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SA-111 数学者の卵がやってきた


 集団結婚式から1か月が過ぎた頃、アルデス砦に10人の若者がやって来た。

 広間に通して皆の顔を見ると、男女とも半数だ。賢そうな顔をしているが、それなりの身体をしている。いつでも兵士に成れるように体を鍛えていたのかな?


「シルバニアの知恵者であるバンター殿が、数学に堪能な者を欲しがっていると聞きました。出来れば早くにお引き合わせ願いたいところです」

「俺がバンターだ。作りたいものがあるのだが、俺1人ではどうにもならん。数人を率いるなら俺の生きた証として後世に残せるだろう。だがそれ程暇ではない。そこでアブリートさん達にお願いしてお前達を呼び寄せた」


「もしかして、我等よりも数学に詳しいとか?」

「ある意味、詳しいぞ。たぶんに偏っているけどね」


 俺の言葉を聞いて、苦笑いを浮かべた男が聞いてきた。多分に自分の能力に自信を持っているんだろうな。

 俺の返事を聞いて興味深そうな表情で俺を見ている。


 そんな連中の前にシルバニア王国の地図を広げる。

 地図と自分達に何の関係があるのだろうと、疑問を浮かべている。


「これはカルディナ王国の地図ですね。さすがに豊かな土地だけあって地図も詳しく描かれています」

「だが、俺にはこの地図は使い物にならない位、粗末に見える。何故だか分かるか? お前達を読んでもらったのはこの地図が原因だ!」


 皆が身を乗り出して地図を眺めている。直ぐに気付かない事も問題だな。


「この地図では土地の高さ、距離、方向が全くいい加減なんだ。これでは、この村からこの町まで歩兵が移動するのに何時間掛かるか全くわからん。確かに、半日とか1日とか描かれてはいるが、それでは戦が出来ない。おかげでかなり前に準備を行う必要があった。

 もう1つ。ここからこの町まで疎水工事をしようとした場合に、どれ位の日数、工事費が掛かるか皆目見当が付かない。これでは大規模な農業改革も不可能だ」


「言われることは理解します。ですが、地図とは元来そういうものではないですか?」

「いいや、地図は正確さが大事なんだ。だから、お前達に地図を作って貰う。その為の道具は既に作ってあるのだが、それを使って得た数字は、そのまま使う事が出来ない。だから、特殊な計算に長けた者を集める必要があったんだ」


 俺の言葉に皆が驚いている。

 自分達の能力は精々、商人や税の担当官が欲しがるものであり、地図を作る上で必要だなんて、想像すら出来なかったに違いない。


「俺が考えた正確な地図の作り方は、これを使うんだ」

 新たな紙をテーブルに乗せる。そこには大きく三角形が描かれている。


「三角形の頂点を組み合わせて、拡張していく。そうすれば、三角形で描かれた地図ができあがるだろう?」

「四角ではダメなのですか?」

「平行線を引く手立てが無いから無理だ。三角形なら平行線は必要ない」


「直角を4つ正確に出せないと言う事ですか……。それなら三角形を2つ組み合わせれば良いと言う事ですね」

「ああ、それに三角形にはおもしろい特徴があるのは知っているか?」


 互いに顔を見合わせている。どうやら幾何学までに数学は発展していなかったようだな。

 2つの辺の長さが分れば、もう1つの辺の長さが分る。これは直角三角形限定だったかな? それと、3つの辺の角度を合わせると直角になる。

 ついでだから、平行線に斜線を引いて角度の一致を教えてあげる。

 なぜそうなるかは分からないけど、彼等はそれを考えるんだろうな。だけどこれを元にすれば少なくとも測量の基礎ができるはずだ。


「数を扱う事は得意ですが、このような形を考えるのも我等の仕事なのでしょうか?」

 そんな質問が端に座った女性から出て来た。

 たぶん、画家の仕事だと思っているようだな。そう言えば、ダビンチは数学にも堪能だったらしい。

 幾何学というのは、数学から発生したのではなく絵画から発展したんだろうか?

 

「先ほど、三角形の辺の長さの2つが分ると、もう1辺の長さが分ると言っただろう。だが、俺は1つの辺の長さと角度が分れば、この辺の長さを求めることが出来る。何故だか分かるか?」


 ミューちゃんが運んできてくれたお茶を飲みながら皆が考え始めた。

 その間に、席を立って暖炉でパイプに火を点ける。

 さすがに数学者の卵だけの事はある。俺の言葉をジッと考えている様だ。考えがまとまった同士で更に話を続けて自分の考えが間違っていないことを確認しているようにも思える。


「角度と辺の長さに一定の関係があると言う事ですね?」

「正解だ。その値を導いてほしい。このように中心点から円を描いて全周を360分割する。角度の単位は度を使う。北をゼロとすれば、東は90度で南は180度、西は270度になるはずだ。

 角度を測る定規はこれを使う。分度器と名を付けた。これで角度を測れば正確な角度が測れる。これでゼロから90度までの角度と辺の長さの関係値が分れば測量は簡単に行えるだろう」


 サインとコサインの関係を直角三角形の角度が30度、45度それに60度を例に教えておく。これは簡単だから直ぐに理解できるだろう。

 もっとも二乗すると2になる数字を頭に描くのは苦労しているみたいだけどね。平方根という概念を知らなかったようだ。


「どうだ。出来るか?」

「我等に出来なければ、バンター殿がこれを始めると?」

「ああ、とは言っても俺一人では無理だから王都に学院を作って図形を扱う数学者を養成することになるだろうな。3つの王国が合同で行うような大掛かりな計画は俺の代では無理になるだろう。数百年遅れる事になってしまいそうだ」


「我等がこの仕事を始めれば、それが早まると言う事ですか?」

「そうなるし、航海にも応用が出来るんだ。地図は陸に限らない。海にだって必要な事だ」


 段々と彼らの目が輝きだした。

 一時は自分達の今までの学業に疑問を持っていたからな。

 これからは、社会に実際に使われる物を作るための数学を学ぶことになるのだ。俺が教えられることはヒントだけだな。そうなることは分かっていても、それを数式で説明できないんだから。

 それでも、彼等にとっては新しい数学になるはずだ。ゆっくりと自分達で、その証明を考えてくれるだろう。


数日が過ぎると、数表が作られ始めたようだ。

 彼らの宿泊所は、礼拝所に隣接された修道院の宿泊所らしいのだが、あれって女子限定のはずなんだが、まだ完成していないと言う事で便宜を図って貰っている。

 北の村からやって来たネコ族の人達が、修道院の近くに巡礼者用の宿泊施設を作っているから、それが出来たら場所を移すらしい。


 そんな中、トーレルさん夫妻が俺達を訪ねてきた。

 正式な会談なんだろうが、2階のリビングに通して話を聞くことにした。


「そろそろ投降兵をマデニアムに戻そうと思いまして……」

「半年の予定でしたが、すこし伸びてしまいましたね」


「その見合い分も渡してあげようかと考えております。ザイラス殿もそれを賛成してくれました」

「なら、それで十分であろう。我等の元にやって来る理由が分らんぞ?」


 たぶん、それをどの程度にするかという相談なんだろうな。約束を違えた見返りは少し多めにと言う事になるだろう。銀貨2枚という訳にもいかないだろうな。


「マデニアム王国内はかなり財政が圧迫しているようです。当然住民に重税を課しているでしょうから、銀貨3枚に穀物を2人に1袋を与えれば十分です。荷馬車は無理でも荷車は引いて行けるでしょう」

「なるほど、収穫前の一番食料が乏しい時期ならそれが最良でしょうな」


「まあ、それで良いじゃろう。峠を過ぎた広場まではトーレルの部隊で送り届けるのじゃ。

 だが、そうなると峠の烽火台の方も兵を配置しておかねばなるまい。オットーの部隊を送ることになるのう……」

「山岳猟兵を2個分隊送ります。彼等なら周辺の監視を含めて、猟までしてくれますよ」


 冬場に不足しがちな肉を手に入れてくれるのもありがたい話だ。

 訓練を兼ねるとか言ってたから、この冬は塩漬け肉では無くて新鮮な肉が食べられそうだ。

 

 トーレルさんのお嫁さんはエリーヌというらしい。落ち着きのある深窓のお嬢様だったのが良く分かる。

 ザイラスさんのところはどんな感じなのかな?

 何といっても結婚式にドレスの上に鎖帷子を着こんでいた人だしね。募集に応じた新兵達はさぞや苦労しているだろうけど、エリーヌさんやエミルダさんの言葉を聞く限り、正義感の強い御仁らしい。

 2年前にこっちに来てくれたなら、正義の味方になってさぞや活躍してくれたに違いない。


「我等の騎士団衣装を前々から強請っていたのですが、今頃はそれを着て王都を歩いているでしょうね。王都の治安がすこぶる良くなるでしょう」

「正に女傑よのう。ザイラスには似合っておる」


 そんな事を言うもんだから、マリアンさんまで声を出して笑っているぞ。


「やはりマデニアムは瓦解するでしょうか?」

「出来れば俺達が準備を終えるまでは持ってほしいが、来年が1つの山だろうな。タルネスの話では、かなりの重税らしい。あまり商売が出来ないと言っていた。それに作物の出来もあまりよくないと言う事は……」

「飢饉による内乱ですか……。ニーレズムとマンデールの介入は可能でしょう。ニーレズムの地方都市となるなら良いのですが、トルニア王国が触手を伸ばすことも考えられます」


 聞くところではかなり好戦的な国家らしい。

 文化程度は低いらしいが、軍の統制は良くできているとの事だ。


「トルニア王国の東は広大な荒地が広がっています。そこにはいくつもの部族国家が乱立していますから、それらの侵入に備えるために軍隊規模は大きくて訓練も行き届いています」


 トルニア王国との接点は街道が1つあるだけらしい。小さな尾根や山が天然の要害になっているらしいが、街道を進めばそれ程支障なく軍を進めることが出来ると言う事だ。

 ひょっとして、かなり以前はこの辺りの王国は1つの王国じゃなかったのだろうか? 内乱か何かで小さな王国に分割した感じがするな。

 でないと、街道の整備が理解出来ないし、マデニアムとトルニア間の街道がかなり整備されている原因が分らない。

 まあ、今となってはどうでも良い事ではあるんだけどね。

 俺達は3つの王国が互いに協力できる体制に持って行けば良い。



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