SA-012 重装歩兵は手強いらしい
ジッとアジトで襲撃の機会を待つこと4日。
待望の穀物輸送の荷車の列が、街道を東に向かうと言う知らせをラディさんが持ってきた。狩りの獲物を持って近くの村まで行って来たらしい。
「荷車の数は55台と聞きました。バンターが前に襲撃の手筈を説明した通りの編制です」
「すると、2個小隊という事だな?」
「いえ、村に滞在している兵隊の数は3個小隊です」
ラディさんの言葉に俺達は顔を見合わせた。ちょっと多すぎるんじゃないか?
「バンター、どうだ?」
「農民に少し手伝って貰いますか? 石弓なら彼等にも使えるでしょう。崖の上の石弓を増やします。それと、【メル】を使える者が廃村にいれば助かります」
「廃村の石弓は12丁だ。【メル】は2人程使えるのがいるぞ。だが、人間族だから精々8回だな」
「十分です。明日には街道を進んでくるでしょう。廃村に使いを出し石弓部隊の半数と【メル】が使える者を連れてきてください」
ザイラスさんが直ぐに分隊長に指示を出してくれた。
これで、崖の上が充実する。
「再度、襲撃の確認をします。増えた石弓隊はラディさんが指揮してください。初段で1個分隊を潰せるでしょう。生き残りはザルトスさん達に任せます」
分隊長達が運んで来た地図に再度駒を落して襲撃の手筈を確認する。荷馬車の8割を逃がして、残り2割を俺達が頂くのだ。
欲張ればもう少し何とかなりそうだが、無理は禁物だ。
「敵の部隊が多いので、誘いを掛けます。足の達者な者3人を連れて、ここでラディさんに待ち伏せして貰います……」
街道南側の崖下から石弓を射る。1人は倒せるだろう。
敵は注意をするだろうが、街道の周囲を全て監視しながら進む事は不可能だ。
2回も攻撃すれば、追い掛けては来るだろうが深追いはしないはずだ。それよりも、先遣隊を荷車の前、数百mに出すだろう。被害担当の部隊だから、周囲の監視に神経質になるだろうな。歩みは途端に遅くなる。2個分隊を使ってもあまり変わりはないだろうな。
「守備兵を分散させるのだな? 中々思い切った方法じゃ。そうなると、我らも街道の崖下に隠れる訳には行かぬぞ」
「崖から離れた森近くになるでしょう。街道に出るのが面倒ですが、崖の上に注意が向いていますから、忍び寄るのは容易かと」
「後はこの間の襲撃順序というわけか。崖から岩と火炎弾で攻撃して立ち止ったところに石弓を使う。西側の荷車は立ち止るが、東側の荷車は一目散に街道を東に逃げるだろう。後続の1個分隊が荷車の前に出ようとしても、崖の上から石弓で攻撃される訳だな」
「はい。守備部隊の注意は崖の上、俺達が南の森を出るのは容易かと」
「我の方もそれで十分。騎士が15人はおる。我等7人にバンターで丁度2個分隊の戦力。槍衾で近付き、向かって来れば石弓と火炎弾で片付ける」
「注意すべきはザイラスさんの方です。万が一にも東に逃げ出した守備兵が帰って来ると挟撃される可能性があります。それはラディさん、十分に監視していてください」
「了解だ。俺達の足を良く知っているな」
ネコだもんな。生まれながらの狩猟民族に違いない。待ち伏せはネコの最も得意な獲物の捕り方だ。
「最後に、敵の数が多い。相手が優位と思ったら迷わず長剣を使え。ただし、抜いた場合は見た者全てを殺すのじゃ!」
騎士達が重々しく腕を胸に当てて頭を下げる。あれが騎士の礼に当たるんだろうな。けっこう様になってる。俺もやってみようかな。
「では俺の一族で誘いを掛ける。終われば街道の崖の上の岩場に向かう。落とせる石は準備が出来てるから、そこに向かえば良いだろう」
「済みません。危険は冒さないでください」
俺の言葉に軽く手を振って、外出て行く。荷馬車の列は明日の朝早くに出掛けるのだろうが、早めに出発して準備を始めるみたいだ。
明日の準備が出来たところで食事を取って早めに眠る。
こっちの世界の連中は比較的早く寝るんだよな。その分朝が早いから、健康的ではあるんだが、朝日が昇る前に皆起きてるんだから、最初は驚いたものだ。今では俺も少し早くに起きられるようにはなって来たけど、それでも最後まで寝ているのは俺みたいだ。
翌日は隣の広間から聞こえる物音で目が覚めた。
急いで仕度を整え、石弓を背負って片手剣の槍を持つ。
広間に行くと、皆が揃って食事中だ。急いで顔を洗って席に着くと、スープと焼いたハムが挟んであるパンが出てきた。
2つあるのは、お弁当用なんだろう。布に包んでバッグに入れておく。
「ゆっくり待てばよい。ザイラスは昼過ぎにはやって来るだろうと言っている」
「バンターの剣はまだできておらぬ。念のためにこれを背負っていけ!」
リーダスさんが俺の前に出したのは、細身の剣だ。これって、刺突剣とか言う奴じゃないか?
「フルーレとは……。まあ、確かにバンターには丁度良いかも知れぬ。それは、儀礼用の剣ではあるが、王宮ではよく見かけるぞ。……けっこう良い品じゃ。これなら我が使えば鎖帷子位は突き通せる」
俺にはどうだろう? 貰えるんなら頂いておこう。早起きは三文の得って言うけど、本当なんだな。
イザとなったら槍を投げても、これが使える。片手で扱えるから、魔法で身体能力を上げておけば、何とかなるんじゃないかな?
食事が終わるとお茶を飲みながら、荷馬車の列が来るのを待つ。
3個小隊と言っていたけど、中途半端なのが少し気にはなるんだが……。
騎士達の木剣を打ち合う音が外から聞こえて来る。分隊長の判断で長剣を使う事をザイラスさんが許可していたから、騎士達の士気も高そうだ。
でも、接近戦に持ち込むって事だから怪我だけはして欲しくないな。
音が聞えなくなってしばらくすると、広間に通信兵が駈け込んで来た。
「来ました。2分隊が先行しています!」
「行くぞ!」
王女様が席を立って俺達に指示する。
「「「オオォ!!」」」
得物を持って席を立つ。外で訓練していた者達は、すでに跳ね橋を駆けだして行った。
俺達も急いで彼らの後を追う。
街道に下りる崖の上に数個の石が置いてあった。太い丸太が傍にあるからあれで転がすんだろう。
そんな石の傍にラディさん達が腰を下ろしてパイプを楽しんでいた。
魔導士が3人に石弓が10人以上だから、足止めと注意を引きつけるには十分だな。
「2個分隊が先行しているぞ」
「烽火台から教えて貰いました。見つからないようにやり過ごしてください」
俺言葉に笑いを浮かべて手を振ってくれた。
それ位は、分かってるって事だろう。
「最後の荷馬車の前の護衛達に石を落すぞ!」
俺に向かって崖の上から声を掛けてきた。振り返って頭を下げ街道を西に向かって進む。
ザイラスさんは、石の投下地点から少し離れた場所まで東に移動して森の手前の藪に潜むようだ。
西に向かって300m程歩いて南への斜面が少し緩くなった場所から俺達は森に入った。街道まで50m程の距離だが、鬱蒼とした茂みが俺達を隠してくれるし、今回の覆面は黒だか街道から目立つことは無い。
マリアンさんが覆面用の布を赤と黒の布を張り合わせてくれたから、使い分けができる。
背の高い草を潰してその上にドカリと座り込んだ。
まだまだ荷馬車は来ないだろうから、今の内にお弁当を食べて、火の点いていないパイプを咥えた。
葉だけ詰め込んでも、ハーブ系のタバコの葉は十分に香りを楽しむことができる。
「バンター、先遣隊じゃ!」
小声で教えてくれた王女様に小さく頭を下げて、藪の切れ目から街道を覗きこんだ。
20人ほどの兵士が街道を歩いて来た。先頭の5人が槍を構えているが、何となく持ち方が不自然だな。普段槍を使わない部隊なんだろうか?
「チッ! 奴らは重装歩兵じゃ。1個小隊多いのは、徴募兵2個小隊に重装歩兵を1個小隊付けたようじゃ」
王女様の呟きに、歩兵を良く見ると、鎖帷子の上に部分的な金属板を付けている。持っているのは、片手剣に丸い盾だ。
なるほど、今までに相手にしてた兵士は革ヨロイだったからな。これはちょっと厳しいかも……。
先頭の部隊が街道を東に去ってからしばらくして次の兵士達が俺達の前を通りすぎる。後ろには荷馬車の列が続いているぞ。
先遣隊がいるので安心しているのか、歩みがバラバラだ。談笑しながら俺達の前を通り過ぎる。その後はガラガラと車輪の音をまき散らしながら荷馬車が通って行った。
兵士達の靴音と荷車の車のきしむ音が何度か通り過ぎると、最後にたくさんの乱れた靴音が聞えて来た。
藪の切れ目から街道を見ると数十人の男達が4つの塊を作ってゆっくりと歩いている。どうやらあれが殿(殿)のようだ。
少し多すぎる気がするけど、狭い街道での戦いは崖の上を取ったものが勝ちだからな。
俺達は敵の半分だが囲まれる心配は無い。一度に斬り結べるのは精々数組が良いところだ。それだって起きない可能性もある。互いに槍を持って牽制し合えば、飛び出した奴は槍で刺されてしまうからな。
やがて、兵士達の姿が曲がり角の向こうに消え、足音も遠ざかっていく。
少し待って、後続の部隊が来ない事を確認すると、俺達は藪から姿を現して街道に近付いて行った。
緩やかな斜面をハシゴで素早く騎士達が上り、俺達を引き上げてくれる。
「手筈通りじゃ。リーゼル、長槍を持って先頭じゃ。バルツは5人でその後ろじゃ。3人を殿に付ける。万が一にも、もう1部隊がやって来ると不味いからな。後列は石弓、その後ろに魔導士じゃ」
素早く王女様が隊列を組み立てる。殿は3人の内2人が弓兵だから、場合によっては俺達の援助もできそうだ。
各自が魔法で身体能力を上げる。これで少しは動きやすくなるだろう。
重装歩兵ならこの魔法は必携らしいが、一般の歩兵は使うものがほとんどいないらしい。俺はタダで魔法を体に刻んでもらったが、ふつうはお金を出して行って貰うものらしい。けっこうな値段らしいから一般兵士が貰える給料では無理って事なんだろうな。
バルツさんのところの若い騎士に俺の槍を貸してあげた。少しでも長い方が槍衾を作る時に便利だろう。
石弓の弦を引いて、ボルトをセットしておく。
これで、少なくとも1人を対峙した時に直ぐに倒せるはずだ。
遠くで怒鳴り声がする。
始まったようだ。俺達は隊列を崩さぬように足を速めて街道を東に向かった。