SA-101 王都は開放したけれど
ゆさゆさと体をゆすれれて俺の意識が戻る。
周囲を素早く見まわして状況を確認する俺の目に、心配そうな表情で俺を見ているサンドラの姿が見えた。
「どうなった?」
「敵兵の長剣を頭の金属で受けたようです。その後に、長剣で顔を切れれていますが深くはありません。【サフロ】で治療しましたが傷は残ってしまいそうです。申し訳ありませんでした」
思わず顔に手をやったが、手の平に血は付いていない。少し、ちかちかする痛みがあるのが後遺症なのだろう。
段々と周囲の喧騒が耳に入って来る。まだまだ戦は続いているようだ。
「部隊の状況は?」
「負傷者は出ていますが、死亡者はおりません。負傷者も魔法で治療が可能な範囲です」
「なら、南に少しずつ移動するぞ。さっきのような連中がまだまだ出て来る筈だ。注意してくれ」
俺は通りの傍にある民家の玄関先に寝かされていたようだ。
よいしょ! と立ち上がって槍を持つと、先ほどと同じように左右の通りや茂みを確認する。
サンドラが南の防衛戦で奮戦しているグンターさんに連絡を取ったようだ。少しずつ南に俺達が下がっていくのが分かる。
槍は飛び込まれると厄介だな。槍を通りの端に放り投げると、背中の刀を抜いて片手で背中に担ぐ。
茂みから突然現れた敵兵が長剣を振る間も与えずに駈けよって肩口から斬りつけた。
左腕で叩きつけるように振りぬいたから敵は利き腕を失った形だ。素早くサンドラが槍で突くと、前のめりに男が倒れる。
「騎士並みの長剣ですね。良く片手で扱えるものです」
「長剣よりも軽いし、少し短いんだ。散々杭を叩いて練習したから大丈夫だよ」
俺の言葉に感心しているのもどうかと思うんだけど、俺を真ん中にして少し下がった位置に5人の軽装歩兵が槍を持つ。その後ろには石弓を持った兵がいるから、相手が数人位なら何とかなりそうだ。
ラディさん達はもっと南で狙撃しているんだろう。周囲の屋根をたまに見るのだが姿を見ることは出来なかった。
何人かの敵兵を倒したところで、南から聞こえる喚声が一段と高くなった。
どうやら南の門が破られたらしい。
怒涛のように重装歩兵達が騎士達の矢の雨の後ろから雪崩れ込んだのだろう。
「こちらに向かってくる敵兵の数が一気に増えたようです」
「グンターさんなら何とかしてくれるだろう。これを届けてやってくれ!」
片手で腰のバッグから爆弾を取り出して、サンドラに手渡した。
直ぐに射なくなったかと思うと、後ろの方から炸裂音が聞こえてくる。
まさか直ぐに使うとは思わなかったが、それほど緊迫した状況なんだろうか?
チラリと後ろを振り返ると、荷車の障害の向こうに敵兵が黒山になっている。
次々と火炎弾が敵兵の群れに撃ちこまれているが、それでも荷車の隙間を通り抜ける敵兵が後を絶たない。
「サンドラ、石弓を前列に加えろ。飛び出す連中は俺達で何とかするぞ!」
「了解です。石弓、前方に付け!」
少しは役立つだろう。
俺も前に行きたいけど、サンドラ達数人では複数の敵兵が飛び出してくると対処できないしな。
少しずつ明るくなってきた。
炎上する館もかなり遠くに見える。
そんな時、少し離れた路地から数人の黒装束の男達が飛び出して、こちらに走って来る。
「ラディさん!」
「だいぶ間引いて来ました。ザイラス殿との間は2M(300m)もありませんぞ!」
「ちょっと俺達の南が気になります。後ろをお願いできますか?」
ラディさん達に後ろを任せて俺達も前に向かうと、槍を1本荷車から貰い受けて、荷車の脇で敵兵に槍を向ける。
敵兵の半分程が同じような槍を持っているから、槍先を互いに叩きつけて大声で喚いているんだが、直ぐに敵兵の胸や腹にボルトが突き立った。
弓を持つ敵兵を優先的に倒しているようだが、敵のあらかたの弓兵は既に倒されているようだ。
たまに倒れた弓兵の弓を持って応戦しようとする者がいるが、たちまち数本のボルトが突き立って行く。
「前に出るなよ。これ以上出ると、南からの弓に当たるぞ!」
大声で前進しようとする軽装歩兵を止める。でないとじりじりと前に向かって行ってしまいそうだ。
遠くに、横1列になってこちらに進んでくる重装歩兵の姿が見える。
すでに敵兵の数は2個中隊程に減っているようだ。遠距離攻撃手段をあまり持って行ないようだ。たまに火炎弾が飛んで来るが、狙ってくるわけではないから避けるのは容易だ。
それに引き換え、俺達は石弓と長弓で確実に敵兵を倒している。
魔導士部隊も健在のようで重装歩兵の奥から次々と火炎弾が敵兵の中に落とされている。
投降するのは時間の問題になって来たな。今日中には王都を開放できそうだ。
だが、現時点では敵の投降まだ先のようだ。
次々と敵兵が槍を持って俺達に挑んでくるし、少しでも隙を見せると長剣を振りかざして俺達に向かって飛び込んでくる。
先端の鈍った槍を荷台に放ると、背中の刀を再び構える。
槍を掻い潜って飛び込んでくる敵兵を次々と斬り捨てるが、敵兵はそれを気にもしていないようだ。
後がないと思っているのだろうか? 王都の王侯貴族をほとんど殺戮して子供達を奴隷としたことを敵も覚えているのだろう。
投降しても極刑が待っているなら、最後まで戦うと言う事なんだろうな。
突然、俺達の目の前に矢が雨のように降ってきた。敵兵が思わず腕を上げて頭を保護する。
さらに2度、矢の雨が降った時、俺達の前に武器を持って立つ敵兵の姿は殆どいなくなった。
「聞け! マデニアムの反乱軍よ。我等は投降を認める。半年の重労働を終えたなら、銀貨を1枚持たせてマデニアムに送ろう。この場で死に行くか。それとも母国に帰るか。選ぶのはお前達だ!」
太く通る声はザイラスさんだな。
ここで最後の選択肢を与えると言う事か……。
俺達は荷車から少し離れて彼らの選択を待つことにした。
近くで燃えている木箱からパイプに火を点けると、水筒の水を飲みながら一服を楽しむ。
「これで終わりでしょうか?」
「そうはいかないだろう。1個小隊は民家に隠れてるはずだ。そいつらを炙り出さないと、王都の治安が維持できないぞ」
「すでにかなり潰してますが、全てではないでしょうね。時間が掛かりそうです」
たぶん、ザイラスさんも部下のパイプで時間を計ってるんじゃないかな。
俺が一服を終えると、再びザイラスさんの声が響く。
「決断は出来たか? 投降する者は武器を棄て、手を頭の後ろに回して南門に歩いて来い。武器を持たぬ者を、その場で殺しはせぬ。我等はマデニアムとは異なるからな」
最後は嫌味だな。そんな兵士もたくさんいたんだろう。
だけど、彼等に課す重労働半年が問題なようにも思える。それでどれだけの投降兵が亡くなるのかは分らないと言う事になるのだろう。
それでもザイラスさんの言葉が終わると、ガシャガシャと武器をその場に落とす音が聞こえてきた。
重い足取りで南に向かおうとする兵士に、武器を持った兵士が襲い掛かろうとする。
だが、斬りかかる前に石弓のボルトが何本か突き立つとその場に崩れ落ちた。
何回かそんな光景が見られたが、やがて諦めたように、傷付いた兵士を抱えながら南へと歩き出した。
「グンターさん。これからが面倒ですよ。明日は王都の民家をしらみつぶしに敗残兵を探さねばなりません」
「めんどうですが任せてください。王都の連中がどれだけ協力的かにも寄りますが、解放をずっと待っていたに違いありません」
それなら良いんだけどね。
戦後処理って意外と面倒なんだよな。
だが、これで一段落したことは確かだ。この時を狙ってウォーラム王国に動かれるとどうにもならなかったろうけど、ウイルさん達のおかげで西への睨みが出来たからな。
同盟関係はありがたい話だ。
昼を回ったころに、どうにか俺も南の門に歩いて行くことができた。
あちこちに敵兵の亡き骸が横たわっているから、何時起き上がって剣を振って来るかと思うとヒヤヒヤしていたのだが、それも無かったし、横たわった兵士で息のある者は重装歩兵達が慈悲の一撃を与えている。
後始末をグンターさんとオットーさんに任せて、俺達は一足先にヨーテルンに戻る。
夕べはあまり寝ていなかったからな。今夜はゆっくりと休めそうだ。
翌日の朝。俺達を王都の世話役達が訪ねてきた。
新しい王国の話はグンターさん達から聞かされたのだろう。商会ギルド、工房ギルドそれに町役達が数人ずつ連れ立ってきたから、広間のテーブルは彼等で一杯だ。
念のため、騎士が部屋の南北に長椅子を置いて席に着いている。まあ、暗殺って顔じゃないんだけど、ザイラスさんも心配性だからな。
「長く掛かりましたな。まさかあれほど威勢の良かったマデニアム王国軍が敗れ去るとは思いませんでした」
「我等は旧クレーブル王国の治政にも参加したことがあります。聞けば新王国を御造りになったとか。我等も協力することにやぶさかではありません」
そんな事を言ってるけど、日和見主義であることは確かだ。
協力はして貰いたいが、治政に口出しはしてほしくないところだな。
「旧カルディナ王国を全てという事ではありません。まだ西の砦が残っています。これは来年まで落とすのに時間が掛かるでしょう。その前に王都の反乱分子を根絶やしにするつもりです」
俺の言葉に少し驚いたようだ。まさか残党狩りをするとは思っていなかったのかも知れない。
「少なくとも旧王都ですからね。街中に潜まれて我ら王国の転覆を考えられたら大変です。10日もあれば一通りは終わるでしょう。その後は1個小隊を駐留させて、治安維持を図るつもりですからご安心ください」
「今、旧王都と言われましたが……」
念を押すように言ったのは、商会ギルドの代表者だな。
「ええ、新たな王都を築くつもりです。全く新しい王国ですから統治も今までとは異なります。なにせ貴族がほとんどおりませんから。アルテナム村と、ミクトス村を発展させることで王都の機能を持たせたいと思っています」
「王都を換えるなぞ出来ぬ相談じゃ。我等はここに残るぞ!」
威勢の良い言葉は工房ギルドのドワーフだな。偏屈だと聞いてはいたがなるほどね。
「別に皆さんを移動することは考えておりませんからご安心を……。このまま旧王都でお暮しください。ただし、俺達の王国民である以上、俺達の統治方法には従って貰います。税は再来年から徴収します。税率は2割を越えぬように調整するつもりですからご安心ください」
来年の無税と、税の徴収額に驚いているようだ。
果たしてどんな税制になるかはフィーナさん達が考えているからな。ごまかしは出来ないシステムだと良いんだけどね。