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SA-106 共同事業の提案


 ミクトス村に数日滞在したところで、ミューちゃんと一緒に朝早く、ヨーテルンへと帰ることにした。いつまでもこの場にいると、エミルダさんに色々と譲歩を迫られそうだからな。

のんびりとカナトルに乗って帰れば、夕刻にはヨーテルンに着くだろう。


戦装束の人影は見えない。たまに、冬に備えて焚き木を運ぶ荷車に出合う位だな。

俺達に帽子を取って挨拶してくれるから俺達も帽子を取って丁寧に挨拶をする。牧歌的な風景は平和そのものだ。

この暮らしをこれから長く維持しなければなるまい。

その為には、諜報と通信網、それに、統率の取れた軍団が必要になりそうだ。

一旦、マデニアムと結んだ2つの王国が再度結集しないとも限らないし、西のウォーラム王国の動きも気になる。


 ウイルさん達の軍がまだ残ってくれているけど、早急に役目を交替しないと俺達が独立したとは言えないからな。

 その辺りの軍の配置も考えないといけないし、やることがたくさんありそうだ。


 夕暮れが迫ったヨーテルンの町に着いたところで、町の西にある砦に向かう。

 砦の広間に入ると、大きなテーブルでザイラスさんとカイナンさんがチェスで戦っていた。それを2人の分隊長が眺めている。


「バンターか。ゆっくりして来れば良かったものを……。それで?」

「ラディさん達の種族は部族会議を開くようですね。良い返事が聞ければ良いんですが。

 女王陛下は、エミルダさん達と城と礼拝所を作ってました。あの礼拝所なら将来巡礼が訪ねて来そうです」


 俺の話に、出来たら見に行こうと2人の分隊長の目が輝いている。

 確かに行ったら吃驚するに違いない。柱と梁しかないからな。


「エミルダさんからおもしろい話を聞かされましたよ。一度クレーブル王国の王宮に行ってみませんか?」

「急だな。何かあるのか?」

「1つは、レーデル川西岸の国境を決めなければなりません。荒地ですから3か国とも放っておいたのでしょうが、粒金が採掘出来ましたから、早めに決めなければならないでしょう。

 もう1つは、クレーブルの御妃様がザイラスさんのお相手を探してくれたそうです。御后様が仲立ちを取ってくれたなら断れないだろうと女王陛下が言ってましたよ」


 俺の話に、チェスの試合をとりあえず終わりにして、従兵にワインを取りに行かせる。

 難しい顔をしているけど、内心はどうなんだろう?


「確かに断れん。俺もこの歳だから、ありがたく受けることになるだろうが……。そんな物好きがクレーブルにいたとはな。ところで名前を聞いたか?」

 3人の分隊長が笑いを堪えているのが何とも気の毒だ。

 

「ジル―シャ・ハイデルンと聞きました」

「何だと!」


 驚いて席を立ったザイラスさんにも吃驚したが、分隊長3人も口をポカンと開けている。

 4人とも知っているんだろうか?


「本当なんだな?」

「女王陛下から聞きました。そうだよね?」


 ワインのカップを持って従兵と一緒に入って来たミューちゃんに確認する。うんうんと頷いているのをザイラスさんが横目で見て、力なく席に着いたぞ、


「クレーブルの雌トラだ……。何も他国に輿入れせずとも良さそうな物を……」


 ワインを飲む表情も余り冴えないな。

 ひょっとして、トラ族出身の女性なんだろうか?

 近くのカイナンさんにその辺りの事情を聞いてみた。


「そうですね……。雌トラは2つ名ですよ。見た目は美人です。ドレスを着せたら十人が十人、振り返るほどですよ。ですが……」

「長剣の使い手だ。重装歩兵を率いている中隊長だが、良くもそんな人物を……」


 一度負けてるのかな? 少しこだわりがありそうだ。


「とは言え、断るわけには行きません。数年以上合っていないのでしょうから、きっと大丈夫ですよ」

 俺の言葉に力なく頷いてるな。やはり何かあったようだ。

 だけど、トラウマの原因はザイラスさんの若い頃の話だろうし、今では壮年になってるんだから、いつまでも尾を引くのは良くないと思うんだけどな。


「俺の事よりも、先の話が重要だな。確かにあの荒地は明確な線引きが出来ていない。粒金の話はバンターに任せるが、良い案はあるのか?」

「共同事業の打診を考えています。新たな事業は各王国とも資金に二の足が出るでしょうから、話を纏めるには都合が良いかと」


 諦めに似た目で俺を眺めてるけど、俺はちっとも悪くはないからね。エミルダさんとクレーブルの御后様にその眼を向けて欲しいところだ。


しばらくは女王陛下達は帰ってこないようだから、この間にクレーブルに向かおう。

そんな話で、俺とザイラスさんの2人で南の砦に向かう。

南の砦で、ウイルさんが同行することになって、3人で馬を並べて王都に行く事になったんだが、俺は生憎とカナトルに乗っている。

馬を1頭引き渡そうと言う話も合ったのだが、このカナトルで十分だ。小さいけれど結構早く走れるんだよな。

バイクと原付位の差があるような気もするが、慣れるとカナトルもなかなか捨てがたい。


 ウイルさん配下の騎士が先に行っているから、俺達はのんびりと街道を進む。

 途中で一泊して翌日の昼に、王都に到着した。

 王宮の王の間で到着の挨拶を行い、シルバニア王国建国の返礼の挨拶を行う。

 この辺りは儀礼に沿ってザイラスさんが無難にこなしてくれた。


「我が国のバンターがクレーブル王国とトーレスティ王国それに我が王国を交えた共同事業の提案を申し出ております。

 新規事業、しかも短期的には利益が出ないような提案ではありますが、将来的には有望であると申しておりますれば、一度、トーレスティ使節団長を交えてお話をお聞き下さりますよう」


「先にやって来た時は聖堂騎士団であったな。よくも4年で王国を作ったものだ。そのような深謀を持つ者の計画であれば聞くことにやぶさかではない。ドルネアン殿の御都合はどうであるか?」

「マデニアム王国の第二王子の策を軽々と跳ねのけた者の計画であれば是非ともお聞かせ願いたい。我等トーレスティ王国はクレーブル王国と比べれば国力は微々たるもの。将来計画がどのように益になるか……、場合によっては早馬を使って我が国王の裁可を得るつもりです」


 聞いてくれるってことだな。

 恭しく礼をして俺達は以前と同じ客室で、待つことになった。


「もうすぐ夕食時だな。たぶん夕食を取りながらと言う事になるだろうが……」

「たぶん、ジル殿がやって来るだろうな。俺としては似合いの夫婦だと思うが?」


 ウイルさんは第三者だから、おもしろく見てられるかも知れないけど、後でとばっちりを食うのは俺になりそうだ。

 ザイラスさんも、御后様と女王陛下に文句は言えないからな。

 王宮の侍女が持ってきてくれたワインをちびちび飲みながら、晩餐会の始まりを待つことにした。


やがて、俺達を近衛兵が前と同じ部屋に案内してくれた。

 丸いテーブルには10席ほどの椅子が並べられており、少し離れた壁には10人の近衛兵が彫像のように立っている。


 案内されるがままに席に座ると、2人の男女が入って来た。席を立って挨拶を交わした相手は、トーレスティ王国の使節を束ねるドルネアンさんとその奥さんだった。

 続いて、アブリートさんにバイナムさんだが、ご婦人を1人連れてきたぞ。

 先ほどと同じように挨拶をすると、このご婦人がザイラスさんの言う、雌トラと言う事らしい。綺麗なご婦人なんだけどね?

 最後に、国王夫妻が入って来ると、全員が席を立って深々と礼をする。

 堅苦しい挨拶は国王も嫌いらしく、シルバニア王国の話をしながら晩餐が始まった。


 長い晩餐が終わり、食後のワインを飲み始めると、御妃様からザイラスさんにジルさんの紹介が始まった。

 美辞麗句がこれでもか! というぐらいに並べられると確かに断ることは出来ないな。

 ザイラスさんはひたすらワインを飲んで耐えていたようだ。 

 ジルさんは俯きながら、たまにザイラスさんを見ているから、ジルさんも気にいっているんだろう。どこにも断る理由が無いように思えるんだけどね。

 それに、これを逃したらザイラスさんにお嫁さんは来ないんじゃないか?


 最後に「ありがたく妻になっていただきます」とザイラスさんが言った時、一番喜んでたのが御后様だと言うのがちょっと微妙なところだ。

 帰ったら、マリアンさんへの報告事項になりそうだな。


「ジルに見合った相手がクレーブルにはおらぬ。ザイラスならば安心できよう。我もこれで一安心じゃ」

 国王がそんな事を言って笑っているから、ジルさんは顔を赤くして俯いてるぞ。


「それで、新規事業であったな。前にも交易船の話を聞いているが……」

「どうせなら、3つの王国で共同で始めませんか? その提案とそれに対する見返りとして、レーデル川西岸の国境を確定したいと思っています」


 俺の提案を意外そうな表情で、皆が俺を見ている。

 この時期に国境の画定とは……、と呆れているみたいだ。

 まあ、今まで放っておいた土地を改めて問題にするのも、新しく王国を作ったせいだろうと勝手に解釈しているのが見え見えだ。


「シルバニア建国の祝いとして、シルバニアで線引きをしても構わぬぞ。ドルネアン殿も了承してくださるだろう」

 国王の言葉に、ドルネアンさんもワインを飲む手を休めて頷いている。

「強いて言えば、街道の整備をして頂けるとありがたいですな。あの荒地は大きな石ばかりが転がっております」


 やはりそれ位の認識しかなかったようだ。

 これで言葉質は取ったから、計画を話せる状況になって来たな。


「俺は交易船を東に進めたいと思っています。目的は絹になりますが、絹を輸入するだけではおもしろくはありません。行く行くは絹を我等3つの王国で作りたいと思っています。作り方はかなり面倒です。ですが、絹糸さえ作れば、織物は出来ると考えています」


「高価な絹は遥か東方と言う事ですか……。ですがそれを産業としている王国が分らないと言う事ですな。確かに直ぐには利益が出ません。悩むところですな」

「我がクレーブルは半額を融資するつもりだ。もしも、それが手に入れば莫大な富を生む。それに交易船での取引材料としても有効だからな」


「ある意味、夢を買う事になりますな……。それでは、我が国王は承知しないと思いますぞ」

 トーレスティは国庫に余裕が無いんだろう。主要な産業は農業らしいし、船乗りとして出稼ぎをしているような話を聞いたことがあるからな。


「そこで、俺からの提案です。3つの王国からの出資金が無くとも、この事業ができるとしたら、協力して頂けますか?」


 ザイラスさん以外の人達が一斉に俺の顔を見た。

 どこから事業費を捻出するのかと考えているようだが、考えもつかない方法だぞ。


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