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SA-121 国境から戻ってきた


 トルニア軍の侵攻から2か月が過ぎると、草原の芽吹きが一気に始まった。

 緑豊かな大地なんだから国民と共に小さな幸せを求めていれば平和な王国を築けたろうに……。

 ラディさん達の部隊が、マデニアム領内の状況を次々と報告してくれる。

 トルニア王国の軍政は犯罪には極めて重く罰したようだが、それ以外は穏やかな統治を行っているらしい。

 行商人に紛れた諜報活動も支障が無いと言っていた。

 気になるのは、砦の東に小さな砦を築き始めたことだ。距離はおよそ3km、俺達が街道を東に出ようとすれば直ぐにも分る距離だ。もう少し近場に作りたかったようだが、あまり俺達を刺激したくないと言う思いが見え見えなんだよな。


「この望遠鏡とやらは、もっと作らぬのか? これを使えば東の砦の監視兵の数まで分るぞ」

「確かに便利でしょうね。10個程作って、この砦にも何個か置いておきましょう」


 監視用と言うことであれば、尾根の監視所にも1個ずつ置いておいた方が良いだろうし、キューレさん達の部隊にも必要だろう。10個と言わず、もう少し作っておいた方が良さそうだ。


 トルニア軍が部隊を南方に移動したことを知って、砦の人員を少しずつ交代させていく。

 最終的には重装歩兵1個中隊とキューレさん達に任せておきたいところだ。

 重層歩兵は2個小隊に足りぬ数だったが、この砦で新兵訓練を引き続き行えば十分だろう。

 まだまだ槍も様になっていないが、石弓と長弓が使えれば守備兵としては十分に役に立つだろう。


 指揮官を誰かに託せば、俺達もこの砦を去ることが出来る。

 トーレルさん夫妻に頼もうとしたら、奥さんがおめでたらしい。

 急遽、ザイラスさんの推挙で、バルツさんが騎士1個分隊と共に俺達と交代することになった。

 

 カナトルに乗って街道を西に向かう俺達にバルツさん夫妻が石塀の上の監視用通路から手を振っている。

 ミューちゃんや魔導士部隊のお姉さんが手を振っているからそれに答えているんだろう。次の曲がり角を過ぎると2人の姿が見えなくなるから、俺も最後に手を振って別れを告げた。


「トーレルも夏には父親と言う事じゃな」

「どちらに似ても美人もしくは美男子になるでしょうね」

 、

 俺の言葉にサディは笑い出したし、マリアンさんは口を押えて俯いている。笑いが手元から漏れてるんだけど……。

 おかしい事を言ったかな?


「バンターは知らなかったな。確かにトーレルは美男子であることは認めるが……」

「奥方様に似たのですね。旦那様は、王宮に来ると分かると、サディーネ様はいつも私のスカートの中に隠れてしまったぐらいです」


 強面こわもてって事か? でも、それだったらお嫁さんに苦労したと思うんだが、美人の嫁さんが来たと言う事は、やさしい人だったんだろう。それにトーレルさんは正義感が強く、長剣の腕も中々というのは父親譲りだと俺は思うな。

 果たして、生まれる子供は父親にかそれともお祖父ちゃんに似るのか……。無難に母親似であれば良いのだが。


 そんな会話で盛り上がりながら1日掛けて峠道を越え、ふもとの砦に着いた。

 今夜はここで一泊して、トーレルさんと酒を飲もう。

 

 銀塊の受け取りでビルダーさんが砦に滞在していたので、遠視用メガネのレンズを注文しておいた。


「この注文にいつも疑問を持ってるんですよ。枠はいらないからレンズだけというのが私には理解できないんです」

「レンズのおもしろい使い方があるんだけど、軍事転用されると不味いから教ええるわけにはいかないんだ。20年はこのままで行きたいと思ってる」

「将来は教えていただけるなら、それで十分です。シルバニア王国の建国でも使われたのでしょうから、今の状況で広めたくないと言う事は理解できます」


 敵を観察するには便利だからな。

 直接人を殺す武器ではないが、戦を左右することも使い方次第では可能だろう。出来ればシルバニアだけの秘密にしたいが、俺達の次の戦はトルニアとクレーブルの争いに介入することになるだろう。

 数個渡しておけば、見張り台での状況監視が格段に良くなるはずだ。

 それに、交易船にも必要だろう。相手の船が武装しているかどうかを離れた位置で確認できる。

 無益な戦を避けることで、船員や積荷を失う事態を回避できそうだ。


 翌日早くに俺達の砦に向かってカナトルを進めた。

 街道を抜けて山道に差し掛かると北東の方角に白いお城のような砦が見えてきた。

 隘路を抜けて関所を越えると、途中に東に向かう道が見てきた。

 昔は荒地だけだったが、何度も荷馬車が往復し、兵士達の足に踏み固められたから、今では立派な道になって来たな。

 右に道をそれて砦への道を進む。坂を上りきると、砦の跳ね橋が見えてくる。

 

 砦の広間に入って、いつもの椅子にドカリt腰を下ろす。

 ほっとしてため息をついていると、ミューちゃんが従兵と一緒に全員分のお茶のカップを持ってきた。


「あまり我等の脅威にはならなかったのう。ちょっと大げさでは無かったか?」

「トルニア王国に、ガルトネン氏がいたのがありがたかったと言うところです。俺達が先に柵を作ったおかげで尾根を我等のものに出来ました。これが尾根を境にとなると、防衛が極めて困難になります」


トルニア王国がシルバニア王国の状況を知るのは殆ど不可能になったが、尾根の一部でも相手方に与えると、こっちの戦力が少ないことが丸わかりだ。

 どちらかというと見逃して貰った感じがしないでもない。 

 向こうが、残り2つの王国を侵略するための戦力低下を嫌ったと言う事だろう。

 それに、俺達の優位性をガルトネン氏は理解しているようだから、これ以上マデニアム領内に干渉しなければ、相互不干渉の状態が長く続くんじゃないか?


「となれば、トルニア王国は3つの王国を手中に収めることになろうが、我等は何もしなくとも良いのか?」

「この状態で十分でしょう。2個大隊を新たに作れば、東西を守れますし、クレーブルに援軍だって送れますよ」


 2個中隊は送れるはずだ。もっとも、第二次計画で更に1個大隊を作れば、更に大規模な増援を送れるし、兵站上重要なニーレズムのレーデル川に架かる石橋を攻撃することも可能だ。

 それが可能な部隊を持っていると言う事が俺達の一番の利点でもある。

 輜重部隊を襲うのではなく、石橋そのものを破壊してもおもしろそうだな。クレーブルの守りはレーデル川によって2個大隊にも匹敵する要害になるんじゃないか?


トルニア王国の侵略部隊がニーレズムからマンデールに移った時に、橋の構造を詳しく調べてみよう。

 となると、作る火薬の量をもっと増やさねばならないな。

 あまり作りたくはないが、作戦を考えると、どんどん増えてしまう。

 何か、別の手段も併せて考えなければなるまい。


・・・ ◇ ・・・


 夏に近付き、ラディさんからの報告も少し間を置くようになってきた。

 状況変化にとぼしいのだろう。

 そんな中で、ちょっと気になる報告は、トルニア王国から豪華な馬車が何台も王都に入って行ったことだった。

 有力な貴族が派遣されて総督となったのだろう。

 治安維持はかなり強硬に行っているから、表立っては平穏な暮らしを住民達はしているらしい。税の徴収も1年を免除したらしいから、農民の蜂起も収まったようだ。


「聞くだけでは、住民も喜んでいよう。だが、本当にそうなのじゃろうか?」

「祠を守る教団の神官にも、救済を求める住人は急速に減っているようです。マデニアム王国軍がニーレズム王国に逃走しましたから、屯所の食料庫を開放して施しを行っています」


 サディの問いに、ラディさんが答えている。

 そうだとしたら、アメとムチの政策そのものだな。やはり、占領後の住民政策をかなり研究している様だ。


「ラドネン殿がバンター殿に頼まれた量を作ったことを報告してくれと頼まれています。もう一方は荷馬車で運ぶと言っておりました」

「爆弾は早いところ分配した方が良さそうですね。樽入りの方は、ここから東にある監視所に運んでくれませんか。あそこなら誰も使いませんから安心できます。運び終えたら、入り口に、例えパイプでも火を点けて入るなと注意書きをしといてください」


「確かに、量が量ですからね。了解です」

 そう言って、広間を出て行った。

 火を近づけなければ安心だと言う事はラディさんは良く分かっているだろう。管理もお願いしたいところだ。


「爆弾を増やすような事を春先に言っていたな。ようやく出来たのじゃな」

「これでバルツさんも少しは安心できるでしょう。東西の封鎖線にカタパルト用の爆弾を10個ずつ、ふもとの砦に20個、ラディさんに10個渡して、残りはザイラスさんに10個を預けます」

「都合60個……。使う機会は限られるか」

「カタパルトも数台増やしませんと、レーデル川の南にある領土防衛は俺達の仕事ですよ」


 小規模の建屋が数軒だけど、立派な領土だからな。しばらく時間がありそうだから、城塞都市風に工事を行っても良さそうだ。

 ありがたい事に資金に不足は無い。


 10日程経ったところで、ラドネンさんが望遠鏡と方位磁石を持ってきてくれた。望遠鏡が25個に磁石が5個と少ないけれども、これはこれで役に立つ。


「望遠鏡は尾根の監視所と東の砦に贈るのじゃな。少し多くは無いか?」

「監視所と尾根に2個ずつ渡します。キューレさんの部隊も5個を渡せば良いでしょう。1個をミューちゃんに渡せば残りは9個。その内の5個と方位磁石5個を持って、クレーブル王宮を訪ねてみませんか?」

「手土産にするのじゃな? クレーブル国王も喜ぶじゃろう。出来ればもう1個を我に貰えぬか? 王女の土産にもなるじゃろう」


 狼の巣穴や烽火台を案内したらしいから、その時に覗かせてあげたのかな?

 それなら欲しがるだろうな。

 オモチャみたいな簡単な物だが、それでも遠くを見ることが出来る。

 


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