SA-125 クレーブル東の国境
交易船は制作は先行して模型作りからになったけど、失敗を防ぐには良い手であると思う。
とは言え、作るのに3か月もかかるなんて思わなかった。
考えて貰いたい事を纏めたメモを渡しておいたから、かなり変わった船ができあがるに違いない。
アブリートさんに後を頼んで、俺達は引き上げることにする。
お土産に、望遠鏡と方位磁石をいくつか渡しておいたから、東の監視所で使ってくれるだろう。磁石はともかく望遠鏡は監視用に十分使えるはずだ。
「明日は、帰るのじゃな?」
「ええ、一度東の国境の状況を見てからにしたいと思いますから、ウイルさんの砦で一晩お世話になります。オブリーさんの部下が先に知らせてくれるはずです」
東の国境の案内は、オブリーさんがしてくれると言ってくれた。
一番緊張している区域だから、俺達を不審者扱いされないとも限らないと言っていたけど、先行したザイラスさん達は問題なかったんだろうか?
「一生、海を見ずに終わる者もいるのであろうな。それを考えると残念な気もする」
「両国の仲が良ければ、旅もしやすくなるでしょうね。定期的な乗合馬車を走らせても良さそうです」
荷馬車を持たない行商人達がありがたがるだろう。
ザイラスさんに教えてあげようかな。
「帰ったら何をするのかにゃ? 今度は西って事かにゃ?」
「アルデス砦でのんびりしようよ。西はザイラスさんがいるし、重装歩兵達も砦にいるから安心できる」
少し状況を整理したいところだ。サディ達には退屈かも知れないけどね。
まあ、明日の国境視察は少しは退屈しのぎになるかも知れないな。
翌日は朝早く別荘を発って、街道を辿って港を守る城壁の外に出る。城壁伝いに東に向かうのだが、俺達のカナトルをここまで連れてきてくれたザイラスさん達に感謝だな。
草原には違いないが、かなりの荒地には違いない。
放牧には適しているだろうけど、農業には向かないかもしれないな。それでも、遠くで鍬を振う農民の姿がちらほら見える。
少しでも良い土地にしようと努力を怠らないようだ。
日差しは強いけど、カナトルの進む速度で風を受けるからそれ程汗が出ない。これでカナトルの歩みを止めたら汗が噴き出すんだろう。
所々にある背の高い灌木の木陰でカナトルを休めると、俺達は水筒に入れたお茶を飲む。
総勢10人にも満たない人数だけど、皆けっこう強いからな。ミューちゃんだって腰に片手剣を着け、石弓を背中に背負っている。王女様はフルーレだし、マリアンさんは例の両刃斧を腰の後ろに差し込んでるんだよな。
盗賊に気を付けてくださいと、レイノルさんに言われたけれど、俺達が盗賊に間違われそうだな。
この暑いのに、俺とミューちゃんは黒装束だしね。サディ達は騎士団の制服だが、黒いシャツはやはり暑いだろう。
「バンター、やはりこの装束は問題じゃ。援軍にやって来ても、暑さでまいってしまう」
「その辺りは、女王陛下に夏用の騎士団制服を考えて頂きたいですね。俺も、この格好を何とかしないといけませんから」
俺の言葉に同情した目でマリアンさんがミューちゃんを見ている。
さてどうしたものかを考えながら先に進もう。
昼を過ぎた辺りで国境線に着いた。
人の背丈よりも高い柵が南北に伸びている。30m程先に高さ1m程の柵が作られているから、一応2重柵と言う事になるな。
「ほう、早速やって来たぞ。我等の部隊並みか?」
「まさか、ラディさんの部隊なら、ここに来る前に察知してますよ」
マデニアム軍よりは遥かにマシだけど、トルニア軍の規律と部隊の能力も中々だからな。もう少し早い段階で俺達を察知して貰いたいところだ。
数騎の騎馬兵がやって来た。槍に長剣を下げているから騎士達だな。
俺達の傍に来たところで、馬から飛び降り騎士の礼をする。俺達も礼をして答えると、名乗りを上げた。
「シルバニア女王陛下、それにバンター殿御一行ですね。私は第1騎馬隊所属のバンデルです。お待ちしておりました」
「確かに俺達はその通りだが、待っていたとは?」
「ザイラス殿御一行が見えられたおり、バンター殿がやって来られると聞きました。迎撃戦で負けなしの戦上手と聞きましたので、是非ともお話をお聞きしたいと……。案内いたします」
そんな話で、俺達は騎士の案内で監視所の1つに向かう事になった。
監視所は荒野にぽつんと建った長屋みたいだ。屋根に櫓を作って数人が見張りに立てるようになっている。
周囲は荒地とは言え、なだらかな起伏がある。もう少し櫓を高くしといた方が良さそうだぞ。
監視所の一番大きな待機場所は広間になっているが、床は無く土間なんだな。
ベンチを勧められて腰下ろすと、従兵がお茶のカップを俺達に配ってくれた。
「前線ですので、おもてなしが出来なく申し訳ありません」
「荒野で頂けるお茶は何よりのご馳走です。ところで、このような監視所はいくつあるんですか?」
「南北に3つです。監視所間の距離はおよそ300M(45km)になります。監視所に1個中隊を配置して常時2個分隊が策に沿って偵察をしています」
こちらに張り付けているのは2個大隊のはずだから、後方に1個大隊以上が駐屯している事になる。
「ザイラス殿から監視所作りはバンター殿の得意とするところと聞き及んでいます。我等の監視所に不具合があるなら教えて頂きたく……」
今なら監視網を変更しても、対応ができるか……。
小さな机を持ってきてもらって、俺ならばと言いながら監視所と柵、それに監視台となる櫓の関係を説明する。
「先ずは、監視所の間隔がやや広く感じます。出来れば150M(22.5km)以下の間隔が望ましいと思います。監視所間の間隔が狭ければ互いに連携を取ることが出来るでしょう。
北のレーデル川近辺は、俺達の船着場と尾根突端の監視所がありますから、川から100M(15km)離れたところを最初の監視所にすることが出来ます」
監視所が3つから5つに増えるが2個大隊が使えるのだ贅沢な迎撃態勢が取れるだろう。
屯所の東側に石を積み上げ、屋根にも土を被せるようにアドバイスをした後で、最後に櫓の話をする。
「櫓が低すぎます。高いほど遠くまで監視出来ます。独立に櫓を組んだ方が良いでしょう。荒地とは言え起伏に富んでいますからね。櫓は敵の接近を知るとともに、その構成、奥行きまで確認する場所です。屯所の屋根では敵の接近を知る位でしょう」
そんな話をすると、頷きながら聞いてくれる。
今度の相手はマデニアムと士気が違うからな。侮ったりしたらとんでもないことになるぞ。
1時間程そんな話をしたところで、柵に沿って北上する。
俺達のクレーブル側の領地である船着場が遠くに見えたところで、今度は西を目指してカナトルを進める。
夕暮れ時にようやく街道に出た。
街道を北上すれば直ぐに石橋が見えてくる。南の砦に着いた時にはすっかり日が落ちていたが、砦周辺には俺達の為に篝火が焚かれていた。
砦の門を潜るとウイルさん自らが出迎えてくれる。
今夜はここに泊まって、ウイルさんと東の防衛線に着いて語り合う事になった。
「やはり通信器の習熟が問題だな。騎士見習いの子供達をアルテム村に派遣しているのだが、1個小隊規模ではしばらく掛かるだろう」
「年齢にもよります。子供なら簡単らしいのですが大人は中々覚えられないようです。俺も覚えきれませんが、ミューちゃんは簡単に覚えたようです」
「通信器の届く距離と言う事だな。それでかなりの数の望遠鏡を俺達に渡してくれたのか……。俺は爆弾が欲しかったのだが」
「ザイラスさんに渡してあります。トルニアが動き出したら直ぐに南の船着場で待機することになるでしょう」
俺の言葉に目を細めて頷いている。俺が爆弾を積極的に使わないことは、ウイルさんも知っているようだな。
東に展開しているのは2個大隊だが、港には常時1個大隊の陸戦隊が駐屯しているし、2年以上経た後で起こる戦ならシルバニア王国からの援軍は1個大隊は出せるんじゃないか? 東と西の守りなら1個大隊で十分だろう。俺達が民兵組織を持っていることもかなり役立つ。
「どこまで版図を広げる気だ?」
「出来れば、南の船着場を広げたいですね。トルニア軍が西に向かう時には、ニーレズム王国は無くなっているでしょう。クレーブルにはレーベル川の西を斬り取って頂きたい」
ウイルさんは単なる防衛戦と思っていたようだ。驚いて目を見開き、俺を睨んでいる。
俺も見つめ返したから、しばらくはにらめっこをしているような感じに思えたが、二呼吸もしたところで互いに笑い声を上げた。
ウイルさんが自ら俺のカップにワインを注いでくれる。
「ハハハ……。全く驚かされる。バンター殿の思いは、バイナム殿が国王に上申した内容そのものだ。聞かずとも分かるか」
「レーベル川の阻止能力は2個大隊に勝るでしょう。そこまでトルニア軍を引かせれば、クレーブルに大軍を送る事に躊躇するはずです。そこで1つ、俺の策もバイナム殿にお伝えください。その時になったらニーレズムとクレーブル間の石橋を破壊すると……」
今度こそ驚いたに違いない、ウイルさんの腰が半分浮きかけたからな。
「出来るのか?」
「出来るかどうかは別にして、俺達なら出来ると考えています!」
ゆっくりと椅子を元に戻してウイルさんは考え始めた。
石橋を破壊した場合の影響を考えているのだろう。多分商会ギルドの連中が反対するだろうが、俺達の王国を通して商品が流通するから、シルバニアには多大な利益があるんだけどな。
「少し待ってくれ。バンター殿の考えは確かに俺達の上を行く。バイナム殿や国王の耳に入れる必要もありそうだ」
「お願いします。かなり初期段階で行わねばクレーブルの領内が荒らされそうです」
トルニア王国が4倍の版図を持った時に、果たして意のままに動く軍隊がどれだけいるだろうか?
征服した王国の軍をどのように自分の軍隊に組み入れるんだろうか?
それも少し考えねばなるまい。
反乱対策として旧3王国の軍勢を磨り潰す事も考えられる。だが、それをやれば反乱の土壌を作るようなものだ。自分達の数個大隊の戦力で一斉蜂起した場合に対処できるのだろうか?
王国の版図が広がるのは、国王として喜ばしい事だろうが、それを統治出来ない要因を作るようでは、再びいくつかの王国に分裂しそうな気がするな。