SA-112 不良分子の処分
マデニアム王国の投降兵達はお土産を受け取って故郷へと帰って行った。
アルデス砦近くには彼らが運んだ石が山のようになってしまったが、これはこれで色々と使えそうだ。
その石を数学者の卵達が運んで、測量点の基礎を作っている。東西南北を磁石を使って正確に出しているから、きちんとした基台が作られるんだろう。
その上に乗せる銅版はリーデルさん達がすでに作り上げている。
測量機器の使い方とデータのまとめ方は教えておいたから、北の村とミクトス村、それにアルデス砦の周辺を測量して、機器の操作方法を学べば良い。2組あるから、基台から砦に向かうチームとミクトス村に向かうチームを作り、一回りしたところで値を比べてみれば互いに精度を競えるだろうな。
カナトルが引く小さな荷車2台にキャンプ道具と機材を積んで2方向に向かっていくのをカナトルに乗って見送った。
3つの王国の地図が何年で完成するかが楽しみだ。
それでも、200mも離れたところで、早速荷車を止めて測量を開始したぞ。
基台の真ん中には高さ2m程の棒が立っている。白と赤で1D毎に塗り分けてあるのだが、これを使えば測量点の高さの違いが分かるはずだ。荒地はいくつもの丘になっているから、その丘の形が見えればシメタものだ。
彼等に頭を下げると、砦に戻る事にした。
どうにか工事を終えた砦は、白い石を外側に使ったから、景色の中に浮き立つように見える。小さな作りだけど、正しく御伽話のお城って感じがするな。
跳ね橋を渡って中に入ると、カナトルから下りて衛兵に手綱を渡す。
兵舎の壁を利用してラディさん達が手裏剣の稽古をしていた。数m離れた人物を倒すには一番手ごろだからな。本来は俺も練習しないといけないんだろうけど、一応指揮官と言う事で免除して貰っている。
ラディさん達に片手を上げて挨拶しながら通り過ぎると、正面の玄関に入る。前の館はそのまま広間になっていたが、今度の館は玄関を入ると左右に伸びる通路がある。3mに満たない通路越しにある扉を開くと広間になるのだ。
誰もいない広間には、灯り用に照明球が2つほど天井付近に浮かんでいた。
魔導士がたくさんいるから、こんな時には便利に使える。
のんびりとパイプに火を点けて、席に着くとメモ用紙を前に考えをまとめる。
ミューちゃんがお茶を入れてくれたけど、やはりコーヒーが欲しいところだ。今度タルネスさんが訪ねて来たら、クレーブルの港に行ってコーヒーを探して貰えるように頼んでみようかな。
「今度は何を作るのかにゃ?」
「簡単なテントだよ。ラディさん達があちこち出掛けているけど、必ずしも宿に泊まれるとは限らないだろう? それに寝袋も欲しいところだな」
テントはあるんだが、布をただ被せるだけだから、前後に大きな開口部が出来てしまう。それを布で閉じれるようにするだけでも寒さは凌げるはずだ。
ネコ族の狩猟の旅では大きな三角テントを使うらしいけど、移動するのにかなり苦労している様だ。
寝袋は毛布を丸めて縫うだけでも良いだろう。下に毛皮を敷けば暖かいし、湿気も遮断できる。夏場ならハンモックも良いんだけどね。
数人分を纏めて厚手の布で包み、棒を通して前後で担げば山歩きでも問題は無さそうだ。
機動部隊の野営用具もこれで何とかできるんじゃないかな?
何とかまとめて、商人がやって来たら渡せば良いだけになった。
後は機動歩兵とラディさんに渡せば改良点が見えてくるだろう。部隊配置はその後で良い。
夕食は広間で取ることがこの砦の習慣だ。
テーブルを片付けていると、機動歩兵が来客を告げに広間に入って来た。
「ザイラス長官ご夫婦です」
「マリアンさんに来客を教えておいてくれ。女王陛下にもだ」
サディが騎士団装束にサークレット姿で俺の隣に腰を下ろした時に、広間の扉が開かれて、どこの戦場に出掛けるのか? と質問したいくらいに軍装姿が似合っている2人が入って来た。
「女王陛下にはご機嫌麗しゅう……」
「止めておけ。背筋が痒くなる。今まで通りで十分じゃ。それより用件は何じゃ?」
確かに気になる来訪だ。王都で民衆の総スカンを食ったのだろうか? 2人ともまじめな性格だからな。
「たまには女王陛下とバンターの顔を見たいと思ってな。山賊時代の話をしたら、ジルがどうしてもゆっくりと話をしたいとせがまれたせいもある。
王都の不良分子の措置も一段落したから、昔よりは活気が落ちるがそれなりに暮らし良くなったようだ。住人にも笑顔が戻っている」
「それは何よりです。ちなみに不良分子の措置って?」
「3つの区分を作って、マデニアム時代の悪行を分別している。町役と訴訟人を立ち合わせているし、奴らの言い分も聞いているつもりだ。一番重いものは3王国追放とした。クレーブルやトーレスティも迷惑だろうからな」
追放刑が一番重いらしい。背負えるだけの荷物と銀貨5枚で追い出すらしいが、クレーブルからニーレズムに向かうものがほとんどらしい。
2番目は家財の没収の上、北の砦で銀鉱山の労働3年と言う事だ。3番目は家財の半分を没収して銀鉱山の労働1年で済ませると言っていた。
「まだまだ続いているが3番目にも該当しないような案件は罰金で済ませるつもりだ。無ければ罰金分を銀鉱山で働いてもらうつもりだ」
鉱山労働が苦役であることからそうなるんだろうが、ミクトス村の銀鉱山は露天掘りに近いからそれ程でも無いのだろう。
とは言え、何らかの形で優遇しないといけないのかも知れないな。
「ザイラスには苦労を掛けるな。それで新兵の教育は?」
「私が責任をもって一人前にして見せます。王宮跡地の片付けをしながら訓練をしておりますが、あと1か月もすれば綺麗に片付きます。子供達の良い遊び場になると思っています」
変な建物を作るよりは遥かにマシな施設になるだろう。
運動会なんかも出来そうだな。
「来年までは義勇軍の駐留をお願いしたいところだ。もしクレーブルとの打ち合わせがあるならそれを願い出てくれないか?」
「何とかしましょう。それと新しい開拓地の住人を確保できました?」
「50家族と言う事だったな。とりあえずは応募を締め切った。100家族近い応募があったぞ。欲に目の眩んだ奴は省いているからだいじょうぶだろう」
クレーブルより連絡があり次第、トレンタス経由で出発させるそうだ。
これで3年もすれば新しい交易路開拓がはじまりそうだな。
「これで、国王達に会わせる顔が出来る。4年前が夢のようだ」
「確かに……。山間に逃げることを考えるばかりであった。だが、もしマデニアム王国が同じ事を考えたなら、バンターはどうするのじゃ?」
「無理でしょうね。民衆から見放され、士気がガタ落ちの状況で山賊など出来ません。軍の一部が小さな盗賊になる可能性は高いでしょうが、盗賊止まりでそこから浮上することは出来ないでしょう。俺達が山賊から始めてここまでこれたのは、マデニアムの圧政に苦しんでいた民衆にも助けられたことを忘れてはいけません」
ふもとの村や商人達、それにラディさん達に助けられているからな。
自分達でと考えることは止めた方が良いぞ。
「そうじゃな。確かに色々と助けられておる。それも含めて、我等と行動を共にした騎士や兵士に何らかの褒美を与えねばなるまい」
「その相談に参ったのです。皆今の平和に満足しているとは思いますが、建国の功労者であることを何らかの形にして与えれば皆も喜んでくれるでしょう」
「何か良い案があるのか?」
「実は……」
勲章というバッチを贈呈することで、シルバニア王国への功労者であることを示す事を話し始める。
形は小さくても良いからきちんとした図案が良いだろうし、裏面には勲章の授与理由を簡単に刻めば良い。
豊富な銀を使えば、勲章の価値も上がるだろう。
「感謝状と勲章、それに報奨金を渡せば良いでしょう。一時金ですから銀貨10枚程度で十分です。それと、この勲章ですが……。持っていれば酒場でワインをカップに1杯というのはどうでしょう。さすがに毎日とはいかないでしょうし、もちろん授与者が亡くなるまで続ける必要があります」
俺の話を3人がおもしろそうに聞いているけど、いつの間にかサディの後ろに控えていたマリアンさんはあきれ顔で俺を見ていた。
まあ、皆が喜んでくれればそれでいいんじゃないか。
「我は賛成じゃ。ザイラスはどうか?」
「おもしろい考えです。3日に1度でも、死ぬまでワインが飲めると言う事ですな」
別にタダ券を配るわけじゃないんだけどね。
それでも大した金額にはならないだろう。酒場で飲む普通のワインは2L位の値段らしい。
勲章の図案と刻む文字は俺が作る事になったが、これ位しないといけないだろう。俺はあまり働いていない気がするからね。
「それにしてもバンター殿の装束は変わっていますね。何かいわれでもあるのでしょうか?」
「これですか? いわれと言うより、戦の表に立たず、裏で戦を支える人達が着る装束です。山賊時代はバンターさん達と一緒に戦いましたが、皆の長剣の使い方と俺のやり方が少し違ってましたから裏方に専念してます。陽動をしたり、火を放ったりしていました。これだと相手に見つからないですからね」
目立つ装束で戦うのはザイラスさん達で、裏の俺達はなるべく目立たないように戦をする。その2つが組み合わさると色々な策が採れるのだ。
「その長剣を一度見せて頂けませんか? トーレル殿はバンター殿が1度剣を抜いて斬り込むと3人が倒れたと言っておりました。私には想像も出来ません」
チラリとザイラスさんを見ると諦めきった顔で首を振っている。
俺にも諦めろと言うのだろうか?
確かザイラスさんを2度下した女傑なんだよな。美人でスタイルが良いから筋肉質と言う事でもなさそうだ。
「あれは、俺の刀の使い方に原因があるんです。ちょっとやってみますね……」
少し離れたところで、鞘から抜きざまに刀を振り切って、そのまま切り下げる仕草を披露する。
「2人と言う事ですね。その斬撃を素早く行ったのを見て、トーレル殿には3人に見えたのでしょう。確かに私の使い方とも異なります」
ジルさんは使い方を知っただけで満足してくれたようだ。
試合を申し込まれたら、腕の1本も折られたに違いない。