SA-116 俺達も東に向かうぞ
数日が過ぎると、マデニアム王国と周辺の王国の状況も少しずつ見えてきた。
やはりラディさん達とタルネスさんの行商人繋がりは侮れないな。
マデニアム王国内だけでなく、トルニアや遠くのマンデール王国の状況も見えてきた。
「すると、マンデールはニーレズムへ1個大隊を救援に向かわせたと言う事か?」
「我が故郷であるクレーブルに再び侵攻しようと言うのでしょうか?」
ザイラスさんは驚いているけど、あの3王国は縁戚関係が根深いからだろうな。
ジルさんも心配そうに地図を覗き込んでいる。
「クレーブル侵攻は、現状ではありません。マデニアムの農民が蜂起した事を伝えてありますから、ニーレズム国境の柵を補強して2個大隊を展開している筈です。ニーレズムとしても自国の防衛部隊を派遣することは出来ませんから、マンデールと自国の1個大隊、合わせて2個大隊がマデニアム王都への援助部隊になるでしょう」
3個大隊をカルディナ領に派遣する前なら、マデニアム領内の民衆蜂起を簡単に鎮圧することも出来ただろう。
王都を守備する兵士の多くも農家から無理やり徴兵してきた兵士らしい。
何時、民衆側に寝返るとも限らないだろうな。少しは昔から仕えてきた軍人もいるのだろうが、果たして彼等がいつまで手綱を握っていられるかが問題だ。
「ニーレズムの2個大隊は西に向かっているようですが、これはマデニアム王国への街道を進んでいるからです。明日には北に進路を変えるでしょう。それに、レーデル川を渡る橋は1つですからね。この橋を渡ればクレーブル王国への野心ありと考えねばなりません」
とは言え、クレーブルへの街道に架かる橋を渡ればクレーブル領内に2日で到達する距離だ。ニーレズム王国で海に注ぐレーデル川は、かなり川幅も広くなって対岸まで300m程あるらしい。
2個大隊が輜重部隊を率いて石橋を渡るには、それだけで1日掛かりになるんじゃないかな。
「かなり急いでいるようじゃ。王都の陥落はさほど時が掛からぬと言う事か?」
「そうです。軍の寝返りというか、瓦解を恐れているんでしょうね。トルニア王国はその騒乱が静まってからと言う事でしょう」
騒乱の最中なら攻撃する敵を明確に出来ないだろう。下手下に民衆を殺戮したら後の統治が難しい事になる。
マデニアム王国の具を繰り返さないと言う事だろうな。だが、その考えは俺達にとっても都合が良い。それだけトルニア王国との直接戦闘の危険性を少なくできると言うことだ。
「準備は出来ておるのか?」
「柵作りの準備があまり進んでいませんが、これはトルニア軍が東に目を向ける前に作れば良いですから何とかなるでしょう。それよりも東にあるふもとの砦です。王都が気にはなっているようですが、依然として2個小隊が駐屯しています」
まさかこれほどいるとは思っていなかったな。
俺達がマデニアムに攻め込むのをかなり気にしていたようだ。尾根越えの街道の峠から東にはいくつもの障害を作っていたが、これはすで撤去して柵作りの材料にしている。
残っているのは砦から南北に伸びる柵だが、このまま使えそうなので残してある。
「我等も峠の広場に移動した方が良いのでは?」
「そうじゃのう……」
トーレルさんの言葉にサディが俺に視線を移す。温くなったお茶を飲んで誤魔化そうとしたが、まだ見ているな……。
「まだ王都に住民が雪崩れ込んでいません。その時に東の砦がどう動くかです。それを待ってからでも十分ですよ」
「だが、ザイラス達は帰って来ぬぞ!」
サディが怒ってるけど、ザイラスさんは現場の人みたいだな。じっくりと待つにしても現場で待つタイプだ。まだまだ寒いんだけど、風邪をひかないかと心配になって来たぞ。
「そんなに長くは無いでしょう。王都を囲む民衆は食料をそれ程持っておりません」
サディを慰めるようにトーレルさんが言っているけど、王都周辺の町の倉庫にはまだまだ食料がありそうな気がするな。
それが無くなった時に、一気に事態が進展しそうな気がするぞ。
「矢やボルトは運んでいるんでしょうね?」
「各自が2会戦分、それと矢も弓も3千本を運んでいます。明日にはさらに2千本を届ける手筈ですから、矢が尽きるという事にはならないでしょう」
この時代の遠距離攻撃手段だからな。
長剣や槍で相手をするより、遥かに安全に戦える。
「我とミューも参加するぞ! ところでその顔の傷は何時で北のじゃ? 前は無かったはずじゃが」
「王都で斬り結んだ時です。長剣の斬撃を避けようとしたんですが……」
気付いていなかったのか? 一番目立つような気もするけど、【サフロ】で直ぐに傷口を塞いだが、上手くくっ付かなかった様だ。額から頬にうっすらと線が残ってしまった。
「相変わらずじゃな。あまり前に出ぬようにするのだぞ。バンターがおらぬと孤独な女王になってしまう」
再婚は考えないって事か? それも問題がありそうだが、マリアンさんも旦那を無くしてるんだよな。それからずっと独り身だ言う事は、この世界は再婚の考え方が無いって事なんだろうか?
「今度は後ろにいて貰いますよ。前はザイラス夫妻に任せましょう」
トーレルさんの言葉に俺達は笑みを浮かべる。
あの嫁さんだからな。トーレルさんより相手を倒す数が多いんじゃないか?
その夜。光通信機で知らせが届いた。
峠の街道の出口にある敵の砦から、兵員が引き上げて行ったらしい。
その知らせを受けて、ラディさんに砦の様子を探る様に指示を出す。
動き出したようだ。王都を支えるために国境の砦の守備兵さえ引き上げるとは、王都がかなり深刻な事態に陥っていると言う事だろう。
「我等も動くのか?」
「ラディさん次第です。砦の兵がほとんどいなければ無血入城になるんですが……。そうなれば現在街道の広場で待機している連中を砦に移せます」
一気に杭を打てそうだぞ。後々の地図作りのためになるべく南北がずれないように柵を作りたいものだ。
ふもとの砦で光通信で伝えられるマデニアム王国の状況を地図に落とし込んで全体を眺める。
ニーレズム王国の軍が王都に迫っているようだが、民衆を相手に戦端を開いてはいないようだ。
狙いは王侯貴族の救出というところか?
蜂起した連中の指導者と上手く調整を図っているのかな。
かなりの譲歩をしなければならないだろうが、そもそも自国を棄てる事になるのだから、持ち運べる財宝は殆ど持って行くんだろうな。
その後は王都の略奪って事になるんだろう。奪ったとしても、直ぐにトルニア王国の収奪に合うとは思ってもいないはずだ。
さて、柵を作る準備をしておくか。
既存の柵を利用しない手は無いが、少し時間を貰えそうだ。
砦の石塀から東に2M(300m)に杭を打って、磁石を使って南北にもう1本ずつ杭を打つ。
この3本の杭が重なるように杭を打って行けば南北に連なる柵が出来る。20D(60m)柵は砦から街道をまたいで北に伸ばす。
手前の柵を利用して街道に関所を作ればシルバニアに入国する者や荷物を調べることが出来る。
簡単な図面を描いておけば、向こうで苦労しないで済むからな。
明け方に、通信兵が広間に飛び込んで来た。
テーブルに体を投げ出して寝ていた俺は、従兵に体を揺すられて起こされた。
「マデニアム側のふもとの砦を我等の物にしたとザイラス殿より通信です」
「分かった。全員を起こせ! 俺達もマデニアムに向かうぞ」
急いで柵作りを始めねばならない。今なら邪魔者はいないからな。
次々と戦支度をした者達が広間に集まって来た。トーレルさんやサディも出掛ける格好をしてるんだけど、その間の王国の統治はどうするんだ?
「いよいよじゃな。我も一緒じゃ。王国が手薄になるからトーレルに代理を頼むぞ!」
トーレルさんがポカンと口を開けているのは同情できるな。
だけど、誰もいなくなる方が問題だから、サディがキチンと代理者を宣言しているなら問題は無いだろう。
「分かりました。ですが、次は女王陛下は自重してください」
「無論じゃ。今回はマデニアムの侵略に対する賠償を取り立てるに過ぎぬ。トルニアとの戦になればトーレルの任せる他あるまい」
確かに、春を過ぎるまでは大きな戦にならないはずだ。
サディとしては東の国境線を確認したいと言う事なんだろう。向こうの砦に置いておけば危険も少ない。
トルニアの出方を見てトーレルさんと交替しても良さそうだ。
トーレル夫妻の見送りを受けながら機動歩兵2個分隊と魔導士部隊が15台のソリに分乗して街道を東に向かう。カナトルの歩みは馬よりは遥かに遅いが、歩くよりは速い。昼過ぎには山越えができるだろう。
「この辺りは覚えておるぞ。やはりあの時代が懐かしいのう」
「皆、希望に満ちてましたからね。ですが今希望に満ちているのは我等が王国の国民です。俺達はそれを叶えるべく努力しなければなりません」
「それじゃ! 我等は皆、書類の山に囲まれるよりはこのように動いているのが良い。やはり代理者を探すのは急務であろうな」
努力はするが、現場でやるって事か? とても一国の女王陛下の発現とは思えないけど、ザイラスさんやトーレスさんにしてもそうなんだろうな。
とは言え、急に見つかるとも思えない。下手にクレーブル王国に頼んだらいつの間にか王国の実権が奪われそうだ。
やはりお目付け役と代理者って事になるんだろうか?
お目付け役ならマリアンさんが適任なんだけど、いつもサディと一緒だからな。
思い切って、エミルダさんはどうだろう?
クレーブルの元王族だけど、神官となっているからあまり過激な事もしないだろうし、自国に有利な政策誘導も行わないんじゃないかな?
それとも、サディの言うように、クレーブル王国御后様に頼む事になるんだろうか?
それは、サディが考えて欲しいな。ザイラスさんとマリアンさんが同意するなら問題なさそうだしね。