SA-123 船長がやって来た
クレーブル王国の王宮で歓待をうける日々が数日続いたところで、俺達は王都を後にする。
港近くにある貴族の館を改装した俺達の別荘へと向かうためだ。
アブリートさんの用意してくれた馬車でオブリーさんとメイリーちゃんと共に俺達は街道を南に進む。
途中の町で一泊して、シルバニア王国との間にある石橋から南に延びる街道を進むと夕暮れ近くになって急に潮の匂いがしてきた。
街道が南に下がる坂道に差し掛かると、前方に大海原が見えて来る。
サディとミューちゃんは、目と口を開けたままで馬車の窓から海を見ているぞ。初めて見る海の大きさに驚いているようだ。
「大きいにゃ!」
「あの小さく見えるものが交易船なのか?」
サディの質問に俺は窓から海を眺める。
帆が白く膨らんでいるのは、たぶん交易船なんだろうな。2本マストだが、三角帆は使っていないようだ。
あれだと、風上に進めないと思うんだけどね……。
「あれでも全長が100D(30m)程あるんですよ。横幅は25D(7.5m)はあります。1か月以上航海して交易をするんです」
オブリーさんがサディ達に説明しているのが聞えてきた。
意外と小さい感じがするのは、俺の気のせいなのかな?
一度、乗せて貰いたい気がする。小回りの利かない船をどのように操船するかは興味があるところだ。
大きな港は立派な石塀で囲まれているのは、クレーブル王国の生命線だからだろう。規模は王都よりも大きいような気もするぞ。
まるで長城のように行く手を阻む石塀には立派な門があった。
門を潜っても街道が続いているが、港の街並みに入る手前の十字路で俺達は東に進むことになった。なだらかな丘に向かって道は続き、南側にいくつもの邸宅が立ち並んでいる。
別荘街っ手事になるんだろうな。俺達は一番奥にある周囲から少し離れた1軒家に入って行く。
鉄柵に囲まれた門は開かれていたが誰か住んでいるんだろうか?
玄関先のロータリーには小さな花壇が作られている。
ミューちゃんが目を丸くして見ているけど、俺達の砦にも作ってみようかな。そんな事を思わずにはいられないかわいらしい花壇だ。
俺達を乗せた馬車が玄関先で停まると、館の中から数人男女が姿を現して、玄関の片側に並んだ。
「ここが、国王陛下が女王陛下に贈られた別荘です。維持管理は全てクレーブル王国が行います。ゆっくりとお過ごしください」
オブリーさんはそう言って、先に馬車を下りる。
ミューちゃんとマリアンさんが後に続き、サディより先に俺が下りると、サディに手を貸して下りるのを手伝ってあげる。
夕べの内にマリアンさんから、しっかりと馬車の乗り降りを仕込まれたからな。
シルバニア女王とその夫ともなると、ある程度の礼儀作法を知らないといけないようだ。
ともすれば、サディは一番先に下りてしまうだろうし、俺は最後に下りる事になるからね。
「館を守る執事のレイノルでございます。侍女頭のメリクルと館に住まっております」
「ご苦労。よろしく頼むぞ」
サディに恭しく頭を下げた男性は、壮年を過ぎた感じがするな。頭に白いものも混じっている。それでも姿勢の良い長身の男性だ。女性は男性の妻なのだろうか? 同じ年代にも思える。少しやせた感じがする小柄な女性だ。
レイノルさんの案内でリビングに通され、とりあえずお茶を飲むことになった。
南の窓から港が良く見える。
なるほど、別荘地としては1等地だな。
ザイラスさん達が遅れてやってくるまで、のんびりと港を眺めて過ごした。
夕暮れが訪れる頃になってザイラスさん達が到着した。護衛だけでも20人だから泊まるのに苦労するかと思っていたら、随行人用の宿舎まで併設されている様だ。
館には馬車でやって来た俺達とザイラスさん夫妻が宿泊する事になるとレイノルさんが教えてくれた。
「ジルの実家はどうであった?」
「中々居心地が良かったです。当主は私より少し歳が上でしたが、隠居の先代と共に酒を楽しんで来ました」
「父も、山賊の話を聞いた時には、目を輝かせておりました。あのような父を見るのは久方ぶりです」
武人の血が騒ぐと言う奴だろうな。
だけど、当時の俺達はそれこそ死に物狂いで戦ったのだ。
「バンターに会いたがっていたぞ。その内、訪ねてくるかも知れんな。ところでいつまでこの地にいるのだ?」
「10日程厄介になろうかと思っています。交易船をじっくり見てみたいと思いまして……」
そんな事だろうと俺を見ている。
ザイラスさんにとっては退屈なんだろうが、それならやって貰いたい事がある。
「俺達は3日もすれば引き上げるぞ。王都でないなら俺達もいらんだろう。護衛は魔導士部隊で十分だ。それにクレーブルの治安に問題はあるまい」
「出来れば、シルバニアの王都に戻る前に、クレーブルとニーレズムの国境を見といて貰いたいですね」
直ぐに争いが起こるわけではないが、クレーブルの危機管理を確認しておかねばなるまい。
悠長な同盟国であれば、それなりの出血を覚悟しなければならないからな。
「分かったが……。直ぐ始まるとは思っていないだろうな?」
「早くて2年後ですよ。十分に時間があります」
ザイラスさんは黙って頷いてくれたが、ジルさんはまだ俺を見ているぞ。
「バンター殿は、今の体制では不足だと?」
「それが分からないからザイラスさんに見て貰うんです。俺も帰る前には見ておきたいですが、俺とザイラスさんでは見るものが違うと思いますから……」
一緒に行くよりは単独で行った方が、本人の経験と言うフィルターを掛けることが出来る。
ザイラスさんは騎士だから、騎馬戦を主眼に見てくれるだろう。
俺は防衛の要になる柵と監視所を見て来るつもりだ。
夕食は仲間内だから、マナーを気にせずに食べることが出来たし、港に近いから数年ぶりで食べる魚料理もありがたい話だ。
毎年何回かは訪れたい場所だが、維持費を全てクレーブル王国に出して貰うのも気が引ける。その辺りは、アブリートさんと調整したいところだ。
ザイラスさんがシルバニアの王都に戻ったところで、俺の楽しみを始めることにした。
リビングの窓の近くに三脚を置いて、望遠鏡を取りつける。
少し倍率が高いから手で持つと視界が動いてしまう。
窓から、望遠鏡で港と交易船を眺めながら、気付いた事をメモしておく。
「何かおもしろいものがありました?」
後ろからの声に振り返ると、オブリーさんが立っていた。
望遠鏡から目を離して、オブリーさんに振り返ると、ミューちゃんが望遠鏡を覗こうとしている。
背の高さが合わないから、三脚を縮めてあげると「ありがとにゃ!」と喜んでいる。
手持ちでは安定しないからな。監視所には三脚を用意すべきだろう。
オブリーさんとテーブルに向かう。テーブルではマリアンさんが毛糸を編んでいる。小さな品物だから。トーレルさんのところの赤ちゃん用かな?
「中々おもしろい物を見ることが出来ました。ところで、依頼した船長との会談は?」
「午後にやってきます。父が御后様を連れてきますから、私は父と一緒に女王陛下と御后様の護衛をして港を案内するつもりです。船長はアブリート殿が連れてくるそうですよ」
サディ達には退屈な話に違いない。のんびりと船について語り合えそうだ。
この世界の交易船がガレー船のような櫂を両舷に出しているとは思わなかったからな。
あれだと舵も方舷側に設えたものだろう。速度も出ない気がする。
御后様が訪ねて来たのは昼近い時刻だった。
どうやら港の料理店で昼食を取るらしく、ミューちゃんを含めて皆を連れて行ったしまったぞ。
俺1人でのんびりと望遠鏡を覗いていると、レイノルさんが来客を告げる。俺が窓際から離れてテーブルの傍に向かうと、アブリートさんが初老の男と共にリビングに入って来た。
「いかがですかな?」
「中々住みよくて帰りたくなくなりますね。それより、船長を連れて来て頂きありがとうございます。どうぞ、お座りください」
俺達が席に座ると、侍女がワインのカップを持ってきてくれた。
俺と来客の前に置かれたパイプ用の火種の入った小さな香炉のような容器に入った炭でパイプに火を点ける。
「こちらが、交易から帰って来たカルーアンのグラフネン船長です。……あちらはシルバニア女王陛下の伴侶であられますバンター殿です」
テーブル越しに手を伸ばして、互いに握手を交わす。
「カルディナ王国が滅んでも、直ぐに新たな王国が作られたことは知っている。ワシの孫達も元気で暮らしていると、つい最近便りが届いた」
「それは何よりです。女王陛下の元、暮らしを良くするために皆が働いてくれます」
グラフネン船長は、長年の海暮らしで顔は赤黒く日焼けしているし、頭はすっかり白くなっているが、猛禽類のような目が俺をしっかりと見据えている。
「シルバニア王国と言えば山裾の王国だ。ワシを読んだ理由が分らん……」
「我等の版図は銀山を持ちますが、いつまでも銀が採れるわけではありません。王国が豊かな内に、次の収入源を探したいと思っています」
「それで交易船という訳か? ワハハハ……。若者らしい答えだが、現在の交易を増やすには海外の王国の数が足りぬぞ。交易船の数はクレーブルの商会と国王の間で調整が取られている」
「それは俺にも分かります。ですから新たな王国を探して、その王国と交易を行う事を考えています。クレーブル、トーレスティ両国王の賛意も得ていますし、その為の資金もかなり集まっているようです」
俺の話を聞くと、驚いたように目を見開いて隣のアブリートさんに顔を向けて睨んでいる。
「バンター殿の言われる通りです。新たな交易路の確保は全くの未知数。商会がその資金を出すとも思えません。3つの王国が資金を出し合い、新たな航路の開拓を行う事に……」
「なるほど。ならワシがここに来る意味もあるだろう。何が聞きたい?」
真剣な表情を俺に向ける。
グラフネン船長も新たな交易路の開拓を考えていたんだろうか?