SA-100 王都への侵入
昼過ぎに荷馬車を連ねて俺達は王都攻略に向かう。
ウイルさん達には、南の砦経由で昨日の内に明日未明に王都を攻めると連絡しているから、近くまで見物に来るかも知れないな。
王都の城門の西に軍勢がいるのが分れば、王都を占拠しているマデニアム軍の連中も心穏やかではあるまい。
すでに本国とは連絡が途絶えているんだから、直ぐに降伏しても良さそうだが、それをしないと言う事は、自分達の領地と考えているんだろうな。
ある意味、反乱軍に近い存在なのだろう。
夜に紛れてマデニアム王国に戻ろうという考えはまるでないようだ。
だいぶ日が傾いた頃に、街道から北の砦に延びる分岐路が見えた。
進軍を一時中断して、ここで休憩を取る。
これから、各自の攻略待機場所へ別行動で移動することになるし、夜は長いからな。たっぷりと夕食を食べて体力を付けて貰おう。
ぱちぱちと燃える焚き火は、王都からの距離が遠いから見ることはできないだろう。
食事を終えて、弁当のハムサンドを受け取ると、カップに半分程のワインを飲みながら、パイプを楽しむ。
あちこちで焚き火を囲む兵士の姿が見えるが、今度ばかりは犠牲者をゼロにすることは困難な戦になるだろう。彼らの中で誰が犠牲になるのか……。
もう少し、マシな策が出来なかったか。ここに来てもそんな思いにとらわれてしまう。
「ここにいたのか! だいぶ探したぞ」
そう言って、俺の隣に腰を下ろしたのはザイラスさんだった。
「まさか本当に4年で王都を攻略することになるとはな……。あの時に、バンターを斬らず済んで良かったと思う」
真面目な声で言いながら、俺の背中をドン! と叩いたから、焚き火に転げそうになったぞ。戦前に火傷なんてしたらそれこそ笑いものになりかねない。
「ザイラスさん達の思いがそれだけ強かったんですよ」
ザイラスさんにカップを渡すと、残りのワインを一息に飲んでしまった。
俺にカップを返して、腰のバッグから酒の小さなビンを取り出して注いでくれる。
「俺達だけなら、今頃はどうなっていたか……。トーレルとたまにそんな話をするが、なぜか遥か昔の事のようにも思えてきた。10年も過ぎれば、トーレルの子供達にそんな話をして暮らすんだろうな」
「ザイラスさんの子供だっているんじゃないですか? 俺にはそんな2人の姿が目を閉じると浮かびますよ」
俺の話を聞いて、小さな笑い声を上げる。
やはり妻帯する気はないんだろうか? ひょっとして悲恋の経験があるとか!
これは一度マリアンさんに確認した方が良さそうだ。
かなり長い休憩を取ったところで、俺達は3方向に分かれて部隊を進める。
南にはザイラスさんが騎馬隊と重装歩兵を率いていく。カタパルト部隊も同伴しているから、女王様はザイラスさんが守ってくれるはずだ。
東門にはトーレルさんが騎馬隊1個小隊を率いて陣取る。精々、城内に火矢を放つ程度だから、1個小隊で十分だろう。南門の破壊と同時に素早く移動してくれるはずだ。
最後の俺達はラディさんの部隊3人と軽装歩兵2個小隊だ。
背負いカゴ2つに、たっぷりとボルトを入れているからかなり暴れられるだろう。
闇に紛れて、ゆっくりと水路に近付く。
水路際には結構茂みがあるから、俺達の姿を隠すには都合が良い。
「ここで時を待つ。もうすぐ火事騒ぎが起きるはずだ。その騒ぎに乗じて水路を行くぞ。今の内に【ガッツ】を掛けておくんだ」
俺の周りに集まっていた分隊長達に伝える。
ラディさん達が俺達の反対側の倉庫に火を点けてくれるはずだ。その騒ぎに乗じて、素早く王都の中に入る事になるのだが……。
待つのはあまり好きじゃないんだけどな。
火の点いていないパイプを咥えて、香りだけを楽しんでいると、城壁の近くで小さな明かりが瞬いた。
偵察に行った者が、王都内の騒ぎを確認したらしい。ランプを黒い布で覆っているから、城壁の上にいる監視兵には気付かれることは無かったようだな。
「行くぞ! 音を立てるなよ」
俺達は、身をかがめながら水路に沿って城壁に近付いて行った。
ゆっくりとした動作で、音を立てないように動くのは意外と疲れるな。
さすがに虫の音は止んでいるから、周囲は静かだ。俺だけがこんな動きで城壁に近付いているのかと錯覚してしまう。
気になって後ろを振り向くと、しっかりと俺に続く兵士の姿が闇の中に見える。
城壁に辿り着くと、背中を壁に押し付けるようにして息を整えた。かなり疲れた感じがするぞ。
ほんの少しの休憩を取って体を休めると、王都内へ続く水路に水音を立てないように滑り込んだ。
鉄柵にに取り付いていた兵士の案内で柵を潜ると、王都内に入り込む。
直ぐ近くにラディさんが教えてくれた倉庫があるし、水路と倉庫の間には荷車が止められていた。
たぶんラディさんが前もって準備してくれたんだろう。
水路から顔を出したところ、倉庫の裏手で小さく手を振る人影が見える。
水路に沈められた石を足場にして外に出ると、素早く倉庫の裏手に走った。
「中に、ラディ殿がおります。ここから入ってください」
倉庫の壁に穴を開けたようだ。1m四方ほどに切り開かれた板壁の穴に入ると、広い倉庫の中を眺める。
「来ましたね。ここなら2個小隊は入れますよ。そこに荷車が2台ありますし、空き箱もたくさん置かれてますから、ちょっとした障害を作るのに役立つでしょう」
「ああ、助かる。ところで火種はまだあるんだろう?」
「2人が持っています。我等は放火しながら移動ですか?」
俺が頷くのを、覆面の目だけで笑ってる。
俺の横に、グンターさんがやってきたので、彼に荷車と空き箱を教えておく。
「俺達は別行動になる。くれぐれも自重してくれ。前列が槍で後列が石弓だ」
「了解です。どれぐらいやって来るかが楽しみです」
後をグンターさんに任せて、ラディさん達数人と一緒に黒装束に黒覆面で倉庫の小さな扉を開いて外に出る。かなり派手に西の倉庫群が燃えている様だ。
俺達の姿が見えないように、直ぐに路地に入って、城壁沿いに北に向かった。
鈍い炸裂音がたまに聞こえてくる。
カタパルトで爆弾を発射しているのだろう。あまり数が無いから間隔はかなりあいている様だ。
前方を歩いていたラディさんの足が止まった。
片手で俺を呼びよせて、建物の影から北西に見える建物を指差した。
「あれが王宮跡に作られた館です。土台は石ですが、木造の2階建て。かなりの大きさですよ」
「警備兵は?」
「いつもは数人が玄関付近を固めているのですが、今夜は2人ですね。油は水筒に入れて3つ用意してあります」
ここも燃やしておこう。俺達の王宮は別に作る。更地になれば子供達の良い遊び場になりそうだ。
建物の影に隠れて近づけるだけ近づくと、警備兵を5人の石弓が同時に襲う。
ばたりと倒れたところで、ラディさんと俺が館の玄関に近付いた。
水筒の油を玄関の扉と壁に撒いたところで、ラディさんが火を点ける。
火が燃え広がらない内に、俺達は館の裏手を通って西の壁近くに移動した。北西の角に集まったところで、館の状況を見る。
かなり燃え上がっているな。あれでは消火することはできないだろう。
「そろそろ皆が起き出すだろうな。南の騒ぎはここまではさほど影響しないだろうが、館の火事は問題だろう」
「俺達の目の前にある建物も倉庫です。これに火を点けて南に下がりましょう」
ちょっとしたテロリストに思えなくもないが、同じように板壁に油を注いで火を点ける。少し湿っているらしく一気に火が広がらないが、火事騒ぎを煽るだけでも十分なはずだ。
2つほど路地を通り越して、様子を伺う。館の火事を知って敵兵が駈けつけているが、軽装歩兵達ともみ合っているらしく大声がここまで聞こえて来る。
大通りを完全に遮断することは出来ないようだが、2個小隊を蹴散らすのはかなり難しいに違いない。たっぷり準備した石弓のボルトで被害続出になっているんじゃないか?
「次の建物が兵舎の隣の兵員食堂と食料庫です。これも燃やしますか?」
「民家と離れていれば好都合だ。燃やして俺達もグンターさんを加勢するぞ。3人1組で屋根から狙撃してくれ。俺はグンターさんと合流する」
表の騒ぎで誰も裏を見ないと言うのは問題があるな。
食堂に火を点けたところで、ラディさんと分れ、1人北に向かう。
路地の奥から通りを眺め、グンターさん達の防衛線を確認する。場所が分かったところで、少し前方の路地から敵兵と斬り結びながら北に移動する。
鍔迫り合いをしていた敵兵が突然倒れた。
急いで後ろ向きに下がりながら倒れた敵兵を見ると、横腹にボルトが刺さっている。
俺を確認してくれたようだな。安心して合流できるぞ。
「誰かと思いましたよ」
「ネコ族の身体能力が俺にはないからね。 後は任せて来た。ここで頑張らせてくれ」
「お願いします。前は我らで何とかしますから、後ろを守ってください。たまに飛び出してくる敵兵がいるんです」
頷いた俺に、手槍をホイと渡してくれた。
槍を持って20m程後ろに下がると、正面に燃え上がる館が見える。
5人程が槍を構えて周囲を眺めている中に入り込むと、どうやら率いているのはサンドラのようだ。1分隊を後方警戒に回しているのだろう。
「手伝うぞ!」
「ありがとうございます。不意に出てきますから油断できません!」
サンドラは周囲に注意を向けたままだ。
この場所で襲ってくるとなれば貴族の私兵ということだろう。軽装歩兵とは十分に渡り合えるから、連携して倒してたんだろうな。
「ウオオォォ!」
突然、叫び声を上げて物陰から飛び出してきた男に、俺とサンドラが槍を構えて身構える。
ボルトが1本敵兵の胸に突き立つが奴の勢いは止まらなかった。
長剣を上段に振りかざしたままに俺の方に突っ込んでくる。鈍い感触が腕に伝わると同時に奴の長剣が俺の体に振り下ろされた。
ガツン! と頭に衝撃が伝わり、顔に鋭い痛みが走る。
のけぞった俺の目に入った光景は、サンドラに脇腹を突かれた敵兵が崩れ落ちる姿だった。