤を用意したところで、絵師と新たな学者の卵が来るのを待つ事にした。
1か月ほど過ぎた頃に、絵師と学者がやって来たけど、両者とも男女の組み合わせだ。絵師が2人に、学者が4人。これが地図を描くパーティになる。
絵師は夫婦と言う事だ。アルドスと旦那さんが自己紹介をしていた。長くここで仕事に着いてくれるだろう。
学者はクレーブルとトーレスティの出身らしい。トーレスティに帰っても良い働き口が見つからなそうだと、ここに来たらしいな。
4人とも同じ学者の下にいたようで、リーダーはマクネルと教えてくれた。俺よりも少し若いが、色々と面倒な計算をしなければならないから丁度良いだろう。
「良く来てくれました。俺が依頼元のバンターです。皆さんにやっていただきたいのは地図を作る事です。壁にこの国の地図が貼ってありますが、こんな地図ではこれからの王国を造る上では、全く役に立たないんです……」
黒板を使って、三角測量を繰り返して、測量点を増やし、その位置を正確に記録していることを説明する。
「1年程前にこの測量を開始しました。その記録を元に皆さんで地図を作って貰います。この地図の最大の特徴は、東西南北が正確に書かれている事、それに地図上の任意の点2か所の距離と方向が正確に分かる事なんですが……」
それがどれだけ便利なのかが分るだろうか?
初めは目的はどうでも良いだろう。彼等に仕事を与えて、その結果として正確な地図が作れれば良い。
経緯線を引いた白地図を取り出して、縦と横の線の意味を教える。間隔はいずれも1M(150m)だ。
「地図の原点を中心にすれば良いでしょう。そこから測量を開始し、測量点は原点からの距離と高さ、それに方向が角度で記録されています。正確を期すために、測量点は3つに区分されています」
今度は黒板を使って測量点と高低の数字を記載する。
「地図の使い方で一番よく分かるのは、地形が示されるんです。ここの高さ数字を同じ高さで線で結ぶと……、こんな形になります。へこんで見えるところは谷筋ですし、盛り上がって見える場所は尾根になります」
「若い連中がこの紙に点と数字を書いて、俺達がその点の数字を元に線を引けば良いのだな?」
「そうなります。ですが、この線は10D程の高さで描いて頂きますから、少し考える必要があるんです。それに、一番大事な事は、この測量点から3度西に傾かせなければなりません。測量隊の使っている方位磁石と真の北が3度西にずれてるんです」
パソコンでもあれば作図まで出来るかも知れないけど、ここにあるのはソロバンみたいな代物だからな。
だけど江戸時代に地図を描いた人だっているんだから、何とか頑張って貰いたいところだ。
「基本的な作業は分りました。私達がこの紙に測量点を正確に書けば、それを辿ってアルドスさんが線を描くと言う事ですね?」
「その通り。先ずはやってみてください。1枚が出来たところで皆で考えましょう」
アルデス砦の下にある関所の1棟を作業場所にして、いよいよ地図作りが始まった。
シルバニア王国の全図が出来るのは数年後になるのだろうか? それが終わればクレーブルとトーレスティにも足を運ぶことになりそうだな。
・・・ ◇ ・・・
ザイラスさん夫婦に男の子が生まれたとアルデス砦に知らせが入った。
サディ達は大喜びで、お祝いの品を考えている。
男の子だからな……。俺はミクトス村の木工職人に頼んで木馬を送ることにした。
あの2人の子供なら、将来は騎士に確定みたいなものだ。
早くから乗馬の練習をさせるに違いない。
「どんどん生まれてくるのう。我等の後を引き継ぐ者達じゃ。保育園を充実させねばなるまい」
「王都では2つ目の保育園を作るそうですよ。国費もそんな事に使うならばよろしいのですが……」
無駄遣いは良くないと言う事だな。それは常に心掛けねばならないな。
「そうなると、今年の夏はトーレル一家を連れて行くことになるじゃろうな。トーレルの妻も、実家に長女を見せることが出来ると言うものじゃ」
「俺達は、南の砦から真っ直ぐに別荘に向かいましょう。トーレルさん達には馬車で王都に向かって貰えば良いと思いますが?」
「そうじゃな。カナトルなら馬車よりも速いであろう。南の砦で1泊後に分かれれば良い」
1年ぶりで新鮮な魚が食べられそうだ。
トーレルさんのところの屯田兵の様子も聞いておきたいところだから、途中での1泊はそれに当てられそうだ。
1週間後、俺達はカナトルに乗ってアルテナム村に向かった。ここでトーレルさんを待つ事になる。
西の広場でカナトルを下り、パイプを楽しんでいると馬に乗ったトーレルさんがやって来た。後ろの馬車に奥さんと娘さんが乗っておるんだろう。
馬車の後ろに5人の騎士が同行している。
俺達より立派な感じもするけど、サディも俺も体裁は気にしない方だからな。
マリアンさんにミューちゃん、後は魔導士のお姉さんが2人なんだが盗賊がいるわけでもないからこれで十分だろう。
「おはようございます。待ちましたか?」
「今来たところです。そろそろ出掛けましょうか。ウイルさんが首を長くして待ってるでしょうから」
俺がカナトルに乗ると、ミューちゃんが出発の号令を掛ける。
カナトルの足に合わせればのんびりした道中だな。
「しばらく妻の実家に宿泊するつもりです。私も別荘を一度見ておきたいですから、帰国は私が別荘に行ってからと言う事で……」
「良いですとも。それでも精々10日ですよ。ご馳走で釣られて、このままクレーブルに……。何てならないようにお願いします」
俺の一言に周囲から笑い声が上がる。
トーレルさんも大きく笑っているから、ヘッドハンティングされることは無いと思いたいな。
夕暮れが近付いた頃に南の砦に到着した。
広間が宴席になっているから、ウイルさんはかなり早くから準備していたに違いない。
宴席で、トーレルさんの奥さんの名をようやく知ることが出来たぞ。
アイネスさんと言うらしい。生まれた女の子はメリエンということだ。ウイルさんも奥さんと砦で暮らしているようで、女性たち同士で話が弾んでいる。
俺達も、1か所に集まってワインを飲みながら話を始めた。
「まったくバンター殿の考えは俺達とは異なるな。農民と兵士を一緒にした兵科を作ったのか」
「最初はどうなるかと思ってましたが、今のところ順調に訓練が進んでいます。団結力は一般兵士を越えるのではと」
トーレルさんの評価は中々良いようだ。
農業を共同でやるからだろうな。開墾は1人の手ではたかが知れている。協力して石を退かし、耕してるんだ。団結力はそんな事で養われていくんだろう。
「軽装歩兵を機動歩兵と言うのは、荷馬車での迅速な移動と陣の構築と言う事だろう? 重装歩兵の数も2個中隊で終わりにするのか……」
「ですが、騎馬隊は1個大隊を考えていますよ。とりあえず全体で2個大隊を育成しなければなりません」
最終的には3個大隊近くになるだろう。出来れば屯田兵を2個中隊作れば東西の即応戦力としては十分に思える。
「だが、バンター殿。教団に恩を売るのも感心せんな。神皇国と他の王国の繋がりはあまりないのだ」
「たぶんエミルダさんの書状を言っていると思いますが、あくまでエミルダさんの考えです。俺達は子供達の面倒を見てくれる神官見習を要求したんですが……」
ウイルさんが俺の話を笑い顔で聞いている。本音と建て前の違いをおもしろがっているのかな?
「確かに、表向きはそうなるな。老いた貴族並みに知恵が回る奴だ」
「結果的に、教団はトルニアの王族に連なる神官を登用しました。何を思ったかトルニア国王から贈り物が届きましたよ」
「それだ。おかげでこっちがとばっちりに遭いそうだぞ」
2人ともおもしろそうにワインを飲んでいるから、俺を叱責するわけでは無さそうだ。
「戦を誘導したんだな。全く恐れ入る。ザイラスに話を聞いて直ぐに王都に知らせたのだが、にんまりしていたぞ。だが、石橋の破壊は最後にしてくれとも言ってたな」
「やり過ぎだと言う事でしょうか?」
究極の縁切りだと思ってたんだけどな。
ウイルさんの話の続きを聞いてみると、商業を活性化するには残した方が良いとの事だった。
「1戦をする事にはなるだろうが、長くは続かんだろう。バンター殿の援軍も期待できる。短時間で勝負は決すると国王が言っておられたぞ」
単に一時的な事で大局を見失うなと言う事か?
周辺の3王国を下した東の大国になるんだから、戦が無ければ確かに栄える要素はあるな。
交易で手に入れた商品を欲しがると言う事になるんだろうか。
それなら、石橋を残してクレーブル側に堅固な砦を作れば良いだろう。出来ればトルニア側に作っておきたいところだが、石橋は直線だからな。弓兵を砦に充実させることで石橋を侵略路として使えなくすれば良いのかもしれない。
「帰りにでも南の船着き場を見て来た方が良いぞ。だいぶ形が出来てきたようだ」
「城壁を築けと伝えてありましたが……。そうですね。寄ってみます」
敵の横腹を狙う部隊を置くのだ。俺達の船着き場の攻略を諦めさせるだけの城壁でなくてはならない。