SA-103 ネコ族が戻って来た
冬の終わりに、西の砦が俺達に下った。
兵糧攻めは俺達の被害はないのだが、敵方に取っては厳しいものだったらしい。
がりがりに痩せた兵士がよろよろと砦の門を開けて出て来たそうだ。
そんな兵士でも食事を一か月も与えれば十分に動けるようになる。
グンターさんの部隊が投降して来た兵士達を束ね、2か所で重労働を課している。
1か所は、アルテナム村から西の船着場までの道路整備で、もう1か所はアルデス砦の土台造りだ。
道路整備で出て来た大きな石を荷車で運ぶ過酷な仕事だが、半年の工期で何とかしたいものだ。
夏が過ぎれば一団楽というところなのだろうが、さすがに街道のように敷石を置く事まではできないだろう。
すでにクレーブル王国軍は南の砦まで後退しているので、重装歩兵1個小隊と民兵2個小隊が西の街道を警備している状態だ。ザイラスさんの部隊が旧王都に駐屯して新たな兵士を訓練しているからウォーラム王国軍が攻め入っても、山の街道に築いた阻止線を越えることはできないだろう。
もう2個大隊欲しいところだ。各国が5個大隊の軍を持っているのが良く理解できる。
俺達は全軍合わせても2個中隊と言ったところだったからな。それだけ民兵に助けられたって事になる。
「準備は出来ましたか?」
そう言って入って来たのはラディさんだった。
ラディさん達の長老との面会が、どうにか許可されたようだ。
「ああ、これで十分だ。それで、土産はそんなもので良いんだろうか?」
「十分です。狩りにはもってこいの道具ですから」
そう言って笑ってるんだけど、石弓が10丁というのはどうなんだろう?
広間を出て、西門の広場に出ると、ラバが引く小さな荷馬車があった。かなり頑丈に作ってあるから、荒地も引いて行けそうだぞ。
無造作に積んだ穀物の袋の上に石弓が積み重ねてある。ボルトを入れたカゴも2つのっている。これで定住を頼もうと言うんだからかなり虫の良い話だな。
荷車に俺が飛び乗ると、ラディさんがラバを歩かせる。
ガラガラと眠気を誘う車輪の音を響かせて俺達はヨーテルンから北の砦に向かって街道を進む。
「4年前にはこんな時代が来るとは思ってもみませんでした」
「そうですね。いつ荷馬車がやって来るかと、ジッと待ってました……」
長いようだが、意外と短い気がする。
それでも俺達の顔ぶれを見ると変化があるんだよな。
短気だった王女様が今では女王陛下だし、気取った元貴族のお嬢様のフィーナさんは綺麗な娘さんになってしまった。
助け出した時に不安な表情を見せた奴隷の子供達も今では立派な少年だ。この世界ではすでに青年と皆に青年とされているんだろうな。
ラディさんの娘さんであるミューちゃんも、少女というには気が引ける年頃になっているぞ。マリアンさんが作法を教えているから、将来は女王陛下の専属侍女にしたいんだろうか? だけど、ラディさんは俺の従兵扱いで寄越してくれたんだけどね。
「長老と会う時に注意する事はあるんでしょうか?」
「普段通りのバンター殿で大丈夫です。ただ、偽りを見抜きますよ。誠実な会話であれば長老もきちんと答えてくれるはずです」
ラディさんもそうだが、ネコ族の人達は個人で暮らすことはあまりないのだろう。個ではなく全体で1つということなんだろうな。家族の結びつきがそのまま種族の結びつきになっているような感じに思える。
食料や獲物は種族全体で分けると言うような、全体主義である種族なのだが、そこには貧富の差が無い、ある意味理想的な社会でもある。
この世界との相違は大きいけれど、北の村ならそれなりに生活が出来るだろうし、俺の思い入れもある。何とかしてネコ族で1つの部隊を作りたいのだ。
ラバが疲れないように、休憩を頻繁に取りながら北の砦に向かう岐路を曲がって、今度は北上する。
北の砦で1泊し、翌日は荒地をラバを引いて歩いて行く。
「この辺りも静かですね。あれが亡くなったマデニアム兵士の記念碑と言う事ですよ」
北の砦の東には沢を埋める大きな廃土置き場がある。どうにか荷車が通れる土堤を通って荒地に出たところに、北の砦を見守るようにして小石を高く積み上げた記念碑があった。
異郷の地で亡くなった者達だ。血縁者が訪ねて来る事もあるだろう。何もせずに埋めるよりも供養になるだろう。
「今日中には着けるんですか?」
「ええ、北の村と砦の中間位置位に思ってください。今夜は我等が種族で歓待出来ると思います」
歓待は別に良いのだが、やはり山脈を巡る旅を繰り返す種族と言うのは問題だろうな。種族の数も増えないだろう。
途中で昼食を取り、再び荒地を歩こうとした時に、俺達に近付いて来る数人の男達が現れた。
俺とラディさんは黒装束で同じような武装をしているんだが、2倍以上の敵は厄介だぞ。荷馬車の上に積んである石弓を使おうかと考えていると、ラディさんが彼等に向かって大きく両手を振り出した。
「仲間ですよ……」
その言葉で少し安心して、手を振る男達に向かって俺も手を振る。
「ラディだよな。良く無事でいたものだ。長老が待ってるぞ。……こちらは?」
「バンター殿だ。若いが頭は切れるぞ。カルディナ王国は滅んだが同じ版図を4年でマデニアム王国から取り戻した若者だ」
そんな事を言うから俺の姿をじろじろと見ているけど、納得はしていないようだな。
2人が北東に向かって駆けだしたのは、俺達の来訪を知らせるためだろう。
残った2人はラディさんと世間話をしながら俺達と歩調を合わせる。
だいぶ日が傾いた頃、前方の森に人影が見えてきた。森の中にいくつものテントが張ってあるのが少しずつ見えてくる。
あれだけでも数百人はいるんだろうが、ネコ族は全体で数千人と俺は想定している。だけど、ラディさんの言った3千人を考えていれば良いだろう。彼等としても知られたくないことはあるんだから。
近づくと10人程の男が短い槍を手に森から飛び出して来た。
それなりに動きは良い。やはり狩りが彼等の武技を鍛えているんだろう。
「シルバニア王国の重鎮を連れてきた。長老との面会の許可を得ている」
「ラディじゃないか。家族をマデニアム軍に押さえられたと聞いていたが、無事だったんだな」
男達の中から、ラディさんと同じ位の年代の男が数歩前に出て、ラディさんと肩を叩き合っている。
昔からの知り合いのようだ。
ラディさんが荷物を彼等に指差して何事か告げている。聞き取りにくい言葉は彼らの昔からの言葉って事になるのかな?
数人が手ぶらの俺達を森の中へと案内してくれた。
彼らの後を付いて行くと、一際大きな毛皮のテントが姿を現した。
テントの入り口に立つ男に短い言葉を交わして、俺達をテントの中へと入れてくれる。案内してくれた男達は1人を除いてテントの外で待っているようだ。それなりの資格がこのテントに入るには必要らしい。
直径数mのテントの中には中心に炉が切ってあり、焚き火が勢いよく燃えている。その奥には数人の男が毛布を体に巻き付けて座っていた。どうやら彼らが長老と言う事になるんだろうな。
ラディさんが俺を紹介してくれたので、長老に軽く頭を下げる。
「ラディが世話になったと聞く。我等に好意を寄せる人間は少ない。先ずは礼を言う。座ってくれ」
勧めに従って焚き火の前に胡坐をかいて座ると、俺の姿をおもしろそうな表情で長老達が眺めているぞ。
ミューちゃんより少し年上の娘さんが俺達の前に木製のカップを置いてくれた。中は何だろうな?
長老とラディさんがカップを持ったので俺も慌ててカップを手に取る。
一息に飲んだ中身は、かなり苦いが清涼感はあるな。渋茶の濃い奴にそっくりだ。
「ラディをはじめ10家族程が世話になったようだ。我等種族の数は少ない。ありがたく思うが、生憎と、礼はこのような品物になってしまう」
長老の言葉で俺の前に見事な熊の毛皮が運ばれてきた。
「20枚を持って行くが良い。それで我等の感謝の印としたいのだが……」
「どちらかと言えば俺達の方が助けられたと……。俺達のささやかな品は荷車で運んできましたが、これを機会に提案があるのですが……」
北の村はアルテナム村からの一次的な避難民を受け入れる場所だったが、今では住む人もいなくなっている。
その村に定住して貰えないかと長老に説明を始めた。
「見返りは、1個小隊の部隊を作って頂く事です。山近くですから作物の出来も良くないでしょうが、ヒツジやヤギを放牧することで土地を少しずつ改良することが出来るでしょう。税はそれらの肉を出荷する時に2割を頂きたい。
きちんと暮らせるまでには時間も必要でしょう。2年は無税として、1個小隊の兵士には我等の軍と同じ給与を支払います」
長老達は、俺の言葉をジッと聞いていた。俺の話が終わっても無言で俺を見つめている。
「確かバンター殿であったな。何故に我等が狩猟の暮らしをしながらアルデンヌ山脈を巡っているのかを考えたことは無いか?」
「俺なりに考えはしました。ひょっとして、ネコ族は昔、大きな国を持っていたのではないか? 祖国再興を願って種族を狩猟集団としたのではないか……。そんなところです」
ふうっと長老がため息を漏らす。隣同士で小声で話をする長老もいるぞ。
「その通りだ。現在マンデールと呼ばれる地がかつて我等が王国のあった場所。だが、それを知る者はマンデールには既にいまい。1千年以上も前の話になる。人間族が西に流れて来たことから起こった事だが、今からでは遅すぎるであろうな……」
あまりに長い年月が過ぎたところで、かつては我等の土地だと言うのも問題だろうな。精々100年以内に決着するか、何らかの意思表示をしないと、周囲に忘れ去られてしまう。
俺達が援助をしてネコ族の王国を作ったとしても、周囲が納得しないだろうし、土地を追われた人間が纏まって反乱を起こすことだってあり得る話だ。
ラディさんの言ったネコ族の人口の10倍以上が、王国に維持には必要だろう。
「新たな火種を残しますか? 俺達と一緒に王国を作ってくれたネコ族の人達の感謝の気持ちと俺のネコ族に対する思い入れからこの提案を持ってきたのですが」
「それが、分らんのだ。我等は狩猟で暮らす種族。それが戦に役立つとは思えんのだが……」
「それがおもしろいところなのです。バンター殿の戦の仕方は私には良く理解出来ます。まるで狩りの仕方にそっくりです……」
今度はラディさんが話を始めた。
山賊を始めた頃の戦の仕方。砦や王都をどうやって落したのか。その時の自分達の役目を細かく説明している。
長老に断ってパイプに火を点けながら、昔の戦を振り返ることが出来た。
かなり無茶をしたものだと、自分のことながら感心してしまう。