SA-122 サディと共にクレーブルへ
女王陛下を伴って隣の王国を訪問するとなると、色々と先方も準備が必要らしい。単なる気ままな訪問なんだけどね。
「少なくとも我が伴うとなればいた仕方あるまい。向こうは簡略化したとは言え貴族制度が残っておる。トーレスティの大使にしても晩餐会位は行わねば、自国の名誉に係ると思っているじゃろうな」
クレーブル王国からの正式な返書を持ってきてくれた使者も貴族らしいな。立派な馬車に乗ってやってきた。
俺が送った文書は外交辞令を省いた簡単なものだったが、サディを伴ってと書いたのがこれほどの騒ぎになるとは思わなかった。
「これでは何のためにクレーブルに向かうか分らなくなります」
「返書を良く読めば我等の要望の答えがある。港を見下ろす館を1つ貰えるらしい。叔母上の配慮じゃろうがありがたいことじゃ。バンターの計画にも合うのではないか?」
近くで船を見たかったが、港全体が見えるのも良いかも知れない。
俺用の望遠鏡を作っといた方が良かったかな?
予備があるから、固定用の三脚を作って貰おう。
「それで、日程は向こうに合わせて良いのじゃな?」
「俺は問題ないです。後は随行ですが……」
「トーレルが適任じゃが、そろそろ生まれる頃であろうな……。ザイラスで良いじゃろう。ジルの里帰りも兼ねられる」
随行はザイラスさんに騎士10人。マリアンさんが3人の魔道士を連れて行くようだ。その他にミューちゃんが加わる。
10程経ったところで、俺達は旧王都に移動する。
本来なら豪華な馬車を連ねたいところだが、そんなことに俺達は無頓着だからな。ザイラスさん達が馬に乗り、俺達はカナトルを使う。
かつての南の砦は現在クレーブル領だ。砦を守るウイルさんの歓迎を受けて一泊し、翌日にレーデル川の石橋を渡る。
南に延びる街道をそのまま進めば港に行くらしいが、俺達は途中の三叉路を右に曲がって進む。
前にも何度か訪れた町で一泊すれば、翌日には王都に着くことが出来る。
翌日、出発しようと、馬小屋のある西の広場に向かうと、豪華な馬車が2台停まっていた。
俺達の姿を見て馬車から下りて来たのは、アブリートさんだった。
小走りに俺達に駈けよるとサディの前にかしずいている。
「よくぞまいられました。女王陛下がカナトルでは、シルバニア王国を蔑む貴族が出るやも知れません。差し出がましく申し訳ありませんが、あの馬車をお使いください」
「世話になるぞ。伯父上殿」
クレーブル王国の王族と筆頭貴族が親戚だからな。蔑む者はいないと思うけど、形式と言うのも大事なのは理解できる。
だけど、俺達が利用するのはそれほど機会があるわけではない。
使うとしてもクレーブル王国にやって来る時だけだから、レンタル出来ないか後で聞いてみよう。
カナトルを町に残して、のんびりと馬車の旅を楽しむ。
盛夏だから結構な暑さだけど、窓から入る風はさわやかだ。
日が傾きかけたころ、俺達は王都の城門をくぐる。
綺麗な石チクリの街並みに沿って西に馬車が進むと、少しずつ家が大きくなりり、やがて貴族街に入った。
左右に大きな館が立ち並ぶ先には、巨大な王宮が見えてきたぞ。
王宮と町を隔てる鉄柵を越えると、噴水のロータリーを回って、王宮側の階段で馬車が止まる。
俺達が馬車を下りるとザイラスさん夫婦も馬を分隊長に預けて俺達の傍にやって来た。
石段の上からバイナムさんが数人の侍女を連れて下りて来る。ずっと俺達を待っていてくれたようだ。
「首を長くして待っておりましたぞ。さあ、私がご案内いたします」
「御苦労である。先ずは叔母上に挨拶せねばなるまいな」
バイナムさんと2人の侍女が先導し、俺達はその後ろに従う。俺とサディの両側をザイラスさん夫婦が固めている。後ろはマリアンさんとミューちゃんが並び、その後ろに魔道士のお姉さん、一番後ろはアブリートさんのようだ。
ふかふかの絨毯を踏みしめて奥に伸びる回廊を歩くと謁見の間に到着する。
「シルバニア女王陛下御一行の御到着!」
大きな扉が開かれると、青年の良く通る声が俺達の到着を居並ぶ王侯貴族達に告げている。
ん? クレーブル国王夫妻が段を下りて正面にいるぞ。
そのまま絨毯を歩いて行くと先導してくれたバイナムさんが横に向かい、貴族達の並びに加わる。
サディより1歩遅れるように国王夫妻の前に向かう。ザイラスさん達は
先ほどバイナムさんが移動した位置で止まっている。
国王夫妻の手前3m程の所で、サディが立ち止まった。一応夫にはなるがここは半歩下がっていよう。シルバニア王国の元首はサディだからね。
「お久しぶりです国王陛下」
「おお、あのサディーネだ……。立派になったな。苦労もしたろうが、これからの王国統治にはそれが役立つであろう」
そう言って、国王はサディに走り寄って肩を抱いている。
御后様は顔を伏せてハンカチで顔を覆って嗚咽を繰り返しているぞ。
国王がサディを解放するとサディは直ぐ様御后様に走り寄って抱きついている。
そんな光景を眺めていた俺に国王が手を差し伸べて来た。
「サディーネを頼むぞ。バンターであれば再び王国が侵略されることも無かろう」
「同盟関係を長く続けたいものです。こちらこそよろしくお願いいたします」
国王の手をしっかりと握り返す。
俺を満足そうに見ていた国王が不意に顔を上げると、居並ぶ貴族達に視線を移した。
「隣国シルバニア王国女王は我が后の姪にあたる。その女王と婚姻したバンターは我が一族に加わることになる。皆も安心出来るであろう。シルバニア王国の大軍師は我等の一族でもあるのだ!」
「「「オオォォ!」」」
謁見の間が割れるような歓声に包まれた。
クレーブルの統治を行う者達を簡単に紹介されて謁見の間での会見が終わる。
そのまま俺達は国王夫妻と共に別室に入ることになった。
少し大きな広間が謁見の間に隣接して作られていたようだ。
関係者を少しずつ絞れるように、いくつかの部屋があるのだろう。
国王に勧められるままに大きな丸いテーブルの席に着く。
国王とサディが隣同士だ。その左右に俺と御后様が座ったのだが、御后様が国王に何やら耳打ちしてるぞ。
国王は御后様に頷くと席を立って、サディの耳元で小さく囁いている。
サディが席を立つと先ほどまでサディの座っていた椅子に国王が座り直した。
「済まんな。后のたっての願いだ。ずっと心配していた姪が直ぐ近くにまで来たのだ。礼を欠くのは許して欲しい」
「御后様の優しさゆえんでしょう。それに俺はこういう場所の作法には疎いので、あらかじめお許し下さりますようお願いいたします」
俺達の後に10人程の貴族が夫人を伴って現れる。侍女の案内で済べての席が埋まったようだ。ミューちゃんもマリアンさんと一緒にザイラスさん夫妻の隣に座っているぞ。こんな場所は初めてなんだろうな、ジッと小さくなって下を向いている。
覆面はさすがに取っているけど頭の頭巾は付けたままだから、尻尾さえ見えなければ人間と変わらないな。
「ザイラス、妻とは上手く行っているのか?」
「毎朝稽古を欠かしません。すでに1戦を戦いました。シルバニアは良い場所です」
ザイラスさんが口を開く前にジルさんが報告したから、皆が下を向いているぞ。多分笑い顔を隠してるんだろうな。
だけど、それを聞いてバイラムさんが驚いた。
「トルニアがシルバニアに攻めっ込んだのか?」
「いえ、マデニアム王国内の農民蜂蜂起に合わせて、船着場の東にある尾根と街道の山越えした先にある砦を頂いたのです。その時に、ガルトネン氏と我等の領土を交渉したのですが……。その後、エイドールという指揮官が2個中隊を率いて来たのでちょっとした争いになってしまいました」
「バンター殿の長剣の腕を真近で見ることが出来たのも御后様のおかげです。さすがシルバニア軍と感心いたしました」
そんな事で、早春に起きた争いを披露することになってしまった。
最初は驚いていたが、途中からは皆で運ばれたワインを傾けながら聞いている。
良い暇つぶしって事だろうな。
「すると、エイドール殿の片腕を斬り落としたと言うのか!」
「鎖帷子を着けてはいたようですが、バンター殿の腕の前にはヨロイすら無駄なものと思われます」
バイラムさんに言葉を返したのはジルさんだった。
「相手はエイドール殿で間違いないな?」
「倒した若者を引き取りにやって来たガルトネン氏の言葉ではトルニア王国の末の王子と言っておりました。縁続きであるとも」
「ガルトネン殿の末の娘がトルニア王国の御后殿だ……。だが、その後に相互不可侵の書状を持ってきたと言う事は、その事を根に持たぬと言う意思表示であると我も思う。どうだバイナム?」
「それは、私よりもアブリート殿の考えを聞くべきかと……。それにしても、目の前に長剣を叩きつけられてもガルトネン殿をジッと見ていたとは大した胆力です」
実際には動けなかったんだけどね。世の中には物事を前向きに考える人が多いんだな。
「私も国王のお考えに賛同いたします。私が思うにガルトネン殿はバンター殿に敬意を払っているのではないかと」
「こいつとは戦をしたくないという思いだな。確かにバンターのいるシルバニアに攻め入るのはかなり難しかろうな。だが、そうなるとニーレズムの後が問題になる。バイラム、国難が来るぞ!」
「御意。我等一同、クレーブルの盾となる覚悟でございます」
何か、湿った話になって来たな。
ちょっとした小旅行の気分でやって来たんだけどね。
「俺達にも少し原因がありそうですから、後で個別にお話しをしたいと思っています。そうだ! 出来れば腕の良い交易船の船長に合わせて頂けませんか? ちょっとした品を持ってきたのですが、それを判断できるのは優秀な船長だけかと思いまして……」
俺の話を聞いて国王とアブリートさんの顔に笑みが浮かぶ。
国王自ら俺が飲んでいた銀のカップにワインを注いでくれた。
「思った以上の粒金が採れている。半年で交易船2隻の建造費用が手に入ったぞ。トーレスティ王国も諸手を上げて喜んでいるぞ。そうだ! バンターに贈って欲しいと、トーレスティ国王からの書状と木箱を預かっている。アブリート、後で別荘に届けてくれ」
国王の言葉にアブリートさんが頷いている。
そんなに嬉しかったのかな? あまり産業が無いとは聞いていたけどね。
「バンター殿。ワシから1つ聞かせてくれ。前の時には顔にその傷は無かったと思うのだが?」
「これですか? 実は、王都を開放するときに……」
バイラムさんはやはり俺の傷が気になったようだ。そんなわけで傷がどうしてできたかを離す羽目になってしまった。
ジルさんも初めて聞く話らしく、ジッと俺の話を聞いている。