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SA-108 ネコ族の安住の地


 夏至まで残り10日となると、あわただしく騎士団の連中が動き始める。

 相変わらず俺とザイラスさんはヨーテルンで留守番なのだが、現場ではトーレルさん指揮の下に2個小隊が準備をしているようだ。材料手配の通信が毎日のようにここに入って来る。

 そんな通信兵達の様子を見ながらでは、あまりのんびりともいかないものだ。


「トーレルの奴、何を準備してるのだろうか?」

 ボヤキ交じりで呟きながら、朝からワインを飲んでいるザイラスさんにも困ったものだ。


「任せてください。と大見得を切ったんですから大丈夫でしょう。それよりザイラスさんの新居は決まったんですか?」

「王都の貴族街の外れにある下級貴族の館だ。それでも部屋数は10もあるのだ。隣の館を指揮所にすれば王都の政務は何とかなるだろう。万が一に備えてもう1つ館を確保している。

 残った館は解体してバンターの言った教育施設を作るつもりだ。祠を守る神官が協力してくれると言っている」


王宮の跡地は公園で、貴族街は役所って事になりそうだ。一部は民生施設を建てるのも悪くはない。

 とは言え人口流出は起きるだろうな。長期的に見れば半減しそうだが、それでも数万の住民が暮らすことになる。暮らしやすく王都を改造するのもザイラスさんの役割になりそうだな。


「だが、近ごろ夢に見るのだ。あの懐かしい狼の巣穴の暮らしをな」

「たぶん、皆がそうだと思います。やたらと士気だけは高く、生き生きとしてましたね」


 どうにか目的は果たせた。

 それが終わったことで、次の目標があいまいになって来たんだろうな。

 シルバニア王国をどうやって繁栄させていくか。目標はそうなんだろうけど、繁栄の中身が見えないからね。

 それが次の俺達の仕事になるんだろう。

 目で見える形での暮らしの向上が答えにはなるんだろうが、それは一体どんな形を取るんだろう。ゆっくり考えてみよう。幸いにも俺達はヒマだからね。


 夏至の3日前になると、招待客が続々とヨーテルンを通ってアルテナム村に向かっていく。

 さすがに2つの王国の賓客は明日になるだろうが、アルテナム村に泊めるわけにもいかないから、ふもとの砦に案内するそうだ。


 トーレル夫妻も接待に大変だろうけど、あんな綺麗なお嫁さんを貰った以上、誰も同情する者はいないようだ。分隊長のモーリスさんがさぞや忙しく走り回ってるんじゃないかな?

 式場の方はミクトス村のご婦人方とエミルダさんが仕切っているらしい。マリアンさん達も手伝ってはいるのだろうけど、女王陛下の準備もあるからつきっきりとはいかないようだ。


 俺とザイラスさんは相変わらずヨーテルンの砦の広間にいるのだが、当日の衣装は出来ているそうだ。アルデス砦で当日着替えれば良いからのんびりしたものだ。


 そんなところに、ラディさんが長老を含めた数人で訪ねてきたから、丁度良い暇つぶしが出来そうだ。

 とは言え、先ずは確認しておく必要があるな。


「遠路ご苦労さまです。ここに来てくれたと言う事は、俺達の提案を受けて頂けるのでしょうか?」

 テーブルの席に着いて俺に視線を移したところで、早速確かめてみる。


「ラディ達を含めて10家族以上が世話になった。その上我等の安住の地として村を丸ごと渡してくれるとはあまりにも驚いたのは確か……。それに、バンター殿の要望と我等の種族の長年のしきたりを急に変えぬと考えも理解したつもり。

 我等種族の半分を村に置いて、残りは狩猟の旅を続けることになろう。数年後にはその半分が旅に出るであろう。我等の技を伝えるには狩猟の旅は必要だ……」


 北の村は2千人を超える住民になるらしい。最終的にはもっと増えるんじゃないかな。

 狩猟の旅は長く辛いものだ。小さな子供や老人達が少なからず脱落していくに違いない。そんな旅でネコ族は淘汰されていくんだろう。屈強な連中だけが生き残ることになるんだよな。

 これで、狩猟の旅を行う者はある程度限定されるだろう。幼い者や老いた者が旅をすることが無くなるだけでもネコ族にとっては嬉しいに違いない。


「バンター殿は1個小隊を希望しておりましたが、2個小隊をお渡ししましょう。2度の旅を経験した若者達ですからラディ並みに使えると思いますぞ」

「任地は北の村の南に見えるアルデス砦になります。ですが、常に1個小隊はあちこちと動き回る事になりますが……」

「それでも、戻るに数年は掛かりますまい。北の村に家族を置いて暮らすことが出来ます」


「だが、バンターはかなりネコ族を買っているな? それにあえてアルデンヌ聖堂騎士団の中に組み入れなかった。何かわけがあるのか?」

「ええ、ラディさん達は集団戦が不得意なんです。数人で活動して初めて真価を発揮しますし、ヨロイや武器も他の兵士と同じように使えるわけではありません」


 生まれながらの忍者だからな。

 80人を用意してくれるんなら、色々と情報を集められそうだ。

 

「バンターの直轄部隊と言う事だな。だが、アルデス砦の守備兵を彼等だけにすると言う事も出来まい」

「アルテナムに1個中隊の軽装歩兵、いや機動部隊を置きます。烽火台の維持も必要ですし、砦の儀仗兵も必要でしょう。彼等に昼を担当して貰い、アルデス砦の夜はラディさん達に任せます」


 世間体も大切にしないといけない位は俺にだってわかる。

 砦の住人は彼等と、10人程度の侍女になるんだろう。あの大きさだからそれ程砦の維持に人手が必要ない。


「今まで通りラディを部隊指揮官としてお傍に置いてください。それより、あれほどの穀物を頂いて良かったのですか?」

「北の村の冬は厳しく長いです。畑も作っておりますが村の十人を食べさせるにはまだまだ不十分。再来年の春より、収穫物と牧畜の産物に1割の税を課したいとは思っているのですが……」


 北の村とミクトス村の税は他の農民の半額だ。

 開墾が進むまではしばらく抑えねばなるまい。それに事あらば民兵として、北の村が1個小隊、ミクトスが2個小隊を出してくれることになっている。砦や村の防衛として石弓を使ってくれるなら、北部の守りは十分だろう。

 後は、ザイラスさんとトーレルさんに期待すれば良い。重装歩兵を砦の守りに付かせ、機動部隊と騎馬隊で十分に戦えるはずだ。


「シルバニア王国の国民となれば、その程度の兵役と税は我等にとって易きこと。しかし、北の村から南に伸びる柵と銀鉱山の間の荒地を我等の放牧地として本当によろしいのですか?」

「ああ、あの荒地を耕作するのはしばらくは無理だろう。それなら牧草の種を撒いて羊やヤギを飼う方が暮らしも立てやすい。それに羊毛やヤギの乳製品は北の村の特産物として商人が買い取ってくれるだろう」


 牧畜用のヒツジ達は、タルネスさんがマデニアムから連れてくると言ってた。

 重税を課せられているらしく、大切なヤギや羊を手放す農家も多いらしい。その内、内乱が起きそうだと言って、親戚達もシルバニア王国に呼び寄せていたな。


 丁寧に俺達に頭を下げてネコ族の一行は帰って行ったが、荷車を1台置いて行った。俺達の婚礼祝いだと言っていたが、積荷はたくさんの毛皮だ。女王陛下達に渡せば、関係者に分配してくれるだろう。


「これで、北は問題なくなったな。ラディが2個小隊とは恐れ入った。緊急時にはさらに1個小隊を融通してくれるなら、山を越えてくる兵は全て対処できそうだな」

「ええ、少人数で山を越える盗賊達への対処は十分でしょう。敵の攪乱部隊も恐れることはありません」


 山岳猟兵部隊が出来そうだ。忍者部隊と2つ作っても良いんじゃないかな。

 その辺りの事は、一段落してから考えよう。


 明日は夏至と言う事で、いつもの格好でザイラスさんと一緒にヨーテルンからアルデス砦に馬で出掛ける。

 分隊長以上は全員出席と言う事で、ぞろぞろと馬や馬車が後ろに続いている。

 こんなに分隊長がいたっけ? と首をかしげていると、俺達と一緒に式を挙げる男女だとザイラスさんが教えてくれた。

 すでに20組近くいるのだが、王都や他の町や村から参加する男女を合わせると100組近くなるんじゃないか?

 いくら式場がハンパじゃない広さだと言っても、ちょっと疑問になる挙式になりそうだ。


「リーダスがぼやいていたぞ。いくらなんでもってな」

「リーダスさんは妻帯者でしたよね。参加するだけだから問題ないと思いますけど?」

「女王陛下より指輪作りを命じられたらしい。ちゃんと終わっていれば良いのだが……」


 俺の言葉が発端なんだろうけど、それならリーダスさんがぼやくのも分かる気がする。

 ドワーフは仕事をいい加減に行わない。材料は銀鉱山の銀だろうけど、一生の思い出に残る指輪が作られたはずだ。


 街道の分岐点に騎士が立っていた。俺とザイラスさんを待っていたらしい。

 オットーさん達を、そのままアルデス砦に向かわせて、俺達はふもとの砦に一泊らしい。


「トーレル殿や来賓の皆さまがお待ちかねです。明日は良い天気だとリーデルさんが言ってましたから、安心できますね」


 ドワーフ一族は炉の炎で明日の天気を知ることが出来るらしい。

 気圧や湿度等で微妙に炎が変化するらしいのだが、それなら鉄工所が天気予報を出しても良そうだ。

 だけど、それが出来ないのは気象庁の人達が路頭に迷う事になるからなのだろうか?

 ほかにも、その土地土地でかなりの確度で明日の天気を予想出来る人達の話をきいたことがあるな。

 まあ、既得権益の1つになるんだろう。世の中、そんな事で暮らしている人もいるんだから、あまり詮索はしないでおこう。それに、向こうの世界に戻れる可能性も無いからな。


 ふもとの砦には、たくさんの兵士と来客で溢れている。

 食事の準備にアルテナム村からもご婦人方が訪れているらしい。荷物を積んだ荷馬車が幾度も中庭に荷物を下しているぞ。 

 俺達は広間へと騎士に案内されたのだが、すでに宴会が始まっているようだ。

 

「バンター殿、それにザイラス殿もいよよ明日は私と同じ身の上ですぞ。今宵は最後の独身を楽しみましょう!」

 すでに出来上がっているトーレルさんに銀のカップを渡されたと思ったら、ウイルさんがなみなみとワインを注いでくれた。


「確かにそうなるな。どれ、今夜はここで騒ごうじゃないか!」

ワインを一気に飲み込むと用意された椅子にドカリとザイラスさんが座り込んだ。俺は一口飲んで隣に座る。

こうなったら諦めるしか無さそうだ。とりあえず明日は立っていられれば十分だろう。



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