SA-124 作りたい交易船
ワインを飲みながらグラフネン船長の話を聞く。
交易路は沿岸を辿るものらしい。東西にたくさんの王国があるらしいが、良い港は限られているようだ。
沖合に船を停め、小舟で積荷を運ぶことも多々あるように思える。
一気に沖に向かって船を進めないのか? そんな質問を投げてみた。
「ワハハ、おもしろい考えだな。誰もがそれを試みるが、直ぐに船を戻すことになる。やはり山での暮らしに慣れている言う事だな」
「方角が分らなくなるからでは?」
グラフネン船長は、俺の言葉にギョッとしたような表情を一瞬作ったが、直ぐに元に戻った。
「知恵者だとは聞いていたが、それほどとはな……。言われる通り、それが原因だ。周囲が全て同じ景色、そんな場所で方角を知る手立ては星と太陽なのだが、曇りや雨になるとそうはいかぬ」
船乗りは迷信深いとも聞いている。そんな連中だからちょっとした不安が伝染するのも速いに違いない。
「もし、天候に係わらず方角を知りえたら、不安を払しょくして先に進めますか?」
「ああ、そうなるだろう。だがそんな方法など思いもよらん」
冒険心はいまだに衰えないということなんだろうな。俺もいつまでも、そうありたいものだ。
「こんな物を作ってみました。役に立つと思うんですが……」
腰の小さなバッグから布に包んだ方位磁石を取り出して、船長の前に押し出した。
2人は戸惑ったように布包みを見ていたが、やがて意を決したかのように船長が両手を延ばして包みを開ける。
ガラスが上面を覆った中に小さな針がユラユラと揺れているのを見て、不思議そうな表情を2人が見せた。
しばらく見つめていた船長が、ハッと何かに気が付いたようだ。方位磁石を持ってガラス面を上に両手で持つと、リビングの中をあちこちと動き回る。
アブリートさんは、そんな船長と俺を交互に見ているだけだった。
やがて、ゆっくりと船長が先ほどまで座っていた席に着く。
「これは、なんだ? この針の矢印は常に北を向くぞ!」
「方位磁石と名付けました。周囲の方位のイニシャルで気付いたようですね」
「これがあれば、陸地を見て進む方向を確認せずに済む。夜の暗がりでも先に進めるぞ!」
「進呈しましょう。航海で使えるかを確認してください。それと、あの筒を覗いてくれませんか?」
望遠鏡を腕を伸ばして教えると、船長は小さく頷いて望遠鏡を覗いてみた。
ハッと顔を上げて俺を見たが、再び望遠鏡を覗きながら、今度は筒先を動かし始める。
夢中になって、望遠鏡を覗いていたがやがて、深いため息を吐くとテーブルに戻って来た。
席に着いた途端に、カップに残っていたワインを一息に飲み干した。
「魔道具なのか? 売ることが出来ればワシに譲ってくれるとありがたいのだが」
「あれは非売品ですが、これを今日の記念としてお渡しします。やはり、使えると言う事ですね?」
バッグから小型の望遠鏡を取り出して船長に渡した。直ぐに、望遠鏡を覗いて同じように大きく見えることを確認しているぞ。
パイプにタバコを詰め直して、船長が落ち着くのを待つことにした。
「全く驚かせる。この2つの値段が安かろうはずがない。ワシに出来る事なら協力するが、いったい何が望なんだ?」
「交易船です。ですが、港にあるような船ではありません。少し変わった船を作って頂きたい。それに乗る船員と船長の確保も出来ればお願いしたいのですが……」
俺の話を聞いている内に、船長の顔がだんだんと笑い顔になってきた。
俺がど素人だと思ってるんだろうな。確かに素人だけど、帆船の雑知識位は持っている。ある意味、カンニングして船を作るようなものだ。
「良く見れば、生粋のカルディナ人では無さそうだな。どこで育った?」
「かなり遠くの島国です。ちょっとした事でこの地に飛んでしまいました」
「トーレル殿がザイラス殿が飲んでいるところに落ちて来たと言っていたのは、そう言う事ですか。転移魔法の失敗は過去にも例があり教団が禁止しているのですが、バンター殿の王国の法律がそれを禁止していなければそうなるでしょうね」
俺達の話を黙って聞いていたアブリートさんが口を挟む。
「それでこんな物を作れるんだな。となると、船の知識もそれなりにあると言う事か……。だが、ワシは船大工ではない。明日にワシの知り合いの船大工を連れてくる。そいつに話をしてくれれば何とかなるだろう」
「建造費は十分に出せそうです。バンター殿の思う通りの船を作ってください」
掴みは出来たか。明日やって来る船大工が楽しみだな。
交易船で巡る異国の話を聞きながら、俺はパイプを楽しむことにした。
夕暮れが近付くと、2人は帰って行き、入れ違いにサディ達が港見物から帰って来た。
機嫌が良いところを見ると色々と珍しい物を見てきたのだろう。御后様は王家の別荘に一泊して帰るとミューちゃんが教えてくれた。
全員が揃ったところで、食事が始まる。
昨日と同じく魚介類がメインだが、普段シルバニアでは食べられないからな。皆、お腹いっぱい食べたみたいだ。
「明日はどうするのじゃ?」
「今日、やって来た船長が船大工を連れてくるそうです。もう1日はここで打ち合わせをしなければなりません」
「忙しそうじゃな。それなら我等も一緒にいよう。昼に乗せて貰った交易船は大きかったのじゃ。漕ぎ手が左右に20人も付くと言っておったぞ」
形はガレー船のようだが、漕ぎ手だけで40人とは予想よりも多いな。それだと、舵取りや他の甲板員等を合わせると2倍近い船員が乗ることになりそうだ。
船員の規模を半減すれば、それだけ長い航海が出来る。
その工夫を考えなければならないな。
食事を終えると、テーブルで、船のスケッチを色々と描いてみる。
船の長さと、横幅については法則があるのかも知れないな。マストも望遠鏡で良く見ると、2本の柱を繋いでいた。
真っ直ぐで長い柱を得ることが出来ないと見える。となると、船の長さも定尺の板の寸法から決まって来るのかも知れない。
これは、無駄を出さないための工夫なんだろうが、無駄を考えなければ長くできると言う事だろう。
帆桁は三角帆を使えば下に着ければ良い。ロープの巻き上げ機はこの世界にあるんだろうか? 無ければロクロを考えなければならないな……。
色々と考えることがありそうだ。明日が楽しみだな。
翌日の午後に、グラフネン船長が2人の同年輩の男を連れてやって来た。
テレファンと自己紹介した男は、リーダスさんと同じくドワーフだな。彼をも上回る筋肉質の体形だが髭と髪は黒々としている。髭を左右に三つ編みにしてるのはおしゃれなんだろうか?
もう1人はダムドネンと言うらしい。少し線が細く見える。どちらかというと力仕事というよりも事務方なんだろう。上品な服装で灰色の髪を短く揃えている。
シルバニア女王陛下が隣にいると聞いて、最初は恐縮していたが、サディは礼儀なんかあまり気にしないからな。少しずつ普段通りの話し方で、交易船の作り方を説明してくれた。
竜骨に板を張り合わせて作り上げた木造船は、船内が2階になっているらしい。
一番下には石を乗せて重心を下げている様だ。甲板のすぐ下が倉庫兼居住区になるようだ。
煮炊きは甲板の後ろにある小屋で行うらしい。多分船火事を直ぐに消しやすくしてるんだろう。煮炊きする小屋の屋根は平らで、船長たちはそこで指揮を執るみたいだ。
2本の帆柱は2本の柱をとちゅうで繋いだものだ。高さは15m程らしい。上下に帆桁を設けて四角い帆を張るのは、望遠鏡で見た通りだな。
「おおよそ交易船はこのような構造の船です。そうだ! 土産を忘れていました」
船長が身なりの良い男に目くばせすると、男が席を立ってリビングを出て行った。
やがて戻って来た男が持っていたのは、模型の交易船だった。
全長は50cm程だが、先ほど船大工が説明してくれたことが模型を見ると良く分かるぞ。
「頂いてよろしいんですか?」
「生憎と、こんな物しか思い浮かばなかった。昨日頂いた品と比べれば格段に見劣りするが、受け取っていただきたい」
船長は恐縮しているようだが、俺にとっては大変ありがたい品だ。
これで、俺の問題点が説明しやすくなる。
「少し変わった船を作っていただきたい。交易船がどんなものか分からなかったので依頼の内容を理解して頂けるかが心配でした……」
今度は、こちらの話す番だ。
交易船の全長は100Dを基本とする。帆柱は3本だが、1本は船首方向に斜めに設ける。これには四角い帆を張れるようにするが、他の2本は三角帆とする。
竜骨を張り出して、中央部分には長さ20Dの板を10D程下に伸ばす。
舵は船尾に設けて、ロクロ仕掛けを用いて、船尾部分に設けた櫓に取り付ける。
櫓は1階建てで、中は上客の居住区とする……。
俺の言葉に、船大工が唖然とした表情で聞き入っている。
後でメモを渡せば良いだろう。
問題は、彼がそんな船を作ってくれるかどうかだ。
「とんでもねえ船だ。しかも漕ぎ手が半分とは……、これでは、この港にだって接岸できないぞ!」
「先ほど、小舟で荷卸しをすると言ってましたから、接岸する必要はあまりないのではないでしょうか? それにこの船は見かけ以上に小回りが利きますよ。帆を加減することで接岸すら可能だと思います。漕ぎ手をほとんど必要としないのですが、万が一もありますから半減することにします」
「バンター殿は、この船を見たことがあるのか?」
「すでに廃れた形です。今はもっと変わってますけど、それをこの地で作る事は困難です」
さすがにエンジンは無いだろうからな。
帆を使わずに進む船だと言っても信じられないだろうし……。
「イブリート殿は値段は気にするなと言っていたが、今の話を形に出来るのか?」
「出来なくはない。船乗りが少なければそれだけ遠距離航海も出来るだろう。だが、これを乗りこなせる船長がいるのだろうか?」
「ここにいるだろうが……。俺の船を息子に渡せば済む事だ。昔の仲間を集めればとりあえずの船乗りは揃う。先ずは作ってみないか?」
そんな事で、目の前の模型と同じような模型を、先ずは作って貰う事になった。
確かに最初から本物を作るよりは良いだろう。
形にすれば色々と見えてくる物もあるはずだ。