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SA-128 エミルダさんの企み


 どうやら誰も席を立たないようだ。なら、話を初めても良さそうだな。


「方位磁石の北と真の北の関係はこの大地の構造にあるんだ……」

 

 先ず、この世界が平面では無く球体であることを説明する。

 理解出来なければ、球体があまりにも大きいので俺達には平面のように感じる事を説明した。

 次に、この球体が太陽の周囲を回っている事を話す。

  

「この太陽を、俺達の世界がぐるりと回ると1年になる。もちろん1日で1回転しながらね。これが1日であり1年になるんだが……」


俺達の台地である球体が少し傾いているから、位置によっては太陽の高度が異なる。これが夏と冬を作る原因だ。


「こんな説明をすると、2つの疑問が沸く。1つは、俺達の台地である球体の傾斜角。もう1つはこの球体の軸の位置です」

「それが、真の北と南と言う事ですか?」

「その通り。その方角を観察してどうにか分かった。この辺りでは、方位磁石の示す北に対して真の北は西に3度ズレている」


 球体が1つの大きな磁石であることは簡単に話して置く。俺だって上手く説明できないからね。


「そうなると地図はどうなるんですか?」

「それ程、測量時に考えることは無いよ。今まで通りで良い。だけど、更に測量の距離が延びると、この大地が球体であると言う事に気が付く筈だ。それは宿題にしておく。今まで通り測量を続けるのは国家事業だからね」


 彼らの行っているのは三角測量だ。内閣の和が180度であることが前提なんだが、距離を広げるとその和が180度を超える事にいつ気が付くか楽しみだな。

 いや、測量の値を元にして地図を作る連中の方が早いかも知れない。

 ここは、彼らの推薦する2人を待つことにするか。王都からやって来る絵師と上手くやっていければ良いのだが。

 この屯所を彼らの拠点とすることで、測量データの整理と地図作りを行う事を説明し砦に戻る事にした。

 一年中、測量では彼らも大変だからね。たまにこの場所でゆっくり休養を取れば良い。


 砦に戻ると、サディとミューちゃんがいない。

 広間の暖炉のそばで編み物をしているマリアンさんに聞いてみると、北の村に出掛けたらしい。


「予定していた見習い神官が、まだ到着していないようです。それで……」

編み物の手を休めて、俺にお茶を出してくれながら教えてくれた。

どうやら、保育園の手伝いに行ったらしい。手伝いと言っても、実際には一緒に子供達と遊んでいるんじゃないかな?

日暮れ前には疲れた表情で帰って来るに違いない。


「砦にいるよりは退屈しないでしょうし、何より新たな国家の人材を育てていると思えば頭が下がる思いです」

「そう言っていただけると、ありがたいのですが……」


 マリアンさんがため息をついている。やはり俺と思いは一緒のようだ。

 マリアンさんが編んでいるのは赤ちゃん用の靴下のようだ。この前はトーレルさんのところだったから、今度はザイラスさんのところだな。

 王都ならばお金を出せばいくらでも揃えられるだろうけど、気心の知れたマリアンさんからなら、ザイラスさんも嬉しいに違いない。


「それにしても、教団の手際としては珍しいですね?」

「エミルダ様の話では教団の指導層に動きがあったのではないかと……」


「派閥争い?」

「いえ、そんな大それた話ではなくて、上位神官の御1人がお亡くなりになったとか」


 なるほど、それなら遅れそうだな。

 出来れば俺達騎士団の名前を了承してくれた神官が指導層で手腕を発揮してほしいところだ。これも一種の派閥争いにはなるんだろうな。落ち着くまではしばらく掛かるのかもしれないぞ。

 待てよ……。エミルダさんが建てた修道院に左遷された神官達がやって来るかも知れないな。

 せっかくマデニアム王国との争いが終わって、トルニア王国とも不可侵状況を作ったところだ。ここで宗教戦争が勃発したら周辺諸国を巻き込んだ泥沼におちいりかねない。


「1度、エミルダさんに……」


 マリアンさんに話をしようとしたところ、軽く扉を叩く音がした。

 扉を開けて入って来たのは、エミルダさんだ。

 午後のお茶によく砦にやってきてたな。今日も、マリアンさんとのんびりと午後のお茶を楽しむつもりだったのだろう。


「あら、珍しくバンター様がおられましたのね」

 そんな枕詞の後で、互いに挨拶をし合う。確かに久しぶりな気がするな。

 丁度良いから、先ほどまでの俺の危惧をエミルダさんに話してみると、途中から片手で口元を隠して笑い始めた。


「ホホホ……。バンター様はそうとらえましたか。これは少し由々しき事態ですね。他の王国にもバンター様のように深く考える者がおらぬとも限りません。少し手を打つ必要がありますね」

 

 話を聞いてみると、教団の最高位の神官達に欠員が生じた場合は次の地位にいる評議員の中から推薦で選ばれるらしい。

 その評議員の議決が中々定まらないと言う事だ。理由が、誰を選んでも50歩100歩と言う事らしいから、彼らの中で決める事が難しいらしい。


「技量が似たり寄ったりで飛びぬけた神官様がおられないと?」

 マリアンさんも呆れているぞ。

「そうなれば、他者からの推薦と言う事になるでしょうね。現在、教団に一番寄付をしているのはシルバニア王国ですよ」

 

 教団の主な収入は、硬貨の発行差額と自国領の税、それに寄付らしい。銀鉱山がシルバニア領であることと、俺達が寄付とし手差し出している銀塊を合わせれば、確かにシルバニア王国は教団に多大な出費をしているな。

 一応、誰からも文句は出ないからこれからも続けるのだろうけど……。


「ひょっとして、エミルダさんの一言でそれが決まるとか?」

「私は、ここで神官になる人物を育成していこうと考えていますから、私からは、広く人材を探すべきと伝えてあります」

 

 それを相手がどう取るかと言う事か……。待てよ?


「現在の長老格である神官の出身地は、どの王国なんでしょう?」

「3人は神皇国ですが、外はいろんな王国から来ています。王国とはそれなりに繋がってはいるようですけど、基本的には中立の立場です」


 なるほど、そう言う事か。

 考えを整理しようと、パイプの火を暖炉で点けようとした時、バタンと扉が開いて、サディとミューちゃんが帰って来た。

 どうやら本日の仕事は終わったみたいだな。席に着いたサディ達にマリアンさんが「ご苦労様です」と言いながらお茶のカップを渡している。


「バンターとエミルダ叔母様の取り合わせでは、神官を派遣してくれる話で間違いあるまい。やはり早くに来て貰わねば、我等の身が持たぬぞ」

 鬼ごっこでもしてきたんだろうな。子供達とそんなことをしてれば、確かに疲れるだけだろうな。


「確かにそうなんですが、どうやら銀塊1個は必要になりそうです。それで直ぐにも来てくれるでしょうし、シルバニア王国の防衛にも少しは利が出てくるかも知れません」

「それ位なら、直ぐに贈ればよい。じゃが、我等の王国にも利があるとはどういう事じゃ?」

 

「新しい大神官になるのが、隣国トルニア王国の出身者だからです」

 皆が一斉に俺に視線を向けた。


「何じゃと! だが、それならばトルニアを利する事になろう。シルバニアを利する意味が解らぬ」

「はあ……、やはりトルニア王国だと分かってしまいますか。でも、バンター様ぐらいですよ。その意味が分かるのは」


 サディは怒ってるようだし、エミルダさんは呆れてるのかな? マリアンさんは成り行きを見守ることにしたみたいだ。


「トルニア王国はクレーブルに軍を進めるでしょうが、マデニアム王国程の具は起こさないでしょう。現にシルバニア王国への干渉は諦めているようです……」


 ある意味、自国の状況を考えられる連中がいると言う事だろう。

 行動と抑止力が上手く機能しているのかもしれない。

 トルニア王国の軍は、すでにニーレズム王国を半ば占領しているようだ。

 今年中には、ニーレズム王国の名は無くなるんだろうな。それが終わればマンデールとなるが、たぶん長くは持たないだろう。

 3つの王国の版図をトルニア王国が手にした時に、次に向くのはシルバニアかクレーブルなんだが、ここでエミルダさんの答えが生きてくる。


「ようするに、恩に着せると言う事か?」

「まあ、そんなところです。俺達としては他の王国を侵略するのは問題と思いますが、攻めてくるような王国よりは恩義に感じてくれる王国の方が良いですね」


 出来ればシルバニアよりもクレーブルに攻め入って欲しい。

 俺達の戦力は、開戦となる時期までにはまだまだ十分ではない。始まれば長期化してしまうのは確実だろう。

 その点、クレーブルであれば跳ね返すに十分な戦力があるし、その一端に俺達が加わることも可能だ。


「銀塊1本で、バンターの策が可能であるなら、そういたせ。フィーナには我から話しおく」

「私が書状を添えて送りましょう。でも、本当によろしいのですね?」

「早いところ神官がやって来てほしいのが本音です。ですが、この時期にエミルダさんが銀塊を1本送り先ほどの話をもう一度添えれば、勝手に解釈してくれるのはありがたい話ですね」


 互いに顔を見合わせて、笑い声を上げるのをマリアンさんが不思議そうな表情で見ているぞ。

 宗教的な問題を政治目的で使うのは少し気にはなるけれど、エミルダさんが了承しているんなら特に問題は無いだろう。


 1か月も経たずに答えが返って来た。

 神皇国から12人の見習い神官が3人の神官に連れられてエミルダさんを訪ねて来たし、トルニア王国からは国王の使いがはるばる訪れて、見事な毛皮のコートをサディに進呈してくれた。

 返礼に銀塊1本を丸々使ったゴブレットを土産に渡したけど、これで東に余裕が出来たと言う事になるな。


「ようやく修道院の住人がやってきたのう」

「ですが、半数は保育園に向かうそうですよ。定期的に見習い神官を入れ替えて修行を積ませるそうです」

「単に修行を積むよりは遥かに住民の為になる。やはり教団に保育園の運営をすべて任せても良さそうじゃな」


 神官の下に見習い神官2人と娘さんを人数に合わせて雇えば良いだろう。援助は続けても運営に文句を言わなければ教団の布教にも役立つんじゃないか?

 教団が説くのは、人としての正しい道と言う事だから、ある意味道徳教育と言う事にもなるんだろう。

 それに加えて読み書きと計算を教えるなら、識字率を上げる事も可能だ。

 将来どんな人物が出てくるかが楽しみだな。


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