SA-102 東のトーレル西のザイラス
王都からやって来た世話役達は、俺達が新しく王都を造ることに驚いていたようだ。
いち早く俺達のところに駈けつけて、それなりの利権を考えていたのかもしれないな。
最後には保護していた貴族の話を始めたところで、彼らの話を打ち切らせた。
「シルバニア王国はサディーネ女王の治める王国だ。新王国には貴族は存在しない。カルディナ王国の貴族はマデニアム王国軍の侵攻で滅んだはずだ。一市民に戻って暮らすように伝えるべきだな」
「貴族が必要ないと! それで国を治められるのですか?」
俺の言葉に驚いたのは、町役人達だな。
貴族を匿ったような言い方をしていたが、マデニアム軍に取り入っていた貴族が被護を求めて来たんだろう。
上手く使えば時分の地位が上がると期待していたのかな?
「最初から上手く行くような安易な考えは俺達は持たない。ダメなら、民を大事にする他国に版図を譲渡すれば良い。
商会ギルドと工房ギルドには関連する担当官を一度派遣する。生産品、納入品、それに税の調整をしなければならないだろう。
王都の町役人は当座はその地位を保証する。ある程度王都が安定した段階で再度選ぶことになるだろう」
再度、彼らが驚いたようだ。
すでに統治の方法と代表者が決まっており、自分達の入る余地が無いことをようやく悟ったみたいだな。
「王都の住民を4年の間守ってくれたことは確かだ。どのようの守ってくれたかの調査は始めたばかりだから、調査結果を元に恩賞を与えることにやぶさかではない」
町役の顔が青ざめて絶句している。
マデニアム軍の組んで住民を圧迫していたのだろうか?
保身のためにそうしたなら、厳しく処置しなければなるまい。
半ば放心状態の町役人達をギルドの関係者が連れて帰ってくれた。
壁際のベンチで話を聞いていたザイラスさんが、覆面を外していつものテーブル席に着く。
「とんでもない奴らだ。グンターに早速知らせねばなるまい。だが、生き残っていた貴族は厄介だな」
「どうせ使えない連中です。一般市民として暮らすなら文句は言いませんが、俺達に口出しするようなら対処を考えねばなりません」
「それで構わん。元々自分の家の名声だけを頼りに生きていた連中だ。若い内はそれなりに勉学に励むのだが、成人すると態度を変える者が多かったのも事実だ」
長期的な封建制度の弊害と見るべきだろうな。
職業選択の自由も考えねばなるまい。自分の能力に合わせて職を変えることが出来るなら小さいころから夢を持てるし、それに向かって努力もするだろう。
唯一残った敵の拠点である西の砦に、エミルダさんの書状を弓で放って降伏を勧めている頃、俺を訪ねて4人の男達がやってきた。
着飾った衣装にフルーレを下げている。どう見ても敵と戦闘は出来ない体形をしてるけど、本人達は気にしていないようだ。
彼等と一緒にやってきたのは、王都の町役人2人組だ。さて、俺に何の用なんだろう?
「是非とも、連れて行けとカリウス男爵の言い付けで、ここまで案内して来ました」
俺が椅子から立たずに彼等を睨んでいたので、町役人はおどおどした口調でそれだけ言うと、彼等の後ろに隠れてしまった。
「何の用かは知らんが、そんな貴族は俺は知らん。立ってないで座ったらどうだ?」
「気様……。我等は栄えあるカルディナ王国の貴族だぞ。女王に我等が来たことを知らせんか!」
「俺で十分だろう? すでにカルディナ王国は滅んでいる。今更、のこのこ出てくる貴族など女王陛下が合う必要があるとは思えん」
「国を動かすには我等貴族が必要なのが分らぬのか! 他王国との交渉も貴族ならば容易に行えるのだぞ」
その交渉結果が、王国を滅亡に導いた可能性だってあるような気がするな。
「そうかな? 俺はクレーブル国王とも交渉を行って2個大隊の援軍を得ているぞ」
「それは、南の砦をクレーブルにくれてやったからだろう。私の領地をよくも渡してくれたな」
ん? 南の砦はこいつの領地だったなら、何故こいつがここにいるんだ?
マデニアム王国の電撃戦で南の砦は簡単に落ちた筈だ。
ひょっとして……。
「南の砦にいたのはマデニアム軍だけだったが? 俺達で滅ぼした物をどう扱おうと、俺達の勝手なはずだが……。ひょっとして、自分達で南の砦を落そうと考えてたのか。
それは、済まなかったな。だが、砦ならもう1つマデニアム軍が籠っているぞ。それを落して自分の領地にするが良い」
「それでは釣り合わんわ! だが、トレンタスを含めるなら考えても良いだろう。何時、砦を攻めるのだ?」
俺達にやらせようと言うのか? これだから貴族の強欲は嫌なんだよな。
俺達の世界と変わらないじゃないか。歴史で先生の言っていた封建制の悪しき習慣そのものだ。
「俺達はどうでも良いだろう? そっちで勝手に攻めれば良い。そうだな……、一か月後に西の砦をお前達で落とせるなら俺達は何も言わん。砦周辺を領土にして暮らせば良い。だが、一か月後までに落とせない場合は俺達が落す」
「騎士団長を呼べ。直ぐに命令を下す」
はあ……、とため息を吐く。
椅子から立つと、彼等に背を向けて暖炉でパイプに火を点けた。
ふう……、と彼等に煙を吐いて、壁際に待機していた騎士に命じた。
「牢に運び出せ。貴族が聞いて呆れる。俺はお前達にやれと言っている。それなのに俺達の軍を動かす事を考えているとは女王陛下に対する反乱と同じ事。町役も一緒だ。どうせ碌な事はしていなかったろう」
俺の言葉に、待機していた騎士達が一斉に長剣を抜いて貴族達に迫ると、すでに顔面蒼白で怯えている。
みっともない連中をいつまでも見ているとこっちの士気にも係わって来る。
貴族達を小突きながら騎士が広間から連れ出してくれた。
「おもしろい事をやってたな。隣にいなかったのが残念だ」
「奥にいたなら出て来ても良かったでしょうに」
笑い顔で扉を開けて入って来たのはザイラスさんだった。
いつもの席に座ると、従兵にワインを要求している。
「俺の顔は知っているだろうからな。バンター相手にどこまで譲歩させるのか楽しみだったのだが、バンターを下せなかったか」
「一番嫌いな連中です。まだ出てきますかね?」
「1度という訳にはいかんだろうな。だが、さっきの対応で十分だ。すでにカルディナ王国は滅んでいる。新たなシルバニア王国の貴族は女王が新しく任命する者のみ。前の王国でいくら権勢を誇ったとしても、それが何になる」
やはり、まともな連中は王宮の豪華の中に消えたんだろうな。
生き残っている貴族は保身に長けた連中ばかりって事になるんだろうか?
のこのこと出てこないで、どこかに逃げれば良いと思うんだけどね。自分を売り込む連中にまともな奴はいないからな。
新しい酒は新しい容器なんて聞いたことがあるけど、この場合はその例えがあっているように思える。
「西の砦の封鎖は出来たんでしょうか?」
「ウォーラム王国への街道と合わせて3重の柵で封鎖している。砦の食料がどれ位あるかは分からんが冬を越すことは出来んだろうな」
そう言って美味そうにワインを飲みほした。次の酒を従兵に要求してるから従兵も困った顔をしているぞ。
俺と目が合ったので、軽く頷くと諦めたように広間を出て行った。ビンを持ってやってくるに違いない。
「ところで女王陛下はどこに?」
「トーレルさん達とアルデス砦に向かいました。城作りの確認だそうです。クレーブル王国より石工が来たみたいですから」
「そんな話があったな。王都にいるよりのびのび暮らせるに違いない。となると……。王都の守備をどうするんだ?」
ザイラスさんから聞いてきてくれたから助かるな。
従兵の持ってきたワインを美味しそうに飲んでいるけど、各部隊を統率するのは自分だという自覚が無いのかな?
「ザイラスさんに任せます。出来れば1年後に1個大隊規模にしてほしいのですが」
俺の言葉に、飲んでいたワインを吹きだして咳き込み始めた。
「ゴホン、ゴホン……。脅かすな! それは女王陛下の発案か?」
「いえ、俺の独断です。新たな王宮をアルデス砦に築くとなれば、旧王都の没落が始まりかねません。10万を超える市民がいる以上、それは避けるべきでしょう。
それにウォーラム王国も気掛かりです。東をトーレルさんに任せ、西はザイラスさんに任せるのが一番だと女王陛下は言っていました」
「それは西の砦という事だろうが、確かに王都にも誰かを置かねばならんな。西の砦と街道までの道を整備すれば、東の街道にある大神の巣穴に近い動きが出来ると言う事か。
街道の遮断は散々重装歩兵がやっていたから、奴らを使う事で対応できると言う事か……。全く、この状態をあの頃から考えてたわけじゃないんだろうな?」
どうやら俺の考えが分かったようだ。
南は俺達の同盟国だ。ある意味運命共同体でもある。そう言う意味で部隊を展開する必要はない。
騎馬隊と重装歩兵を東西に分け、新たに兵士を募集することで俺達の戦力を上げる。
軽装歩兵はカナトルと荷馬車を使って機動部隊とすれば良いだろう。このヨーテルンが彼等の拠点になるはずだ。
「問題はアルデス砦の警備だな。俺とトーレルのところから1個分隊、グンターのところから2個分隊を出す事で何とかなるか?」
「その上に、マリアンさんが魔導士を1個分隊率いていますから十分だと思います。ですが、通信網の整備もしなければならないでしょうし、民兵の待遇も考えねばなりません。それに、もう1つの部隊を作る計画を持っています」
最初は驚いていたけど、ザイラスさんも俺達が人材不足であることは理解しているようだ。
王都の求人不足を戦力の拡充で何とか救済したいところだ。それに旧王都に潜んでいる。俺達への敵対勢力も何とかして貰いたい。
俺だと、情に流されそうだがザイラスさんなら厳しく処断してくれるはずだ。それでも、そんな輩へ言い渡す刑は国外追放までにしてくれと頼んでおいた。
厳格な軍人だから、処刑することに躊躇しないところがある。
カルディナ王国を見限った連中なら、俺達の版図から出て行ってくれればそれで良い。そんな連中がいつまでいるならば、俺達の王国造りの邪魔にはなっても助けにはならないからね。