SA-010 アジトを大きくしよう
王国の攻め手に協力した者達は死罪が適用される。その方法は火炙りと言うから残酷なものだ。
俺達が襲撃した荷馬車を指揮していた者は、王宮が業火に崩れるのを見て敵方に付いたようだ。国王の亡くなった後だという事で、比較的軽い措置としたようだが……。
「全員の右手を切り落とした。切り口は松明でしっかりと焼いておいた。命は助かるだろう」
荷車の檻に押し込んで東に向かわせたようだ。
片手を失って、果たして暮らして行けるのか……。あのテーブルでの笑いは、その後の運命を考えての事だろう。
因果応報には違いないが、過酷な刑には違いない。
ある意味、見せしめにして再犯を防ぐ目的もあるのだろうが、ちょっと問題に思えるな。
農民と職人は廃村に送ったそうだ。
少なくとも食べる物があり、開墾すれば自分達の農地も持てる。きっと励んでくれるだろう。
何時ものように、テーブルで街道を行く荷馬車を待っていると、俺の隣にザイラスさんがやって来た。
「お前なら、持っていても騎士には見えん。その片手剣より上物だぞ。それと、余り物だが使ってみるか?」
俺の前に凝った作りの長剣と銀製品らしいパイプが置かれた。
長剣はありがたいが、パイプは使ったことも無いぞ。だけど、山賊なら太いパイプをプカリとやっていても絵になりそうだな。それにいざとなれば高く売れそうだ。
「ありがたく頂きます。でも、タバコが……」
最後まで言う前にポンと目の前に小さな革袋が置かれた。
袋を開けて、クンクンと匂いを嗅ぐとタバコというか、ハーブの匂いがするぞ。これがこの世界のタバコなのか?
「襲撃すると結構手に入る。無くなれば分隊長に言え。優先して確保してやる」
「多くの男達がパイプを使うようだな。父君も愛好者であったが、女性も使うものがいるぞ。マリアンにも渡してやってくれぬか? 何時も愛用するわけでは無い。たまにたしなむ程じゃ」
それは、かなり我慢してたんじゃないかな?
貰ったパイプに革袋のタバコを押し込んで、残りをマリアンさんに進呈した。
「咥えてるだけも恰好が付きます。どうぞこれを使ってください」
「良いのですか? 他に1人おりますがこれだけあればしばらくは楽しめます」
喜んでくれれば良い。俺はしばらくこの香りを楽しむだけにしよう。それに火を点けなければいつまでも持つからな。
「そろそろ俺達の物品調達の方法を考えないとなりません。商人の当てが欲しいところなんですが」
「確かに、食料や酒等を安定して手に入れたいとは思うが、我等は山賊だぞ?」
「将来の御用商人を育てますか? 貧乏でも誠実な商人が欲しいところですね」
そんな呟きを俺が漏らすと、黙って俺達の話を聞いていたラディさんが口を開いた。
「小さな商いをする商人なら当てがあるぞ。村々を回る行商なのだが、俺達ネコ族にも分け隔てなく商いをしてくれる」
「それなら俺達にとって望ましくはありますが、連絡手段がありません」
俺の問いにおもしろそうに笑いを浮かべると話を始めた。
荷馬車1つを元手に嫁さんと子供を連れて村々を回っているらしい。品数はそれ程持っていないが、頼めばちゃんと手に入れてきてくれるそうだ。
ネコ族が狩りの場所を帰る時などは、大量の小麦粉を荷車に積んで運んで来たこともあるらしい。
「いつもは1台だが、荷が多ければもう1台を子供が運ぶ。12、3の少年だが親の言い付けを守れるやつだ。赤い旗を荷車に付けているから直ぐに分かるはず。烽火台で確認できたら、俺が出向いて話を付けるか?」
「御願したいですね。問題は何を購入するかですが、王女様、リストを作ってください。できたら、それを元に3つに区分してください。直ぐに必要な物、少し待てる物、最後は季節の変わり目までに欲しい物の3区分です」
「承知した。確かにこれから必要となる物をまとめることは必要じゃ。それに、要求の高低もあるであろう。我らに任せるがよい」
「要求とは異なるが、このアジトをなんとかしたいな。倉庫も大きくする必要があるし、部屋も足りん。このままでは冬が苦労するぞ」
「それは皆で何とかしたいですね。同じく烽火台の見張り所も小屋にしておいた方が良さそうです。村にも食料庫があれば彼らも安心でしょう」
俺の提案に頷いてくれたから、後はザイラスさんが分隊を割り振って作業を進めt暮れるに違いない。すでに季節は秋に変わっている。早めに仕事を終わらせないと冬になってしまいそうだ。
雑談の中で、この辺りの気候を聞いてみると、冬にはかなりの雪が降るらしい。
街道も雪で閉鎖されるのかと思ったら、ソリで荷物を運ぶらしい。カナトルという小型の馬の一種がソリを引くそうだが、首が短く毛が長いと言うから、ポニーのような馬なんだろうな。
「あまり通行が無い事は確かだな。俺達も長期休業になりそうだな」
「それで、俺達は冬場に何をするんだ?」
少し考える時間が欲しい。
春先には30人程だった俺達だが、奴隷や戦争で捕えた囚人、税を逃れるために村を抜け出した農民達で3倍近い数に膨れ上がっている。
街道で襲撃に参加するのは1分隊8人の4部隊だ。見張りに1分隊、廃村の守備に1分隊で武装人員は約40人になる。残りは15人が職人で40人近くの農民だ。
廃村の守備は1分隊だが、農民で1分隊の石弓隊が作られているし、ドワーフは生まれながらの戦士みたいな種族だからな。防衛に問題は無さそうだぞ。
「開墾した畑に来年は作物を植えたいですね。そうなると、山から来る獣が心配です」
「柵というわけか……。村の防衛用も必要だろう。だが、それは廃村の連中で何とかなるんじゃないか?」
「このアジトの拡張を更に行います。烽火台への山道も足場が悪いですし、街道の崖の出口近くまでの小道も整備したいですね」
「確かに、襲撃に出掛けた時に転んで怪我をした奴がいたな。街道から見えないような形で整備は必要だろう」
道を作れば相手側からの襲撃も考えねばなるまい。石弓の数は20丁を越えたが、更に増やす必要もありそうだ。廃村までの山道は獣道よりはマシになっているが、ラバが通れる位に周りの木々を切り取って、このアジトまで往復できるようにしておくべきだろう。
そうなると、冬場の仕事は道作りと、防衛施設の整備という事になるんだろうか?
この屯所も拡張してアジトから砦に規模を変更せざるをえまい。
簡単な図面が必要だな。
「数日かけて、図面を描いてみます。それを元に冬場の作業を考えましょう」
俺の言葉に皆が頷いてくれた。
・・・ ◇ ・・・
「バンターは何か欲しいものがあるか?」
「俺ですか? 特にありませんが……、そうだ! タバコをお願いします」
ザイラスさんが全員の希望を聞いているようだ。
そんなにお金があるのだろうかと聞いてみると、襲撃時に馬車にいた貴族や商人からまきあげたものらしい。
奴隷や、他国に逃げ出す貴族なんて碌なもんじゃないと言ってたけど、それだと本当に山賊行為だよな。確かに、食料や酒等は俺達も必要だけどね。ろくでなしの連中から得た収入だと思えば、それ程罪悪感を持たずに済むな。
「例の商人と接触した。とりあえずは食料を確保することにしたが、タバコもその中に入っている。一袋なら配給できるだろう」
「それなら、遠くを見ることができる道具はあるんでしょうか? あれば数個を手に入れておけば役に立ちそうです」
望遠鏡は、透明なガラスの製造と研磨技術が無ければ始まらないんだが……。
俺の問いに対する答えは、目の悪い者が目に付けるガラスがあると教えてくれた。まだ望遠鏡まで使用方法が発展していないようだ。
なら作ってみるか。
遠視用の凸レンズと近視用の凹レンズを組み合わせれば良いのだが、対物レンズ用はレンズが大きいのが良いな。接眼レンズ用の近眼用レンズは焦点距離の短い小さいのが良いだろう。何種類か作って貰って組み合わせてみるか。
「変わった依頼だが、出来ないことは無い。たぶん一月位は掛かるだろうが、何を作る気だ?」
「ちょっとした工作ですよ。でも、出来ると便利に使えますよ」
簡単に作って正立像を見れるのはガリレオ式になるが、見る範囲は狭いし、倍率も小さいものだ。だけど烽火台で監視するなら便利に使えるんじゃないかな。
数日が過ぎて、砦の下図が出来る。簡単な平面図と鳥瞰図だが、作りたいものの概略図があれば、それほど難しいものでは無いだろう。
広場を少し広げて杭で柵を作り、廃村に向かう山道への斜路を作るだけだからな。
火攻めにあったら直ぐに燃えてしまいそうだが、泉があるから、少しは水で消せるだろう。
イザとなれば廃村に逃げだせば良い。
そんな図面をテーブルに広げると、早速皆からダメ出しが来る。
ちゃんとした理由があれば、変更するにやぶさかではないが、いつの間にか図面が俺の前から王女様の前に移動して、王女様自ら手直しを始めたぞ。
「こんなものか?」
「この入口を左右開きではなく、跳ね上げ式にしたいですな。それで、崖から続く道を遮断できます。周囲は森ですから、大軍を一度に投入出来ません」
「西の柵は谷への斜面まで伸ばすべきです。広場を大きくできますし、将来的には小屋を更に一つ増やせます」
烽火台への道は廃村への山道を分岐して新たに作る事になりそうだ。烽火台の存在を可能な限り隠す考えだな。
「よし。これを元に明日から作業だ。もっとも獲物が来たら、本来の仕事を行うぞ」
そんなザイラスさんの指示に皆が頷いてるんだよな。俺も手伝わないといけないだろうが、力は無いんだぞ。
それでも、皆は図面を見ながらどこから始めるか検討を始めてる。
ツルハシやスコップはあるんだろうか? 柵を作るとなると丸太を入れる穴だって掘らなきゃならないんじゃないか。