SA-110 それぞれが動き出した
互いに指輪を着けるだけの簡単な式で1時間以上掛かったのは、それだけ本日の参加者が多いって事なんだろうな。
色々と思い出に残る結婚式であることには間違いない。
本来ならば、ここで記念写真と言う事になるんだろうが、生憎と写真というものが無いから、テント近くに作られたパーティ会場で、軽く食事と酒を飲むことになる。
昨夜あれだけ飲んでいるのに、更に輪を掛けて飲んでる連中の真ん中にはザイラスさん夫妻がいた。
テーブルを巡りながら女王陛下の手を握って挨拶をして回る。
「これで、お互い様ですね。東の守りは任せてください。新兵も来年には一人前になるでしょう」
互いの手を握ってトーレルさんと握手をする。
妻達も互いに握手をしているようだ。統治する上では女王陛下がトップに立つのだが、それはあくまで公的な立場だ。私的な付き合いまで上下の区別をすると一人ぼっちになってしまう。その辺りは注意しておかないといけないだろうな。
あちこちから祝いの品が届けられている様だ。ありがたく受け取っておくこと俺達の役目だろう。
ザイラスさんの嫁さんの実家からは荷馬車1台分の嫁入り道具が届けられたらしいけど、槍や長剣が幌から飛び出していたって言ってたから、かなり変わった嫁さんなんじゃないかな?
「バンター。シルバニア王国と女王陛下を頼むぞ。荒事は俺達に任せておけば良い。後はお前達の仕事だ」
そんな事を言って嫁さんと一緒に笑っているんだから困ったものだ。
ザイラスさんは、旧王都の総督に近い立場になるんだよな。その上に全軍を統括する立場にもいるのだ。
笑って酒を飲んでいられるのも今日限りかも知れないぞ。
日が傾く前に、皆が俺達に挨拶を済ませて帰っていく。
俺達はアルデス砦に住むことになる。まだ工事が続いているけど、今夜はここで一泊することになった。
新しい砦は、2階までは既に出来ているみたいだ。
2つの広間の内の1つは王の間になるらしい。奥に低いひな壇が設えてあり豪華な椅子が1つだけ真ん中に置かれている。その右側の段の下が俺の席なんだろうな。王族ではあるが国王ではないからこれで良いのだろう。
その左右に3つほどハの字に開いた椅子が並べてある。長官達がここに座るのだろう。あとは何も無い。
もう1つの広間は真ん中にテーブルのある会議室という感じだな。作戦指揮もこの部屋でやるのだろう。
台所も近くにあるし、侍女の住み込み部屋となる小さな小部屋もある。
中庭を囲むように兵舎と礼拝所それに倉庫が並んでいるが、礼拝所は宿泊できる小部屋も作られている。
兵舎の一部が馬小屋だ。機動部隊が駐屯するから、その馬とカナトルが数頭入ることになるのだろう。
館の2階はプライベートだ。
教室位の部屋が3つに、少し大きな部屋が1つある。俺達だけならこれで十分だろう。
「バンター、晴れて夫婦じゃ。これからはサディーネと呼ぶが良い。サディでも構わぬぞ」
女王陛下と私人を使い分けると言う事かな?
「サディにするよ。昔の愛称だろう?」
サディが微笑みながら頷く。
3つある部屋の一番大きな部屋を俺達の寝室にして小さな2つは将来に取っておこう。リビングになる部屋は教室2つ分ほどあるから、大きな暖炉の両脇にソファーと小さな机を置く。
ここまではミューちゃん達もやって来るんだろうな。
今夜は北の村にある自分達の家で家族と一緒に過ごすと言っていた。
数日はゆっくり過ごせば良いのに、明日は砦にやってくるとも言ってたな。
それ程動いたわけではないのに、どっと疲れが押し寄せてくるのは、やはり緊張していたせいなんだろうか?
2人で結婚祝いにクレーブル国王から贈られたカットグラスにワインを1杯。寝る前には丁度良いサイズだ。
翌日、周囲の槌音で俺達は目を覚ました。
そう言えば砦は大改修の最中だった。
慌ててベッドを抜け出して、俺達は何時もの装束を着る。
隣のリビングに向かうと、笑顔のマリアンさんに迎えられた。
「もうすぐ、ミューちゃんが朝食を持ってきますよ。これで私の役目が1つ終わりました。次の役目が始まるのが楽しみです」
いったい何を待っているのか、ちょっと気になる言い方だが、俺達と一緒に暮らしてくれるならありがたい話だ。
扉近くのテーブルセットに俺達は腰を下ろす。
数人が会食できるぐらいの大きさだから、プライベートのリビングならこれで十分だろう。
「昼過ぎにラディさんが訪ねてくる予定です。ザイラス殿とトーレル殿が機動歩兵と騎士の募集を始めると言っていましたよ」
「この砦にいる機動歩兵の部隊長に、通信兵の増員を指示してください。あちこちに皆が分れてしまいましたから早く連絡を取るにはどうしても必要です」
「全ての町や村、それに砦に1班の通信兵を置く事で要員を確保すると言っていましたが、あれは適正もあるんですよね」
マリアンさんは心配性なのかな? 確かに適正はあるだろう。戦には直接係わらないから、少年少女の働き口としても良さそうだ。
ビルダーさんは商いにも使いたいと言っていたから、1回5Lで請け負う事にしたぐらいだ。話を聞いてクレーブルの商人仲間も見学に来たらしい。
そうなると、一般用と軍事用の2つに分けた方が良いのかも知れない。簡単な暗号表を作ってみようかな。
トントンと軽く扉を叩く音がする。
マリアンさんが席を立って扉を開くと、ミューちゃんがいつもの装束でワゴンに乗せた朝食を運んで来た。
軽いスープにライムギパン。ジャムも付いているぞ。
これだとコーヒーが欲しくなるな。交易船で探せないんだろうか? あったとしても嗜好品としての価値が見いだせなければそれまでになってしまうんだろうな。
朝食を終えてお茶を飲む。
サディがリビングならばパイプを使っても良いと言うので、暖炉でパイプに火を点けた。
暖炉脇で吸うと、煙が暖炉に入っていくのが分かる。暖炉が大きいからなんだろうが、これなら皆に迷惑を掛けることも無いだろう。
「アブリート様が直ぐに数学者の卵を来させると言っていましたが?」
「地図を作って貰おうと考えてます。前に見せて貰った地図は正確さが無いので、大きな工事が出来ないんです。川の氾濫を防ぐ土手を作ろうにも、計画を作れないんですよ」
もう一つの目的が軍事利用だ。部隊の機動性を上げると、正確な地図がどうしても必要になってしまう。
どの地点に部隊を動かすと何時間掛かるかが分らないと、敵を迎撃するタイミングを失ってしまいそうだ。
午前中は、光通信器の光を終息させるためのレンズを考える。レーザーではないから拡散してしまうのはしょうがないが、少しでも光の行路を平行にしたい。
それによって中継所を用いずに通信を行いたいところだ。望遠鏡との併用で何としても通信距離を延ばして、少ない通信兵で版図をカバーするのが目的だ。
サンドイッチのような食事が昼食だった。
サディ達は税制と予算の組み方で悩んでいるようだな。1年は悩めるはずだから良いものを考えて貰おう。
ラディさんが見知らぬ男を連れてやって来たのは、昼食後のお茶が終って少し経ってからだった。
1階の広間に向かうと、2人が立ち上がって俺に頭を下げる。
2人を席に着かせて、俺もテーブルの奥の暖炉の前に座る。周囲の椅子よりはデラックスだが、サディの椅子に比べれば格段に落ちる。まあ、女王陛下とその夫だからな。かなりの違いはあるんだろう。
「ご結婚おめでとうございます。ミューはそのまま侍女に加えてください。それと隣が私と共にネコ族の1個小隊を預かるキューレです。ネコ族の狩猟の旅を4回経験しております。部下は全て3回以上の旅を行った者達で揃えました」
「ありがとうございます。2個小隊とは俺の強請った倍になりますから色々と役立たせていただきます……」
ラディさんにはこのまま忍者部隊を率いて貰い、俺の目になって貰う事にする。場合によっては色々と工作をして貰う事になるがこれはラディさんも良く知っている話だ。
キューレさんには、山岳猟兵部隊を組織して貰う事にした。分隊単位で西と東の国境を警備して貰う事にする。
「武器は石弓と片手剣になります。敵の早期発見と待ち伏せが主な役目になります。自軍の数よりも多ければ迷わずに後退して俺達に知らせてください。敵の主力は東西で足止めを食った状態です。俺なら少人数による奇襲を仕掛けて相手の裏を取ることを考えますから、敵は既に手を打っているかも知れません」
「獣では無く敵軍を狩ると言うのか? おもしろそうだ。だが俺達は石弓という兵器を見たことも使ったことも無いぞ!」
「ラディさんが教えてくれます。支度はこちらで準備しましょう。ラディさん達の増えた分も用意します。
それと、ラディさんの部隊の半数をこの砦に駐屯させてください。将来は機動歩兵が1個小隊やって来ますが、現在は2個分隊です」
「それは大丈夫です。今夜からでも警護に着けるよう北の村から移動させましょう」
「俺は、しばらくは訓練と言う事だな。訓練終了後に装備を受け取って任務に着こう」
1時間も掛からない打ち合わせで2人が広間を出て行った。
これで、アルデス砦の守りはかなり厳重になっただろう。後1か月もすれば石運びを行っているマデニアム王国の投降兵も国に帰さねばなるまい。それまでにたっぷりと運んで貰おう。
2個小隊の装束は王都に発注することにした。
武器はラドネンさん達に頼んだけれど、敵軍の武器がたっぷりあるから、打ち直すのは簡単らしい。
次は地図作りを教えなくちゃならないな。
原点は大聖堂の礼拝所の南に作ろうかと思う。きちんとした基台を作っておけば、それも巡礼者の目を楽しませる事が出来るだろう。
リーダスさんが2式を作ってくれたんだが、今までミクトス村の納屋に眠っているだけだったけど、いよいよ本格的に活動が出来そうだ。